↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀色の少女と僻み男  作者: ぽん
四章 エクスプロー ザ パワースポット
31/63

ラグジュアリーよりランジェリー

「藤次の好みは理解してるつもりだけど、なかなか難しいんだよね」


 駅ビルの中を闊歩しながら、辻村先輩は悩ましげに言った。


「何あげても喜ぶでしょ、春待は」


 僕が投げやりに言うと、先輩は鬼の形相で振り返った。


「もちろん藤次はなんでも喜んでくれるけど、ほんっとうに心の底から喜んで欲しいの」

「じゃあ、春待が今欲しいものを電話で聞きますよ。それが最善じゃないですか?」


 心の底から良い提案をしたと思ったが、先輩は足を止めてこちらを向いた。


「そんなことしたらサプライズにならないでしょ」

「僕が聞くんだから別に大丈夫でしょ」

「あんたがリサーチしたものを私が贈ったら私とあんたで内通してるみたいじゃない。百パーありえないけど藤次が変な勘違いしちゃうかもしれないし」

「ははは、それは千パーありえないですね」

「私が言うのはいいけど、あんたは言うな」


 吐き捨てるように言った先輩は、前を向いて歩き出した。

 それについていきながら思う。僕だって春待が喜ぶものなどわからない。

 結局のところ、愛がこもっていればなんだっていいのだ。プレゼント自体が嬉しいのだから。


“ふふ、それは間違いないわね。私もアキラとユリのプレゼントはとっても嬉しかったわ”


 それはよかった。

 わざとらしく見つめてくるトリカの視線をかわしつつ、僕は辺りの店に目をやる。

 ここはファッションのフロアだから、衣料品ばかりが目に入る。これからは夏の季節だから、そういうアイテムなんかもいいかもしれない。

 僕が贈るプレゼントは何も悩む必要がない。駄菓子を十個とか、そういうウケ狙いな感じでいいからだ。

 ふと女性の下着がディスプレイされているのが目に入ったので、僕は前を歩くサイドテールに冗談半分でアドバイスを送った。


「先輩にリボン巻いて『私がプレゼント!』って言えばよくないですか?」

「ふざけてるの? 殺すよ?」


 どうぞどうぞ殺してください。牢屋で生涯を終えてください。

 若さ失われた女すなわち、全盛期逃しお先は暗闇。

 藤次は老いた先輩を素通り、スロウリーに死に向かうストーリー。

 Go for it! って言ってるこの通り、いつか夜は明け訪れるモーニン。


“頭に来たからって頭の中でへんてこな歌を歌わないでくれる?”


 隣を歩いているトリカが呆れ顔で脳裏に伝えてきた。勝手に聞いておいてなんという言い草だ。

 この先輩と対峙するとすぐにいろんなDisが浮かんできてしまう。不思議とライムもぱっと出てくる。したがって僕が悪いのではなくこの先輩が悪い。


「殺される謂れはないです。グッドアイデアでしょ、私がプレゼント」

「ふざけてないで真剣に考えて」

「ふざけてないです。野郎にはラグジュアリーよりランジェリーですよ」


 僕が自信満々に述べると、先輩とトリカが白い目を向けてきた。

 その視線を受けて冷静になる。いかん、ラッパーなマインドだったので妙なことを言ってしまった。

 慌てて軌道修正する。


「いえ、高校生には早すぎるプレゼントでしたね。でしたらあれはどうです? ハンカチとか」


 適当に目に入ったものを取り上げると、先輩はそちらに思考が移りハンカチの売られている所に寄っていった。

 ほっと一息ついていると、ミカが僕を見上げていた。


「アキラ全然怖がってないね。見直した」


 僕はしゃがみこんで囁く。


「いや怖いよ? 強い自分を演じてんの」

「ふーん、そうなんだ」


 そうして先輩から目を離していると、いつの間にか先輩が見知らぬ男に話しかけられていた。

 先輩は心底面倒そうな顔をしていたが、男は意に介さず話しかけている。えぇ? この地域ナンパ多すぎじゃない? アグレッシブなやつが多すぎる。

 僕は決して先輩に近づくことなく、遠くからその様を眺めていた。


「声をかけないの?」


 トリカが呆れ顔で聞いてきた。


「いやいや、あの男に春待のプレゼントの相談をすればよろしい。僕が採用されたのも春待と同性だからってだけだし。あの人の論理で言えば野郎なら誰でもいいってことになる」

