勉強会 at 春待家
昼休み。僕がいつものようにモロたちと昼飯を食べていると、教室に珍客が現れた。
サイドテールと無愛想な態度がトレードマークの辻村梨奈先輩だ。僕が露骨に顔をしかめていると、彼女も同様に眉間にシワを寄せていた。
辻村先輩はまっすぐに僕のもとにやってきて、居丈高に言った。
「ちょっと来てくれる」
これが人に物を頼む態度だろうか。疑問形ですらない。
「いや、見ての通りご飯中なんで。すみませんけど」
「用があるの」
「はぁ。ここで言ってくれれば」
「ここじゃ言えないことだって、言わないとわからない?」
ぴりっとした空気が流れる。
モロとトシが気まずそうな顔をしているので、仕方なく僕は席を立った。
すると、先輩はさっさと教室を出ていった。
それに続いて教室を出ようとすると、トシがからかうように聞いてきた。
「また春待にちょっかい出したのか?」
「いやー、最近は会ってないから違うと思うんだけど」
「はは、まあさっさと済ませてこいよ」
「おー」
苦笑いで廊下に出てくると、辻村先輩が相変わらず無愛想な顔で立っていた。
そして僕の姿を認めるなり、ついてこいと言わんばかりに歩き始めた。おそらく春待のクラスに向かっているのだろう。
“何かしたの?”
指輪に潜んでいるトリカが脳裏に語りかけてきた。
もちろん何かした記憶はない。焼きそばパンを受け取って以来会ってすらいないのだ。
春待のクラスである六組の教室に到着する。辻村先輩に続いて中に入ると、春待が女を二人侍らせて昼飯を食べていた。もう帰りたい。
春待が僕に気付くと、「げっ!」とうめき声を上げた。なんじゃこいつ……僕だって好きで来たわけじゃないぞ。
春待は呆れた顔で辻村先輩に言う。
「おい梨奈ぁ、守谷に迷惑かけんなって」
「だってこうでもしないと藤次が勉強しないから」
話が見えない。
察することができたのは、辻村先輩が春待に勉強をさせたいということだけだ。
僕が黙って様子を見ていると、春待の取り巻き二人が辻村先輩に同調した。
「いいじゃん藤次、梨奈さんが勉強会したいって言うんだからさ」
「そうそう。あたしたちも手取り足取り教えてあげるから」
なんかすげー羨ましいこと言われてる。
美少女と言って差し支えない女子三人に勉強を見てもらえる? そして春待はそれに難色を示している? ふざけた話である。もし僕が吉岡さんや一ノ瀬先輩に勉強を見てもらえるとなったら秒で了承するし、むしろこちらからお願いしたいくらいだ。
“嘘つき。あなたがその状況になったら恐縮して断るでしょうが”
確かに恐れ多くて断ってしまうかもしれない。
しかし春待の場合は違う。こいつは少年のマインドを持った鈍感男である。辻村先輩のゲロ甘ラブアタックも暖簾に腕押し馬耳東風、もはや恋愛という概念が備わっていない可能性を考慮する必要があるほどだ。
つまり、春待は単純に勉強がしたくないから勉強会を拒否しているのだ。なんと罪な男か。
「勉強会なんてやんなくていいだろ……。ひとりでできるって」
そう春待がぼやけば、辻村先輩が反論する。
「さっき守谷が来るなら勉強会をしてもいいって言ったよね? 守谷も来るって言ってるし、一緒に勉強しよ?」
言っていない。僕は何も言っていない。
僕が即否定しようとしたが、その目論見は女三人の鋭い視線で封殺された。おっかねー。どんだけ春待と勉強会したいんだこいつら。
春待は観念したように頭を掻いた。
「あーもうしゃーねーな。じゃあ今日うち来いよ。あ、守谷は俺が案内するから安心してな」
「お、おん」
歯切れ悪く返事をしていると、女三人は満足気な笑みを浮かべて春待を見ていた。春待愛されてんな。
ともあれ用も済んだようなので、僕はそそくさと教室を後にした。昼飯の途中である。
“で、あなたはトウジの家でちゃんと勉強できるのかしらね”
できるだろ。なぜなら僕の存在など春待ハーレムにおいては関係がないからだ。蚊帳の外にいるのだから逆に集中して勉強できると予想する。
“かわいそう”
僕もそう思う。
放課後になると、春待が教室まで迎えに来た。
モロとトシには昼休み中に話の種として勉強会について話していたので、特に突っ込まれることもなく、教室で別れた。
