↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀色の少女と僻み男  作者: ぽん
六章 夏のショートストーリーズ
48/63

備えあれば憂いなし

 僕は自室のベッドの上で自問自答していた。

 このままでいいのか。霊を目の前にするたびにトリカや月子に頼ってばかりで何も対抗策を持たぬままでいいのか。

 なにより男として、女に守られるのはあまりにも情けなくはないか。

 これは情けないと断言できる。

 やはりこのままではよくない。男なら武器を持って立ち上がらねばならぬ。女の背中でまごまごとしている姿ほど哀れなものもない。

 聞くところによれば、男なら一度は誰しもが地上最強を目指すらしい。なるほど確かに。最強ではなくともいいが、最低限自分を守る力は身につけなければなるまい。

 強くなることを決意した僕は、トリカに教えを乞うことにした。

 トリカは僕の部屋で浮遊しながら漫画を読んでいる。

 僕は揉み手しながら声をかけた。


「トリカさぁん。僕に魔法とか教えてほしいんですけどぉ」

「才能がないから無理。諦めて」

「全否定!?」


 しかも才能がないからって。一番絶望するやつだよそれ。


「だってあなた、魔力を認識できないじゃない。視ることができるだけで」

「そうだけどさー、そこをなんとかね?」

「できないものはできないわ。……でもそうね」


 浮遊していたトリカが床に降り立つ。


「あなたの能力についてテストしましょうか。魔術学校みたいにね」


 トリカが掛けてもいないメガネを押し上げる素振りをした。女教師トリカも様になるだろうなとどうでもいいことを思った。タイトスカートで黒ストとか穿いてほしい。

 否、今はそれより魔術学校のテストという響きにワクワクするべきだ。


「やろうやろう! なにするの?」

「テストとは言ったけど、あなたは視ることしかできないからその眼の力を計りましょう」


 そう言いながらトリカは部屋のカーテンを開けた。

 なるほど。この魔眼の知られざる力を確かめようと言うんだな? くくく、よかろう。


「ええ、あなたのその黒タイツの女を見たときにキラキラする魔眼の力を確かめるわ」

「馬鹿野郎!」


 罵倒するしかないツッコミをしていると、トリカの姿が薄くなった。


「え? 存在感がなくなったけど」

「ええ、少し薄めにしてみたけど視えるみたいね」


 まるで視力検査みたいだ。

 透過度90パーセントのトリカに質問する。


「ちなみにこの時点で視えなくなる人もいるの?」

「私の世界にはいないわね」

「あ、じゃあまだ全然なんだ」

「ええ、次は少し難易度を上げるわ」


 そう言うやいなや、トリカの姿が消えた。


「あ、見えない」


 僕が目の前の空間を凝視していると、脳裏にトリカの声が響く。


“この部屋のどこかにいるわ。多分、まだ視えると思うけど”


 なるほど移動したのか。

 部屋の中を見回してみると、ドアの前で膝を抱えて座っているトリカの姿がおぼろげながら見えた。目が合うとにこっと微笑まれる。


「こっちの世界の人間にしては優秀よ。それじゃあ次は本気を出すわ。これが視えるなら、私の世界においても相当な眼力の持ち主」


 そう言われたら俄然やる気が出てくる。見つけてやろうじゃないの、銀髪のお姫様を。


「ふふっ、あなたが私の王子様になるには荷が重いと思うけど」


 ドアの前に座っていたトリカが消えた。

 僕は部屋の中央に立って、360度見回す。

 ……視えない。完全に無だ。

 目を瞑って気配を探ってみる。魔力を認識できないのだから当然わかるわけもない。すぐに目を開けた。

 さて、眼力を計るという名目なら「視えなかった」ということで終わりなのだが、どうせなら別の力を使ってトリカの居場所を当てたい。

 それはずばり想像力。トリカの思考を読むということだ。

 眼力を計るテストだから、確実に部屋の中から見える範囲にはいるはず。しかしどこか意表を突いた変な場所にいる可能性はある。例えば天井に漂っているとか、ベッドで寝転んでいるとか。

 どこだどこだ。トリカの意地の悪さを考えろ。もしかしたらひねりなく本棚の前に立っていたりするのかもしれない。今この僕の思考を読んでニヤニヤして見ているかもしれない。

 ふと窓の外に目をやる。抜けるような青空と強い日差し、それに照らされる家や木が見える。

 そういえば、トリカがカーテンを開けたんだったな。

 ……なるほど視えたぞ!

 僕は窓の外の空間を指差し、叫ぶ。


「見つけたぞトリカ! お縄につけ!」


 ……。

 外したか、と思った数秒後、指差した空間からトリカが現れた。


「うわぁ! マジでそこに居たの!?」


 驚きのあまり一歩後ずさる。

 トリカは窓を透過して部屋の中に戻ってくる。


「ええ。視えてないのに私の居場所を当てるなんて驚いたわ」


 トリカは笑顔でそう言い、妙なことを言ってくる。


「……私のこと、好きすぎじゃない?」

「トリカの思考をトレースするなんて余裕ってことだよね」

「……」


 怖い怖い、何も言わずに見つめてくるの怖い。これが眼力ってこと?