「アキラ性格わるー」


 トリカどころかミカも呆れた視線を向けていた。

 確かに性格悪いことこの上ないが、僕は聖人君子ではない。まさかあの先輩だって助けられて当然などと思っちゃいまい。

 それに加えあの話しかけている男のチャラさ! ティンバー履いてるし茶髪だし。有り体に言って怖いのである。


「アキラって本当に怖がりよね。私より怖いものなんてないでしょうに」

「そうだけど、トリカはまだ話がわかるからな」

「あなたね、私が怖いってところをまず否定しなさいよ」


 そんなふうに会話をしていると、辻村先輩がこちらを見た。

 目が合うとキッと睨まれたが、それだけである。おそらく傍観していることに怒っていると思われた。

 その先輩の意を汲み、僕はトリカとミカに声をかけた。


「よし、暇だし僕らは雑貨でも見に行くか」

「あ、見捨てるんだ?」


 ミカが素っ頓狂な声を上げたので冷静に諭す。


「いや、見捨てるっつーか、野次馬をやめようということですよ」

「それは見捨てると同義でしょ」


 トリカが半笑いで言った。

 二人して責めるような視線を僕に向けてくる。確かに客観的に見るとゴミクズでしかないが、なんだかなぁ。

 チャラ男に絡まれている辻村先輩を眺めながらぼんやりつぶやく。


「素直に助けを求めてくれれば、僕も簡単に動けるんだけどね」

「あの女にそれは無理でしょうね。あなたが歩み寄るしかないわ」


 それは甘すぎーなんて思っていると、どうやら先輩に救いの手を差し伸べるものが現れたようである。

 地味な風貌の男性が、先輩とチャラ男の間に立って仲裁をしていた。何を話しているのかは不明だが、「彼女が嫌がってるように見えますが?」「なんだぁ? てめえ」というような会話が繰り広げられていると思われた。

 こういうのを見ると僕は胸がほっこりする。やっぱりほとんどの人間には正義感があり、良心というものがあるのだ。見知らぬ他人にも手を差し伸べるこの素晴らしさよ。きっとあのナンパしている男だって、先輩が心底嫌がっているとわかったら素直に引き下がるに違いないのだ。

 ほら、ナンパ師も先輩に頭など下げて謝罪の様相を呈している。過ちを認めてそれを正す美しい一幕がそこにはあった。

 ナンパ師が去り、残された二人はひとつふたつ話してそこで別れるものと思われた。

 しかし、思いのほか会話が長く続いている。次第に先輩の顔が険しくなり、また面倒臭そうな雰囲気を醸し出していた。


「ん? あれ? ナンパ?」

「ふふふふっ! 大人気じゃないあの子」


 美しい一幕とか思った数分前の僕を殴りたい。あいつも同類じゃないか。地味な草食系と思わせてその実獰猛とは、まるでカバのようなやつである。

 まあ、確かに先輩は見てくれだけは綺麗である。ヒップもティッツも貧相だが、顔は整っているし肌はすべすべだし髪もつやつやだ。春待に気に入られるために美容の追求には余念がないはずである。

