素直
放課後。
吉岡さんと一緒に教室を出て行ったら周囲に誤解を与えかねないので、校門で待ち合わせることになっている。ちなみに発案者は僕である。吉岡さんの評価を下げるような真似は回避すべきだ。
吉岡さんはすでに校門で待っていた。僕は小走りでそこに向かう。
「ふう、お待たせ」
「はい。行きましょうか」
そうして駅に向かって歩き始めた。
そろそろ五月ということもあり、日が長くなってきたなと思っていると、吉岡さんがおずおずと口を開いた。
「あの、今日って私が勝手に決めちゃいましたけど、予定は空いていたんですか?」
「余裕で空いてる。吉岡さんも文芸部はいいの?」
「ああ、部活の方は大丈夫です。顔を出すかどうかはほぼ自由ですから」
「へぇ~。結構緩いんだ。いいなあ」
僕も高校に入学した当初は何か部活をやろうと思っていたのだ。しかし、バスケ部はなんだか先輩が怖そうだったし、いかにもチャラそうでついていけないかなと判断してしまった。未経験の部活に入るのもなかなか勇気が必要だし、そもそもやりたいものもなかったので、気付けば帰宅部になってしまっていた。
だからそのうちバイトでも始めようかなと思っている。いろいろと出費も増えるだろうし。
「文芸部って何してるの?」
「基本は本を読んでますね。もちろん創作もしますよ。詩とか小説とか、あとは部員でリレー小説を書いたりするみたいです」
「ほー。じゃあ吉岡さんも書くんだ?」
「その予定ですけどね。まだ何もないですよ」
そんなふうに吉岡さんの部活の話をすることで間を持たせる。二人きりだと気まずくなるかと思ったが、思いのほか吉岡さんが話してくれるので、重い空気にはならなかった。
「詩も小説も僕には難しそうだなぁ。8小節ならイケそうだけど……」
「え?」
「あ、いや。それよりさ、美咲ちゃんってこの時間には帰ってるの?」
ぼろが出そうになったが、別の話題を取り上げてごまかした。
「そうですね。友達と遊んでなければ家に居ると思います」
「そっか」
やはり本人からも話は聞きたい。居るならそれに越したことはない。
さて、問題は、原因が発覚した際に解決する術があるかどうかという話だ。もちろん、僕は霊には干渉できない。干渉の仕方がわからないからだ。
つまり、トリカ、いやトリカ様のお力が必要になるのです。どうか、卑しい私めにお力添えいただければと思うのですが……。
その思考に反応して、トリカが姿を現した。
「へりくだりすぎて気持ち悪いわね。……そうね。私、ラーメンというものが食べてみたいわ」
トリカはテレビ番組に影響されやすい。昨日のラーメン特集を見たのだろう。
でも、それくらいならお安い御用である。
「それも巷で話題のイエケイというものがいいわ」
よく覚えてんな。
そういえば、家系ラーメンは僕も食べたことがない。この辺にあるのかな……?
