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銀色の少女と僻み男  作者: ぽん
四章 エクスプロー ザ パワースポット
30/63

ゴリラ襲来

 昼下がりのレストランは客足のピークも過ぎて、穏やかな雰囲気だった。


「アキラが作ってくれたスパゲッティよりおいしいわね」


 僕の隣でボロネーゼを食べているトリカが率直な感想を述べた。


「そりゃそうでしょ」


 何を当たり前のことを、と僕が突っ込むと、トリカはにこりと笑った。


「でもアキラの作る料理も好きよ? 愛情がたっぷり詰まってるから」

「詰めてねぇわ。男の料理には多めの塩分が詰まってるんだよ」


 そんな僕とトリカのやりとりを吉岡さんが笑顔で聞いていた。


「本当に仲良しですね。お二人」

「ふふ、アキラには友達が片手で足りるほどしかいないからね。私が仲良くしてあげないとすぐ独りぼっちになっちゃうから」

「馬鹿言え、マイメン百人余裕でコンプリートしとるわ」

「どうしてそんなありえないことを臆面もなく言い放てるのかしら、この子は」


 トリカがいつもの呆れた表情を浮かべている一方で、吉岡さんはやはり微笑んでいた。


「でも守谷さん、結構クラスでいろいろな人と話してますよね。ちょっと意外ですけど」

「ちょっと意外ですけど!?」

「あははっ、ごめんなさい。私も悪ノリしてしまいました」


 吉岡さんにからかわれるのは嬉しい。表面上は反論するような態度を見せているが、どんどんいじって欲しい。


“被虐趣味なのね……”


 ちげーわ。いや、違うと断言もできないか?


「あの、トリカさんと守谷さんは、一緒に暮らしてるんですよね?」


 吉岡さんが興味津々といった顔で尋ねてきた。もう嫌な予感がしている。


「ええ、常に一緒にいるわ」


 そのトリカの言葉を反射的に否定したくなったが、これはほぼ事実である。


「守谷さんのご家族はトリカさんのことを知ってるんですか?」

「いいえ? アキラが説明できないって言うから、家族の前で可視化したことはないわね」

「そうなんですか。なるほどー」


 吉岡さんはトリカの言うことにいちいち頷いて熱心に聞いていた。

 その様子に僕が疑問を投げかける。


「そんなこと聞いてどうするのさ」

「あはは、そのー、私は文芸部ですから。良いネタになるなーと」

「あー、なるほど」


 小説のネタにするのにトリカはうってつけの存在だろう。見た目からしてネタになるし、それが魔法使いともなればなおさらで、さらには別の世界から来ているという。ネタのオンパレードである。


「ところで、トリカさん。守谷さんとはラッキースケベ的展開はあったのでしょうか」

「うぉい!?」

「いえ、参考に聞くだけです。他意はありません」

「他意がないからってなんでも聞けるわけじゃないよ!?」


 僕が狼狽しているのをよそに、トリカは涼しい顔で答えていた。


「ラッキーかはわからないけど、一緒にお風呂に入ったことならあるわ」

「ええ!? それはお二人とも裸で?」

「当たり前でしょう? 一緒に湯船に浸かって、たくさんお話ししたの。ね?」

「ね? じゃねーよ。あのね吉岡さん、本来トリカは風呂場とトイレには入ってこないっていう約束があって――」


 努めて冷静に弁明するのだが、吉岡さんはいつ取り出したのかメモ帳に書き込みを始めていた。これもう聞いていないね。

 いたずらっぽい笑みを浮かべているトリカがさらに追い打ちを掛けてくる。


「これもラッキーじゃないんだけど、アキラは頻繁に私の下半身を覗き込んでくるわね」

「えっ!? 守谷さん、何してるんですか……?」


 吉岡さんが蔑むような目で僕を見てきた。これは凄く辛いものがある。

 僕は真摯に誤解を解く。


「いや吉岡さん、それも語弊があるんだ。覗き込んだわけじゃなくて、覗き込む振りをしたの。この違いわかる? 文芸部ならわかるよね? 覗き込む振りとはつまり覗き込んだわけではない。ユナーミーン?」

