シュガーとミルクをゲット
辻村先輩が両手にカップを持って戻ってきた。
僕の前にカップを置くと、先輩は対面の席に腰を下ろす。
「ありがとうございます」
僕が素直にお礼を述べるも、先輩は何も言わなかった。その代わりに砂糖とミルクを僕に差し出してきた。気遣い感謝である。
カップの蓋を開けてみると中は黒い液体で満たされていた。スタンダードなドリップコーヒーだと思われる。初めて来るカフェだから背伸びしてそのまま飲んでみたいところだが、せっかく貰ってきてくれたのだから砂糖とミルクを入れよう。
さらさらと砂糖をコーヒーに注いでいると、隣に座るトリカが口を開いた。
「私の分はないのかしら」
「あるわけないでしょ」
先輩はそっけなく言い、僕と同じものと思われるコーヒーに口をつけた。先輩はブラックで飲むようだ。
「じゃあアキラ、半分ね?」
「おー」
トリカはさっそくコーヒーを飲み始めた。
さて、何から話したものか。すっかり忘れていたカップケーキについて話すか。
「今更ですけど、先日はカップケーキごちそうさまでした。おいしかったです」
「あっそ」
本当にそっけない態度である。照れ隠しにも思えない。
先輩は目を合わせずに聞いてきた。
「で、どうおいしかったって言うの?」
「え? それは、程よい甘みであるとか……」
「そ」
無表情で相槌を打つ先輩である。
とりあえず話をすることに成功したので、ここから話題を広げていこう。
「そういえば、あの勉強会のときに女子が二人いましたけど、先輩はあの二人とは仲が良いんですか?」
「仲良いわけないでしょ。あの二人も藤次を狙ってるんだから」
先輩は苛立ちを抑えるようにして言った。わかってはいたがあの二人も藤次狙いなのか……取り立てて特徴のない顔してモテすぎだろあいつ。
「じゃあ三人でお菓子を作ってる間は険悪ムードだったと」
「別に。カップケーキは私担当で二人は夕食を作ってたから」
別々に動いていたので険悪でもなかったらしい。しかし、話を聞いているとその二人自体は仲が良いようである。ここでも先輩は孤立していた。
僕はコーヒーに口をつけて一息つく。外で飲むコーヒーの味だなぁと思った。
カップを置いて核心に迫る質問をする。
「先輩が普通の人を拒絶するのは、その人たちが霊を認識できないからですか?」
「……」
「あ、もちろんここで話したことは口外しませんよ。トリカも、ね?」
同意を求めてトリカを見ると、ニコリと微笑んで頷いていた。
先輩はそんなトリカを胡散臭いというような目で見ていたが、重い口調で尋ねてきた。
「……あんた、霊を見て驚いたりする?」
「します」
「どんな感じで?」
その問いかけにトリカが勝手に答えた。
「アキラの霊に対する反応はおよそ三つね。奇声をあげる、硬直する、逃げ出す」
「奇声って、ちょっと声が出るくらいだろ」
そう反論したが、トリカの言ったことは事実である。霊を近距離で見かけると、まず硬直してその後逃げ出すパターンが多い。不意に霊を見かけると声が出てしまう。遠間で見てる分には冷静でいられるのだが。
先輩はトリカの話を聞いても大して反応しなかった。
「あんたが視えるようになったのは最近だっけ」
「はい。今年の二月です」
僕がそう言うと、先輩はひとつ頷いた。
「……私は物心つく前から視えてた。それが当たり前だったから皆も視えてると思ってた。でも違った」
先輩は淡々と過去を語りだす。
「それが周りの人には見えないのだとわかった頃にはもう手遅れだった。私は気味の悪い存在として避けられた。自分だけが視えてると思うと、今までなんとも思ってなかった霊が途端に気持ち悪く思えてきた」
普通だと思っていたものがそうではなかった。それは相当なショックがあっただろう。
先輩の顔を窺いながら質問する。
「それは小学生くらいの頃ですか?」
「そう。そのときの私は霊に対して無反応でいることができなかった。見つけると目を逸らせなかったし、近付いてくると逃げずには居られなかったの」
なるほど。高校生の僕でさえ霊が近付いてきたら即逃げたいほどなのに、それが小学生ともなればなおさらだろう。
僕は先輩がすんなり身の上話を始めたことに少し動揺していた。それを隠すためにコーヒーを啜る。
