神にすら引けを取らない女
駅のホームは電車を待つ人がまばらに居た。
僕とトリカはベンチに座っているが、ミカはその辺をうろうろしている。線路に落ちないように小声で注意したが、落ちるわけないというような顔をされた。
階段からホームに降りてくる人が僕らの前を通り過ぎる際、ほとんどの人がトリカに目をやる。通り過ぎた後に振り返って二度見する人もいた。やはり目立つ。
帽子を深く被って欲しいと思うが、仮にそうしたとしてもあまり意味はないかもしれない。トリカからはオーラのようなものが溢れているような気がする。とにかく目を引くのだ。他人のフリをしたいと思うこともしばしばである。
こんなことを思うと、トリカはしたり顔で「本当は誇らしいくせに」などと言ってきたりするので、ちょっとだけ誇らしいと先んじて牽制しておく。
「どうして牽制するのよ。言わせなさいよ」
「声に出して言うのは恥ずかしいからだよ」
「それを見たいのに」
「なんだこいつ」
僕がそっぽを向くと、視界の外からトリカの優雅な笑い声が聞こえた。
ホームに電車が入ってくる旨のアナウンスが流れると、僕はベンチから立ち上がる。背を反らして身体を伸ばしていると、ミカも前足を突っ張って身体を伸ばしていた。真似してやがる。
以前の中野先輩の件があってからというもの、電車がホームに入ってくる瞬間周囲に目を光らせる癖がついてしまった。少し緊張もしている。いずれなくなるのだろうが、しばらくは残る習慣だろう。
何事もなく電車がホームに入り、扉が開く。僕はトリカとミカに声を掛け、電車に乗り込んだ。
どこもかしこも席が空いているので適当にトリカと腰掛ける。
閑散とした車内を見渡しつつ、外の風景を眺める。繁華街を離れていくにつれて背の高い建物が減り、次第に畑や民家といったものがまじり始める。
見慣れているが、見慣れない風景が流れていく。このあたりを移動したことは数えるほどしかないが、地方の町並みはどこも似たように見える。
隣のトリカが呟いた。
「アキラが私の世界に来たら驚くでしょうね。もし森があったとしたら、ずぅーっと森が続いてるわよ」
それもファンタジー感があっていいと思う。きっと森の中は危険で溢れているのだろう。
「何が違うんだろうな。こっちとそっちで」
「それは単純に人の数でしょうね。この世界は人間が頂点かもしれないけど、私の世界は違うから。開拓されない土地、開拓できない土地がたくさんあるわ」
それぞれの種族の縄張りがあるのだろう。そして文化も違うのだ。
「なるほどなぁ。ちなみにトリカの世界では何が頂点なの?」
「そうね。この世界で言うところの竜かしら。強さだけで言えば」
強さだけで言えば、こちらの世界も人間ではなく熊とかになるかもしれない。いや、文明の利器を使える人間の方がやはり上か。
しかし竜が実在する世界なんて凄すぎる。実際に遭遇したらおしっこ漏らすレベルで天災なんだろうけど、話として聞く分には憧れる。
トリカは視線を上げて、元いた世界に思いを馳せた様子で言う。
「文化なんかを考えると、魔力の多いリージェになるのかしらね。あ、リージェっていうのは人間の上位に当たる存在ね」
「人間の上位もいるんか」
こちらの世界で言うところのエルフに当たるのだろうか。いや、エルフもフィクションだけども。
そう考えると、向こうの世界における人間は肩身が狭いのかもしれないな。
「まあ、リージェは選民思想の塊ね。それゆえに下のものの模範であるように意識してるところはあるわ」
「なるほどね。ちなみにトリカは何なの?」
さらっと重大なことを尋ねる。口では平静を装えたが、内心は冒険してしまったとヒヤヒヤしている。こんなマインドになってしまったので、聞かなければよかったと後悔が襲ってくる。
トリカはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。
「うふふふ、そんなの見たままでしょう? 一億年に一度の美少女じゃない」
「間違いない」
結局、煙に巻かれる始末である。煙に巻かれるということは、普通の人間ではないことの証明にも思える。
思えば出会った当初はトリカの人となりについて常に勘ぐっていた。しかし、いつの間にかトリカとの生活に慣れてしまって、なんとなく「封印されている魔法使いの少女」という認識に落ち着いてしまっていた。その認識で良いのか悪いのかはわからない。
もしかしてトリカの正体は、先程話していたリージェだったりするのだろうか。選民思想かどうかはわからないが、人間の上位といえば納得できる。
そもそも、トリカの言っている事自体が虚言の可能性もある。なにせ別世界のことだから調べようがない。
さらにそもそも論を重ねると、トリカの正体が僕の想像を超えたものだったとして、それで僕のスタンスが何か変わるだろうか。
これは否である。わかったところで僕にはどうしようもないからだ。
なんかやばいやつだとわかった際には、できるだけトリカを怒らせないような対応に変わる可能性はあるが、これまで散々怒らせてきたのであんまり意味はないかもしれない。
「あなたっていちいち理屈っぽいわね」
「こうやって物事を考えることで、自分を納得させるんだよ」
「もっと楽に考えたら? 私との生活はトキメキに溢れてて今更やめられないって」
隣に目を向けると、満面の笑みで返された。なんでそんなに自信満々なの……?