「は、はあ、言ってることはわかりますけど、覗き込む振りはしたんですよね……」

「ギャグ! ギャグの一環だから! 別にトリカのパンツに興味ないから!」

「興味ないんですか!? こんなに綺麗で可愛いのに!? もしかして守谷さんって……」

「違うよ!? 僕はノーマルだから! 興味ないは誇張気味だったけど、七割は興味ないから!」

「三割は興味あったんですね……。三割バッターですね……。スポーツ好きですもんね……」

「どういう意味!?」


 吉岡さんに怒涛のツッコミを仕掛けるのだが、彼女はメモを取るのに必死でちゃんと聞いているのかわからなかった。

 僕がじろりとトリカに目をやると、にこりと笑顔で返された。何じゃその顔は。

 そんな顔が腹立たしかったのでトリカのボロネーゼを勝手に一口食べた。ミートソースがうまい。

 してやったりと思っていると、僕のラザニアがトリカに食べられていた。したり顔をされた。


「トレードもしちゃって。仲良いですよね、本当」


 吉岡さんがぽつりと言ったかと思えば、またメモ帳に書き込んでいた。

 まずいな。僕とトリカがねんごろであると思われるのは非常に遺憾である。吉岡さんとの恋はもはや望めないことではあるが、わざわざその可能性を無に近づけるような行為は避けたいと思うのだ。

 吉岡さんはメモ帳から顔をあげると、またトリカに尋ねる。


「トリカさんから見て守谷さんってどういう人ですか?」

「ちょ、本人がいるのにそんなこと聞く?」


 そのツッコミもスルーされ、トリカがうーんと唸る。


「そうねえ。まあ、基本的には小さい人間よね。すぐ嫉妬するし、嘘つきだし、利己的だし、変態だし」

「へー、意外な評価ですね」

「あ、嫉妬っていうのは男女のそれじゃなくて、自分より優れてるものに対してね」

「なるほどー」


 どストレートにネガティブキャンペーンをされた。嘘とも言い切れないので強く出れない。


「小心者のくせに時に無理をしちゃうところは好きだけどね。良いことをしてもそれを鼻にかけないところとかも」

「あー、それはわかります」


 プラスなことを言われると強く出れない。とはいえ、ただ聞いているのも居心地が悪いので、ラザニアに手を付ける。

 平べったいパスタを咀嚼していると、吉岡さんに目を向けられた。


「では守谷さんから見てトリカさんはどんな存在ですか?」

「僕から見てぇ? そりゃ魔女でしょ」

「性格的にはどうですか?」

「性格はお姫様かな。すげープライド高いし」

「でもそんなトリカさんのことが?」

「しゅきぃ! じゃねーよ。何を言わせようとしてるのさ」


 僕のツッコミをやはり華麗にかわして吉岡さんはメモを取り続けていた。守谷さんはツンデレとか呟きながら書き込んでいた。情報に間違いがある。

 ただ食事をしているだけなのにどんどん疲労が溜まっているような気がする。

 水をごくりと飲むと、トリカに肩をつつかれた。


「本当は好きなくせに」


 否定はしない。好きな部類ではある。僕の今現在の好感度レベルを不等号で表すとこうなる。

 モロ&トシ>吉岡さん≧倫さん>コーラ≧ミカ≧トリカ>春待

 春待以上はみんな好きな部類であるので、トリカのことももちろん好きである。


“ミカの方が好きってどういうこと……?”


 トリカは拳を握りしめてぷるぷる震えていた。僕は慌てて脳裏で弁明する。

 好感度とはいったが、気の置けなさと言い換えてもいいのだ。モロとトシがトップにいるのもそういう意味合いが大きい。


“待ちなさい。それならユリとリンの序列が高すぎるわ。この二人に比べたら私とミカの方が明らかに気が置けない”


