そこのヒロイン気取りの糞ビッチ
ゴールデンウィーク明けの月曜日。
昼休みに購買部に向かう途中、辻村先輩と廊下で遭遇した。
彼女は僕と目が合うと露骨に嫌な顔をして、購買部の方へと向かっていく。
「うふふ、嫌われてるわね」
トリカがくすくすと笑う。
確かに嫌われているが、僕も嫌っているので問題ない。あの先輩には愛嬌が足りない。
彼女は春待以外には嫌われてもいいというスタンスだから、周りが彼女に好意を持たなくなるのは自然といえる。
「そこは男の度量を見せるところじゃないの?」
知っての通り僕は平々凡々な人間であり、器の大きさ、心の広さも人並みである。
人は好意には好意で返したくなる生き物だが、敵意には敵意を返したくなるのだ。
「でも、あの子の敵意が強くなったのは、あの“歌”のせいよね」
それは否定できなかった。
先日のネズミ騒動の件に話は遡る。
僕はネズミ退治のために春待たちに協力を仰ぎ、これまでの経緯を説明するためにカラオケという場を選んだ。カラオケを提案したのは春待だが、特に問題もなかったのでそれに乗っかった形である。
吉岡さんの家の状況や、美咲ちゃんのことなどについて説明が済むと、夜になるまで時間を潰す必要があるため、自然とカラオケを楽しむ流れとなった。
ここまでは何も問題はなかったのだ――。
◇◇◇
「よっしゃ、じゃあ一発目は俺がいっとくか!」
「いえー!」
デンモクを操作し曲を送信した春待がマイクを手に立ち上がった。
表示されたナンバーは僕も知っているテンションの上がるポップスだった。
辻村先輩は春待が歌っている姿を熱っぽい目で見つめていた。合いの手などを入れるわけでもなく、ただ黙って熱心に見つめていた。
春待は想像以上に歌が上手く、思わず聞き入ってしまった。これで何人の女を落とすことやら。
「おい守谷! 次入れとけよ!」
「お、おう」
曲の間奏中に春待が僕の前にわざわざデンモクを置いてきた。
僕も当たり障りのないJポップを入れるかと検索を始めると、指輪の中に引っ込んでいるトリカが茶々を入れてきた。
“あなたにはあのへんてこな歌があるじゃない”
へんてことはなんだ。
ラップはカラオケでは不向きであるとされている。やはりメロディーがないと盛り上がりにくいからだろう。
それに下手な人間がラップをすると、なんだかぼそぼそと喋っているやべえヤツに見えてしまう。ラッパーは音痴でもなれるというが、それなりにスキルが必要なのだ。
結局、万人が知っているヒットソングを入力した。無難な選択である。
春待が歌い終えると、辻村先輩が熱烈な拍手を送っていた。
「藤次って本当に歌上手いよね。かっこよかった」
「馬鹿恥ずいだろ!」
上手い人間の後に歌うヤツの気持ちを考えたことがあるか。いや、ここで物怖じするのはダサいので、開き直って歌おう。
マイクを手にして、カッと目を開く。
「お、おー、声は出てる。いいぞー!」
「……下手」
横から何か聞こえたような気がしたが気にしない。カラオケとはそもそも自己満足の場なのだ。他人のことよりいかに自分が気持ちよくなれるかが重要なのだ。
他人の目を気にせず一曲歌い終えると、春待がわざとらしく歓声を上げた。
「いえー! この曲俺も好きなんだよ!」
「これいいよな」
そうして春待の優しさに感動していると、さりげなく辻村先輩がマイクを取った。
画面に表示された曲は少し前に流行ったアイドルソングだ。正直、辻村先輩が歌うところがまったく想像できない。かなり興味をひかれる選曲だった。
「うお、すげ」
いざ曲が始まると、音程を外すこともなく可愛らしい雰囲気で歌っていた。普段とのギャップでもはや別人だろと突っ込みたい。
彼女は時折、春待の方をちらっと見るのだが、残念なことに春待は選曲に夢中でそれに気付かない。
よくよく辻村先輩の様子を見てみると、「好き」だとか「LOVE」といった歌詞のときに春待を見ているようだった。ラブラブ光線を尽く躱す春待のフラグブレイクっぷりに驚愕する一方で、こうもわかりやすく好意をアピールする辻村先輩も剛の者だなと思った。
そんな感じで思ったよりは楽しい雰囲気で時間が進んでいたのだが、ある時春待がこんなことを言った。
「そういや守谷、ラップは歌わないのか?」
その問いに僕は苦笑いで返す。
「いやーラップってスベるって言うじゃん」
「守谷ならイケるって。俺聞きたいし」
「しょうがねえなー」
そう言われて拒否しては男がすたる。僕は意気揚々と自分の好きな曲を送信した。
短い小節をループするヒップホップ特有の音楽が流れ始めると、僕はマイクを持ってラッパーのように振る舞った。
ノリノリでラップしていると、春待は大いに盛り上がってくれたのだが、辻村先輩はつまらなそうな顔をしていた。
そして一言。
「ださ」
そこで僕は結構ムカついてしまった。
これまでなら、「うぜえ」と思うだけで反論などしなかったのだが、今日は違った。
カラオケのトラックに乗せて、溜め込んだ鬱憤を爆発させた。
「A-Yo そこのヒロイン気取りの糞ビッチ、オレのラップを喰らえば即失神。
だけど失禁も脱糞もモチ禁止、濡らすのはOKってi'm just kidding
ヒップもtitsもお前ちょっと貧相、いつも思ってたけど心も貧相。
嫉妬心だけはいっちょ前のidiot、密度濃いdis喰らわすオレがヒーロー」
突然の八小節のフリースタイルに辻村先輩はキョトンとしていた。何を言われているのかわからないといったところだろうか。
春待はあわあわと動揺しているが、止めることはしなかった。
「文句あるなら受けるぜアンサー、ほらさっさと掛かってこいよカスが!