とはいえ確かにトリカの言うとおりで、難しく考える必要はないのかもしれない。元から化物だと思っていたわけだしな。
「失礼極まりないわね」
「良い意味で化物ね。美貌とかね」
「今の思考にその意味が含まれてたかしら」
トリカの視線をかわして目的の駅に着くのを待つ。
会話が一段落すると、急に話すことがなくなった。何か話そうと思えば話せるが、無理やり話題を作るほどのモチベーションもない状態である。
まあ、別にいいかと思い目を閉じようとすると、トリカが話題を上げた。
「こういうときに暇つぶしになる遊びはないの?」
「んー、しりとりとか?」
「しりとり?」
「そう。りんご、ゴリラ、ラッパーみたいに、ケツの文字を拾ってくやつ」
僕が説明すると、トリカは目を丸くした。
「あら、こっちの世界でも似たようなものがあるのね」
「ははは、そっちにもあるんだ」
「ええ。じゃあ、せっかくだからやりましょう。トゥスカスのスから」
「しりとりのり、みたいな」
そうして電車に揺られながらだらだらとしりとりを続けて暇をつぶした。
目的の駅に到着し改札を抜けると、僕はスマホを取り出した。
神社へのルートを確認し、トリカとミカに目を向ける。
「よし、じゃあ行こうか」
「ええ」
トリカが返事をする一方で、ミカは僕の肩に駆け上がってきた。
「疲れた。だっこ」
「今めっちゃ俊敏だったけど」
ミカを抱きかかえてやりながら歩き始める。周りの人の目には、不自然な腕組に見えるだろう。
しかし猫は抱っこを嫌がるものという認識だったが、ミカは違うらしい。さてはこいつ、僕を犬派から改宗させようとしているな。
黒猫の体温を感じながらそんなことを考えていると、トリカが口を開いた。
「ねえ、ここからどれくらいなの?」
「んー、二十分くらいかなぁ。バスもあるけど、そんな距離でもないし」
「そう」
そのトリカの反応が気になったので突っ込んでみる。
「なんだぁ? トリカは疲れないよな?」
「ええ。単純にこうしてあなたと長く散歩ができて嬉しいなって思ったのよ」
「思ってもないことを」
いつだかトリカが言った言葉をそのまま返してやると、やはり微笑みで返された。
駅舎を出てロータリーを通り過ぎると、県道を歩く。
駅でもそうだが、今から行く神社とゆかりのある名前があちらこちらで散見される。やはりそれなりに有名な神社だけある。
老舗っぽい食事処を通り過ぎていると、トリカに尋ねられた。
「ねえ、神社って言うなら神を祀ってるわけよね?」
「うん」
「神っているの?」
「……いや、わからんけど。僕は見たことないな」
僕がよくお祓いと称して参拝する神社では、そういう神的な存在は確認していない。
例えば出雲大社とか伏見稲荷大社とか、そういう超有名なところには居たりするのかもしれない。そう考えるとなんだか怖くなってきた。神と対峙するってやばい。
「さすがにトリカと言えども神には対抗できないだろ?」
僕が冗談半分に聞くと、トリカは不敵な笑みを浮かべた。
「実際に目にするまではわからないわね。万全の状態だったら誰にも負ける気はしないけど」
「万全の状態で封印されてんじゃん」
「不意をつかれたの! 万全じゃなかったの!」
珍しくぷんぷん怒るトリカに笑いつつ、話を続ける。
「トリカの世界にはいないの? 神的な存在は」
「いるといえばいるのかしらね。周りがそれを神と崇めれば神といえるわけだから」
「ほーん。じゃあそういう意味ではこっちも神がいるといえばいるのかな。神様然とした神は見たことないけど、蛇とか猫とかを神と崇めているところもあるし」
八百万の神というように、あらゆるものが信仰の対象になり得る。
ミカが「私も神?」と小さく聞いてきた。神的に可愛いと撫でてやると、トリカがつまらなそうな顔をしていた。
「なるほどね。私の世界だとその種族の頂点は神というべき力を持っているから、自然と信仰を集めているわね。モチノチの長はどこからでも思ったところに雷を落とせるし、ミスチの長は二百日くらい雨を降らせることができる。人間にしてみれば神のような所業ね」
「あ、信仰するのは人間なんだ」
「人間に限らないけど、もっぱら人間ね。頂点ではないけど数は多いし」
天候を操るほどの力を持っているならそれはまさしく神というべき存在だろう。ていうか天候操るってやばない? モチノチって名前可愛くない?