廊下を歩いていると、春待が申し訳なさそうに言った。
「いやー、悪いな。いきなり梨奈が誘ってきてびっくりしたろ?」
「まあ、ね」
そもそも誘われていないという恐るべき事実。
「春待の家ってどこなん?」
「ここからチャリで十五分くらいかな」
結構、高校に近いところに住んでいるようだ。
下駄箱に来ると、昇降口に綺麗どころの三人が春待を待ち構えていた。まるで逃げるのを防止せんと言わんばかりの布陣だ。
それを見た春待がげんなりとした様子で言う。
「いや逃げないっつの」
下駄箱で靴を履き替え校舎を出ると、早くも春待の両サイドが固められた。僕はその後ろをすごすごと付いていく。なにこの可哀想な感じ。
そういえば、辻村先輩はわかるが他の二人はいったい誰なんだろう。モロとトシに聞いておけばよかった。可愛い女子という記号だけで盛り上がってしまって、パーソナルなデータをないがしろにしてしまった。
“羨望と嫉妬でえらく盛り上がってたわね。いわゆる……あらいけない。これは言ってはいけない禁忌の言葉だったわ”
そうだよ陰キャだよ。お? かかってこいよ。陰キャラップ食らわすぞ。
トリカの高笑いが脳裏に響くなか、春待御一行はイチャイチャしていた。
まず、春待の両腕に女が腕を絡めている。あれは確実に胸が当たっている。そして心底信じられないのは、春待が特別意識している様子がないということだ。むしろ鬱陶しそうにしている。感受性の欠如かな。
春待が駐輪場方向に向かうところで、女たちは先に校門を出ていった。
「どこいったの?」
「俺んち。あいつらは場所知ってるから」
「あ、そう」
家を出入りする仲――!?
まあ、辻村先輩は春待にべったりだろうからそれも想像に難くないが、後の二人もそうとなるともう完全に通い妻ローテーション制が敷かれてるだろ……。中二日でやってるだろ……。
“発想が飛躍した上に気持ち悪いわね……”
トリカが呆れたように言うが、可能性としては八割を超えているはず。
春待は鍵を開けて自転車を引き出すと、颯爽とサドルに跨った。
「よし、じゃあ俺が先導するから走ってついてこいよ!」
「マジ!?」
そう言って春待はペダルを漕ぎ出した。僕はそれを呆然と見送る。
しょうがない走るかと一歩踏み出すと、十メートルほど進んだ先で春待が止まった。
「嘘だよ! あははははははは!」
春待は大笑いしながら、自転車から降りた。そして自転車を押して歩き始めた。
「置いてくぞー?」
「お、おー」
僕は小走りで春待の隣に追い着く。
なんというか、おちゃめなやつである。
「え、……ここ?」
「ここ。ビビるだろ?」
春待の家はホラーゲームにでも出てきそうな洋館だった。周りが木々に囲まれているせいか、なんとなく薄暗い印象を受ける。
「え、マジでここ?」
「マジでここ。ほら、もう梨奈たちは中にいるからさ」
春待が観音開きの扉を開けて、中にはいるように促してくる。
僕は恐る恐る洋館の中に足を踏み入れた。
入ってすぐのホールがやたら広く、ここで舞踏会でも行われるのかと思うほどだ。中央奥の左右に分かれた階段なんか、もう完全にやばい洋館のそれだった。
「ほれスリッパ。靴あそこな」
「ありがとう」
洋館だけあって土足で入るのが推奨されているような玄関だったが、やはり日本においては特殊である。
靴箱に靴を置き、春待に渡されたスリッパに履き替えた。
「あら、初めていらっしゃるお客様ですね」
僕がお上りさんの如く洋館内をきょろきょろと見回していると、メイド服姿の女性に声を掛けられた。メイド!?
唖然としている僕をよそに、春待が涼しい顔で会話していた。
「ただいま、エマ」
「おかえりなさいませ、藤次様」
「こいつは守谷陽っていう俺の友達。お茶を頼むよ」
「かしこまりました」
エマ!? 藤次様!? ここ日本だよな!?
“アキラ、今のは人間じゃないわ。魔力体よ。可視化されてるけどね”
トリカの言葉も素通りしかねないほど驚いていたが、人間ではないと聞いて冷静になる。武蔵のような付喪神だろうか。
いやそれにしてもメイドって。メイド喫茶にも行ったことがない僕にとっては、初めての邂逅である。
“そんなに使用人が珍しいの?”
