スイートガール月子 後編
ファストフード店に入ると、とりあえず三人で座れるスペースを確保した。
注文しに行く前に席に座って一息つく。
「あー、涼しすぎ。ほんとクーラーって最高だわ」
足を伸ばして身体を弛緩させていると、トリカがポツリと言う。
「その気分を共有できないのは少し寂しいかも」
なんだか切ない言葉だった。トリカ……。
何か慰める言葉を伝えたほうがいいのだろうか、そんなことを思いながらトリカの顔をチラリと窺うと、彼女はカウンターの上部に掲示されているメニューを熱心に見ていた。全くセンチメンタルな様子ではなかった。
早合点だったことにバツの悪い気分でいると、対面に座っている月子が口元を袖で隠しながら笑っていた。
「くふふ、なんだかんだいってもトリカのこと、気にかけておるんじゃな」
「あのね、同じ状況に置かれたら誰でも多少は気にするよ。僕じゃなくてもね」
からかわれていると思った僕はぶっきらぼうに返す。いや、でも実際そうだよな?
ちなみに月子にはトリカの封印のことについて話している。話さざるを得なかったというべきか。なにせ僕の思考が筒抜けだからだ。
だから僕がトリカのことについて案じるような思考をすると、月子がこうしてちょっかいをかけてくる。
「照れ屋なんじゃな陽は。ういやつよ」
「そのからかい方、おじさんのそれだよな。やっぱおじさんが本体なんじゃないの?」
「こんな麗しきれでぃーを捕まえて何を!」
月子がぷんぷんしている一方、トリカは不満そうな顔だ。
「早く昼食にしましょうよ。私はテリヤキを希望するわ」
「はいはい。月子は? 何がいいとかある?」
そう尋ねると、月子は首を横に振った。
「特にないのじゃ。陽のせんすに任せるぞ」
「それ一番困るやつー。じゃあとりあえずメニューは見てよ。あ、トリカはバッグ見といて」
「ええ」
ボディバッグから財布を取り出し、月子と一緒にカウンターに向かう。
夏休みとはいえ平日ということもあり客はまばらだ。トリカや月子という目立つ女がいても過ごしやすい。
その思考に月子がささやいてくる。
「わしらのような美女を侍らせてさぞかし鼻が高かろう?」
「侍らせてないよね。どっちかって言うと僕が下の立場だよね」
「そうかの? ほほ」
優雅に笑う月子である。僕の周りの人外はこんなのばっかだな。
「いらっしゃいませー」
店員さんに百点満点の笑顔で迎えられる。
カウンターに置いてあるメニューを指し、月子に選んでもらう。幸い今並んでいるのは僕らだけなのでゆっくり選べる。
「どれがいい? デザートだけってのもあれだし、他のも頼もうよ」
「そうじゃな……」
月子は目を皿のようにしてバーガーを吟味していた。こういうところはなんだか獣っぽいなと思った。
……ほんと、食い入るように見てるな。
「ぜんぶ!」とか馬鹿みたいなこと言い出したらどうしよう。
「それは馬鹿にしすぎじゃろ」
月子はそう言ってギロリと睨みつけてきた。すみませんでした。
店員さんは月子の発言にクエスチョンマークを浮かべていた。僕の思考に返答しているから傍目には突拍子もない発言になっている。
月子が選んでいる間に僕とトリカの分を先に注文しておく。
うむぅと唸りながら考えている月子を、店員さんが微笑ましいといった顔で眺めていた。
「よし、決めたぞ。このちーずばーがーにするのじゃ」
「うん。じゃあ、それを一つと、デザートは?」
「この苺のさんでーがいい」
「それも一つお願いします。以上で」
店員さんに伝えて会計を済ませると、番号札を渡された。頼んだものができあがるまで少し待つ。
「楽しみじゃのう」
無邪気な様子の月子に思わず笑みがこぼれる。
番号を呼ばれたのでトレイに乗せられた商品を受け取り、トリカの待っている席に移動した。
「お待たせー」
トリカは手持ち無沙汰で窓の外を眺めていた。そんな姿がほんと絵になるなぁと感心してしまう。
僕の思考を読んだのか、トリカがにやりと笑った。
「ほんとアキラって私のことを崇拝してるわね。ずっと見ててもいいのよ?」
「喋らなければなぁ」
そう言いながら腰を下ろす。月子にチーズバーガーを渡してやり、トリカに照り焼きバーガーを渡す。
僕はチキンバーガーだ。これがうめぇんだ。
月子がトリカの様子を見ながらバーガーの包み紙を開けていた。初々しくて可愛いね。
そして一口ぱくっと食べた。
「これは……! とんでもなくうまいのじゃ!」
「そんなに? よかったよかった」
月子のリアクションに笑ってしまった。
もくもくと食べ始めた月子に忠告してやる。