先輩はそんな僕のことなど気にせず話を続けた。
「周りから見た私は、いつも挙動不審で、何もないところを見て、意味不明に泣いている子だった。そんなだから避けられるのは当然。でも、一人だけ私に寄り添ってくれる人がいたの」
そこで一旦話を切り、先輩はカップを手に取ってコーヒーを飲んだ。
僕もいつの間にか緊張していたので、軽く首を回したり腰を捻ったりして身体をほぐす。
カップを置いた先輩は再び口を開く。
「私が中一の頃、佐川っていう男子が声をかけてきたの。『教科書忘れたから見せてくれ』ってね。公立の中学だから私が不気味な女だってことは伝わってたのに、自然に話しかけてきたの」
このとき春待はまだ小学生か。
「佐川は人当たりがよくてクラスの人気者だった。何か裏がありそうって思ったけど、私は孤立してたから友達が欲しかった。だから、喜んで佐川に教科書を見せた」
なんか、もうこの時点で話を聞くのが苦しくなってきた。喉がしまっていくような感覚を覚える。
先輩はカップを見つめたまま淡々と話す。
「それから二、三週間で佐川と気軽に話す仲になった。でも、佐川は人気者だったから周りの女子が私に嫌がらせをするようになった。上履きとか教科書を隠したりね。そんな女子たちに対して佐川はやめるように言ってくれたの。それも大勢のクラスメイトの前で。私はそれで心底佐川を信頼した」
めっちゃいいやつ、と頷きながら聞く。
「ある日、教室に忘れ物をしたことに気づいて、放課後取りに戻ったの。教室の前に来ると、中から男子の話し声が聞こえてきて、その中には佐川の声もあった」
先輩は大きく息を吸って吐いた。
そして怒りを押し殺すようにして言う。
「男子たちの下卑た話し声は教室の外にも聞こえるほどで、……佐川は私をただ便利な存在として見ていた。宿題はやってくれるし、給食もわけてくれるし、日直もやってくれる。ただ、そういう便利な女だと。そうじゃなかったらあんな挙動不審の女と話すわけないって」
先輩は眉間に皺を寄せて話し続ける。
「佐川が私に声をかけたのは、従順で都合の良い存在を作ろうとしたから。悲しかったけど、それでも現状のままならまだよかった。だけど、佐川たちの話す内容には、そのうちお金を取る話とか、それ以上のことも……。とにかくあの男は外道だった」
どんな人生歩んだら中一でそんなことを考えられるのだろう。辻村先輩の話なのに僕も驚くほど怒りを覚えていた。
「それを廊下で聞いてた私はもう何も考えられなくなって、気付いたら教室の中に入って佐川に机を投げつけてた」
「えっ!? 机を!?」
「そう。もちろん普段の私ならそんなことはしない。霊に取り憑かれたの」
「あ、ああ、霊に……」
先輩は僕の反応を見て一瞬笑った。
「私の激情で、学校内外の霊を吸い込んじゃったみたいでね。その霊はすぐに悪霊化して私の理性を壊した。私も特に抵抗することなく、思うがままに全ての怒りを佐川にぶつけたの」
「え、それで、向こうは無事だったんですか?」
「無事じゃなかった。でも、私もあんまり咎められなかった。女の子が机を投げつけるなんて非現実的って」
「なるほど」
椅子ならまだしも机だもんな。そういう問題でもないか。
霊は理性のタガを外すことはあっても力を増幅させることはないはずだ。女子であっても本気を出せば机を力いっぱい投げつけることもできるのだろう。
“それはわからないわよ。大量の魔力を吸い込んだとなれば、魔力を筋力に変換する魔法をリナが無意識に使ったとか、悪霊化した霊がそういうふうに作用したとか、筋力増強の可能性はそこそこ考えられるわ。まあ、それでもたかが知れてるけどね”
脳裏に響くトリカの講釈を聞きながら、なるほどね、と心のなかで相槌を打つ。
トリカとの話はそこそこに、先輩の話を聞く。
「咎められることはなかったけど、佐川派閥の人間は多かったから、私は今まで以上に厳しい立場に立たされた。それでも私は一人で耐えてた。頼れる人もいなかったしね」
先輩は全て話し終わったというような顔でコーヒーを飲んでいた。
気になることはいくつかある。先輩のご両親には頼れなかったのか。実際にどんな被害があったのか。
