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銀色の少女と僻み男  作者: ぽん
二章 家族を想う黒猫
17/63

小心者

 吉岡さんの家の明かりが消えて、そろそろ二十分が経とうとしていた。

 今か今かと気を張って待ち構えているが、なかなかネズミは現れなかった。吉岡さんからの連絡も来ない。


「やっぱミカがいないと、家にも用はないのかね?」

「そうだといいけど」


 ミカは自分を落ち着かせるためなのか、頭を掻いていた。

 このまま何事もなかったら、ミカはどうするのだろう。あの家には戻らないのだろうか。

 そんなことを考え始めた時、僕のスマホが震えた。


「吉岡さんから電話だ……」


 ごくりと唾を飲み、画面をタップする。


『あの、もしもし、守谷さん?』


 吉岡さんの控えめな声が、スマホから聞こえた。


「うん。そうだよ」

『今、近くにいますか? 美咲が足音を聞いたみたいなんです』

「わかった。すぐ向かう」


 そう言っている間に、ミカはすでに走り出していた。僕も駆け足で吉岡さんの家に近寄る。

 ネズミはミカではなく家を狙っている? あるいはミカを探す手段がないから家を襲撃している? いずれにしても、ネズミはまず家に向かうことが明らかになった。

 玄関の前でミカが戸に張り付いて引っ掻いていた。


「あ、玄関を開けてくれる? ミカが入れないみたい」


 僕が電話越しに頼むと、返事より先に玄関の引き戸が開いた。同時に、ミカがするりと身体を滑り込ませる。

 戸が完全に開くと、そこにはTシャツにハーフパンツというラフな格好をした吉岡さんが立っていた。


「守谷さん、一人ですか?」

「いや、トリカもいるよ。今ミカも家に入ってった」

「ミカは守谷さんと一緒に居たんですね」


 そんな会話をしている間に、トリカも家に入っていった。


“こうして会話はできるから、何かあったら言いなさい”


 脳裏にトリカの声が響いた。了解。


「それで、なんとかなりそうですか……?」


 吉岡さんは心配そうに聞いてきた。

 ネズミのことを認識できなくても、そういうものが存在していることを吉岡さんは知ってしまっている。そりゃ不安にもなるだろう。


「多分なんとかなると思うよ。トリカってあれでめちゃくちゃ強いみたいだし、ミカ曰くネズミも大したことないみたいだから」

「そうですか」


 吉岡さんはほっとした様子だった。


「美咲ちゃんはどうしてるの?」

「耳栓をしてなんとか寝ようとしてます」

「そっか」


 相当ストレスが溜まっているだろうな。早く解決せねば。

 トリカ、そっちの方はどうなってるの?


“確かにミカより少し大きい程度の黒いネズミがいるわね。何匹か倒したけど、これじゃダメだわ”


 ダメ?


“親を絶たないと無限に増える。それ以外のネズミを倒しても意味がない”


 やはり、そういう性質を持っていたか。

 親がどこにいるのかわからないのか?


“家に居たネズミの何匹かは外に逃げられた。多分そのどれかだと思う”


 逃げられちゃったんかい。


“しょうがないでしょ。家を壊さないようにしてるんだから。お望みなら二十歩範囲を一秒で消滅させてもいいけど?”


 めっちゃ怖いこと言ってるよあの銀髪っ娘……。何が怖いって実際にできそうなところが怖いよ……。

 それから少ししてトリカとミカが玄関に戻ってきた。


「今日はもう終わったと思う」


 ミカが僕を見上げて、そう告げた。

 吉岡さんがキョトンとしているので、今日のところはネズミも消えたと伝えた。


「今日は、ということは、明日また来るんですか……?」

「ごめん」

「あ、いえ、謝らないでください。協力してくれるだけでありがたいですから」


 僕は自分の無力さを痛感していた。自分が何もできないことがこんなにも歯がゆいとは思わなかった。

 いや、僕にできることもなにかあるはずだ。というか、それを探す。


「明日こそなんとかするよ。じゃあ、また学校で」

「はい。ありがとうございました」


 微妙に重たい雰囲気のまま、別れることになる。

 吉岡さんに背を向けると、「あ」と吉岡さんが声を漏らした。


「あの、ミカはどこにいるんですか?」

「すぐそこにいるけど。そういや、なんでついてくるのさ?」


 僕がミカに尋ねると、小さな頭が下を向く。


「だって、ミサキはわたしの声が聞こえるから。驚かせちゃう」


 その言葉を、僕が代弁して吉岡さんに伝えた。


「わかりました。では、ミカをよろしくお願いします。……あの、ミカってごはん食べますか? よければキャットフードを持っていってください」

「あ、助かるよ」


 妖怪化したミカでもキャットフードくらい食べるだろうと思い、お言葉に甘えて分けてもらった。


「じゃ、また明日。おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 そうして深夜のネズミ退治は決着つかずのまま終わった。 