「こういうのを食べすぎると、人間はすぐデブになるんだよ」
「わしには関係ない話じゃな」
「やっぱ?」
妖狐ともなれば何か特殊な体質をしているのだろう。少なくとも普通の狐だったらジャンクフードなど食べたらいかん。
「わしは妖狐じゃからな。運動すれば大丈夫なのじゃ」
「あ、そういうことなの?」
わっかんないなー。人の身ベースではあるのかな。
いずれにせよ、妖怪のことなど追求しようもないのだから、そういうものなんだと割り切るしかない。
今重要なのは月子が喜んでくれているかどうかだけだ。
「ふふ、その心配は無用じゃ。ほれ、もうちーずばーがーを食べ終えてしまったのじゃ」
笑顔でチーズバーガーの包み紙をこちらに向けてくる月子である。
「はやっ! じゃあほら、ポテトとかも食べて」
「うむ、揚げたイモじゃな? ……これもうまいのじゃ!」
月子はパクパクとポテトを食べ始めた。僕らの分はすぐになくなりそうだ。
そんな様子を見ていたトリカが呆れて溜息を付いた。
「これだから獣は自制がきかなくて困るわね」
その言葉に月子がポテトをつまんだまま反論する。
「なんじゃと!? わしなどどこからどう見ても慎み深い淑女じゃろうが!」
「驚きね。言ってることがアキラとほとんど同じだわ」
「それはっ! ……どういう意味じゃ?」
僕を見られても困るが、おそらくトリカは見栄っ張りだと言いたいのだろう。むろん、僕としては異を唱えたい。
ポテトもナゲットも貪った月子が本来の目的であるスイーツに手を伸ばす。いちごのサンデーにスプーンを差し、一口食べた。
そして目を閉じて、一言。
「美味、じゃな」
「そんな感じ入るように」
食通みたいなリアクションにまた笑ってしまう。弟が初めて高いウニを食べて、「これが本物なんだ……!」とか言って目を輝かせていたときのことをふと思い出した。
食事が一段落すると、月子がトリカに目を向けた。
「ところで、お主の封印とやら、外せる目処はついておるのか?」
急なまじめ話に面食らう。
その類の質問は僕もこれまで何度かしてきた。そのたびにはぐらかされた。今回はどうだろう。
トリカは不敵な笑みを浮かべた。
「ええ、一応ね」
「そうなの?」
そのトリカの答えに僕の方が驚いた。
僕の魔力量はトリカ曰く雀の涙らしいから、全然補充されていないんだろうなと予想していた。
トリカが話を続ける。
「もう少し魔力が溜まったら封印の一部を破壊してみようと思うの。その一部っていうのは、私の魔力が自然に回復しない部分に当たるわ」
「ほお? そこを壊せばあとは自力でなんとかできると?」
「そういうこと。成功したらの話だけどね」
その話を聞いて、僕はホッとしていた。
トリカの不自由な状態を見るたびに、自分が何もできないことに歯がゆさを感じていた。その一方で当の本人のトリカが常に泰然としていることにもストレスを感じていた。なぜ僕だけがこんなにトリカのことを気にしなければいけないんだ? という八つ当たりだ。まあ悲壮感丸出しの方がストレスは溜まるのだろうが。
ともあれ、ちゃんとそういう予定を立てていたのだとわかってホッとした。
朗らかな気持ちでトリカに質問する。
「ちなみに魔力が溜まるまでどんくらいなの? もう少し溜まったらって言ってたけど」
「アキラの魔力だけで言うなら、あと八年くらいかしらね」
「八年!?」
八年後には僕は二十四歳になっている。その期間が長いのか短いのか、微妙に判断がつかない。
月子が拍子抜けしたように言う。
「あっという間じゃな。何百年と掛かるようなら協力しようかと思ったが」
「あら? 慈悲深い神なら無償の愛を注いでくれてもいいんじゃないかしら?」
「ほほほ、残念ながらわしはただの狐じゃ。それにお主ほど力の器も大きくない。か弱いか弱い狐なのじゃ」
「自信満々に言う台詞じゃないわね」
トリカと月子のやりとりでスケールの違いを感じさせられた。僕にとっての八年は、人間の寿命を考えればおよそ十分の一に当たる期間だが、この二人においては些細な時間なのだろう。
そこに少しの疎外感を感じつつ、しかしそれ以上に安堵している部分がある。それは、僕が死ぬまでにトリカの封印が解けなくても月子が面倒を見てくれるだろうという点だ。
「御免こうむるぞ。こんな不遜な女の面倒を見るのは」
「あなたに面倒を見てもらうまでもないわね。アキラが死んだら空気中の霞みたいな魔力をかき集めて封印を壊すわ」
「くふふふっ、エラ呼吸する魚のようじゃな」
売り言葉に買い言葉だが、多分大丈夫だろう。
