霊がマジで視えるタイプの男
一ノ瀬先輩と昼食の約束を取り付けた直後、僕と先輩の前に一人の男子が現れた。
その男子は僕を睨みつけ、ドスの利いた声で問いかけてきた。
「おい、お前倫に何してんだ?」
まず、その男は端正な顔立ちをしていた。それに怯みつつ全体を眺めると、スタイルもよく髪型もキメられていて、有り体に言えばイケメンだった。一ノ瀬先輩の名前を呼び捨てにしていることから、近しい間柄であると予想できる。というか彼氏かもしれない。
恐れをなした僕は早くも降伏宣言することにした。
「すみませんでした。差し出がましい真似をしました。帰ります」
「ちょ、ちょっとー!? 帰っちゃダメ守谷くん! ……で、あんたは何の用?」
先輩は、立ち上がった僕の腕を掴んで強引に座らせた。そして男に鋭い視線を向けていた。
その様子から彼氏ではないと思われる。しかし遠慮のない間柄ではあるようだ。
今になって気付いたが、この人は先程一ノ瀬先輩に視線を送っていた男子だった。やはりあれは恋慕の視線……?
一ノ瀬先輩の眼光にたじろいだ様子の男子は、慌てて弁解していた。
「いや、倫が大きい声で何か言ってたから気になってさ。そいつに何かされたとか」
「守谷くんがそんなことするわけないじゃん」
彼氏ではないとしたら、幼馴染かもしれない。もし仮にそうだとしたら、霊のことはこの人に任せて、僕は家でパスタを作ることにしよう。
「さっきのやる気はどこに行ったのよ」
トリカが呆れた顔で言った。
適材適所という言葉もあるとおり、僕のような新参よりはお互いよくわかりあった人間に事を任せる方が自然と言える。
「その言葉で言うなら、霊を認識できるあなたの方が適任なんじゃないの?」
とはいえだ。霊が視えるだけで果たして解決に導けるものだろうか。今回の霊は悪霊とは言えない霊で、しかも一ノ瀬先輩の親友の霊である。トリカが吸ってはい解決というような簡単な案件ではない。
春待が言うことには、その霊の未練を晴らすことによって霊は成仏するという。霊の未練を推理するのに霊を認識できる能力が必ずしもいるだろうか。
「あって困ることはないと思うけど」
まあそうだけど、なんつーか、先輩と仲の良い男子が居る手前、気まずいじゃん?
「最初からそう言いなさいよ。まったく、モテない男はそのあたり度量が小さくて困るわね」
その言葉に僕はぐうの音も出なかった。
僕とトリカが声のない会話をしている間、他方では若干険悪なムードが漂っていた。
「心配なんだよ俺は。最近の倫、元気ないし、ちょっと疲れてる顔してるしさ」
「だから井上には関係ないって言ってるじゃん」
「関係なくない。幼馴染だろ」
あ、ほんとに幼馴染だった。
おいおいこんな美男美女の幼馴染が存在していいのかよ。モロの如く悪態をつきたいところをなんとか抑える。
井上なる男子が「幼馴染だろ」と言ったとき、僕と目が合った。つまり、一ノ瀬先輩との関係性を僕にアピールしたのだろう。それはいいのだが、僕に敵意を持って視線を向けるのはやめてほしい。普通に怖いし、今も心臓がバクバク言ってる。
あんまりにもいたたまれないのでトイレにでも避難したいと思ったのだが、僕がちょっと動くとその都度一ノ瀬先輩が腕を掴んでくるのだ。もうほとんど掴まれっぱなしである。それを見て井上先輩が不機嫌になり、負の連鎖が発生している。
そして二人の話はさっきから平行線なのだ。「倫、何があった?」「井上には関係ない」これの繰り返しである。
霊という共感されないことが問題になっているので、一ノ瀬先輩も話しづらいのはわかるが、「関係ない」という物言いが井上先輩には引っかかるのだろう。幼馴染が心配しているのだから多少ワケを話しても良さそうなものである。
「案外、仲良くないのかもね。リンは男の名前を呼んでないし。この男の一方的な好意だったりして」