 それで春待がなびかずに先輩にとっては何の価値もない他の野郎に気に入られるのだからなんとも面白い話である。

 また先輩と目が合う。僕は口を手で抑えて笑いをこらえるようなアクションを取る。親の仇のように睨まれた。

 愉快愉快と内心笑っていると、先輩が一瞬、ほんの一瞬目を伏せて悲しげな顔をした。

 あ、もう傍観してちゃダメだな。


「先輩、上にある雑貨屋に行きましょうよ。あれ、こちらの方は?」


 駆け寄った僕がそんなふうに声をかけると、先輩は眉間にしわを寄せて応じた。


「知らない人。行くよ」

「はい」


 地味な男の引き止める声も聞かず、僕らはそそくさとその店を離れた。

 早い足取りで先輩は歩き、僕らはその後ろをついていく。エスカレーターに乗ると先輩の足が止まった。

 僕と先輩の間は三段の距離がある。先輩がこちらを振り返ると、自然と見下ろされる形になった。

 そして先輩は口を開く。


「あんた性格悪いね。私が絡まれてるの見ていい気味って思ってたでしょ」

「いい気味って思われる方に問題があるのでは?」

「……」


 この物言いは性格悪すぎか、とちょっと自己嫌悪する。

 しかし逆の立場になって考えてみると、僕が傍観するのはさほどおかしなことでもないのだ。僕がチャラいギャルに声をかけられたら普通に嬉しがると思う。


“それはありえないわね。アキラは猜疑心が強いもの”


 確かに美人局の類を考えてしまうのは否めない。

 僕は視線を合わせず先輩に尋ねる。


「ああいうことってよくあるんですか?」

「……めったにない」

「そうですか。きっと春待が居たから絡まれなかったんでしょうね」


 僕がそう言うと、先輩は誇らしげに言った。


「そうかもね。藤次はあんたと違ってすぐに助けてくれるし」


 この一言には死ぬほどツッコミどころがあるのだが、まず自分が言いたいことを言う。


「僕だって先輩以外の知り合いの女子だったら脳が判断する前に動き出しますよ」

「そんな女いないくせに」

「さっき駅で天使を見ませんでしたか?」

「……ああ、あの地味な子。天使とかキモ」

「ものの例えです」


 地味な子呼ばわりとは失礼な女である。審美眼が問われるな。

 階をひとつ上がり、雑貨屋のあるフロアについた。このあたりなら手頃な実用品やインテリアなんかもあるだろう。

 僕は先輩に真っ当なアドバイスを送る。


「春待って洋より和が好きなんですよ」

「そんなことはとっくに知ってる」


 目を合わせず先輩は言った。まあ、そりゃそうか。


「それなら僕が言えることは何もないですね。帰っていいですか?」

「ダメ。意見を聞くかもしれないから」


 これが謎なのだ。僕の意見がさほど重要とは思えないし、素直に聞き入れるとも思えない。

 それに僕の感じ悪い言葉に対して反応が控えめすぎる。意見を聞くかもしれない? お前どうした?


“それくらいトウジに真剣ってことでしょ。あなたの意見を考慮したいほどにね”


 乙女心などかけらも持ち合わせていないトリカが知ったようなことを言った。ギリギリかろうじて女のトリカの見解は考慮するに値しないと思うが、こういうノイズの中に思わぬ発見があったりするので一応頭の片隅に留めておく。


「うふふふふふ、私ね、アキラほど無礼な人間は見たことないかもしれない」


 殺意が漏れ出たかのような笑い方に僕は背筋が凍った。


「い、いや、それを声に出したら無礼だけど、胸に秘めてる内は違うから。そもそも冗談なんですよ。わかります?」

「ええ、もちろんわかってるわ」


 そう言いながらトリカは僕の腕を取ってきた。まるでカップルのそれだが、僕は腕を消滅させられるのではないかと本気で怯えていた。左腕なのは不幸中の幸いか……!


