玉砕見るのやめらんねえ!
「トリカさぁ、ちょっとひどくない? さっきの」
「うふふふ、ごめんなさい。楽しみすぎたわね」
先程のトリカの振る舞いにケチをつけながら、注目の集まらない方向へと歩く。トリカの可視化を解くためだ。
ちょうど公衆トイレを見つけたので、トリカには女子トイレに入ってもらい、そこで解除してもらうことにした。
僕は外でそれを待つ。サンサンと照りつける太陽に目を細めつつ、あたりを眺める。
相も変わらず浜は賑やかだが、こう見ていると思いの外家族連れが多くて安心した。もっとウェーイ系かつヤンキー系のヤベー系の人間ばかりが集まっていると思っていた。それは杞憂だったようだ。
背後に人影を感じたと思ったら、トリカがふわふわと漂ってきた。それを確認して拠点へと歩き始める。
「いやーあちーな。これで海に入らない奴とかいる?」
「まさか。いるわけないでしょ、そんなおばかさんは」
皮肉たっぷりなトリカの言葉に笑いつつ、水着を持ってこないのはやりすぎだったかもしれないと自省する。
それはさておき、僕はこのイベントに参加するに際しずっと考えていたことがある。
男女混合のグループで海に来るってこれもう完全にカップリングを狙ってんだろ、ということである。
僕と運転手のお兄さんを抜けばちょうど男女で3対3の構図になっているが、果たしてこれは偶然だろうか。
そしてこの催しを企画したのはおそらく男子側だと思われる。倫さんが肝試しを嫌がったのにもかかわらず強行するあたりから窺える。
全員が全員そういうカップリングの狙いを持っているかはわからないが、確実に男子側に一人は居るはず。そうでなければわざわざ男女で海など行かないだろう。
「それはインキャの発想じゃないの?」
「……そうかも」
単純にあの六人が「仲良しグループで海に遊びに来た」という話ならそれは僕の理解の範疇を超えている話である。したがって今回はその可能性は考えない。ぜぇったいに下心はあるはずなのだ。高校生なんてそんなことしか考えていない。
「ふふ、アキラもその目論見に乗って誰かを射止めてみたら?」
「無理に決まってるでしょ」
「リンなら可能性あるかもしれないじゃない」
「ないない。幼馴染いるしね」
「相変わらず諦めが早いようで」
確かに、中学生のときから進歩していない。
しかしそもそも確固たる好意があるわけでもない。僕のような陰よりの人間はちょっと声をかけてくれたり優しくされたりするだけでその人を好きになっちゃうものなのだ。それだけでアプローチを掛けるのはあまりにも気が早い。「あ、これが“恋”(こい)なんだ」と青春映画ばりの自覚をしたときには猛烈にアプローチを仕掛けたいと思う。恋のラップを32小節ぶちかますと思う。
「まったく想像できないわ……」
僕の話はどうでもいい。
男女混合グループで海に来たとあれば、確実に告白、あるいはそれに限りなく近い積極的なアピールが行われるはずだ。僕はそれをつぶさに観察し、無事玉砕するところを見届けなければならない。
「なんなの、その使命感は……」
こんなことでもなければこのイベントに楽しみを見いだせないのだ。
「ちなみに無事成功した場合はどうなるの?」
そのときは見なかったことにして別の玉砕現場を期待するまで。
「インだわ……。これがインの発想なんだわ……」
トリカが呆れ果てて震えていても、僕の軸がブレることはない。玉砕見てえ……! 陽の者が打ちひしがれているところを見たくてたまらねぇ……!
拠点に戻ってくると倫さんと岡本先輩が楽しそうに雑談していた。早くもカップリング候補を見つけてしまった。
僕の存在に気付いた岡本先輩が手を上げた。
「おーう守谷、荷物見ててくれてありがとなー」
「あ、いえ」
「俺ちょっと休憩してるからさ。海で遊んでていいぞ」
「わっかりました」
岡本先輩は笑顔でそう勧めてくれた。
これはつまり、「一ノ瀬と二人で喋りたいから邪魔するなよ」ということだろう。それを察せない僕ではない。
冴えに冴えた空気の読みっぷりを自画自賛していると、トリカが呆れていた。
「まるで抵抗しないのね……」
今の状況で先輩の一応の厚意をふいにするのは意味不明である。素直に聞くのが正解だ。
荷物番も結局は一人になりたいだけだし、気まずくならなければどこにいてもいいのだ。
だから一旦この場を離れて、拠点の様子を観察できるスポットを探すつもりである。
「挙句の果てには覗き見ときたわ……。アキラ、私ちょっと引いてるわよ」
引かないで……と思いつつ、やめらんねえ! 玉砕見るのやめらんねえ! ごめんな! 趣味悪くてごめんな!