トリカの言葉通りだとしたら、そりゃ話さないだろう。
とはいえ、幼馴染である。モロ曰く幼馴染は、朝は優しく起こしてくれるし、弁当も作ってくれるし、妙に世話を焼いてくれる存在だという。それはつまり、カップル以上家族未満の深い関係であると言えるだろう。
「それはあなたの友達の偏見だと思う」
まあ、僕もそう思うけど。
ともあれ、この板挟み状態は辛いものがある。この状況を打開する術はないものか。
話を聞いていると、この井上先輩が一ノ瀬先輩を心配しているのは確かなのだ。これだけ心配しているのであれば、霊のことについて話しても真剣に考えてくれそうな感じはする。
ということで、僕は井上先輩に助け舟を出すことにした。
「あの、先輩も飯食いに行きませんか。そこで話をしましょうよ」
僕がそう言うと、一ノ瀬先輩が泡を食ったように制止してきた。
「ダメだって守谷くん、こいつに話したって意味ないから!」
「意味ないってことはないだろ! 俺だって協力するって」
「だーかーらー、あんたには無理なの!」
結局また言い争いが始まってしまったが、電車が到着したのを機に一時休戦となった。
電車に乗り込んだものの、どこで何を食べるかについてまったく考えていなかった。
僕は隣に座っている一ノ瀬先輩に問いかけた。
「あのー、何か食べたいものとかあります? あるいは行きたい店とか」
「守谷くんの好きなところでいいよ」
「あ、そうですか。……いや、あのですね、僕いつもマッダーナウしか行ってないんですけど」
「あははっ! 何その言い方! 帰国子女みたーい」
「いやー、英語の先生がそう教えてくれて以来、身内で流行ってまして」
そんなふうに一ノ瀬先輩と話している間、井上先輩はじっとりとした目で僕らを見ていた。気まずい。
さらに気まずいのは、僕と一ノ瀬先輩が座っている一方で、井上先輩は吊革に掴まって立っている点だ。
電車に乗りこんだ際、一ノ瀬先輩は座席の端が空いているのを見つけると、喜々としてそこに座った。その隣も空いていたので、当然そこに井上先輩が座るのかと思ったが、一ノ瀬先輩がぽんぽんと隣を叩いて「守谷くん、ここ座りなよ」と促してきた。一度は固辞したのだが、強引に座らされてしまった。当然、井上先輩は僕の隣に座るわけもなく、現在の状況に至っている。
僕にとっては気まずいことこの上ないが、この井上先輩の登場によって一ノ瀬先輩も幾分元気を取り戻したように思うのだ。やはり気心の知れた人間が傍にいることで、気が安らぐのだろう。一ノ瀬先輩はツンデレでもあるようだ。
ただ、井上先輩がそれを察知しているかは不明である。
「じゃあそのまっだーなうでいいよ。ふふ、私も好きだしねー」
「ほんとですか。じゃあ、次の駅にあるやつでいいですか?」
「いいよー」
一ノ瀬先輩は気持ちよく了承してくれた。本当に接しやすい先輩である。
井上先輩にも確認した方がいいのだろうが、目つきが怖くて声を掛けられなかった。否定されなかったので、肯定と取ることにした。
ふぅ、息が詰まる。
僕は早くも昼食時のことを心配していた。もし一ノ瀬先輩がお手洗いに席を立って、僕と井上先輩で二人きりになったらどれだけ気まずいのだろう。もう想像するだけでイヤだ。
「ふふ、それなら私が実体化してあげてもいいわよ?」
トリカがいたずらっぽい笑みを浮かべて提案してきた。トリカが登場したらもうすげー面倒くさそう。
まあ、僕が我慢すればいいだけの話なので、トリカが実体化するまでもないだろう。
電車を降りて駅の中にあるダーナウに入ると、それぞれ注文してから、適当に空いている席を見つけて座った。
今回は一ノ瀬先輩の隣に井上先輩が座った。そして僕は二人に相対して座る。
さて、何から話そうか。
「……。」
何から話せばいいんだ?