「あなたね、そろそろ私に怯えるのやめなさいよ。危害は加えないって言ってるでしょう?」

「でもさ、人には反射ってものがあるだろ? 脳が判断する前に魔法を使う可能性だってあるんだ」

「あのね、私は気が長い方なの。獣じゃないんだからちょっと何か思われた程度でカッとなることはないの。怒ったとしてもアキラに魔法を使うことはありえないわ」

「カッとしたことに気づいていない可能性も……」

「いい加減にして。それこそ本当に怒るわよ?」

「ごめんなさい許して……」

「だから怯えるなって言ってるの」


 それならさっさと腕を離してほしい。生殺与奪を握られているから怯えているのだ。


「おかしいわね。こうしたら男はドキドキするってテレビで言ってたのに」


 ある意味ドキドキしているので間違っていない。というかテレビで何の情報を収集してるんだ。

 さりげなく腕をほどいて辻村先輩の姿を確認すると、僕らのことを蔑むような目で見ていた。何がそんなに気に入らないのだろう。

 雑貨屋の近くに文房具屋もあったので、僕はそちらのエリアに移動する。

 僕のプレゼントはやっすいシャーペン一本でもいいかな。

 一本100円もしないようなシャーペンを眺めていると、トリカに声をかけられる。


「アキラ、これ書いてもいいの?」

「ん? ああ、いいんだよ。あ、でも変なこと書くなよ」

「ええ」


 トリカはボールペンの試し書きをしたいようだった。それ用の紙が置いてあるので実際に書いて試せる。

 ボールペンを手に取ったトリカは、ぐるぐると曲線を描いたかと思えば有名なキャラクターを描いたりしていた。


「上手いねトリカ。絵描くの」

「そう? そのまま描いただけなんだけど」

「いや、そのまま過ぎるよ。天才じゃん」

「ふふ、だからいつも天才って言ってるじゃない」


 笑みを浮かべたトリカがさらさらとキャラクターを描いていた。151匹描けそうな勢いである。


「私は魔法陣を描くことがあるからね。正確に描くことは必要な技術なのよ」

「なるほどなぁ」

「それにしても面白いわね、これ。一本で四色も出せる」


 トリカは四色ボールペンを握って楽しげにカチカチと出し入れしていた。

 そんな様子を微笑ましく見ていると、いつの間にかすぐそばに辻村先輩が立っていた。


「うわっ」


 驚きのあまり不躾な声を発すると、先輩は露骨に顔をしかめた。


「なにイチャイチャしてんの? ちゃんと藤次のプレゼント考えてる?」

「考えてますよ。ほら文房具は実際よく使うものですし、どうです? ちょっと高級なものとか」

「ちょっと高級なものね……」


 先輩はちょっと値の張るシャーペンを眺め始めた。その横顔はとてもシリアスなもので、本当にプレゼントを検討している顔なのかと突っ込みたくなる。

 かと思えば、不意に表情を和らげたりする。プレゼントしたときの春待のリアクションでも想像したのだろうか。その表情は間違いなく恋する乙女のそれだった。

 そういう顔を見せられると僕のアドバイスなど無粋に思えてくる。この先輩が必死に考えたものを贈るのが一番良いように思うのだ。

 それを伝えようと先輩に近づくと、ふとどこからか視線を感じた。

 ばっと気配のした方を見ると、先程先輩に絡んでいた地味男が棚の影からこちらを窺っていた。僕と目が合うとさっと姿を忍ばせた。

 えぇ……ストーカー? やべーやつに目をつけられたな、この先輩。

 シャーペンを熱心に見ている先輩に声をかける。


「先輩、決まりましたか?」

「まだだけど、なに?」

「いえ、さっき絡んできた男が先輩のことを見てるみたいですけど、大丈夫ですか?」

「ふん、心配ご無用。男なんて口だけの馬鹿しかいないんだから」

「はあ、そうですか」


 ひー、ヤな女! その馬鹿にアドバイス求めてるあなたは何なのー!