しかし、先輩はそのあたりについては詳しく話すつもりはないようだった。だから、僕から聞くのもはばかられる。
そこを詳しく話さない辺りに先輩のプライドや強さが垣間見えるような気がした。ただ単に話したくないだけかもしれないが。
そこを踏まえた上で、僕は先輩に尋ねる。
「先輩に取り憑いた霊はどうなったんです?」
「ああ、それは武蔵が斬ってくれた。というか、私が霊に取り憑かれたから武蔵と出会ったの」
「あ、そうなんですか」
「うん。まさか物置に入ってた木刀に付喪神が憑いているとは思わなかったけど」
武蔵が物置に入っていたというのもなかなか興味深い話だが、本筋からはずれるので置いておく。
「……そんなことがあったから先輩は人間不信になってしまった、と」
「そう。私に近付いてくる奴なんて下心しかないんだから」
先輩はツンとそっぽを向いてそう言った。
その横顔に尋ねる。
「じゃあ春待はどうなんですか?」
「藤次は別。藤次は私より先に武蔵に声をかけたからね」
「え、そうなんですか?」
「そう。『聞きたい事があるで候!』とか言ってた」
「あははははっ! すげーバカっぽい」
しかし初見であの侍に話しかけるのは凄い。
やっぱりあいつどこかおかしいなと思っていると、先輩はそのときの思い出を話してくれた。
「武蔵が言葉を話さないから、藤次はずっと武蔵を付けまわってて、それで私に憑いてることがわかったら、『先輩って武士連れてます?』っていきなり聞いてきたの」
「はー、初っ端でそれですか」
「そう。もう直球すぎて頷くことしかできなかった。それでそこから藤次と話すようになって、いじめられているときも助けてくれて……本当に藤次は救世主だったの。霊が視える同士だからかけがえのない理解者にもなった」
先輩は柔らかな笑顔を浮かべていた。春待と出会ってから世界が一変したのだろう。誰も味方がいない状況で救いの手を差し伸べられたら誰だって惚れる。僕だって惚れる。
だが待って欲しい。理解者という点なら僕も春待と同様に霊を認識できる。にもかかわらず、先輩は最初から僕に敵意マックスだった気がする。
「先輩。僕も霊感があって、それ周りに関しては多少理解があるのに、どうして敵意を向けてきたんですか?」
率直に聞くと、先輩は居心地悪そうに視線を泳がせた。
「最初は藤次にとって危ない存在かもしれないと思って危険視してた。得体の知れない女を連れてるし。でも、まあ、そう、悪いことはしないってわかって、でもその、引っ込みがつかなくなったというか」
次第にしどろもどろになる先輩である。僕はそんな先輩を何も言わずに見つめる。
すると先輩は取り繕うように言い訳を始めた。
「だってしょうがないじゃん。あんたもなんか喧嘩腰だったし。藤次以外で霊感のある人なんか見たことなかったし。だから、悪いなと思ってカップケーキを作ったりしたの!」
先輩はバツが悪そうに自分の膝を見つめていた。
僕は極めて冷静に言う。
「ネズミ退治に協力してくれたことやカップケーキについては感謝してます。でも僕が喧嘩腰だったのは先輩が喧嘩腰だったからです」
そう言うと、先輩は顔を上げて僕の目を見た。先輩の目はいろいろな感情で揺れているように見えた。
そして絞り出すようにか細い声で先輩は言った。
「それは、……謝る。今までごめんなさい」
先輩は深く頭を下げた。
まったく想定していない行動をされたので、僕は慌てて顔を上げるように言った。
「いやいやいや! 僕も結構悪口言いましたし、こちらこそごめんなさいですよ。いやー、ねー、敵対してるのは疲れますからね!」
動揺のあまり無駄にテンション高くフォローすると、先輩は苦笑を浮かべていた。
「……ほんとにね。私も正直苦痛だった。だから全部話しちゃった」
「よかったよかった。ね、これまでのことはお互い水に流しましょ」
「うん、ありがとう」
そうしてお礼を言った先輩はどこか晴れやかな表情をしていた。
それを見ながら心底思う。
「普段からこの態度でいれば、何も問題ないと思うんですけど」
「それは、だって、もう裏切られたくないし」
先輩は悲しげな顔で言った。
仲良くなったと思っていた相手が実はそうではなかったという経験をしたことで、先輩は他人と関係を築くことを恐れているのかもしれない。
