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銀色の少女と僻み男  作者: ぽん
五章 陰と陽、交差する夏休み
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持つべきものは友

 金色の光とともに現れたのは、赤い着物を纏う少女だった。

 山吹色の長い髪をなびかせた小柄な体躯の少女。それが普通の少女でないことは、一本のしっぽと二つの狐耳が証明している。切れ長の目と目尻に差す赤みが、幼い見た目に反して妖艶な雰囲気を感じさせる。

 狐の少女――月子はニコリと笑みを浮かべて僕を見た。


「なんじゃ、こんな雑霊に怯えておったのか。弱いのう陽は」


 僕と霊の間に立った月子は、拍子抜けといった感じで霊を一瞥した。

 そして月子は霊に完全に背を向けて、僕に手を差し出してくる。


「大丈夫か?」

「いやそれより後ろ!」


 あんまりにも悠長な月子に僕は気が気でないのだが、月子はまったく焦る様子もない。

 月子は微笑をたたえたまま言う。


「ふふ、霊が気になるのじゃな。ほれ――これで心配なかろ」


 そう言うと、月子はしっぽで背後を振り払った。

 その瞬間だけ、月子のしっぽが太く長くなり、ぶおんという音と風圧をともなって女の霊は吹き飛ばされた。

 姿は見えなくなったが、消滅したのだろうか。


「ん」


 僕が霊の吹っ飛んだ先を見つめていると、月子が立ち上がるように催促してきた。

 差し出されていた華奢な手をとって立ち上がる。


「本当にありがとう。助かったよ、月子」

「お主の情けない声が聞こえてきたのでな。すぐに来てやったのじゃ」


 その月子の言葉にいくつか疑問が浮かぶ。


「そんなすぐに来れるものなの? 足速すぎない?」

「陽よ。たしかにわしの足は速いが、こんな一瞬で走って来れるわけなかろ」


 月子が呆れたように言った。


「あ、じゃあ、たまたまこの近くにいたの? ていうか僕、助けてって言った記憶ないけど。心の中では叫びまくってたけどさ」


 先程のことを思い出しながら月子に尋ねた。

 すると、月子は僕がかけているボディバッグに目をやった。


「前にお守りを渡したじゃろ。あれには飛脚の呪符が入っておったのじゃ。陽の願いに呼応する仕組みでな」


 そういえば、お守りは神社を訪れた日以来ボディバッグに入れたままだ。お守りの効果は本当にあったのだ。


「そっか。月子様様だな。今、すごい信仰心高まってるよ」

「ほほほ、供物はすいーつでよいぞ」


 月子がいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。

 僕もまた笑って返す。


「狐がそんなもの食べて大丈夫なの?」

「わしは月子様じゃぞ? ただの狐とは違うのじゃ」


 ほんと、ただの狐じゃこんなことはできない。

 そんなやりとりをして安心したからか、どっと疲労感が襲ってきた。ようやく危機を回避したんだと実感する。

 廊下の壁にもたれて大きく息を吐くと、月子がふっと笑った。


「そんな有様じゃここから出られるのか心配じゃ。ほれ、わしが先を歩いてやる。夜目も利かんのじゃろ」


 そう言って月子は再び手を差し出してきた。

 身体も頭も疲れていた僕は、特に抵抗することなくその手を取る。

 そして手を引かれるままに廃病院を歩いていった。



  ◇◇◇



「スイーツって具体的に何がいいとかある?」

「陽のせんすに期待しておるぞ」


 僕らは階段を降りながら先程の供物について話していた。

 供物というとなんだか仰々しいが、要はお礼の品である。月子に会いに行く口実にもなるし、僕は割と乗り気だった。こんなことでもなければ、わざわざ電車を使ってまであの神社に行くこともないしな。


「えぇ? せめて和か洋かくらい決めない?」

「それなら洋かのう。和菓子は食べる機会があるのでな」

「オーケー。じゃあ夏休み中に持っていくよ」

「うむ。そう言ったからには必ず来るんじゃぞ?」


 月子はしっぽでバシバシと僕の腰辺りをはたいてくる。

 ちょっと嬉しそうな月子を見て、僕もなんだか嬉しくなる。早めに行くことにしよう。

 それにしても……見た目中学生くらいの少女に男子高校生が手を引かれているという画は、僕にしてみれば情けない。家に帰ったら霊に対する自衛策でもトリカに教えてもらおうかな。