 ストーカーの影を視界に入れつつ、好奇心で尋ねる。


「先輩って馬鹿みたいに人を避けてますけど、過去に人間不信になるようなことでもあったんですか?」

「はぁ? 誰が馬鹿なの? 何も知らないくせに」

「何も知らないから聞いてるわけですけど」

「あんたに教える義理はない」


 キーッ! ムカつく! ハンカチを噛みたい気分だ。

 めげずにしつこく聞く。


「やっぱ霊感があることが原因ですか?」

「しつこい。それ以外に何があるの? 霊感があるってわかっても自然に接してくれるのは藤次だけ」


 どこか一点を見つめて先輩は言った。

 そしてキッと僕を睨みつけた。


「藤次だけってことはないって思った? でもね、人は異端者に冷たいの。接しているとどこかでそういう態度を出してくる。だから普通の人と関係を築くのは無駄」


 霊感があることを隠して関係を築けば? と思ったが、現状から察するにこの先輩はそれができないのだろう。

 もし、モロとトシに僕が霊感があることを伝えたらどうなるだろう。考えたこともなかったが、彼らの僕を見る目が変わる可能性はないとはいえない。

 僕は自分の特性を隠すことに引け目も負い目も後ろめたさも感じていない。面倒とも思っていない。したがって今後も理由がなければ霊感について自ら進んで明かすことはないと思う。

 とはいえ僕と先輩で考え方が違うのは必然である。この先輩は幼少期から霊を認識しており、相当な苦労を重ねてきたと言っていた。その日々を過ごす中で人間不信になるような出来事があったのだろう。一度や二度ではないのかもしれない。