進行形で溜まる鬱憤晴らすさ、microphone持ったら止まらない奴だ。
what's up? 歪んだ顔ぶっさ、百年の恋も冷めるshe looks like a 豚。
その辺のリーマン・学生に出荷、しても興味引かない半端な真っ裸」
「あんたねぇ……! 絶対殺す」
「どうして殺されなくちゃいけないんですか? 短気は損気ってunderstand?
その殺戮衝動はまるでギャングスタ、あるいはハスラー? いやバスタ。
学校じゃ言われる氷の女王(笑)って深窓の令嬢(爆笑)ってただの馬鹿。
中二全開な態度改めたら? そのスタンスが最高って思ってんのか?」
「うっさい! 何も知らないくせに!」
「はっ、知ら」
「ストップストップ! ほら、ちょうど曲も終わったから!」
さらに追撃しようとしたところで曲が終わり、春待が間に入ってきた。
この時はまだまだやり足りない気持ちだったが、時間が経つにつれてとんでもないことを言ってしまったと恐ろしくなってきた。
僕が青ざめていると、春待がフォローを入れてきた。
「いやーやっぱ守谷のラップすげーなー! かなり攻撃的だったけど、フリースタイルってそういうもんだもんな!」
「そ、そうなんだよ。ラップが終わったらノーサイドってことなんですよ。先輩、そうなんですよ」
僕が春待のフォローに乗っかるも、辻村先輩は明らかに怒り心頭の様子だった。一方的な罵倒だったのでこうなるのも当然である。
しかし先輩は何か言うわけでもなく、顔を赤くして睨みつけるばかりだった。それが逆に怖い。
こそこそと春待に耳打ちをする。
「僕ちょっと飲み物取ってくるから、全力でフォローしてくれ。春待が言えば怒りも収まると思うし」
「やってみるけど、俺が言ったところでそう変わらないだろ」
「変わっから。頼んだよ」
僕はそそくさと個室を出た。
ドリンクバーでコーラを注いでいると、脳裏にトリカの呆れた声が届く。
“あなた、途中から本気だったわね”
第一印象から今日まで常に悪かったからな。ラップしているうちに感情が乗ってしまった。
とはいえ仮にも女子相手に一方的にディスる姿というのは、有り体に言ってダサい。正直、後悔している。
カラオケだとマイクがあるしエコーもある。だからなのか妙にノリノリになってしまって歯止めが利かなかった。
意外だったのは僕のディスに対して春待が無反応であったことだ。辻村先輩は彼女ではないにしても大事な存在であるはず。春待が僕に怒りを向けても不思議ではないのだ。
“トウジはあなたのラップで歓声を上げてたわよ。その後気まずい顔をしてたけど”
おそらく春待はラップに理解があるのだろう。それゆえにライムに反応して盛り上がってしまったが、それが辻村先輩へのディスであることを思い出し自重した、といったところかもしれない。
つまり、辻村先輩が微妙に、本当に微妙にしおらしかったのは、僕に対する怒りではなく春待に対する失望であった可能性がある。
そう考えると、唯一信頼している人間に裏切られたも同然だから辻村先輩が不憫に思える。まあ、信頼できる人間を一人に絞り込んでいるのもそれはそれでやばいと思うのだが。
哀れな先輩のためにホットなココアを持って、個室に戻った。
すると、辻村先輩が春待にもたれるようにしてなにやら話しているではないか。
僕が登場すると、春待は慌てて先輩から身体を離した。
「い、いえーい! 守谷インダハウス!」
無理やりごまかした春待の笑顔を見てるといたたまれなくなる。。
きっと僕が居ない間にいろいろと釈明したり慰めたり大変だったのだろう。そして雨降って地固まるといった感じで絆を深めたようだ。Fxxx!