「この子開き直ったわ」
そうと決まればひとまずこの場を離れよう。
僕はボディバッグを背負ったまま、海の方向へと向かおうとする。迂回してこの拠点の背後を取るつもりだ。
そう思い歩き出すと、後ろから声をかけられた。
「陽くん、バッグはここに置いていきなよ。濡れちゃうじゃん」
倫さんがいつの間にか傍まで来ていた。
その倫さんの言葉はもっともで、普通海で遊ぶならバッグは置いていくべきである。
しかし、この中には指輪が入っており、置いていくとトリカと離れることになる。それなら指輪を付ければいい、とはならないのだ。高校生で指輪なんてイキってると思われそうで嫌だ。ポケットに入れておくのも紛失しそうで怖い。とにかく指輪を置いていくことはできない。
「ふふ、どうして?」
なんだかんだいっても一人は寂しいからである。わかってんだろ?
トリカとの会話を打ち切り、倫さんに言い訳をする。
「バッグはそうですね。えーっと、そうですね。いや、散歩したい気分なんで、ちょっと海岸線やら水平線やら見つつ。バッグに飲み物とか入ってるんで」
そう言うと、倫さんは少し訝しんだ顔をした。
「ふーん、そうなんだ。……じゃあ私も一緒に行こーっと。別にいいよね?」
「え!」
「なーにその反応。私と一緒じゃダメ?」
「いえいえまさか! ……じゃあ、行きます?」
「うん! いこいこ。あ、ちょっと待っててね」
倫さんは一度テントの方に戻った。その際、ちらっと岡本先輩の顔を見たのだが、完全に無の表情になっていた。どんな感情を抱いているのか悟らせない完璧なポーカーフェイスだった。
僕は少し罪悪感を感じていた。倫さんに声をかけられる前にさっさと拠点から離れるべきだった。まさか付いてくるとは思わなかったが。
「どうして罪悪感を感じてるの?」
ずうぇったいに岡本先輩は倫さんを狙っているからだ。空気の読める男たる僕の勘がそう言っている。
「インキャの勘じゃなくて?」
ラッパーのフィーリングと言い換えても良い。もう倫さんに対する岡本先輩のヴァイブスを見れば明らかなのだ。
僕の見立てをトリカに述べていると、倫さんが装いを変えて戻ってきた。
「お待たせー」
「あ、帽子を被ってきたんですね。正解です」
「あはっ、正解だった?」
「ええ、日差しが強いですからね」
そうして海に来たのにもかかわらず、散歩を始めた僕らである。
◇◇◇
「えーっ!? 水着持ってきてないの!?」
「はい……」
海から少し離れ、パラソルも立っていない砂浜を倫さんと歩いていた。
「どうして散歩なの?」と倫さんに聞かれたので、水着不所持ですと自白したところである。
「もー、どうしてー? 海なんて水着と財布だけじゃん。必要なの」
「すみません」
海の方からは女子の高い声や子供の笑い声が聞こえてくる。海に入らずとも夏の雰囲気を存分に味わえた。
海風を心地よく思いながら海を眺めていると、隣から気まずそうな声で訊ねられた。
「ねえ、陽くん。今日、楽しんでる?」
その言葉に僕は驚き、倫さんを見た。申し訳無さそうな顔をしていたので、僕は即肯定する。
「はい、めちゃくちゃ楽しいですよ? 先輩たち面白いですし」
「ほんとに? それならいいんだけど……ほら、私が無理やり誘ったみたいなところあるし」
「いやいや! 僕みたいなやつは誘ってもらえるだけありがたいんですよ。誘いがなかったら引きこもってテレビで野球ばっか見てますから」
「そっかー。陽くんは野球好きなんだねー」
まずいな。このイベントに乗り気でないことを悟らせたくなかったのだが、その空気がなんとなく伝わってしまっていたようだ。これは後輩としても遊ぶ相手としてもありえない。
僕も先程めちゃくちゃこのイベントを楽しめる機会があったのだが、それはなぜか現在の散歩に置き換わっている。本来なら岡本先輩と倫さんのやりとりを眺めているはずだったのだが……。
とにかく倫さんに余計な気を遣わせたくない。目一杯楽しんでいる雰囲気を出さねば。
少し声のトーンを上げて会話を始める。
「そういえば、海に行くことを企画したのは誰なんですか?」
「多分、広田くんかな? 広田くんってわかる? あの背が大きい人ね」
「はいはい、わかります。魚住くらいありそうっすよね」
「え、うおずみってなに?」
「え? ご存知ない? 倫さん、それはちょっと不勉強じゃないですか?」
「もー! めっちゃ上からくるじゃん! むかつくー!」
「あはははっ! 漫画のキャラです。2メートル以上あるんですよ」
「あー、広田くんは2メートルはないよね。高砂くらいかなー」