 吉岡さんちからの帰り道。

 僕は吉岡さんちの周辺を歩き回りながら家へと向かっていた。

 ネズミの隠れ家が見つからないかと期待してのことだ。


「親がネズミを増やしてるのはわかるけど、どうやって増やしてんのかな。子供を産んでるってこと? ねずみ算式に増えてないのは幸いだな」

「繁殖ではないわね。分身、いえ分裂に近いかしら。いずれにしても自分の姿を複製する力があると見たわ」


 なるほど。それなら親というよりは本体というべきかもしれない。


「そもそもその大元のネズミはちゃんと家に来てたのかな?」


 トリカとミカに向けて疑問を投げかける。


「来てたと思うけどね。分裂した方のネズミは頭が悪そうだったし」


 そのトリカの意見に突っ込む。


「頭が悪そうとは?」

「ミカ以外のことは目に入らない感じね。私も途中から攻撃に参加したけど、私には目もくれなかったから。ま、元がネズミだから親も大した知能はないでしょうけどね」


 ミカを攻撃する、という命令だけ刷り込まれている感じだろうか。つまり、家に入ってから分裂し、そういう命令を出したということだろう。

 ミカを狙うという目的の割に、家のすぐ外に居たミカに気付かなかったあたり、索敵する能力なんかもないのだろう。トリカが言うように大した力はないようだ。


「ミカとトリカがある程度ネズミを倒したら、本体は危険と判断して逃げたわけだから、本体を倒すまで分裂したネズミは倒さない方がいいのかもな」


 問題は、その本体を判断する術があるかどうかだ。


「ミカは大元のネズミを見たことある?」

「ある。一匹だけ赤い目のネズミを見たことがあるから、多分それだと思う」

「今日は?」

「わたしは見てない」


 ミカが残念そうに言った。


「私は見たわよ。範囲外だったから攻撃できなかったけど」

「あ、マジか」


 もう次はミカに指輪を持っていってもらおう。そうすれば確実だ。

 辺りを見回しながら、黒い影に注意を払う。しかし、ネズミは見当たらない。

 もうじき午前二時になる。明日も学校だし、そろそろ帰ろう。


「あー、朝起きられるかなー」

「わたしが起こしてあげる」

「えぇ? 引っ掻いたりするなよ?」

「しないから」


 ミカのモーニングコールを不安に思いながら家路についた。



  ◇◇◇



 翌朝。

 何かが顔に当たる感覚で目が覚めた。

 目を開けると、黒猫が僕の頬やら鼻やらを前足でぺたぺたと押していた。

 翡翠色の目がこちらを向く。


「起きた?」

「起きました。ありがとう」


 目覚まし時計を見ると、アラームが鳴る時刻より三十分ほど早く起こされていた。善意に対して文句を言うわけにもいかないので、そのまま起きることにする。

 あくびをしながらカーテンを開けた。朝日に当たったまましばらく固まる。


「……本当に起きたの?」

「起きてる。太陽の光を浴びることで身体が起きてくるのだ」

「ふーん。それより何か食べたい」


 ミカは大して関心も示さず、ラグの上で丸くなっていた。僕を起こしたのは朝飯のためだったようだ。

 部屋を出て、洗面所で顔を洗うとようやく意識がはっきりしてきた。

 でも本当に眠い。



 駅に続く道を歩いていると、見覚えのあるおかっぱ頭のシルエットが立ち止まっていた。

 吉岡さんだ。

 前回は挨拶をしないことに苦言を呈されたので、こちらから積極的に声をかけた。それでなくともネズミの件があるしな。


「おはよう」

「おはようございます」


 柔らかな微笑をたたえて挨拶をする吉岡さんに、思わず胸が高鳴る。

 それをごまかすように質問などする。


「誰か待ってんの?」

「守谷さんを待ってたんですよ」

「あ、そうなの」

「はい。行きましょう」

「うん」


 僕を待っててくれたとか、この子は天使か? 昨日に引き続き二人きりで登校できるとは夢にも思わなかった。