僕が思考停止に陥っていると、一ノ瀬先輩の方から切り出してくれた。
「ねえ守谷くん、私、どうしたらいいと思う?」
そんな問いかけに、僕は最善と思われる返事をする。
「菫さんの未練を晴らすのが一番だと思います。霊というのは、未練があるから霊としてこの世に残るみたいなんです。僕の友達が言うことには、未練を晴らすと霊は空に還っていくそうです」
まくし立てるように話してしまったが、一ノ瀬先輩はこくこくと頷きながら聞いていた。
「そう、なんだ。でも未練って、もっと生きたかったってことじゃないのかな」
「それは、……うーん」
考えてみれば、普通自分が死ぬとなったら、大概の人はもっと生きたかったと思うのではないだろうか。老衰などはまた違うと思うが、それ以外が死因なら未練を抱いて然るべきではないか。
その僕の思考にトリカが反応する。
「ま、人は必ず死ぬから。死そのものに対してはある程度諦観があるのかもしれないわね」
なるほど。霊として残留するほどの感情はそこには生まれないと。いやーどうかな。
一応、それを頭に入れて考えてみよう。
「先輩だけ声が聞こえるということは、何か先輩に関係があることなのかもしれません」
「……じゃあやっぱり、私に対する恨みじゃないかな」
一ノ瀬先輩は肩を落として、うつむいてしまった。
これまでの経験から、その可能性は否定できる。
「それは違うと思います。もしそういう負の感情を持つ霊なら、僕はもっと明確に見えますし、色も黒いんです」
「……ずっと気になってたんだけど、守谷くんは霊感があるの?」
「ここだけの話、そうです。だから菫さんの霊が負の感情を持っているとは思えないんです」
僕が力強く言うと、先輩のこわばりが少し取れたような気がした。
一方で、井上先輩がひどく怪訝な視線を僕に向けていた。
そして当然の疑問を口にした。
「さっきから何の話をしてんの?」
「霊の話です」
僕が正直に答えると、井上先輩の片眉がつり上がった。
「幽霊の霊?」
「そうです」
「ははははは、あ、そう。霊ね。……倫、帰るぞ。こいつやばいやつだ」
まさか僕のような典型的一般人をやばいやつ扱いするとは、驚きのあまり泡吹いてひっくり返るかと思った。
肩を叩かれた一ノ瀬先輩は、鬱陶しそうにその手を払い除け、また考え事に没頭していた。
「倫……! 霊なんているわけないだろ。非科学的なんだよ」
「うるさい。だからあんたには来ないで欲しかったのに」
やっべぇ、険悪。
昼時ということもあり、店内は多少お客さんが居る。女一人に男二人という構図から恋愛のもつれと思われる可能性がある。
しかしまあ、客観的に見ればそんなことはありえないとわかる。なぜならこの二人が非常にお似合いだからだ。二人の言い争いは可愛い痴話喧嘩であり、僕の存在は彼らに付随する小間使いのようなものである。
「相変わらず卑屈ねえ」
トリカはいつもの呆れ顔を見せてきた。卑屈なのではなく客観的事実である。
二人が言い争っている間にチーズバーガーを頬張る。うーん、ジャンキー。うまい。
「私も食べたーい」
トリカが僕の傍にふわふわ寄ってくると、がぶっとチーズバーガーにかぶりついた。
チーズバーガーの一部が消える瞬間をすんでのところで包み紙で遮ったが、全方位をカバーできたわけではない。最低限、正面の二人には見えないようにしたつもりである。
「そう気付く人間もいないでしょ。浮いたならともかく消えたなら」
チーズバーガーを飲み込んだトリカは楽観的に言った。そうかもしれないけども。
「コーラも飲みたいわね。アキラ、持ってくれる?」
トリカはトレイの上にあるカップに視線を向けた。
仕方なく、トリカの飲みやすいようにカップを持った。
「ありがと」