もちろん、僕としてもただ何もせず日々を過ごすつもりはない。月子が賽銭と祈りから魔力を得ているように、トリカも何かしらの方法で魔力を得ることができるはずだ。
しかし、その手段がわからないから困る。トリカもこのあたりについてはまるで考えている様子がない。いや、僕に話さないだけで考えてはいるのかもしれない。話していないだけだとしたら、それはそれで腹が立つ。
そんな僕の思考を読んでか、月子が柔らかな口調で言い出す。
「トリカよ、お主はもう少し陽を頼ってみたらどうなんじゃ? 陽の気持ちがわからんわけでもなかろ?」
「……」
トリカは何も言い返さず、顔を歪める。
しばし気まずい時間が流れる。
沈黙に耐えきれず、何故か僕がフォローしてしまう。
「いや、僕が頼りにならないのはわかるからアレだけど、なんつーか、僕なりに何かできることもあるのかなって。まったくないって言うなら、それはもうしょうがないけど」
「そんなことはないわ」
トリカは即答した。
「事実、あなたからは毎日魔力を貰っているし、十分に助けてもらってるの。だからそれで十分なの」
「いや、十分ってことはなくない? 八年って僕には長く思えちゃうんだよな」
「私にとっては一瞬。だからあなたが必要以上に私を助けようとしてくれなくてもいい」
「僕にとっては長い。どうせなら封印が解けたトリカと飯とか食いたいよ」
これは本心だ。トリカの封印が解ければ魔力の管理も封印の結界も気にしなくてよくなる。一人の人間として扱えるようになるのだ。実際に人間かどうかは別として。衣食住はどうするのというのも別として。
一応、僕なりに魔力補充の策がある。
「トリカは僕の体力も吸えるわけだからさぁ、前にも言ったけど僕が身体を鍛えまくって体力増強したら、その分魔力も早く溜められるんじゃないかなって思うんだけど」
「そうね……」
トリカはあまり気が進まない様子だ。なんで?
「言っておくけど、身体を鍛えることは負担でもなんでもないからな? むしろ僕は身体を鍛えられてモテまくること必至だし、体力を持て余すこともなくトリカに分け与えられる。いわばウィンウィンなわけ。わかるか?」
僕の言葉を月子がうんうんとうなずいていた。
「陽もこう言っておることじゃし、甘えてみたらどうじゃ?」
その言葉にトリカが悩ましい表情をする。
「……そうね。アキラの厚意に甘えようかしら」
死ぬほど歯切れが悪くて思わず苦笑してしまう。
僕はトリカと違って心を読むことはできないが、なんとなく想像はできる。今のトリカは僕の厚意に甘えたわけではなく、僕に何かさせろ!という僕の要望に応えてくれた形だ。
別にそれでもいい。
なぜなら、身体を鍛えてモテまくりたいのは事実だからだ。マジでたるんできてる。ちょっと運動しただけで筋肉痛になるのはよくない。
健康維持やダイエットのためだけでは運動するモチベーションとしては正直弱い。僕以外の人間が絡んでくることによって明確に使命感が湧いてくるというものだ。トリカを手助けすることはこれ以上ない大義名分になるのである。
「ほほほ、陽よ。恥ずかしかるでない。単純にトリカの力になりたいのじゃろ?」
「いや違う。僕のトレーニングが先なの」
「そうかそうか。ほほほ」
楽しげに笑う月子である。
トリカは微妙な笑みを浮かべて僕らの会話を聞いていた。
トリカは一体何を気にしているのだろう? 何を懸念しているのだろう? 一般的な女の思考すら意味不明なのに、異世界から来た魔法使いの見た目上は女の考えていることなど想像もつかない。
腹を割って話せばスッキリしそうなものだが、トリカは異常なほどプライドが高い。きっとそんな日は来ないのだろう。そういうところにもストレスを感じる。
……ストレスを感じるということは、僕の中でトリカの存在が大きなものになっているんだなと、ふと思った。まあ四六時中一緒にいるしな。
「くふふ、陽よ。トリカに嫌気が差したときはわしが用心棒をしてやるぞ。わしは隠し事などしないからの」
月子が悪い笑みを浮かべて言った。トリカへの当てつけだろう。
僕も笑って返す
「嘘つけや。僕の思考が筒抜けなのを隠してただろ」
「ん? そんなことあったかの?」
政治家みたいなかわし方だなとまた笑った。
さて、期せずして重要な話もできたしそろそろ出ようかなと思っていると、トリカが「待って」と言った。
「せっかくだから、ユリにこの服を着ている所を見せたいわ。お礼も兼ねて」
トリカは吉岡さんから貰った白いワンピースを着ている。とんでもなく清楚で透明感も演出している。透明感っつっても、実際透明人間みたいなもんだしな。がはははっ!