しかしトリカはそんな相手にも万全であれば負ける気がしないと言っているわけだ。じゃあこいつはなんなの? という話になってくる。一億年に一度の美少女で片付けていいのか?
おじけづいてブルっと身体を震わせると、トリカが嘆息した。
「あのね、私が何であったとしてもあなたに危害を加えることはないの。この約束を破ることもないの。お分かり?」
「わかってるつもりだけどさ」
近くに危険物があったらいくら安全と言われても怖いものである。
「まず危険物って認識がおかしいのよね。超可愛いカノジョと思ってくれていいのに」
意地の悪い笑みを浮かべて俗っぽく言うトリカに今度は僕が嘆息した。
「僕だけ一方的にカノジョって思ってるってめっちゃイタい奴じゃん」
「そのときには私もカノジョのような振る舞いをしてあげる。優しいでしょう?」
「優しいけど、そんなことしなくていいです」
改めて考えてみると、やはり僕はトリカに対する恐怖心を完全には捨てきれていない。得体が知れないのだから当然といえば当然である。
そんな僕のマインドをトリカは快く思っていないようなのだが、僕的にはそれがちょっと不思議だ。
横断歩道の赤信号を眺めてそんなことをぼんやり考えていると、トリカが溜息をついた。
「あなたね、パートナーに怖がられるって悲しいことだと思わないの?」
「僕は思うけど、トリカにそんな心があるとは思わなかった」
「前々から思ってたけど、あなたってなぜか私を冷血な女だと思ってるわね」
「なんかね」
肯定の言葉を返すと、軽く小突かれた。
そして不満そうな表情のままトリカは続けた。
「それとずっと気になってたんだけど、こっちの世界では普通車道側は男が歩くのよね? テレビで見たわよ」
「まあ、そんな風潮もあるかもね。あんま意味ないと思うけど」
「その風潮を知っていながらどうして私がこっちを歩いているのかしら」
「それは僕が右利きだからかな」
「……」
「あとトリカなら車に当たられてもノーダメだし。むしろ僕の盾になって欲しいよね」
「今の台詞をユリやリンに聞かせたいわ」
信号が青になったのを見て横断歩道を渡る。そのまま道なりに歩いていると、大きな鳥居が見えてくる。石畳の道も見えるし、神社の雰囲気が出てきた。そして気付けば僕が車道側を歩いていた。
鳥居の前に到着し、その奥にある長そうな石段を眺めて一息つく。
「神社には必ずこの門があるのね」
「ここが神域とシャバの境だからな。一応」
そんな言葉をかわしつつ鳥居を抜けようとすると、トリカに肩を掴まれた。
「え、なに?」
「ここ、何かいる。魔力を感じる」
トリカの顔は真剣だった。
僕は鳥居から三歩後ずさってトリカに向き直る。
「何かいるの? じゃあ帰ろう?」
「逃げ腰が過ぎるでしょ。せっかくここまで来たのに帰るなんて」
「でも怖いし。なあ? ミカ」
「うん」
僕の腕の中にいるミカは興味なさそうに返事をしてあくびなどした。
トリカは諭すような口調で言う。
「もし攻撃してくるようなモノが居たとしたら、この神社はもっと寂れてるはずでしょう? そんな雰囲気もないしあなたがよっぽど不躾なことをしなければ大丈夫でしょ」
「それはそう思うけど、触らぬ神に祟りなしって言葉もあるから……」
「うるさい。行くわよ」
トリカは先に鳥居をくぐった。引き止めたのはトリカじゃん……。
そう思いつつ僕も慌ててついていく。
神域に人間と獣と化物が侵入した。こう書くと、なんだかやばそうな感じがする。実際は雑魚と猫と化物だが。
僕は抱きかかえていたミカを地面に下ろす。
「ミカ、いざとなったら逃げていいからな」
「うん」
そうして僕らは神社に続く長い石段を登り始めた。