 そんなことを考えていると、月子が僕を見上げて聞いてきた。


「今更じゃが、トリカはどうしたのじゃ?」

「トリカは外で待ってるよ」


 僕が答えると、月子は可愛らしく小首をかしげて至極当然の疑問を呈する。


「どうして一緒にいないのじゃ?」

「それはなんでかって言うと――」


 トリカの制約などについては隠して、これまでの経緯を簡潔に話した。


「ほほー、それは災難じゃったの」


 月子が労うように言ってくれる。

 僕は苦い笑みを浮かべた。


「いやー、僕の見通しが甘かったよ。正直、自分ひとりなら逃げ切れると思った」

「そのへんに漂う霊なら陽ひとりでも大丈夫じゃと思うが、まあさっきの霊は少し力を持っておったの」

「そうだったんだ。やっぱこういうところには近づかない方がいいな」


 改めて自戒していると、月子が繋いでいる僕の手を持ち上げた。


「何かあったらわしを呼べばよい。暇なんじゃから」


 それを聞いて気になることがひとつ。


「呼ぶっていうのはまたお守りに呼びかければいいの?」

「いや、効果は一回きりじゃから、陽が今持ってるお守りはただのお守りじゃ」


 そうなんだ、とうなずいていると、月子が続けて言う。


「またわしのところに来れば新しいお守りを渡してやるぞ」

「マジ? じゃあ神社に行く理由がまた一個できたな」

「ふふ。それも狙いの一つじゃ」

「でもそうなると月子と会うときは僕がピンチのときだけってことになるね。一回しか呼べないし」

「む」


 月子が不満そうな顔をして振り返った。


「陽よ。お主は友達と遊ぶとき必ず理由があるのか?」

「いや、そんなことないけど……」

「つまり、気軽に呼んでくれてよいのじゃ」

「でも一回きりなんでしょ? もったいない……」

「人間どものもったいない精神は美徳とされてるのかもしれないがな、そうやって物を腐らせるところは悪いところじゃぞ」


 そのもったいない精神は若干意味合いが違うと思うが。

 そこには突っ込まずにお守りについて尋ねる。


「ちなみに呪符の効果が時間経過でなくなることってあるの?」

「あるが、人間の時間で考えればないに等しい」

「そっか。じゃあ使い所は十分見極められるね」

「陽よ。使い所はいくらでもあるのじゃ。そう、明日でも明後日でもな」

「大丈夫大丈夫、明日明後日は家に引きこもってるから」


 月子は恨みがましい目で僕を睨みつけていた。

 喋り方は古風なのに、性格が子供っぽく人懐っこいのでからかいたくなってしまう。

 そろそろ謝ろうかと思った矢先、月子が僕の手を引っ張って自らの口元に持っていく。


「え、なに? いたっ」


 手の甲を噛まれた。しかも血も出ている。


「ごめん月子! もう明日にでも顔見せに行くから! 機嫌直して!」

「別に怒っておらん」


 月子はあっさりとした口調でそう言い、今度は僕の傷口を吸った。え、ええ……?


「いや、怒ってないなら何を……?」

「まーきんぐじゃ」


 まーきんぐ? マーキングってなに?