そしてストローを咥えてごくごくと飲んでいた。ストロー内に満ちるコーラに周りが気付かないかヒヤヒヤする。
そもそも僕が持つ必要ある? という疑問を抱くと、
「置いてあるものを飲んだら獣みたいじゃない」
と返された。
さらにはこんなことも。
「それにこうして私が顔を寄せると、アキラがドキドキしだして面白いし」
……。
今問題なのはこんなことではなく、一ノ瀬先輩の件である。満足したなら離れなさい。
「ふふ、照れちゃって。可愛いわね」
まあ、確かに僕は可愛いけども。
「前言撤回。気色悪い」
切り替え早すぎ、切れ味やばすぎ。
そんな感じでトリカと会話していると、幼馴染の言い争いも収まってきていた。
「とにかく口を挟まないで。守谷くんはおかしくないし、私を騙そうとしてるわけでもないから」
「はっ、どうだかな」
未だに井上先輩は懐疑的な目で僕を見ていた。当然の反応だろう。
ここでトリカの力を使って怪奇現象を起こしてみるのも面白いかと思ったが、鬱憤晴らしのためにリスクを負うのは馬鹿のすることである。下手したら僕が化け物扱いされかねない。
「うふふふっ、あなたの手から炎でも出してあげましょうか」
やめてよね……。
さて、仕切り直して一ノ瀬先輩の話を聞こう。
「それで、菫さんの未練に心当たりはありましたか?」
「考えてみたんだけど、全然わかんないんだよね……。ピンと来るものがないっていうか……」
一ノ瀬先輩は眉を八の字にして言った。
人の未練など他人にはそうわかるものではない。親友でもわからないならなおのこと……。
幸い菫さんの霊は存在しているので、そこからなんとか情報を引き出せないものか。
しょんぼりした様子の一ノ瀬先輩に問いかける。
「菫さんの声は、どのタイミングで聞くことが多いですか?」
「それなんだけど、スマホから音が出るときに声も聞くことが多い気がする。例えば、音楽を流したりとか」
「なるほど」
「さっき駅で声が聞こえたときは、メッセージの着信音もしてたの」
「そうだったんですか。なるほど」
スマホの挙動と連動しているのだろうか。
イヤホンジャックに刺さっていたおかげで、妙な進化を遂げている可能性はありそうだ。
霊の声はぼんやりとしていてはっきりと聞き取れない。ならば、別方面から攻めてみよう。
「先輩、そのスマホでカメラとか使います?」
「うん。結構使う」
「ちょっと写真を見せてくれませんか? 見せられるものだけでいいんで」
「ん、わかった」
先輩はスマホを操作し、ギャラリーの画面にして僕に差し出してきた。
「はい。いいよ」
「え、いいんですか?」
「うん。見られて困るものもないし、守谷くんならいいかなって」
「……そうですか。じゃあ、お借りします」
そんなこと言っておいて川崎先輩が撮ったようなヤバイ写真があったらどうしよう。
僕の恐怖心でトリカも興味を示したらしく、一緒に画面を覗き込んできた。下衆な奴め、と思っているとチョップを食らった。
さて、一番新しい写真から順に見ていくことにしよう。
一ノ瀬先輩の友達の写真、食べ物の写真、時間割やシフト表の写真、スクリーンショット……様々あるが、その中の数枚に人影が写っていた。
「……菫さんの髪型ってロングですか?」
「え? そうだけど、……もしかして、写ってたの?」
「ぼんやりですけど。まず、この写真です」
タップした画像は、一ノ瀬先輩の友達がじゃれ合っているところを収めたものだ。おそらく高校からの帰り道だろう。友達の背後に菫さんの霊がおり、右手をどこかに伸ばしている。画像内にある情報は、先輩の友達が二人、チェーンの牛丼屋、その駐車場に入っていく車、夕焼けの空、それくらいだ。
「私は見えない……。どこ?」