珍しいに決まっている。よっぽどの上流階級か、フィクションの世界の話だ。
トリカの反応から察するに、彼女の世界においては割りと普遍的のようだった。
春待に先導され、階段を上る。
「めちゃくちゃ広い家だけど、春待の両親は何してる人なの?」
「いわゆる学者だな。海外に飛びまくっていろいろしてるらしいけど、詳しいことは俺も知らないんだよな」
「海外? 今も?」
「そう。この家はさ、なんか過去に住んでた家族に不幸があったとかで、かなりオトクな物件だったんだと。俺が視えるってわかってるのに買ったんだぜ? ひでぇ親だよな」
春待は悪態をついたが、顔は笑っていた。別に親との関係は悪くないらしい。
それにしても両親が海外って。そりゃあ女子を容赦なく連れ込めますわな。もはや女どもにとっては勝手知ったるなんとやら、ご両親以上に家のことを把握していそうだ。
「無駄に広いけど、住んでるのは俺と妹と付喪神だけだからさ。守谷も暇なときは遊びにこいよ。泊まってもいいしな」
「お、おー」
春待が二階のある一室の扉を開ける。中にはベッド、机、本棚と、高校生らしい部屋があった。違う点があるとすれば、部屋が広いということだろう。
「ここ春待の部屋?」
「そう。てかあいつらいねえな。どこ行ったんだ?」
女三人の姿はここにはなかった。
春待は僕にクッションを渡すと、自分はベッドに寝転がった。
クッションを座布団にして、座卓の前に座る。
「あいつらいないなら遊んでようぜ。ゲームあるぞ。一世代前だけどな」
春待はニヤリと笑ってそう言ったが、僕は気になることがたくさんあるのだ。
「その前にさ、まず勉強会の面子を紹介してくれよ。辻村先輩はわかるけど、あとの二人は誰?」
「あー、学年が一緒だから知ってるものと思ってたわ。すまんすまん」
同じクラスの人間を覚えるので精一杯だろ、ふつー。
ベッドから身体を起こした春待が、スマホの画面を僕に向けて二人の名前を見せてきた。
犬井皙……? なんて読むんだ……。沖田美野里は、おきたみのりだろうけど。
今度は画面を切り替えて、その二人と春待が映っている画像を出してきた。なんじゃこのイチャイチャ写真。スマホを叩き割ってくださいってアピールか?
「左の色白の方が犬井皙で、右の性格キツそうなのが沖田美野里。この二人はどっちも霊絡みで知り合ってなぁ」
春待曰く、霊に憑かれている二人をそれぞれ助けたら、やたらと感謝されて今に至るとのこと。二人は霊の類を認識できないが、春待の介入により環境が劇的に改善したので、春待のおかげであることは認識しているようだ。
春待は苦笑いをした。
「でも本当に大した霊じゃなかったんだよ。肩にゴミがついているから取ってあげたくらいの、そういうレベル。二人ともな」
「……まあ、その二人にとっては些細な問題じゃなかったんだろ。原因が霊だなんてわかるわけもないんだからさ」
そう言いながら僕はイライラしていた。霊の問題を解決してモテるというなら、僕だってもれなく吉岡さんにモテているはずだ。だというのに、あれから発展することもなく会えば挨拶をする程度の関係に収まっている。春待のように腕を絡ませることなどあるはずもない。そもそも吉岡さんも春待の傘下にいるようなものだ。
守谷は激怒した。必ずかの邪智暴虐の鈍感男を除かなければならぬと決意した。守谷には恋愛がわからぬ。守谷は硬派な男である。本を読み、男友達と遊んできた。けれでもモテ男に対しては、人一倍に敏感であった――。
“それ何かの引用?”
そう。国語の教科書にも出てくる由緒正しい文学だ。
ともあれ、春待と彼女らの関係はわかった。つまるところはハーレム要員であるから、僕が知ろうが知るまいがあまり影響はないだろう。
“自分から聞いておいて……”
ふははははは。
トリカのツッコミを笑い飛ばし、僕は本棚を覗いた。
王道な少年漫画や有名な小説、そしてちょっとだけ少女漫画がある。全体のラインナップを見ると、少女漫画は浮いているように見えた。
「春待、少女漫画好きなの?」
「ん? あー、それ妹の」
「あ、ふーん」
そういえば妹もいるんだったな。春待の妹だからきっとブラコンなのだろう。
根拠もなく決めつけていると、トリカの声が脳裏に届く。
“あなた、トウジの一挙手一投足に嫉妬してるわね。疲れてない? 大丈夫?”