それとは別に気になっていたことがある。
「結構不思議に思ってたんですけど、どうして先輩は他人を寄せ付けない態度を取るんですか? 別に表面上だけ仲良くしてるフリをすればいいと思うんですよ。そうすれば平穏に過ごせると思うし、仮に不義理をされたところでそんなにダメージもないと思うんですけど」
僕が自信満々に消極的なことを言うと、先輩は苦笑いした。
「それは無理。だって、普通に話してたらその人と仲良くしたくなっちゃう」
これまた想定していない返答が来たので僕は反応に困ってしまった。
もしかしたら、この先輩は意外と人懐っこい性格なのかもしれない。しかし、他人からの悪意を過剰に恐れて自ら孤立している。
難儀な人だ。
孤立することと悪意を受けることを天秤にかけたら、僕的には孤立の方が嫌だけど、先輩は悪意の方が嫌なのだろう。
その悪意から守ってくれたり、悪意による傷を癒やしてくれるのが、友達だったり家族だったりするのだが……。
僕が腕を組んで唸っていると、先輩が口を開いた。
「あとね、守谷、じゃなくて守谷くんは少し勘違いしてる。私は常に攻撃的な態度でいるわけじゃない。むしろ普段は空気みたいな感じだから」
「え、そうなんですか?」
「そうなんです」
そう言って先輩は笑った。驚くほど物腰が柔らかくなったなと思う。呼び方も変えてくれてるし。
空気が弛緩したことで、僕は次第に緊張感が抜けてきた。もうこの先輩の前で身構える必要はないのだ。そう思うとほっとした。
それにしても普段は空気というのには驚かされた。僕に対する攻撃的態度は例外だったようである。もっと四面楚歌みたいな状況をイメージしていた。
「それなら春待が放任しているのも納得ですね。別に軋轢が生まれてるわけじゃないと」
「うん」
「いや、僕ほんとに勘違いしてました。誰にでも噛み付く狂犬みたいな感じだと思ってましたから」
「まあ、そう思ってる人もゼロじゃないよ、多分」
先輩は苦笑した。
さて、お互いに敵意を向けるのをやめるという目的は達成できた。これ以上僕が望むことはない。
もちろん先輩の現状についてまったく問題がないかと言えばそうではないと思うが、僕があれこれ言うのは余計なお世話というものである。
変わるときは先輩自身の意思によって変わるだろう。今だって先輩が歩み寄ってくれたのだから。
「アキラ、この人と仲良しになったの?」
ミカが僕の膝に飛び乗って尋ねてきた。
無邪気な質問に今度は僕が苦笑いしてしまう。
「ん、まあ、前よりはね」
「そっか。よかったね」
マイナスからニュートラル程度になったので向上したのは間違いない。
ミカの背中を撫でていると、先輩が背筋を伸ばして興味深そうに膝上の黒猫を見ていた。
「気になりますか? ミカに害はないですよ」
「わかってる。単純に可愛いなって」
あ、そういうことか。
しかし、ミカは僕の膝から一歩も動く気配がなかった。それどころか絶対に動かないという意思を感じる。爪が腿に食い込んでる。痛い痛い。
「先輩、初めてミカと会ったとき睨みつけたでしょう? この子はあれがトラウマになってるんですよ」
「うそ!? ごめんね。もう睨まないから許してね」
先輩のあやすような声を聞いて、僕は心の中で笑った。こんな声を出すこともあるんだな。
ミカが爪を引っ込めたので多少警戒心も解けたようである。
本当、普段からこの態度ならもっと楽しい生活を送れるだろうにと心底思うが、心の傷がまだ癒えていないのだろう。
「ねえ、私に謝罪はないのかしら?」
トリカがここぞとばかりに割って入ってきた。うわぁ、せっかく綺麗にまとまりかけてたのに。
そんなことを考えていると、僕の脇腹にトリカが拳を入れてきた。痛くはないが「ぐふっ」と声が出た。
先輩は一瞬硬直した後、僕のときと同じように頭を下げた。
「今まで失礼なことを言ってごめんなさい」
「うふふ、またリナの作ったお菓子を食べたいから許してあげる」
「……今度持ってくるね」
「期待してるわ」
トリカのお茶目な食い意地がいかんなく発揮されたところで、僕らと先輩間の問題は解決した。わざわざトリカが口を挟んできたのは、わだかまりを全て解消しようという意図だったのだろう。うわぁ、と辟易したのは浅慮だった。