 僕が理解できずにいると、月子は自分の人差し指を噛んでいた。


「え、血出てるけど」

「うむ。陽、ちょっとかがむのじゃ」

「こう? むぐっ」


 僕の口の中にその人差し指を突っ込んできた。

 血の味が広がり、驚きのあまり嚥下してしまう。

 すると、僕と月子の身体が一度金色に光った。何かしらの効果を得たのか、何なのか。

 僕の口から指を引き抜いた月子は、あっけにとられる僕を見て得意げに笑った。


「これでお守りがなくともわしを呼べるようになったぞ。嬉しいじゃろ?」


 月子が嬉しそうに尋ねてくる。

 あんまりにも得意気だったのでとりあえず否定はしないでおく。


「えっと、嬉しい、けど、何をしたの?」


 とにかく突然のことに理解が追いつかない。


「噛み砕いて言うなら、飛脚の呪符の効果を直接陽に刻みつけたということじゃな」

「本来なら一回こっきりの効果を? 僕に直接?」


 そう確認すると、月子は満足気にうなずく。


「うむ」

「それってどれくらい効果は続くの?」

「わしが生きている限りじゃな」

「ほえー」


 それが良いことなのかどうなのか、すぐには判断できない。

 僕の性格的には、「これ大丈夫なんだろうか」という猜疑心が湧いてしまうのだが、感情的には月子のことを信じたいので、そういう猜疑心を持つこと自体に罪悪感を覚える。

 月子はにこにこ笑顔で楽しげな様子だ。この表情に裏を探るのは人としてどうなんだ。

 そもそも、僕はすでにトリカと視えない線で繋がれている。それを考えたら月子を永続的に呼べることなど些細なことではないか。

 トリカという存在のおかげで自分を納得させることができた。


「陽……? もしかして、迷惑じゃったか?」


 月子が不安げに僕の顔を覗き込んできた。僕の口数が減ったからだろう。

 僕はしっかりと月子の目を見て、その不安を一蹴してやる。


「迷惑なわけない。月子をどこのスイーツの店に連れて行ってやろうか考えてたんだよ」

「そうか! くふふ、楽しみじゃのう」


 屈託なく笑う月子に僕も笑顔になってしまう。こんな月子を疑うなんて僕はなんと器の小さい人間なんだろう。

 ただ、ひとつだけ明確に気になることがある。

“月子を呼ぶ”とは具体的にはどういうことなのだろう。

 例えば、先程は僕の心の叫びが聞こえたということだから、それより前の声は聞こえていなかったと思われる。どういう意識で呼ぶと、月子に声が伝わるのだろうか。最低限の意識のラインが知りたい。

 電話みたいに番号を押したら声が届くというシステムだったらわかりやすいのだが、そういうわけにもいかないし。


「それはわしが勝手に察するから大丈夫じゃ。呼ぶ意識が強い声は大きく聞こえるのじゃ」

「へぇ~、そうなんだ」


 ん?


「今、僕声に出してないし、呼んだ意識もない」

「あ。」


 月子の耳がぴんと立つ。

 そして先を歩き始めた。


「……そういうことが気になっているという顔を陽がしておったのじゃ」

「ちょっと待ってくれ月子。僕の思考、筒抜けなの?」

「陽よ、トリカたちが待っておるのじゃろ。早く行くぞ」

「やっぱいろいろ確認させてくれ。さっきの血はどういう意味があったの? っておい月子走るな! 僕をエスコートしてくれるんじゃなかったのか――!」


 しばらくおいかけっこをしていたが最後まで捕まえられず、廃病院のエントランスまで来ると月子は姿を消した。



  ◇◇◇



「あ、守谷くん戻ってきた」


 廃病院を出ると、先輩方が勢揃いしていた。よかった。

 先輩たちは何か複雑な雰囲気を形成しているのかなと思っていたが案外そんなことはなく、フラれた岡本先輩も表面上は穏やかに広田先輩や渡辺先輩と顔を合わせていた。


「すみません。行き違いになっていたみたいですね」


 僕は誰にともなくそう言って、倫さんの近くに寄っていく。


「倫さん、もう落ち着きました?」


 そう声を掛けると、倫さんは笑顔でうなずいた。


「うん。もうだいじょーぶ。陽くんもお疲れ様」

「いえいえ」


 倫さんに話を聞くと、今は山本兄の迎えを待っている状態とのことである。

 それから倫さんとちょっと会話をした後は、退屈そうに浮遊しているトリカに目を向ける。

 こっちでは何も起きなかったんだな?


「見ればわかるでしょう? そっちでは何か起きたみたいだけど。……ん?」


 トリカがこちらに近寄ってきたかと思うと、僕の胸を指で突きながら至近距離で睨んできた。


「あなたの中に私以外の魔力が定着してるんだけど。なんなのかしらこれは」


 心当たりは一つしかない。月子の血だ。

 僕は廃病院内で起きたことを頭の中でまとめた。

 トリカはそれを読み取ると、ひとつうなずいた。


「そんなことがあったのね。やっぱり私を連れて行くべきだったじゃない。そうしたら余計な唾をつけられることもなかったのに。もっと言うなら私が役立たずだと狐に思われたかもしれないじゃない。屈辱だわ……!」


 トリカは顔をしかめて拳を握りしめていた。怖い。

 そして次にはいつものように呆れた視線を向けてきた。


「それにしても血を飲むなんてね。私の世界だったら相当にまずいことよ」


 マジ? どうして? あ、血がうまいとかまずいとかって話? 食いしん坊すぎるだろ……。


「ぶん殴るわよ? そうじゃなくて、血の契約って言う儀式があって……やっぱりこれは長くなるから後で話すわ。狐の魔法はそういうものではないみたいだし」


 血の契約って言葉がもう仰々しい。月子のやったことが平和なものであることを願うばかりだ。

 ちなみにトリカの力で月子の魔力を排除することはできないの?