 トリカの眼光から逃れつつ、さっきのテストについて聞く。


「ちなみに今のが視えてたらどれくらいすごいの?」

「一国にひとりくらいの実力者ね。ほとんどの魔法、魔術を視ることができる人間だから」

「そんなに!」


 もしさっきのトリカを視ることができたら僕は日本一の男だったのか……。


「その一つ前の段階はどれくらいのレベルなの? ドアの前に座ってたやつ」

「私の世界なら七割くらいの人間が視えるレベルね。だから私驚いたのよ。あなたが視えたことに」

「ほほー! 眼力だけならトリカの世界でも浮かないってことだなぁ」

「そうね。ちなみにあのときの私の状態は、魔力を薄くしていたのに加えて目視しづらくする魔力の膜を張っていたの」

「なるほど。フィルターみたいな」


 しかしだ。僕が想像する魔法というものは大規模な火や水をぶっ放すというものであり、それは大多数の人間が目視できるだろうから、やはり眼力なんてものは大して役に立たないのではないか、とも思うのだ。

 その僕の思考にトリカが答えてくれる。


「例えば、魔法や魔術による罠は大概が発動するまで目視できないようにされてるわ。事前にその罠を眼だけで感知できるのは紛れもなく才能なのよ」

「ほえー。それはトリカでも視えない罠があるの?」

「ええ。まあ、私は罠にかかっても問題にしないから関係ないけど」


 ゴリラやん……。魔法ゴリラやん……。

 僕が唖然としていると、目の前にいたトリカが消えた。またテスト?

 と思ったら僕の背後に回ってチョークをかましてきた。


「あなたが言うには、確かゴリラは妖精のように可憐って話だったわね?」

「ぐ、ふ、そう、です」

「はい嘘。以前に見た動物番組でゴリラを確認したけど、とても妖精と呼べるような姿じゃなかったわ」

「森の、妖精です」

「そんな補足で騙されるとでも? 私の期待を裏切ったことに加えて今の無駄な悪口、お仕置きが必要よね?」

「ゆるちて」

「うふふふふっ! あはははははっ! 面白い顔ねぇ!」


 必死のタップと必死の謝罪でなんとか許してもらった。やっぱりこれゴリラだよ。

 恨みがましくトリカを睨んでいると、逆に睨み返された。


「なぁに?」

「ユアマイゴッデス、言うまでもないです」

「それならいいんだけど」


 んなわけあるかばーか! 僕の女神は吉岡さんと倫さんだけだばーか! ゴーリラ!