 歓喜に震えつつ吉岡さんと肩を並べていると、銀髪の少女がふわりと現れた。


「二人きりじゃないけどね」

「わたしもいるし」


 黒猫も僕のリュックを足がかりにして肩に飛びついてくる。

 舞い上がっていた気持ちが、すっと冷静になる。トリカはともかく、ミカはどこまで付いてくる気なんだ。 

 ミカの重さにちょっと辟易していると、吉岡さんが口を開いた。


「美咲が昨日はいつもより物音が少なくて、よく眠れたと言ってましたよ」

「あ、ほんと。それはよかったよ」


 吉岡さんが幾分か明るい口調で言った。

 本体を潰さないことには今日も夜に侵入してくる。次こそは最優先で赤目のネズミを倒さねば。

 そのための策としてひとつ考えていることがある。


「トウジを頼るのね?」


 そうだ。

 春待に助けを求めれば自動的に辻村先輩と武蔵もセットで付いてくる。一気呵成にネズミをやっつけるのだ。

 僕には何の力もない。だから情けないとは思いつつも助力を請うのだ。


「果たして了承してくれるかしらね。急な話だし」


 そこは僕が誠心誠意お願いするさ。

 とりあえず、昼休みになったら春待のもとに行こうと決めて、今は吉岡さんとの登校タイムを楽しむことにした。



 ◇◇◇



 昼休み。

 短時間で昼飯を済ませると、僕は一年六組の教室に向かった。

 ……他のクラスに行くのって緊張するな。

 昼休み中の廊下を歩いていると、教室から賑やかで楽しげな声が聞こえてくる。

 さて、六組の教室の前に来た。自分のクラスじゃないだけで物凄くアウェイに感じる。入る前に深呼吸する。


「アキラ、怖がってるの?」


 学校にまで付いてきたミカがひどく心外なことをのたまう。怖がってなどいない。ほんの少しばかり緊張しているだけだ。

 トリカはくすくすと笑いながらミカに語りかけていた。


「ふふ、アキラは小心者だからね。普段行かないところに行くってだけで怯えちゃうのよ」

「それだけで……? アキラって弱いんだ」


 僕は颯爽と六組の教室に足を踏み入れた。

 一瞬、他のクラスの人間ということで注目されたが、すぐに談笑に戻っていた。

 目的の春待は、窓際の席で女子三人と昼食を食べていた。三人!?

 一人は辻村先輩だ。これはわかる。あとの二人は知らないが、有り体に言ってどちらも美少女だった。なんだよこいつ。

 ここに声をかけに行くのは非モテにとって自殺行為である。しかし、引き返すより先に春待に呼び止められてしまった。


「おー守谷じゃん! どうしたんだ?」


 春待は席を立って僕の方に歩み寄ってきた。テリトリーに侵入せずに済んだのは不幸中の幸いと言える。

 僕は自然に廊下に誘い出し、話を始めた。


「昼飯中にごめん。ちょっと頼みたいことがあってさ」


 そう切り出すと、春待は僕の足元にいる黒猫を一瞥した。


「その猫に関係あるのか?」

「そう。この猫の飼い主の家で問題が起きててさ」


 これまでの経緯を簡潔に話すと、春待はうんうんと頷いて聞いていた。


「そういうことなら俺も協力するよ。霊感仲間だからな!」

「ありがとう。で、問題なのは、ネズミが出るのが深夜ってところなんだよな」


 僕が渋い顔をするのに対し、春待はにやりと笑った。


「確かに俺らはまずいけど、深夜に女子の家にいても不自然じゃないやつを俺は知っている」

「まさか……」

「そう、梨奈だ」


 むしろそれを想定していたのだ。

 ちらっと教室の中を見ると、春待の囲いの女全員と目が合う。どんだけ警戒されてんだ。


「協力してくれたらめちゃくちゃ心強いけど、大丈夫なのかな? 先輩は面識のない人間のことも助けてくれるの?」

「ああ、大丈夫大丈夫。あんな感じだけど、結構優しいやつだから」


 春待絡みの案件だけじゃないのか……?