「ミカ、僕のラザニア食っていいぞ。トイレ行ってくる」

「ほんと? たべるー」


 矛盾点を突かれた僕はトイレに立った。



  ◇◇◇



 全員が料理を食べ終わると、僕は吉岡さんに予定を聞いた。


「吉岡さんこのあと暇? もし暇なら一緒に神社行かない?」


 これは僕の精一杯のお誘いである。平静を装っているが、心臓がバクバク言ってる。

 吉岡さんは眉を八の字にした。


「是非! と言いたいところなんですけど、実は夕方から予定がありまして。私はここで失礼します」

「あ、そうなの……」


 それならしょうがないとお手拭きで指を拭っていると、トリカが不機嫌そうな顔をして言った。


「あなたね、私とミカだけじゃ不満なの?」


 そんなにがっかりした気持ちが表に出ていただろうか。

 僕は努めて明るい声で言った。


「不満なわっけない! 吉岡さん放って僕らだけで楽しもうぜ!」

「あはは、ひどいですー」


 吉岡さんが目元に手を添えて泣いている素振りをした。可愛い。

 そんなふうに冗談を言うと、トリカも満足気に頷いていた。ミカは吉岡さんにも来てほしかったようだが、こればかりは仕方ない。

 会計の段になると、吉岡さんはさりげなく自分の食べた分のお金を僕に渡してきた。これで僕がまとめて払うことにより、個別に会計という手間を避けられる上にまるで僕が奢っているかのように見せることができる。いや、高一の分際でそんなことを気にする必要はない。吉岡さんは店員さんの手を煩わせないことを考えたのだろう。本当、気遣いの人である。

 レストランを出ると、駅の改札まで一緒に向かう。もうそろそろお別れだと思うと、この時間すら名残惜しい。

 下に降りるエスカレーターに乗っている間、トリカが吉岡さんに聞いていた。


「夕方から何をするの?」

「実は友達とご飯なんですよ。昼は部活で忙しいから夜にしようって」

「ふぅん、そうだったの」


 なるほど。友達とは……?


“男でしょうね。マジで”


 マジとか言うな。しかも不安を煽るだけ煽って真実は確かめないあたり性格が悪い。


“自分で確かめなさいよ。まあ、ユリが本当のことを言うかはわからないけどね?”


 そんなトリカの物言いに苦笑しつつ、男の可能性は十二分にあるよなーと冷静に思う。

 今日の出来事はトキメキの臨時収入だったのだと、そう割り切ることにしよう。


「アキラ? 何かおもしろいものでも見つけたの?」


 僕の苦笑いに気付いたミカが、腕の中でもぞもぞと動いた。

 僕はその辺を眺めてテキトーに理由をでっちあげる。


「ああ、ほら、あそこの服屋に辻村先輩に似てる女がいるわと思ってさ」

「ほんとだ。……本人じゃない?」

「いやいやまさか。……やべえ、目が合う」


 しかも視線が逸らされない。完全に気付かれている。

 駅ビルの四階に到着し、すぐターンして三階に向かうエスカレーターに乗る。辻村先輩に背を向ける形になったが、何か恐ろしいので振り返ることはできなかった。


「いや、別に僕らは何も悪いことはしてない」

「そうだよ。アキラはビビりすぎ」

「だって怖いんだもん、あの人」


 ひそひそとミカと言葉を交わす。

 僕らに非はないが、辻村先輩はトリカの存在そのものを危険視している節がある。ネズミ退治をした際の魔法が鮮烈なものとして映ったのだろう。

 確かにトリカはやべー奴だが、一応こちらの世界に危害を加えないと約束している。口約束だから何の拘束力もないが、僕はトリカを信じたい。しかし、辻村先輩は信じないだろう。

 ま、何かいちゃもんをつけてきたら春待というオールマイティーカードを切ればいい。連絡先は知っている。

 腕の中にいるミカに囁きかける。


「なあ、ミカ、あの人ついてきてないよな? ちょっと肩越しに見てくれない?」

「アキラはビビりすぎだけど、振り返るのはわたしも怖い」

「ミカもビビってんじゃん」

「だって、初対面の時に睨まれたから」

「そっか、ならしょうがないな。あの人、敵意むき出しで睨んできたもんな」

「うん」


 結局振り返らずに三階に到達する。

 そして二階に降りるためにエスカレーターを乗り換える。その際、必然的に振り返る形になる。

 僕とミカは戦慄した。

 ついてきてんじゃん! ホラーじゃん!