しかし、こうなってくると僕も真剣に考える必要がある。先輩が贈る春待へのプレゼントを。
僕という人間はとことんちょろいというか、すぐに心を許してしまうところがある。春待へのプレゼントだってついさっきまでは「テキトーでいいでしょ」と思っていたが、今は先輩のためにちゃんと考えようという気分になっている。簡単な男である。
僕は少し前のめりになって先輩に声をかけた。
「ところで先輩、春待へのプレゼントは決まりましたか?」
「え? まだだけど」
「そうですか。それなら僕なりに真剣に考えた案があるんですけど、聞きます?」
「聞きたい聞きたい。教えて?」
先輩は興味津々といった顔になっていた。
「まず最初の提案として、ブリンブリンもといアクセサリーですね。自分が贈ったものを身につけてくれたら嬉しくないですか?」
「嬉しい!」
「ペアリングとかはさすがに行き過ぎなんで、ネックレスとかブレスレットあたりがいいですかね。身につけるという意味では腕時計なんかもいいと思いますよ」
「うんうん」
熱心に頷く先輩である。恋する乙女はこうもわかりやすくキラキラするのかと驚く。
アクセサリー系は若干重いプレゼントだが、春待は馬鹿だから深く考えないだろう。
そしてイノセンスな案もある。
「次の提案はちょっと変化球で、ボードゲームです」
「ボードゲーム?」
「そうです。今っていろんなボードゲームがあるみたいで、新鮮に感じられると思うんですよ。アナログゲームは多人数でやるものですから、もし春待がボードゲームにドハマリした際、一番に呼ばれるのはおそらく先輩でしょう」
「そ、そうかな?」
「そうです。春待とゲームを楽しみながら長時間一緒に過ごせる。これって素敵だと思いませんか」
「思う!」
先輩は目をキラキラさせて言った。
しかしボードゲームは二人きりでやるものでもないので、必然的に人数は増えてしまうと思うが、そこは目を瞑っていただこう。もしかしたらそれで心を許せる友達ができる可能性もある。
僕は三本指を立てて、最後の提案をする。
「三つ目の案は、ずばり、手料理です」
「手料理かー」
「そうです。誕生日にはごちそうがつきものですが、それを先輩が作るんです。エプロンをしっかりして、家庭的な面をアピールするんです。男は胃袋から掴めとか言うじゃないですか」
「言う!」
「あーでも料理はあることが前提みたいなところありますし、そうなるとやっぱり手料理とは別にプレゼントはあった方がいいかもしれないですね」
「なるほど」
いつの間にか先輩はスマホで何か打ち込んでいた。おそらくメモだろう。
先日は春待の取り巻き二人が夕食を作っていたと言っていたが、先輩も負けてはいられないだろう。それかその二人と一緒に協力して手料理を振る舞い、友情を育むのもいい。
今言った三つの案は、春待に寄り添ったものではなく、先輩に寄り添ったものである。正直、春待はなんでも喜ぶだろうし、特別に喜ぶものなど僕にわかるわけがない。それなら先輩も喜ぶようなものにすればウィンウィンになると思ったのだ。
“優しいわね”
否、そういうわけじゃない。
“照れちゃって”
否、否である。
からかってくるトリカをかわしつつ、先輩に僕の本心を伝える。
「色々言いましたけど、最終的には先輩が自分で決めるのがいいと思いますよ。僕の話は参考程度にしておいてください。春待だって先輩が悩み抜いて選んでくれたものが嬉しいと思いますから」
「……わかった。ありがとう」
「それじゃあ、僕らはそろそろ失礼しますね。コーヒーごちそうさまでした」
僕はカップを持って立ち上がる。トリカも立ち上がり、ミカは僕の肩に駆け上がってきた。
先輩に軽く会釈してカフェを出ようとすると、背中に声を掛けられた。
「次会ったときは首切るジェスチャーしないでね!」
今までの辻村先輩からでは聞けなかった言葉に、僕は口角が上がるのを抑えられなかった。
僕は笑顔で振り返り、手のひらで首を切った。
「二度としません。それでは!」
「やってる! やってるじゃん!」
そうして笑顔で別れてふと思った。ストックしていた罵倒のラインがいらなくなったなと。