 そんな疑念を抱いたが、そろそろ囲いの視線が辛くなってきたので、この場を離れることにする。


「詳しいことは放課後話そう。校門で待ってるからさ」

「おう、わかった」

「昼飯中に悪かった」

「はは、気にすんなよ。じゃ、また後で!」


 春待は爽やかに手を振り、教室に戻っていった。

 僕も自分の教室へと向かう。


「ねえ、トウジが戻った瞬間に女たちが凄い勢いで話しかけてたわよ」


 トリカは春待のハーレムに感心した様子だった。いったい何を聞かれているのやら。


「アキラは女の友達がいないの?」


 廊下をトコトコ歩くミカが無邪気に尋ねてくるので、抱え上げて耳元で囁く。


「吉岡さんがいるだろ」

「え、でも、ここでは全然話してない……」

「お互いシャイだからな」


 それだけ言ってまた下ろした。傍目には何をしてるんだと思われるだろうが、ヨガの亜種とでも言い訳しよう。

 ……それにしても、女子三人と昼飯って。やべー。




「アキラ、つまんない」


 六時間目の授業を受けていると、ミカがノートの上に乗っかってきた。猫はこういうところが可愛いのかもしれないけど、それが弱点でもあるよな。慈悲なく脇にどける。


「ひどい」


 ひどくない。猫なんだから寝てなさい。

 どうしても遊びたいならトリカに遊んでもらえば、と思ったが、こういうときに限って姿を消していた。なんじゃあいつは。

 結局、ミカがノートに乗ってきてはそれをどかすということを繰り返すはめになった。

 放課後になり、いそいそと校門に向かうと、吉岡さんがそこに立っていた。今日は約束をしているわけではないが、協力者のことについて話したかったので都合が良かった。

 しかし、向こうは向こうで誰かと待ち合わせ中なのかもしれない。

 ばちっと目が合うと、ぱたぱたと吉岡さんがこちらに向かってきた。


「守谷さん。一緒に帰りませんか?」


 想定外の誘いに内心歓喜する。


「アキラ、頬が緩んでる」


 ミカの冷静な指摘に、思わず頬を撫でる。


「もちろんいいけど、今日は他にも帰る人がいるんだよね」

「あ、そうなんですか……。それなら私はお邪魔ですね」

「いやいや! 吉岡さんにも関係してくる人だから、一緒に居てくれたほうがいいんだ」

「ということは、ネズミ絡みの……」

「そうそう」


 吉岡さんは神妙な顔で頷いていた。


「あ、ほら、噂をすればだ」


 春待と辻村先輩がやってきた。侍の姿は見えない。

 僕は足元にいる黒猫に声を掛ける。


「ミカ、どっか逃げてるか僕の肩に来たほうがいいぞ。あの女の先輩はやばいから攻撃されるかも」

「うそ。こわい」

「僕の仲間だってわかってれば大丈夫」


 ミカは素早く僕の肩に乗ってきた。

 そうこうしている間に春待と辻村先輩がすぐそばまで来ていた。

 辻村先輩は一度ミカに目をやったが、すぐに興味を失い春待に視線をやっていた。


「おーす、この人が吉岡さん?」


 春待の問いかけに、僕が口を開くより先に吉岡さんが自己紹介をした。


「はい。守谷さんと同じクラスの吉岡祐里です」

「俺、六組の春待藤次。こっちは二年の辻村梨奈ね。よろしく!」

「よろしくお願いします」


 そうして顔合わせが済むと、僕らは駅に向かって歩き始めた。

 しかし、どこで話をしようか。現状の説明をするにしても、深夜までかなり時間があることも何かと面倒だ。春待だけならまだしも、辻村先輩についてはどう扱うべきなのかわからないところがある。