 僕はスマホを取り出し、春待にすぐ電話できるように準備をした。もし一緒にいるならさっさと引き取ってもらおう。この場にいなかったとしても、なんとかしてもらおう。



 改札の近くまで来ると、吉岡さんと別れの挨拶を交わす。


「今日は本当にありがとう。トリカの服もそうだけど、キャップも」

「私からも礼を言うわ。ありがとう」


 僕とトリカが礼を言うと、吉岡さんは恐縮した様子だった。


「こちらこそ! 私もお二人とたくさん話せて楽しかったです。ミカとも触れ合えましたし。感覚はないんですけどね」

「ミカも喜んでるよ。相変わらずいい匂いがするって言ってる」

「そんなこと言ってるんですか? もうミカったら……」


 ミカが僕の足元で尻尾を立てていた。機嫌が良さそうだ。

 トリカが電光掲示板を見ながら言う。


「電車は大丈夫?」

「あ、そろそろ来ますね。では、また学校で!」


 軽く手を振って吉岡さんは改札を抜けていった。僕はその背中を寂しい気持ちで眺めていた。

 気を取り直して、僕はトリカとミカに向き直った。


「よし、パースポに行くか!」

「ええ」

「うん」

「どこに何をしに行くって?」


 僕とミカがびくんと身体を硬直させた。

 声のした方を見ると、先程目撃した辻村先輩が仁王立ちしていた。

 パンツスタイルな先輩は新鮮だが、そこに言及する暇があったらさっさと逃げたい。

 サイドテールの女に僕は硬い声で問いかける。


「何か用ですか」

「別に。……そんな得体の知れない女に貢いじゃって、あんた大丈夫?」


 辻村先輩はトリカの全身を眺めて言った。失礼極まりないなこいつ。このトリカが可愛すぎて嫉妬してんのか。

 キャップのつばを人差し指でくいっと上げたトリカが不敵な笑みを浮かべて言った。


「あなたのその減らず口、溶接してあげましょうか?」

「そうなったらもちろん抵抗するけど? 武蔵で」

「他力じゃないの。恥ずかしくないの?」

「恥ずかしくないけど?」


 目を引く女二人が駅のど真ん中でバチバチ睨み合っていると、いやでも目立つ。

 木刀の付喪神である武蔵の姿は見当たらないが、先輩の物言いから察するにいつでも駆けつけることはできるのだろう。

 こんなところで喧嘩などされたら大変なことになるので、できるだけ早くこの先輩から離れたい。


「春待はいないんですか?」

「いなかったら何なの?」


 いちいちトゲがあるんだよなぁ。

 ともあれ、スマホを取り出して連絡先のリストから春待をピックアップする。

 それを先輩が訝しんで聞いてきた。


「……なにしてんの?」

「春待に電話するんですよ」

「やめて」

「なぜ?」

「いいからやめて。私が悪かったから」


 春待が絡むと露骨にしおらしくなる女である。態度が軟化したのでスマホをしまう。

 仏頂面の辻村先輩に僕らの予定を話す。


「僕らはただ神社に行くだけです。当たり前ですけど、悪巧みなんて考えてません」

「どうだか。賽銭でも盗むんじゃないの?」

「……」

「やめて。電話はやめて」


 懇願する先輩である。

 ここまで春待が効果的とは、悪い人間なら春待を盾にいろいろとしちゃいそうである。


“いやらしい”


 可能性の話であり、当然僕にそんな願望があるわけではない。


“その可能性を想定することがいやらしい”


 ……。

 さて、僕らの乗る電車が到着するまでまだ時間はあるが、ホームで待っているとしよう。

 そう思い、先輩に背を向けて改札に向かおうとすると、


「待って。あんた今暇なんでしょ」


 呼び止められた。

 振り返って反論する。


「いや、暇じゃないですよ。神社に行くって言ってるじゃないですか」

「来週、藤次の誕生日なの。プレゼントのアドバイスが欲しい」

「……僕のアドバイスを先輩が聞くんですか? 殺すとまで言った男のアドバイスを?」

「藤次と同性という点だけは信用できる」

「はあ」


 そもそも暇じゃないっつー話である。わかっているはずなのに強引に話を進めてくる豪腕っぷりに驚かされる。

 僕が溜息をつきたいのをこらえていると、トリカが耳元で囁く。


「確かにこの女はいけ好かないけど、冷静に考えてみればアキラはこの女からそれなりに施しを受けてるわよね。ネズミ退治に焼きそばパンに、あとカップケーキも」

「マジじゃん……」


 言われて気付いた。確かに受けた恩はそれなりにある。そして僕は何一つそれを返していない。

 こうなってくると、先輩の頼みを断るのは心情的に難しい。まあ、アドバイスするくらいならたいした労でもない。僕もついでに春待へのプレゼントを何か買っておこう。


「長時間は無理ですけど、それでもいいなら付き合いますよ」

「助かる」

「ある程度、当たりは付けてるんですよね?」

「……」

「え、ノープラン? マジかよこいつ」

「口の利き方に気をつけろ」


 そんな感じで春待へのプレゼントを選ぶことになった。

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