完全にお邪魔虫と化した僕であったが、そんなもん知ったこっちゃない。むしろ僕が戻るとわかっていながらいちゃつくほうが不躾である。辻村先輩をなだめてくれた春待には感謝しているが。
僕はホットココアを先輩の前に置く。
「先程はすみませんでした。どうぞ、お詫びです」
「いらない」
ね? この態度。やっぱ腹立つわ。
その後はほとんど春待が歌っていた。たまに男女のデュエット曲を春待と先輩で歌ったりしていた。僕は基本的に傍観者と成り果てた。
その様子を眺めながら、僕は次の機会のために辻村先輩に対するパンチラインを考えていた。いわゆる“ネタ”である。
(お前みたいな暴力女、程遠いマドンナ、春待食っちゃうアナコンダ。ぶふふふふ! なんじゃそりゃ)
“楽しそうね”
楽しいです。
そうして時は流れ、ネズミ退治の時間が近づいていた。カラオケもお開きだ。
もしかしたら機嫌を損ねた辻村先輩は帰っちゃうかもと危惧していたのだが、春待とたっぷりイチャイチャできて満足したようである。
僕もいつか使うであろう罵倒のラインをたくさん考えることが出来たので結構充実していた。トリカには「それっていわゆるインキャよね」と失礼極まりないことを言われたが、僕はまったく気にしなかった。
ともあれ、ネズミ退治に支障をきたさないように先輩の機嫌を損ねるような真似はしないように気をつけよう。
カラオケボックスを出ると、辻村先輩が僕を睨みつけて忠告してきた。
「次あんなことしたら、本当に殺すから」
「どうして殺されなくちゃいけないんですか? 短気は損気ってunderstand?
その殺戮衝動はまるでギャングスタ、あるいはハスぐふぉ!?」
ボディブローをまともに食らい、しばらく悶絶した。
◇◇◇
――そんなことがあったから、辻村先輩が僕を嫌うのも必然と言える。
ただ言いたいのは、そうなるに至る原因が先輩にもあるということだ。僕に限らず他人に対する態度がもう少し軟化すれば、彼女を取り巻く環境はより良いものになると思うのだ。
「本人がそれを望んでないんだから仕方ないわね」
トリカがしたり顔で言った。
ま、そうなんだろう。
そういう人間には関わりたくないものだが、春待と関わると高確率で奴も絡む。対抗策としては、できるだけ目を合わせないようにするとか、もとよりいないものとして考える他ないだろう。
さて、僕も購買部に向かうところだったのだが、先輩がその方向に向かったので少し待ってから行くことにした。
学校の掲示物などを眺めて五分ほど潰し、購買部へ歩を進める。
すると、仏頂面の辻村先輩が仁王立ちで僕を待ち構えていた。
うわなんだよ、と思い進路を180度変えようとすると、「逃げるな!」と制止された。
声の主に目を向けると、何かが放物線を描いて飛んでくる。思わずキャッチしたそれは焼きそばパンだった。
「あんたのおかげで藤次と仲良くなったから。それあげる」
先輩はそう言ってさっさと背を向けた。
あっけにとられた僕だったが、すぐさま分析を始める。
つまり、ディスられた後の春待のフォローが相当に凄かったと考えるべきだろう。春待は天然の雰囲気があるので、意識せずに先輩のハートをキュンキュンさせたと思われる。そうでなければ僕にこんなお礼などしないはずだ。
今の出来事を鑑みると、先輩に対するひとつの対策が浮かんでくる。
春待の辻村好感度を上げるような行いをすれば、先輩は非常に機嫌が良くなるということだ。
あれだけ性格が破綻した女でも春待に対しては乙女なのだ。そこを突けば先輩を操ることなど造作もないというわけだ。
「ふふ、モテないあなたが恋愛の手助けをするの?」
そう、唯一気に食わない点があるとすればそれだ。何故僕が他人の恋路を応援するような真似をしなければいけないのだ。
やはり、関わらないようにするのが一番という結論に戻ってくる。辻村先輩の乙女部分を刺激するのは最終手段にしよう。
「あなたにもリナみたいに想ってくれる女がいたらいいのにね」
僕が非モテであることを再認識してこの件は終わった。もうやだ。