「あの女はどうしたの?」


 辻村先輩が背後から問いかけてきた。あの女とはトリカのことだろう。

 トリカは気まぐれに姿を現したり隠したりする。今日は比較的こもっている日だ。


「今はおやすみ中です」

「どこにいるの」

「えっと、僕の家ですけど」


 ちょっと言いあぐねてしまったせいか、辻村先輩が怪訝な目をしていた。

 トリカからは封印のことについては明かさないようにと言われている。できるかぎり要望には応えたい。


「それでさ、吉岡さんちにネズミの妖怪が出るのは聞いたけど、俺らは何をすればいいんだ?」


 春待の質問に僕が答える。


「深夜になるとネズミがわんさか出てくるんだけど、大元は一匹で、それが分裂してるみたいなんだ。春待たちには本体を倒すのに協力して欲しい」


 僕の要望に、春待の隣にいる辻村先輩が溜息をついた。


「それくらい、あんた達でなんとかできないの?」


 なんつー性格の悪さだ……。

 吉岡さんの気を悪くしたかと思って顔を窺うと、彼女の表情は凍りついていた。

 そんな顔にさせてしまったことに怒りと悲しみを覚えたが、僕は辻村先輩にへりくだる。


「確実に遂行したいので、力を貸してくれるとありがたいです」

「ふん」


 若干不愉快だが、これもネズミ退治のため、ひいては吉岡さんのためだ。これが終わればこの先輩と関わる必要もない。

 とはいえ、辻村先輩に用がなくても春待に用があったら必然的にこの人も付いてくるんだよなぁ。まさに目の上のたんこぶだ。


「梨奈、困ってたら助けるのが普通だろ? そんなこと言うなよ」

「ごめんなさい」


 春待に注意された辻村先輩は、謝罪をした。僕らに謝ったというよりは、春待に嫌われたくないだけだろう。

 僕はこそこそと吉岡さんに耳打ちする。


「あの先輩は春待以外にはああいう態度を取る人だから、あんまり真に受けない方がいいよ」


 こくりと吉岡さんは頷いた。



 ◇◇◇



 深夜までの時間を、僕と春待と辻村先輩はカラオケで潰した。

 はっきりいって地獄だった。ミカは「騒がしいのはイヤ」といってどこかに行っていたし、トリカは指輪の中から茶々を入れてくるだけで姿を現さなかった。つまり、僕は孤立無援の状態だったのだ。

 吉岡さんは家事があるといって断り、先に帰宅している。できることなら僕も回避したかったのだが、春待たちに協力を要請したのは僕だったので、彼の誘いを無下にもできなかったのだ。


「いやー、守谷のラップすごかったな! 梨奈はブチギレだったけど!」

「久々に改心のフリースタイルだったよ」


 カラオケのおかげで春待とはさらに打ち解けたように思う。逆に辻村先輩とは溝が深まった。ちょっとDisりすぎたか……。

 時刻は午後十一時を過ぎた頃。まだネズミが現れる時間ではない。

 微妙に時間が余ってしまったので、僕の家に来てもらうことにした。


「おー、ここが守谷んちか」

「普通だろ」


 先んじて僕が家に入ってみると、両親と弟はすでに就寝しているようで居間に明かりはなかった。こりゃ都合が良い。

 春待と辻村先輩をリビングに通し、麦茶を出して一息つく。


「そういや明日からゴールデンウィークだけど、守谷はどうすんの?」

「別にぃ、何も考えてないけど。春待は?」

「俺も特にないんだよなぁ。守谷、どっか行かない?」

「お、」


 いいねーと言葉を続けようとしたところに、辻村先輩が割り込んできた。


「藤次は遊んでる暇ないでしょ。中間テストの勉強しないと」

「いやいや、中間ってまだ先じゃん。ゴールデンウィークに勉強なんかできるか」


 春待は手を振って笑っていたが、辻村先輩はニコリともしない。


「私が教えてあげるから。一緒に勉強しよ?」

「いやだっつの」


 これはつまり、ゴールデンウィークは私と一緒に過ごして! ということなのだろう。それにしても引き止める理由が勉強って。

 辻村先輩が眼光鋭く僕を睨んでくるので、仕方なく援護してやる。


「いいじゃん、先輩に手取り足取り優しく教えてもらえば」

「何だよその言い方は……。てかどんな方法にしろ勉強は嫌だ」


 駄々をこねる小学生のようだ。だから女心が察せないのかもしれない。

 少年のマインドを持つ春待を振り向かせるのは大変だろうなと思っていると、窓を叩くようなひっかくような音がした。

 カーテンを開けると、そこにはミカが居た。窓を開けて中に入れてやる。


「おー、黒猫か」


 春待の声にびくんと反応したミカは、そそくさとソファの影に隠れてしまった。人見知りなのか?