「!?」
今回のイベントの企画者は岡本先輩ではなかったようだが、広田先輩が協力体制を敷いている可能性も十分に考えられる。いずれにしても男子側が持ちかけたものであることはわかった。
それならなおさら倫さんと散歩なんかしている場合じゃない。僕が倫さんを独占していたら妙なヘイトを買ってしまう。
しかし困った。まだ散歩が始まって五分も経っていない。引き返すにはあまりに早い。
「それにしても皆さん仲が良いんですねー。普通、男女で海とか来ませんよ」
「そーだねー。男女っていうか、それぞれの仲良しグループが集まったって感じなのかなー」
「あー! なるほど! 理解できないですねぇ」
「えぇ!? 今の納得してるニュアンスの『なるほど!』じゃん!」
僕、モロ、トシの三位一体漢の絆激アツグループは、他の仲良し女子グループとの交流など一切ない。物理的な障壁があるわけでもないのに、お互い歩み寄ろうともしない。接点がないのだから当然といえば当然である。
仲良しグループはそのグループ内で完結するものである。なぜ他のグループと交流することがあろうか、いやない。
つまり、グループを繋げるためには何かしらの架け橋が必要なのだ。その架け橋こそがこのイベントを立ち上げた首謀者に違いない。
なんかドロドロした昼ドラみたいな関係性だと面白いなーと他人事のように思っていると、倫さんが尋ねてきた。
「陽くんはクラスであんまり女の子と話さないの?」
ど直球な質問に少し面食らう。
ここで見栄を張ってもすぐに化けの皮が剥がれるだろうから、正直に答える。
「話さない……というか話せないですね。思春期丸出しなんで、気恥ずかしいというか」
「そうなの? 全然私とか、千穂とかと話してるのに」
「それはお二人が話しかけてくれるからですね。ほんとありがたいですよ」
「そっかー。自分からは、ってことね」
「そうです。それにもし僕が話しかけたら、『え、キモ』ってなりますよ」
「あはははっ、ならないでしょ! ネガティブやばー」
そして沈黙。今まさに僕の悪いところが出ちゃってる。
“インの部分ね”
そうです。というか、どうして指輪に戻ったの?
“あなたにリンを意識してもらおうと思ってね。私は今から眠るから”
え、ちょっと待って。
“待たない。二人きりでたくさん交流したらいいわ。うふふ”
それ以降、僕が何を問いかけても反応はなかった。このタイミングで寝られると本当に困る。というか用心棒としての役目はどうした。
僕が倫さんと散歩をすることになっても平静でいられたのは、なんだかんだいってもトリカが居たからである。傍目には二人で歩いているように見えるが、僕の意識的には三人なのだ。
それが今、完全に二人になった。途端に緊張感が増してきた。
二人であることを意識すると、今度は沈黙に耐えられなくなってくる。これまでは黙っていてもトリカとテレパシーで会話をしていることも多々あった。
ちらっと倫さんの横顔を見る。帽子のつばの下に見える顔は、柔和で余裕を感じさせる。これが後輩と先輩、そして陰と陽の違いだろうか。
ともあれ、黙っているのはまずいと思い、適当に話し出す。
「あのー、倫さんはどうして散歩についてきたんですか? 単純に疑問なんですけど」
僕がそう言うと、倫さんは僕の目を覗き込んできた。
「えー? だって海に来たのに海に入らないっておかしいじゃん。陽くんがこっそり帰っちゃうのかと思ってね」
「そんなことしませんよ!」
「それかこっそりトリカさんに会いに行くのかな、とか」
「それもないです!」
この様子だと僕はあんまり信用されていないようだ。付き合いが短いからそれも当然だが。
僕が強く否定していると、倫さんはほっとした表情をした。
「それならいいんだけどさ。……トリカさん、本当に綺麗だったなー。何歳くらいなんだろ?」
「いやーわからないです。トリカの素性についてはほとんど知らないんで」
「そうなんだー。その割には仲良さそーだったね?」
「向こうがやたらとフレンドリーなんですよね」
トリカが眠っているのをいいことに言いたい放題である。
さて、他の先輩方がいないこの機会にいろいろと彼らの関係性について探ってみよう。
「あのー、これも単純に気になってるんですけど、先輩方の中で付き合ってる人とかいるんですか?」
ラフに爆弾を投下すると、倫さんが目を丸くした。
「なにその直球!? ……いないんじゃないかなーって思ってるよ私は。でも、もしかしたら付き合ってたりするのかも」