「ここです」
そうして画像を指差していると、井上先輩も覗き込んできた。
「なんも見えねえじゃん。はっ」
そしてまた椅子に座ってもたれた。
若干気分が悪くなりつつ、次の画像を見せる。
「これが一番特殊なんですけど、スクリーンショットなんですよね」
「スクショ? スクショに霊って写るの?」
そのスクリーンショットは、ネット上にある豚の角煮のレシピを収めたものである。
画像の下部に、うつむいている人影が写っているのだ。先程の写真とは違って両手はだらんと下がっている。全身が写っているが、まるで小人のような、あるいはアイコンのような感じがして、ちょっとかわいらしく見える。
「下の方でうつむいた感じで写ってます。見えませんか」
「んん……見えないね。ていうか、全部の写真に写ってるわけじゃないんだ?」
「そうですね。写ってない写真の方が多いです。ここに何か鍵がありそうな気がしますね」
「なんだろ……。共通点とかあるのかな?」
「ここまではどちらも食べ物が関係してますけどね。牛丼屋と角煮で」
もしかしてこれらをもう食べられないことが未練とか? だとしたら生前の菫さんは食いしん坊だと想像できる。
「うーん、でも菫ってそんなに肉食って感じでもなかったけどなー。スイーツは好きなイメージあるけど」
「そうですか。……ところで、先輩は料理が好きなんですか?」
「ん? あー、そのスクショね。そのときはめちゃくちゃ豚の角煮が食べたかったら勢いでつくったんだよね。まーでも料理は好きな方かなー」
「へぇ~。素晴らしいですね」
見た目はチャラめでありながら、そういう家庭的な面も持ち合わせているとは、完全に僕を殺しに来ているな。
「来てない」
トリカの冷静なツッコミをスルーしつつ、次の画像をタップする。
どこかの公園の池を泳ぐアヒルとアイガモを捉えた写真だ。菫さんの霊は、こちらに背を向けてまるでアヒルたちを眺めているような格好で写っている。
「これってあのデートスポットとして有名な公園ですか?」
「そうそう。友達と行ったんだー」
そんな会話をしていると、井上先輩から視線を感じた。デートスポットに反応したらしい。
ふはははは、どうやらこの相手が気になる様子。僕が探ってあげても良いところだが、あえて追求せずこのまま井上先輩にはモヤモヤして頂こう。
「あなたは気にならないの?」
僕の心が読めるならもうわかっているだろう。この恋は終わったのだ。
「諦めが早すぎるわね……」
そもそも幼馴染登場の時点で「あ、終わったな」と思っていた。今のはただのダメ押しである。
努めて平静を装い、一ノ瀬先輩に霊の場所を指し示す。
「ここに人影が写ってますね。池のアヒルを眺めてるような格好です」
「……そういえば、菫は動物が好きな子だったよ」
「なるほど」
霊が写っている写真はこの三枚だけだ。公園の写真は二週間前に撮られたものだから、この時期には姿を現す程度に力を付けていたと思われる。先輩の「ここ二週間で声が聞こえるようになった」という証言とも一致している。
「……しかしわかりませんね。何故この三枚に写っているのか」
「んー……」
僕と一ノ瀬先輩が首を傾げていると、井上先輩が何気なく言った。
「それ、共通点見つけたわ。多分『家』だな」
「家?」
一ノ瀬先輩が聞き返すと、井上先輩は説明を始めた。
「まず牛丼屋の名前が吉田家だろ? で、スクショの画像の下でうつむいてるなら、見てるのはホームボタン。三枚目のアヒルは、漢字で書くと家鴨。だから全部家が関係してる」
言われると納得である。確かに一枚目の写真は、吉田家の家のところを右手で指しているように見える。スクショもそうだし、アヒルを眺めているのもそうだ。