「そういえば、武蔵はどうしたんですか?」


 辻村先輩に尋ねると、そっけない返事がくる。


「姿が見えないだけでその辺にいるから」

「そうなんですか」


 武蔵にも自我があって、気まぐれに行動しているのだろうか。まあ、駆除に参加してくれれば問題はない。

 それから主に春待と他愛のない話をして時間を潰していると、そろそろ頃合いとなる。


「よし、行こうか」

「おお」


 こそこそと家を出る。親不孝者だと親に思われやしないだろうか。

 しかし、初恋の女の子のためだ。背に腹は代えられない。

 音の少ない夜の道を歩く。ひんやりとした空気を吸い込むと、いつもと違う時間に出歩いていることを実感する。

 ミカのとことこ歩く姿を眺めながら吉岡さんちへ向かっていると、後ろから春待に声を掛けられた。


「なあ。今更だけど、その猫の名前は?」

「ミカ。もちろんフィメール」

「ミカか。ジジみたいだよな」

「あははは、確かに」


 その会話に反応して、ミカがちらりと僕を見上げる。ジジってなに? と言ったところか。

 じきに吉岡さんの家が見えてきた。すでに明かりはなかった。

 さて、辻村先輩には先に吉岡さんちに上がってもらうことになっている。女子だし、戦闘能力があるということで、ネズミ退治においては心強い。


「あの、吉岡さんは大人しい人ですから、あまり怖い態度は取らないでくださいね」

「……善処はするけど」


 なんとも言えない辻村先輩の返答を不安に思いつつ、吉岡さんにメールを送る。

 すぐに玄関の戸が開き、ラフな格好をした吉岡さんが姿を見せた。そしておずおずと挨拶をした。


「こんばんは」

「はいこんばんは。それじゃ、お邪魔するね」

「あ、はい」


 そうして大して面識のない二人が家に入ろうとするところで、春待がぼそっと言葉を漏らした。


「やっぱ俺らも行った方がよくないか?」


 やっぱりモテる男はそのあたり躊躇しない。向こうが異性であることを意識しない。だからモテるのか?

 僕が思考の渦に嵌っていると、吉岡さんが戸を大きく開けた。


「私は大丈夫ですよ。よければ上がってください」

「え」


 思いもよらない返事に変な声が出た。あ、結構あっさり入れるんだ。辻村先輩のおかげかな?

 しかし、ご両親にはなんと説明するのだ。

 僕の逡巡を見透かしたように春待が肩を叩いてきた。


「別に長居するわけじゃねーんだ。親も見逃してくれるさ」

「マジかよ……」


 春待に促されるまま、僕らも家へと上がり込んだ。

 以前通された居間に集結する。ネズミが来なくなることを危惧して、明かりはつけていない。

 僕らは言葉をかわすこともなく、ただ黙って座っていた。重苦しい雰囲気だ。

 そんな暗闇の中、唐突に淡い光が現れたと思ったら、トリカがふわりと姿を見せた。


「……アキラ、夜目が利かないのに大丈夫?」

「いや、僕に限らず大概の人間は夜目が利かないからな」


 そうトリカに突っ込むと、吉岡さんがびくんと反応した。いきなり僕が喋りだしたから驚いたのだろう。


「トリカちゃんは暗くても見えんの?」

「当たり前でしょう? ま、あなたも見えるみたいだけど」

「はは、まあな」


 春待の質問に胸を張ったトリカだが、どうやら春待も夜目が利くらしい。

 一方通行の会話にしか聞こえていない吉岡さんに、春待が感心したように声をかけた。


「吉岡さんは霊とか見えないのに、よく守谷の言ったことを信用したな」

「はい。先日トリカさんが突然姿を現しましたから、信じるしかないです」

「ああ、なるほど」


 そして春待は明るい声を出した。


「ま、吉岡さんは気楽に待っててよ。俺たちが絶対にネズミを全滅させるからさ。今日がダメでも倒すまで協力するから、安心して」

「はい、ありがとうございます……!」


 絶対などと簡単に言いやがって……と思ったが、吉岡さんの反応を見るにそうやって言葉にしてあげるほうが正解みたいだった。


“トウジが女に好かれるのも納得ね”


 そうっすね。

 男としての差をまざまざと見せつけられた時、不意にカサカサという音が聞こえた。

 思わず息が止まる。


「来たな」


 春待も気付き、いつの間にか居間には武蔵が仁王立ちで構えていた。

 ミカも臨戦態勢といった感じで、頭を低くしている。


「アキラ、怖いからって逃げないでね」

「馬鹿野郎」


 トリカのからかいに罵倒で対応する。吉岡さんの前でそんな真似できるか。

 しかし、それは肝に銘じておかなければならない。指輪の制約上、僕はこの家の中心にいることが望ましいからだ。

 僕は心の中で虚勢を張る。実際、大したことないんだろ?

 さあ、第二ラウンドの始まりだ。

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