まあ、ラーメンは一度流行るとインスパイアなどと言って同じタイプの店がドンドン開かれる。きっと近場にあるだろう。
しかしラーメン屋にトリカを連れて行くとか、なんか場違い感が凄そう。
「それが嫌ならあなた一人で解決しなさい」
わかったわかった。連れてくから。
僕が了承すると、トリカは満足気に笑みを浮かべた。なんとかトリカの協力は得られそうだ。
ちらっと吉岡さんの横顔を見る。今回のことを解決して、またあの可愛らしい笑顔を見たい。僕はそんなことを思った。
小学生のときから溜め込んでいた気持ちが爆発したのか、吉岡さんの家に着くまでの間、僕はずっと喋り続けていた。
「話してたのはユリの方でしょ」
トリカの指摘は正しい。僕は吉岡さんの声を聞きたいがために、いろいろと話題を出したり、質問したりしていた。実際に話していた時間が長かったのは吉岡さんの方だろう。
吉岡さんが二階建ての一軒家の前で止まった。ここが吉岡さんの家のようだ。近所であることは知ってたが、実は家の場所は知らなかった。
「ここです。ちょっと待っててくれますか? 片付けたりしたいので」
「うん」
そう言い残し、吉岡さんは家に入っていった。僕は玄関の前で手持ち無沙汰になる。
家の周りを見ても、何もおかしなところはない。霊が居るわけでもないし、猫の姿も見当たらない。
「トリカはどう? 何か異常ある?」
「特にないわね。ま、見える範囲の話だけど」
意味深な物言いである。
それにしても緊張する。今日久々に会話をしたと思ったら家にお邪魔するんだから、急展開だよなあ。
しばらく待っていると、玄関の戸が開いた。
「お待たせしました。どうぞ」
「お邪魔します」
玄関で靴を脱ぎ、板張りの廊下を歩く。
これが吉岡さんの家の匂いかぁ。すぅー……。
「変態じみたことを……」
トリカが呆れた様子で言った。
まだまだ甘いなトリカよ。万が一吉岡さんの部屋に入った際には、ラジオ体操ばりに深呼吸するつもりだから覚悟しておけ。
「なんで私が覚悟するの……?」
そんな冗談を考えることで緊張を緩和させていた。女子の家なんて初めて入るのだ。
「どうぞ座ってください」
「うん」
畳の居間に案内され、僕は言われるがまま座布団の上に腰を下ろした。
立ったままの吉岡さんに尋ねる。
「ご両親は?」
「仕事ですよ。今うちに居るのは私と美咲だけです」
「そうなんだ」
「はい。飲み物を持ってきますね」
「あ、うん」
居間には僕とトリカだけが残された。
静かだ……。
なんとなく辺りを眺める。年季の入ったタンスや、白いポット、和室のなかにあって少し浮いている薄型テレビ。整然とした室内は、吉岡さんの家らしいなと思った。
そういえば、手土産のひとつも持ってこなかったのはマイナスだったな。吉岡さんと一緒に家に来たからすっかり忘れていた。もしご両親が在宅だったら僕の評価がだだ下がりだった。
「別にいいじゃない。元から評価なんてされてないでしょ」
「馬鹿。常識の話なんだよ」
トリカにこの世界の習慣について教えてやろうとすると、吉岡さんがお茶をお盆に乗せて持ってきた。危うく独り言するやべー人間と思われるところだった。
吉岡さんはお茶をテーブルの上に置きながら聞いてきた。
「美咲も呼んできた方がいいですか?」
「そうだね。話を聞きたいし」
「わかりました。呼んできますね」
そう言って、また居間を出ていった。
再び静寂が訪れる。他人の家に一人で残されると妙に心細い気持ちになるのは何故だろう。
僕の思考にトリカがにやりと笑った。
「私が居てよかったわね」
「感謝してる」
「あら? 意外に素直ね」
「僕はいつも素直だろ」
そんな軽口を交わしていると、階段を降りる二人分の足音が聞こえてきた。
居間に吉岡さんとその妹の美咲ちゃんが来た。美咲ちゃんはやはり元気がないようで、沈んだ表情をしていた。
僕はできるだけ明るく挨拶をする。
「こんにちは美咲ちゃん」
「こんにちは」
美咲ちゃんがぺこりと会釈した。
吉岡さんと美咲ちゃんが対面に腰を下ろすと、後からもうひとつ別の影が居間に入ってきたのだが、その姿を見て僕は心底驚いた。
黒猫である。首輪はしていないが、おそらくミカだ。
当たり前だが、この黒猫の姿は二人の目に映っていない。見えているんだったら、僕がこの家に来る必要なんてないのだ。
「この猫、私のことが見えてるわね。当然といえば当然だけど」