言葉だけ見ると心配していそうな感じだが、半笑いで言っているので完全に馬鹿にしている。疲れていません。大丈夫です。
そんなふうに言い返していると、部屋の扉がノックされた。
「藤次様。お茶をお持ちしました」
「おー、入っていいぞ」
扉が開くと、そこにはメイドのエマさんが居た。編んだ金髪とヘッドドレス、そしてロングのエプロンドレスの姿は淑女のイメージを強くさせる。歳は二十歳前後に見える。
そんなエマさんが持つお盆の上に湯呑みが二つある。あ、お茶って緑茶なんだ……。
楚々とした動作で湯呑みを座卓に置く。僕は彼女の雰囲気に気圧され、ペコっと頭を下げることしかできなかった。
「ありがとな」
春待が礼を言うと、メイドはにこっと微笑み静かに部屋を後にした。
湯気の立っている緑茶を一口啜ると、僕は春待に尋ねた。
「なんで緑茶なの? あの英国スタイルな感じで」
「はははは、それは俺が緑茶好きだからだ。ていうか俺は基本的に洋より和が好きなんだよなぁ。こんな家に住んでるけど、畳の方が好きだしな」
単純に好みの問題だった。
「エマさんは何の付喪神なの?」
「ああ、エマはあの頭に付けてるやつの付喪神。うちの親父が送ってきたんだよ」
そんなヘッドドレスが残っていることにも驚くし、入手できることにも驚く。付喪神として顕現するほどにメイドたちの想いが詰まった服飾品なのだろう。
それにしても美人なメイドさんだった。毎日あんな人にお世話されるとかどんだけ役得なんだこいつ……。しかも大してありがたがってなさそうなのも腹立つし……。
そんなふうに僻んでいると、部屋の外から足音が聞こえてきた。
「うわ、来たな」
春待がぼやく一方で、僕は緊張していた。辻村先輩はいいとしても、他の二人は面識がないのだ。もちろん僕のことなど眼中にないことは理解しているが、それにしても身の振り方は気になる。空気でいるか、それとも害のない会話装置程度の存在になるか。
ここで思考したところで結局はその時の流れである。僕はなりゆきに身を任せることにした。
ドアノブが回り、扉は開かれた。
「藤次ー、帰ってるなら一言声かけてよー」
入ってきたのは辻村先輩だった。背後には誰もいない。
先輩が気軽に話しかけている様子は新鮮だが、僕に気付くとすぐに顔をしかめた。僕も手のひらで首を切るジェスチャーで応戦する。先輩の目がつり上がった。
「あれ、皙と美野里は?」
春待が尋ねると、辻村先輩は柔らかな顔になる。
「秘密。私も二人の手伝いがあるから戻るけど、その間ちゃんと勉強しててよ? そしたらご褒美あげる」
「えぇ? 別にいらねぇ」
「いいからちゃんとやる! わかった?」
「はいはい」
このやりとり、ヘド出そう。
ともあれ、またしばらく春待と二人きりのようだ。こんなことを言うとあれだが、ホッとした。
辻村先輩が部屋を出ていくと、春待がはぁーと溜息をついた。
「勉強会とか言ってあいつらも遊んでるじゃねえか。ったく」
きっと春待のために何かしらの企みがあるのだろう。それが行われるときの僕の居心地の悪さたるや! それが始まる前に帰るのが正解だと思われる。
「そういや守谷、トリカちゃんは?」
「トリカは家でお休み中」
「そうか」
トリカが指輪に封印されていることは未だに話していない。話すつもりもない。
こちらからも聞きたいことがある。
「付喪神ってさ、物に霊が宿ってるようなもんだよな?」
「んー、いや、どうだろうな。無意識の内に込められた霊力が人格を持ったって俺は思ってるけど」
霊力と魔力は同義である。僕はトリカの言い方に倣って魔力と言っている。
「ほーん。その人格はどうやって決まるのかね?」
「さぁ。霊力を込めたメイドたちの性格を反映してるんじゃねーかな」
「じゃあ当時のメイドはみんなエマさんみたいな感じだったのか?」
「そうかもな。つっても俺の予想だし、実際はどうかわからんよ」
まあ付喪神の考察が僕の目的じゃない。付喪神と物に宿る霊についての違いが知りたかったのだ。
一ノ瀬先輩のペンギンに憑いているのは付喪神ではなく霊だろう。付喪神のデータが少ないので断言はできないが、これまでに見た付喪神はみんなはっきりとした姿を見せている。一方で、一ノ瀬先輩のペンギンはトリカがうっすら魔力を感じた程度で、姿は見えない。
やはりトリカが言ったようにたいしたことはできないと思われる。しかし、一ノ瀬先輩は何か気にしている様子だった。いったいなんだろう?