 小学生のような罵倒を脳内で繰り広げていると、トリカがゆっくりと近づいてきていた。あ、終わったこれ。


「……せっかくあなたにもできる魔法を教えてあげようと思ったのに、こんな態度じゃ教える気が失せるわね」

「えっ!」


 トリカはわざとらしく溜息を付いた。

 僕は揉み手をして媚びる。


「そんな殺生なぁ~、教えてくださいよぉ、トリカ様ぁ」

「あなたのその変わり身の早さはすごいわね。スニチット並だわ」


 また謎の言葉になぞらえられた。前はなんて言われたっけな。

 トリカは一度咳払いをした。


「正確には私の魔法をあなたに掛けて、あなたの任意のタイミングでそれを発動させるというものね」

「んん? 具体的に言うと?」

「私が考えていたのは、あなたの魔力を消費して身体能力を一時的に上げる魔法ね。アキラの好きなタイミングでその魔法を発動させることができるの」

「なるほどね」


 ゲーム的に言えばバフとか自己強化とか言いそうだ。


「しかし地味な効果だな」


 僕のぼやきにトリカがこれ見よがしにため息をつき、露骨に呆れてみせた。


「あなたね、私の気遣いがわからないの? あなたを空に飛ばしたりしてもいいの?」

「すみません、困ります」


 憧れはあるけども。実際に空を飛べても使い所がなさそうだ。


「そうでしょう? だからあなたの逃げ足を強化してあげようって言ってるの」

「あ、逃げる用の魔法なのね」


 まあそりゃそうだよなと笑っていると、トリカが話を続ける。


「ちなみに強化の魔法は調整もできるわよ? 1秒あたりに使うあなたの魔力量とか」

「なるほど? 短い時間で絶大な効果を発揮するか、長い時間で緩やかに効果を発揮するか、みたいな?」

「ええ。とはいってもあなたの魔力は雀の涙だから、時間の振り幅は10秒から1分と言ったところね」


 3分も持たないとは。


「ちなみに10秒だとどれくらいの効果になるの?」

「そうねえ。前にあなたがやってたスポーツテストで言えば、50mを簡単に6秒台で走れるくらいかしらね」

「あ、そんなもんなの?」

「ええ。あなたの身体能力の限界を超えることは多分ないわ。アキラの魔力量だと」

「はー、そうなんだ」


 ちょっと拍子抜けである。現状でも50mは7秒台で走れる力はある。まあ簡単にではなく全力でだが。

 ともあれ、それなら別の魔法のスイッチをつけてもらうほうがいいかもしれない。

 ふと妙案が浮かぶ。


「あ、さっきの眼力テストでやったみたいにさ、霊に気づかれないようなフィルターを張ることはできないかな」

「無理ね。さっき私がやったのは魔力を見づらくするもの。あなたの魔力はもとからないようなものだから隠す意味がない。あなたの身体を隠すような魔法を使ったら一般人もあなたのことが見えなくなる。よって無理ね」

「なるほどなー。じゃあやっぱり身体能力アップがいいのか」


 そもそも悪霊は何をもってターゲットを選んでいるのか不明だ。負の感情を持った人間に取り憑いているパターンが多いが、果たしてそれがすべてなのかどうかもわからない。

 たしか春待は魔力が多いからそういうものを引き寄せると、辻村先輩が言っていた気がする。僕には関係ない話か。


「じゃあ身体能力アップの魔法を掛けてもらおうかな。あるに越したことはなさそうだし」

「ええ。それなら魔法発動のトリガーを決めましょうか。何かポーズでも決める?」

「え、それって自由に決められるの?」

「ええ。でも逆に言えば明確な行動にしないとダメよ。頭の中で考える、とかはダメね」


 微動だにせずに発動することはできないようだ。


「声に出すっていうのは?」

「それはあり。でも短すぎる言葉はダメだし、何かの拍子にその言葉を言ったら発動しちゃうから気をつけないといけないわね」

「あー、なるほど。普段使うような言葉はダメってことか」


 任意のタイミングで発動とは言ったが、条件を満たしたら即発動してしまうようだ。


「えーちょっとまって。難しいな……」

「言葉と行動を合わせることもできるわよ」

「お、それは誤爆を減らせそう」


 しかし霊から逃げるときなんてのは即座に発動したいものだ。あまり複雑なトリガーにはしたくない。

 うーむ。


「トリカの世界の言葉で“逃げる”ってなんていうの?」

「“スナイ”ね。でもこれは短すぎるわ」

「マジか。まあスナイパーとか言ったら発動しちゃうしな……」


 思ったより言っちゃいそう。


「それなら“即逃げる”だとどう?」

「“ランスナイ”ね。これでも短いわ。言葉を足すか、行動を足して」


 なんだかパスワードを設定している気分になってきた。


「ランスナイって言って、太ももを叩くならどう?」

「それなら十分トリガーになるわ。時間はどうする?」


 10秒から1分の間で調整できるようだが、霊から逃げるのに10秒では心許ない、しかしダラダラと微弱な効果を1分使うのもどうだろう。間を取って30秒か……? いや間は35秒か……。

 悩みに悩んでいると、トリカが一言アドバイス。


「私は10秒をおすすめするわ」

「その心は?」

「効果をわかりやすく実感できるから。あなたもその方が楽しいんじゃない?」


 確かに。明確に魔法が掛かっている感覚を一度味わってみたい。


「じゃあ10秒にする」

「ええ。じゃあ私が合図したらさっきのトリガーを一回やってみて」


 そう言ってトリカは僕の胸に手のひらを当ててきた。どうやら魔法を掛けるようだ。


「はい、どうぞ」


 促されるまま「ランスナイ」と言い、軽く握った右手で右の太ももを叩いた。

 すると、一度白い光が全身を覆った。登録されたということだろう。


「これで魔法は掛かったわ。一度発動したらあなたの魔力を使い切るまで効果は続く。およそ10秒ね」

「ふおー。ちょっと試したいな……。よしトリカ、公園に行こう!」

「別にいいけど」


 指輪をはめて外に出る準備を進めつつ、トリカに何気なく聞いた。


「ちなみに僕のトリガーのセンスはどう?」

「私の世界だったら恥ずかしくて使えないわね。“即逃げる!”って唱えて即逃げるなんて馬鹿丸出しじゃないの。壊滅的センスね」

「……。」


 顔が紅潮していくのを感じたが、一応僕の理屈を話す。


「……いやでも僕も日本語で設定してたら馬鹿だと思うけどそうならないようにトリカの世界の言葉を拝借しただけであってそれでセンスが壊滅ってことにはならないと思うしなんならハイセンスのインテリボーイといっても過言ではないみたいな――」

「はいはい。恥ずかしくなったからってまくしたてないの。あなたの言いたいことは理解したから落ち着きなさい」


 トリカに大人の余裕を見せられ、ランスナイと唱えて即逃げたい気持ちになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。