「面白くないわよ」
「言ってないんだからいいだろ。……じゃあスマホで撮ろうか」
スマホを取り出してカメラを起動すると、トリカが妙なことをのたまう。
「あなたも一緒に写りなさい」
「は? やだよ」
「あなたね、私が一人でこんな店に入る寂しい女だと思われたらどうするの?」
「吉岡さんはそんなこと思わないっつの。ほれ、撮るよ」
スマホを構えたが、画面の中にトリカは居なかった。
と思ったら僕の隣に移動していた。
「ほら、前のカメラ使いなさい」
「えぇ? マジ?」
いわゆる自撮りである。こんな恥ずかしいことをどうして公衆の面前でやらなくてはいけないのだ。
自分のキャラにそぐわない行為を強要されることがこんなにも苦しいとは。いや、もうさっさと撮って終わらせよう。
トリカの着ているワンピースがよく写るように――パシャ。
いつの間にか月子も僕の懐に潜り込んでダブルピースを決めていた。
「はい撮れた。じゃあ吉岡さんに送る用の写真も撮るよ」
「それはいいわ。送るなら今撮ったものを送りなさい」
「嫌だよ。もう勝手に撮るからな……って画面に写らないんだけど」
「不思議ね?」
トリカが何かしらの力を使ったようで、カメラにトリカの姿が写らなくなってしまった。どうしてそんなひどいことするの?
「透明人間だから? ふふ」
これには何も言い返せなかった。
僕の気持ちなどおかまいなしにトリカが催促してくる。
「ねえ、ユリの反応が知りたいから早く送ってくれる?」
「まあちょっと待てって。徹底的に文章を推敲したのちミッション遂行でいいだろ。不器用だから今すぐ打ち込むのは無理よ」
「へんてこしてる暇があるなら早く書きなさい」
「はい」
へんてこて。
渋々先程撮った写真をアップロードし、死ぬほど取り繕うような文章を書き付ける。
僕が必死にタップしている横で、トリカが嫌味を言ってくる。
「そういえばあなた、自撮りをする人間なんてヤバイやつしかいないって言ってたわよね。おめでとう、あなたもその仲間入りよ」
「SNSに上げるやつの話な? 僕は吉岡さんに送っただけであって不特定多数の人間には見せてないわけ。てかそもそも僕は拒否してたよな? 聞いてる? ねえ?」
トリカが涼しい顔をしている横で、月子がケラケラ笑っていた。
「陽はからかいがいがあるのう。トリカが意地悪したくなるのもわかるのじゃ」
「せめて月子は僕の味方で居てくれない? 友達だろ?」
「ほほほほ」
いや笑ってないでさ。
「そろそろ出ましょうか。腹ごなしに散歩がしたいわ」
「ん、そうじゃな」
「トリカはこなす腹がないだろ。おい待てって」
すたすたと出口に向かう二人だった。トレイとか片付けるべきものがあるんですけど!? そもそも僕が指輪の入ったバッグを持たないとトリカも移動できな……あ! ご丁寧に月子が持ってやがる!
大急ぎでゴミを捨ててトレイを戻し、二人の後を追った。
◇◇◇
その後、吉岡さんから返信が届いた。
『トリカさん、私が差し上げた服を着てくれたんですね。ありがとうございます。やっぱり私が着るより百倍似合ってます! 今度一緒にお出かけしましょうとお伝えください。……それにしても守谷さん、まるでライトノベルの主人公のようですね(笑)』
はっずー!