 だからといってそんな背景を知らない人間に冷たく当たるのはどうなの? という気もする。

 同情したくなる面もあるが、僕は性格が悪いので先輩に寄り添うことはできなかった。


「僕は先輩の霊感を知った上で関わりたくねーなって思いますよ。感じ悪いですし」

「別にこっちだってあんたなんかと関わりたくない」

「でも僕にアドバイスを求めましたよね? 矛盾してるんですよ」

「それは藤次のためだから」

「春待以外の人間を切り捨ててこれからずっと生きていくつもりですか?」


 僕の言葉に先輩は目を剥いた。


「あんたには関係ない!」


 その怒声で一瞬辺りが静まった。先輩の後方で大学生っぽい女二人がニヤニヤしながら話しているのが見えた。痴話喧嘩じゃないぞ。

 先輩の態度にげんなりしていると、僕らに声をかけるものが現れた。


「君たち喧嘩はいけないよ。君、この子を怒らせるようなことをしたのかい?」


 いつの間にかあの地味男が僕らの傍に接近してきていた。僕は驚いて「うわっ」と言ってしまう。

 ストーカー気質の地味男は諭すような口調で言う。


「うわっ、じゃないよ。彼女、泣きそうじゃないか」

「え?」


 先輩の顔を窺うと、別に泣きそうでもなんでもなくただ僕を睨みつけていた。

 全然そんなことないじゃないか、というような顔を僕がストーカーに向けると、彼は嘆息して呆れた顔になる。


「はー、君ね。泣くのを我慢してるに決まってるだろ? まったく、ここはお兄さんに任せて君は頭を冷やしてきなさい」

「はぁ」


 めちゃくちゃだなと思いつつ、ストーカーさんはどうしても先輩を慰めたいようなので、僕は特に抵抗することもなくその場を離れた。


「アキラ、さすがにひどくない?」


 文房具屋のエリアから出ると、ミカが僕の肩に駆け上ってきた。

 僕はもといたところを眺める。先輩はさっき居た場所から動かず、地味男に熱心に話しかけられていた。

 それを視界に入れながらミカの言葉に反論する。


「ひどいかな? 一応こうして様子は窺ってるし、むしろ優しいでしょ」

「あっさり離れたところがひどいの」

「あ、そこね」


 弁明のしようもないが、やはり先輩の態度が腹立たしかったので放置してしまった。

 それに万が一あの男に何かをされそうになったとしても、先輩には武蔵がついている。最悪の事態にはならないだろうと楽観している部分もある。

 だが、あの地味男と先輩が別れたところを目にしておかないと、すっきりとパワースポットに行けない。

 地味男は未だに先輩に話しかけている。先輩の顔が見えないのでどういう対応をしているかは謎だが、きっとシカトしているのだろう。

 隣に立つトリカが腕を組んで言った。


「果たしてあの子はサムライに頼るのかしらね?」

「えぇ? いざとなったら頼るんじゃないの?」

「アキラだったらああいうとき私に頼る?」

「頼る頼る。オーケートリカ、こいつ排除して。って言う」

「言わないでしょうが」


 確かに霊に関することならトリカを頼るかもしれないが、それ以外のことならあんまり頼らないかもしれない。それは単純に霊のこと以外をトリカに頼んだところでどうせ聞いてくれないだろうという予想、そして諦観である。

 もしかすると武蔵もそういうイメージを先輩から持たれているのかもしれない。先輩と武蔵が言葉を交わしているところは見たことがないし、武蔵は話すこともないという。意思疎通がままならないので、今のようなケースにおいては何もしないのかもしれない。

 仮に武蔵が使えない状況なら、今の先輩はただの糞生意気で美人な女である。そう考えるとこうして放置するのは悪手だ。


「……そう思う割に足は動かないのね」

「日本の警察は被害が発生してからじゃないと動かない。僕もそれにならう」

「未然に防ぐ方が偉いと思うけどね」

「ほんとそのとおりだね」


 自分の意見を即ひるがえし、仕方なく先輩にもとに近寄る。自分からその場を離れておいてすぐに戻ってくるってなんかダサい。あの大学生っぽい女二人とかまだいるし、笑われちゃうよまったく。

 現在、地味男は先輩に話しかけておらず、先輩の心が落ち着くのを優しく見守っていますというようなモードに入っていた。先輩もさっさと離れればいいのに未だにシャーペンを眺めていた。

 二人の背後から忍び寄り、唐突に声をかける。


「先輩、ペアリングでも見に行きませんか」


 それに反応して先輩と地味男が同時に振り返った。地味男はペアリングというワードに動揺しているようだった。見た目は美人なんだから彼氏が居ても不思議じゃないぞ。見た目は美人なんだから。

 先輩は驚きに目を見開きながら、しかしすぐに冷めた目になる。


「……どこ?」

「三階です。行きます?」

「行く」


 答えるやいなや、先輩は僕の手を取って歩き出した。うわ、なんだ?

 手を引かれるままに歩いていると、大学生っぽい女が「仲直りはやーい」「ペアリングとかあたしもほしー」と言っているのが聞こえた。勘違いするなよ、僕と先輩はペアじゃないぞ。

 離れてゆく地味男を一瞥すると、彼は腰に手を当てて「ダメだったか……」というような顔をしていた。相手が悪かった。こんな愛想のかけらもない女じゃなければわからなかった。

 エスカレーターに乗ると、先輩は僕の手を離した。


「あんたさ、ちょっとおかしいよね。見捨てたかと思えば助けたりして」


 仏頂面で先輩が言うので、僕は露骨に呆れてみせた。


「あのですね、普通の人間なら誰だって声をかけるくらいはしますよ。良心があるわけですから」

「下心の間違いじゃないの?」

「僕が先輩に下心があると? じゃあおら、脱げや」

「最っ低」

「一反木綿が実在することを世に広めたいだけです。あ、違う! ぬりかべか!」

「それどういう意味? 殺していい?」


 その言葉を無視して真面目な顔で言う。


「実際、辛くないですか? 春待だけってのは」

「……藤次がいれば別に他なんてどうでもいいし」

「じゃあ春待が死んだら先輩も死ぬと」

「そうかもね」

「クソ重い女ですね。そんなだから春待が僕に愚痴ってくるんですよ」


 僕の物言いに先輩は目を見開いた。とにかく春待には悪く思われたくないようだ。

 すかさず追い打ちをかける。


「ていうか春待は先輩の現状について何も言わないんですか? だとしたら相当やべー人間だと思いますよ。仲間が学校で孤立しているどころか反発しているのに、それを改善するように言うでもなく許容しているとか。もう春待とも距離置きたいくらいですよ」