「今の私では無理ね」


 そっか。

 でもまあ、大丈夫だろ。月子とトリカを比べたら明らかにトリカの方がヤバイわけだし。


「それはもちろん良い意味でヤバイのよね? 若者言葉よね?」


 おっしゃるとおりです。良い意味でヤバイし化物だしゴリラだと思ってるよ。良い意味でね!


「うふふふふふっ、はぁ~今日の夜が楽しみだわぁ。しばらくはミカのご飯が増えるわねぇ」


 体力は吸わない慈悲深さを持っていらっしゃるのがトリカ様ですよね。いよっ! 女神! 聖女!


「安心しなさい。天国へいざなってあげるわ」


 これそのままの意味でヤバイな、なんて思っていると、トリカの方から話題を変えた。


「冗談はこの辺にして。……ねえ、あなたは自分のことを用心深い人間だと思ってるかもしれないけど」


 思ってる。


「全然そんなことないのよね。迂闊に相手のことを信じすぎ。ま、それはあなたの良いところでもあるけど」


 全然そんなことないけどなぁとオウム返しに思う。常に疑ってかかってる。

 しかしまあ、今回の月子の件に関しては迂闊だったかもしれない。


「もう少し気をつけなさい」


 はい。

 トリカからの小言はよくあることなのだが、こういった忠告は珍しい気がする。肝に銘じておこうか。


「……」


 トリカが忠告までしてくるということは、やっぱり月子のしたことはとんでもないことだったのではないかと不安になってくる。月子は「お守りがなくともわしを呼べる」と言っていたが、それは効果のひとつであって全容ではないはずだ。なにせ僕の思考を勝手に読んでいた。

 どうしてどいつもこいつも勝手に僕の思考を読み取ろうとするのだ。これじゃあ変なことを考えられないではないか。


“変なことってなんじゃ?”


 月子の声が脳裏に届く。

 すぐに周囲を確認したが、姿は見えず。


“陽よ。わしはお主の不利益になるようなことはしないつもりじゃ。わしら、友達じゃろ?”


 中学生みたいな問いかけに吹き出しそうになるのだが、ギリギリこらえる。

 僕が口元を抑えていると、別の声が脳裏に響く。


“人間と狐が友達になれるのかしら”

“む。トリカか? なるほど。お主らが時々喋らなくなっていたのはこういうことじゃったか”


 ちょ、ちょっと僕の頭を介して会話をするのはやめてほしいんだけど?

 その希望を無視してトリカと月子が会話をする。


“それにね、この男の思考を読むのはやめておいた方がいいわよ。きっと人間に幻滅するわ”

“そうかのう? 案外、予想通りの思考じゃが”

“あら、そうなの。よかったわね、アキラ。あなたの性格の悪さを受け入れてくれるそうよ”


 確かにまかり間違っても自分の性格が良いとは思わないが、それを隠して日々生活してるのだからそこをどうこう言うのはやめていただきたいものである。

 というか、月子は近くにいるなら姿を見せてくれないか? 他の人には認識されないんだろ?


「見えるようにもできるがな」


 月子がいつの間にかすぐそばに立っていた。見えるようにもできるんかい。トリカが二人になったようなものだな。

 ちらっと金髪を一瞥しつつ、リアクションを取らないように努める。


「ほほー、まだ夜は浅いが、こんなところに男女で七人か。陽はどの娘を狙っとるのじゃ?」


 月子が先輩方を順繰り眺めて俗っぽいことを聞いてきた。

 七人って人数から察せないか? 僕が余りで、ほか六人でテキトーにやってんすよ。


「可哀想に……」

「アキラが消極的すぎるのよね」


 二つの哀れみの視線を物ともせず、僕はひとり仁王立ちする。

 これが硬派な男の生き様……! かっこよすぎっ……!


「負け惜しみじゃな」

「そうね」


 それから山本兄の車が到着するまで、僕は夜空を見上げ続けた。星が綺麗だった。

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