「そうなんですか。お団子先輩とかモテそうですけどね」
あの先輩は元気ハツラツな感じが男女問わず人を惹き付けそうだなと思う。
なんとなく言った感想に倫さんが食いついた。
「お団子先輩ってマドカのことだよね? え、陽くんってマドカみたいな子がタイプなの?」
「いえ、客観的に見ての話です」
「客観的な話? あ、そう」
倫さんは納得したようにうなずいた。
さて、ここで倫さんを狙っているであろう彼について探りを入れよう。
「岡本先輩もモテそうですよね。スポーツマンって感じで」
「あー、そうだねー。筋肉質な感じはあるよね」
「それに優しいですし。もしかしたら先輩方の中に狙ってる人とかいるんじゃないですかぁ?」
「聞き方がゲスい! もーなんなのー陽くん」
「あはは、すみません。いや、こう男女が集まってたらそんなことになりそうだなと思いまして」
僕の言葉に倫さんはからからと笑った。
「そーんなに単純じゃないでしょ。ほんとそれ中学生の発想だよ」
「やっぱりそうですか?」
「そうそう。でもまー、マナと広田くんは怪しいかなーって感じはあるんだけどね」
「ほうほう、ちなみに矢印はどういう感じで?」
「マナから広田くんに……ってすぐ話を引き出そうとするじゃん!」
「えぇ!? 今倫さんが勝手に喋ったんじゃないですか」
マナとは山本兄弟の妹の方である。どうやらその彼女が、高身長の広田先輩を好いているらしかった。ここでカップリングがひとつ、そして岡本先輩と倫さんで二つ、そうなれば残るお団子先輩ともうひとりの男の先輩で三つ、になれば面白いなというところである。
先輩方についてはほとんど興味はないが、玉砕現場にだけは興味がある。ぜひとも積極果敢に告白チャレンジをしていただきたいものだ。帰りの車内が気まずい空気になることを望むものである。
僕はゲスい笑みを浮かべて言う。
「じゃあ肝試しのペアがとりあえず一つできてるってわけですね」
その言葉に倫さんが落胆の声を出す。
「あー、そっか。全員で一緒に行くわけじゃないのかー」
「そのパターンもありますかね? なんか二人一組が定番だと思ってましたけど。くじとかで決めて」
「確かにねー。えーやだー。二人一組なら陽くんとが良いー」
倫さんは霊の存在について知っている。だから霊感のある僕と行動を共にしたいのもわからない話ではない。
「でも、霊感のある人間より無い人と一緒に行く方がよくないですか? 霊が居るってわかる方が怖いような気もするんですけど」
「ううん。私はいるかいないかわからない状態がイヤ。もう知っちゃってるしね」
「なるほど。もし、いたらどうします?」
「陽くんに全部委ねるよ。私は何もできないし」
「いや、僕も何もできませんけどね。でも、もし居た場合はできるだけ近付かないようにしますよ」
「そうそう、見えないと避けることもできないからね」
とはいえ、霊に近付いたからといって必ずしも取り憑かれるわけではない。心が弱ってさえいなければ大丈夫だとトリカは言っていた。
ただ、倫さんは霊の存在を把握していることもあり、普通の人より過剰に恐怖心を抱く可能性はある。できるだけポジティブな気持ちにさせる必要があるだろう。
「倫さん、悪霊って心が弱っている人に取り憑く可能性が高いんですよ」
僕のアドバイスに倫さんは目を見開いた。
「そうなの? 怖がり過ぎたらダメ?」
「怖がっていても『絶対やられるもんか!』みたいなマインドだったら大丈夫だと思います。抵抗しない精神の人に取り憑きがちですね」
僕がそう言うと、倫さんはぐっと拳を握り雄弁に語る。
「じゃあ、だいじょうぶ! 負けん気は強いよ」
「かっこいい! もし倫さんとペアになったら僕は倫さんの後ろを歩きますね」
「かっこわる! 逆でしょ普通!」
そんな軽口を言って笑いあった。
そして、僕は根本的なことを忘れていることに気付いた。
「そもそも肝試しってどこでやるんですか?」
「この近くに廃病院があるらしいから、そこでやるらしいよ」
「……僕らだけでも帰りません?」
「あははっ! そうしよっか!」
しかし、続く倫さんの言葉は僕の提案を拒否するものであった。
「ほんとに帰りたいけどね。でも、マドカもマナも行くし見過ごせないんだよなー」
友達思いの素晴らしい人である。
「倫さんは本当にかっこいいなぁ。よし、じゃあ僕はひとりで帰りますね」
「ちょっとぉ! そこは一緒に行くって言うところでしょ!?」
「冗談です。もちろんついていきますよ」
しかし本心では本当に帰りたかった。廃病院って絶対やばいだろ……。