「藤次はそんな人間じゃない!」


 すでにエスカレーターを降りてフロアに立っている。足を止めて口論している僕らを買い物客がちらちらと窺っていた。


「なら春待の気持ちを汲んで多少は心を開くべきじゃないですか? 春待も先輩に社交的になって欲しいって思ってるんですよね?」

「……」


 先輩は黙り込んでしまった。僕はそれを肯定と捉える。

 ペアリングなどあの場を離れる口実でしかないので、僕はまた上に向かうエスカレーターに乗る。先輩にも乗るように目で訴えると、しぶしぶといった感じについてきた。

 本屋のあるフロアに到着する。併設されているカフェに入り、とりあえず場所を取った。

 同じくカフェに入った先輩は、苦々しい顔で言う。


「あんたとお茶したくないんだけど」

「先輩、そういうところですよ」


 僕はトリカに座って待っているように言い、コーヒーでも注文しようとレジに向かう。

 と思ったら、先輩が僕の前に立って行く手を阻んだ。


「あんたも座ってて。私が行ってくる」

「え、それはどういうことですか? 一緒に並びたくないってことですか?」

「おごるって言ってんの! 座ってろ!」


 先輩は強い口調で言い、すたすたとレジの方に向かっていった。

 その背を呆然と眺めていると、脚を組んで座っているトリカが半笑いで言った。


「まーた施しを受けてるじゃない」

「マジだ。いや、まさかおごられるとは思わないし」


 そんなふうに言いながらトリカの隣席に座る。

 そういえばこの店に入るのは初めてだなと思っていると、ミカが膝に飛び乗ってきた。


「アキラ、あんまり冷たくしたら可哀想だと思う」

「先輩に? ……まあ、そうだよな。気をつけるよ」


 ミカの言葉を聞いて一瞬「はぁ?」と思ったが、確かにちょっと喧嘩腰だった。できるだけ穏やかな雰囲気を作るようにしよう。おごってもらったことだし。

 店内を眺めるとやはり本屋に併設されているだけあって本を読んでいる人が多い。コーヒーを飲みながら読書とかシャンティーすぎる憧れる。

 その思考にトリカが反応し、ブックカバー付きの本を読んでいるメガネの男性に視線をやった。


「あそこにいる男は女の絵ばかりの本を読んでるけど、あれもお洒落なの?」

「お洒落お洒落、常人じゃ本の中身はわからないから」


 トリカがどうやって透視したのかは不明だが、彼はなにやらいかがわしい本を読んでいるようだった。カフェで読むことによって何か趣があったりするのだろう。あるいはただの変態か。

 お上りさんの如く店内を見渡していると、トリカに脇腹をつつかれる。


「で、なんでここに来たの?」

「単純に先輩の話を聞こうと思ってさ」


 今後一切先輩と関わることがないなら別に話など聞く必要もないのだが、今みたいな状況になることが今後もあるなら、先輩の態度について納得できるだけの話を聞いておきたい。

 否、実はそこは重要ではない。僕に敵意を向けるのをやめてさえくれれば先輩の過去についてはどうでもいい。僕が喧嘩腰になるのも向こうが喧嘩腰だからだ。そこさえ改善してくれれば喜んでプレゼントの相談でも霊に関することでも協力したいと思う。


「あの女から譲歩を引き出すのは難しそうね」

「ほんとにな。さっきのストーカーからの救済で僕に胸キュンッ! ってなってたら余裕なんだけど」

「「それはない」」


 トリカとミカの綺麗なユニゾン突っ込みに僕は思わず笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。