吉田家と家鴨はまだわかるが、スマホのホームボタンは僕だけだったら絶対にたどり着けなかった。というか、そんな高度な写り方ができるなら、もっと他にやりようはなかったのかと思ってしまう。これじゃまるでクイズだ。
「よく気付きましたね。凄いです」
「まあ、天才だからな」
ぶっきらぼうに井上先輩は言ったが、どこか誇らしげだ。
そんな井上先輩にじとっとした視線を食らわせた一ノ瀬先輩は、僕に向きなおって聞いてきた。
「家って、菫の家ってことかな?」
「そうだと思いますね。行ってみたらどうですか?」
「うん。でもいきなり行ったら悪いよね。電話するか……」
スマホを手にした一ノ瀬先輩は緊張した面持ちだった。
「向こうで電話してくるね」
「ファイトです」
「あはは、ありがと」
一ノ瀬先輩はトイレの方に歩いていった。
席には僕と井上先輩が残された。まずい、危惧していたシチュエーションが訪れてしまった。
当然のように沈黙である。気まずい、気まずいなぁ。
なんとなくポテトを食べる。ゆっくりにだ。常に何かしていないと落ち着かない。
井上先輩を避けるように視線を泳がせていると、向かいの席からぶっきらぼうに質問された。
「あのさぁ、お前ほんとに霊が見えんの?」
僕は、さっきと同じように答える。
「ここだけの話、視えますよ」
「証拠は?」
「それはないですけど」
「はっ、だろうな」
「ふふふ」
井上先輩の嘲笑に内心ムッとしつつ、僕も笑ってみせる。この態度も辻村先輩に比べればマシ。彼の気持ちは理解できるからだ。
それに、ペテンと思われている方が健全である。この先輩は見るからに合理主義者だ。そんな先輩が僕を指して「マジで霊感のある奴」と吹聴してまわったら、真実味が増しかねない。僕に対する目も変わってくる。
ゆえに、意固地になって「僕は霊が視える! 視えるんだ!」などと強硬な姿勢を貫こうとは思わない。軽薄に笑って「まあ冗談だよ」という姿勢を見せておく方が利口というものだろう。
「でも、あなたの印象は最悪でしょうね」
いいんだよ。先輩なんてそう関わることもないんだから。これが同級生だったら話は別だけどさ。
現状、井上先輩から見た僕の人となりは、「霊が視えるなどとほざいて幼馴染を誑かす悪い後輩」といったところか。はっきり言って僕が井上先輩の立場だったら、強引にでも一ノ瀬先輩を連れて帰ってる。それくらい常軌を逸していると思う。
「先輩、誤解しないで欲しいんですけど、僕は一ノ瀬先輩に害をなすようなことはしません」
僕がそう言うと、先輩はジンジャーエールをごくっと飲んだ。
「霊が視えるって騙してるのにか?」
「問題解決のためです」
「その問題ってのはなんだよ」
「一ノ瀬先輩の思い込みの問題ですね。一ノ瀬先輩は、菫さんが自分を恨んでいると思い込んでる節があります」
「ああ」
「それを解決しようというわけです」
「……ふーん」
このリアクションから察するに、彼もそのあたり思い当たる節があるようだ。
そして先輩はさらに疑問をぶつけてくる。
「なんで菫の家に誘導したんだ?」
僕の霊感をエセだと思っている以上、先輩にはそういうふうに思えるだろうが、別に僕が誘導したわけではない。むしろ『家』と答えを出した先輩こそが誘導したと言える。
ともあれ、ここは適当に理由付けしておこう。
「一ノ瀬先輩は多分菫さんの家に行くのを避けてたと思うんですよね。今一度ここで線香をあげに行くことで、気持ちの整理ができるんじゃないかなと」
「ふーん」
もちろん一ノ瀬先輩が菫さんの家を避けているか否か僕は知らない。
「まあ、倫が元気になりゃそれでいい。お前は信用してないけどな」
「はは」
僕が渇いた笑い声を上げると、先輩は舌打ちして椅子にもたれた。