いざとなれば、トリカがその魔力を吸っちゃえばいいわけだが……。
「春待って霊を成仏させたことある?」
「ある。霊の未練を晴らしてやると、ぱあっと光の粒子が空に舞い上がるんだ」
「へぇー」
成仏させる手段があるなら、下手にトリカに魔力を吸わせたりしない方がいいのだろうか。今まで吸い込んだ霊は、悪霊だからセーフな気がするが……。いや、悪霊の定義とは……?
何にしてもトリカに非はない。吸い込むように言ったのは僕だ。
霊に対する道徳、倫理……。
この問題は家に持ち帰ることにして、僕は自分のリュックから勉強道具を取り出した。
それを見た春待が目を丸くしていた。
「お前まさか、勉強するつもりじゃないだろうな?」
「これが勉強じゃなかったら何なんだ。良い点数取りたいからな」
「ガリ勉かよこいつー」
「ガリ勉だったらテスト前に特別勉強しないって僕の友達が言ってたぞ」
春待の軽口をかわして、僕は英語の勉強に取り掛かった。
◇◇◇
時刻は午後六時を過ぎた頃。
五月の中旬といえど、さすがに外は暗くなっていた。
あれから辻村先輩たちは一度も部屋にやってこず、僕と春待だけで過ごしていた。
現在――。
「ちょっ、守谷のフォックスつえぇ!」
「ふはははは、ランカーの実力舐めんなよ?」
「ランクとかねーだろ!」
「中学校時代の強さランキング四位だぞ」
「しょべえ!」
一世代どころか三世代くらい前のゲームに僕と春待は熱中していた。
春待の部屋にあるブラウン管テレビは、地デジが映らないので完全にゲーム用と化している。最初こそ僕は勉強をするといって断ったが、スマブラの懐かしいBGMやSEを聞いたらやらずにはいられなかった。
「よっしゃ次は負けねえ。勝つまでやっ」
「藤次? 何してるの?」
春待はゲームに熱中するあまり、周囲への注意が疎かになっていた。廊下から足音が聞こえてきていたが、僕は特に注意するわけでもなく、コントローラーを握っていた。
鬼の形相をした辻村先輩がにじりよってくると、春待は言い訳を始めた。
「いや待て、違うんだよ。ちょっと息抜きにさ。人間の集中力ってそんなに長く持たないって知ってるか? しかも、ちょうど息抜きが始まったときに梨奈が来たから、実質息抜きしてないから。勉強しかしてなかったから」
「へぇ~。その割には教科書もノートも出してないようだけど?」
「あ、ああ、息抜きするのに片付けたんだ。」
辻村先輩はジロリと春待を見つめていたが、ふと微笑んだ。
「それならいっか。そんな勉強を頑張った藤次にご褒美があるから、食堂に来てね」
そう言い残し、辻村先輩は部屋を出ていった。
春待はホっとして息を吐いた。
「ふー、助かった。しかし食堂ってことは、なんかつくってくれたのかな」
きっとそうだろう。うら若き乙女たちが春待のために料理を振る舞う。うーん、素晴らしいね。勉強を一ミリもしてない春待は多少罪悪感を感じるべきだな。
僕はリュックに勉強道具をしまい、背負った。
「それじゃ帰るよ。僕も腹減ったし」
「はあ? いや、今から多分飯だぞ? 守谷も食ってけよ」
僕は思わず苦笑した。
春待の女たちが春待のためにつくった飯を春待以外の男が食べる。この状況がいかにいたたまれないか春待は知るべきだと思う。
「いや、外で食ってくるって家に伝えてないからさ。僕の分も春待が食っといてくれ」
まあ、僕の分などないだろうけど。
“卑屈すぎない?”
あの辻村先輩が筆頭のハーレムだぞ? 逆にあると思うか?
“うーん”
悩んだ時点で可能性は高いのだ。ならば潔く帰るのが正解。それでなくとも居心地が悪いものと想像できる。
「わかったよ。じゃあまた遊びに来いよ。俺暇だから」
「おー。じゃあな」
暇ってことはないだろう、という言葉は飲み込んで、僕は春待の部屋を後にした。