確かにミカはトリカのことを凝視している。コミュニケーションを図れるかもしれない。
さて、このミカのことも大いに気になるところだが、吉岡さんたちを放置するわけにもいかない。僕はこっちで話を聞こう。
「じゃあさっそく美咲ちゃんに話を聞きたいんだけど、あ、僕は守谷陽って言って、京介の兄ね」
「はい、知ってます」
一応自己紹介をして、本題に入る。
「美咲ちゃんの聞いたミカの鳴き声っていつ聞こえたの?」
「えっと、最近だと、今日家に帰ってきたときとか。昨日のご飯の時間のときとか」
「それと深夜も?」
「はい」
美咲ちゃんはこくりと頷いた。吉岡さんは心配そうに美咲ちゃんを見つめている。
「鳴き方に違いはある?」
「昼間は普通の鳴き声なんですけど、夜の鳴き声はまるで喧嘩してるみたいでした」
「喧嘩?」
「はい。夜はネズミの足音が聞こえるから、ネズミと喧嘩してるんだと思います」
ちらっと吉岡さんを見ると、彼女は首を横に振った。これらは全て美咲ちゃんにしか聞こえないことのようだ。
今のは確認のようなものだから、もう少し掘り下げていこう。
「そのネズミの足音はどこから聞こえるの?」
「わからないです。家の中だとは思うんですけど、床から聞こえたり、壁の中から聞こえたり、いろんなところから聞こえるんです」
「……それで夜眠れる?」
「眠れません」
その声色は暗かった。
今の美咲ちゃんは、以前に見た活力のようなものが失われている。早急に解決してあげたいところだが、そのためには深夜にこの家に居る必要がある。家の中でなくとも、その近くには絶対居るべきだろう。
美咲ちゃんは前のめりに尋ねてきた。
「お兄さんは、こういうことに詳しいんですか?」
「うーん……」
答えづらい質問だった。普通の人には見えないものが見えるだけである。
それを明かしたところで、とても信じてもらえるとも思えない。僕自身、言いたいとも思わない。
ただ、霊のことについて隠しながら話をすすめていく自信がない。信じてもらえるかどうかにかかわらず、カミングアウトするべきだろうか。
「失うものなんてないでしょう?」
トリカのその言葉で、容易に決心することができた。
お茶を一口飲み、唇を湿らせる。
「あのね、美咲ちゃん。ミカのことなんだけど……」
思い切ってミカが死んでいることを話そうとすると、急に腕に痛みを感じた。
「いった!」
反射的に右腕を上げると、その腕にミミズ腫れのような引っかき傷がついていた。
何事かと思い周りを見ると、僕のすぐ傍にミカがおり、こちらを睨みつけていた。なんじゃこいつ……。
「ど、どうしたんですか? 守谷さん」
「いやちょっと」
黒猫は尻尾を太くし、威嚇している。
死んだということを伝えて欲しくないのか……?
「ねえ、言葉を話せるんだから話しなさいよ」
トリカはミカに向けてそう言った。え、話せる?
ミカは、僕と目を合わせたまま、言葉を伝えてきた。
「わたしが死んだことは、この子達に言わないで」
女の子の声が響いた。これがミカの声なのだろう。
ちらっと美咲ちゃんを見たが、今の声は認識していないようだ。
「今のミカの声は私のテレパシーに近いもののようね」
トリカがそう分析していた。
確かに猫の口は動いてなかった。かといって脳裏に響くような感じでもない。
多分、普通に声を出すと美咲ちゃんが聞いた猫の鳴き声になるのだろう。
「あの、守谷さん? 大丈夫ですか……?」
僕が急に痛がったり黙り込んだりするものだから、二人が気味悪がっていた。
慌てて弁明する。
「えっと、ごめんちょっと考え事してて……。美咲ちゃん、いろいろ教えてくれてありがとね」
「いえ」
美咲ちゃんはいろいろと消化不良だったと思うが、一旦諸々を整理したいので席を外してもらった。
さて、これからどうしよう。この黒猫と話をしたいが、吉岡さんもこの場にいる。
こうなったら、トリカに代弁してもらって話を進めるほかない。
僕の気持ちを汲み取ったトリカが、ミカに声をかけた。
「ねえ、あなた外に出られる? このアキラって男があなたと話をしたいみたいなんだけど」
「出られる。でも、この家から離れたくない」
「それはなぜ?」
「連中がいつやってくるかわからないから」
ミカとトリカが話している間、僕は吉岡さんに考え事をすると断りを入れた。これでしばらく無言で居ても大丈夫だろう。
僕の疑問をトリカがミカに投げかける。
「連中ってなに?」
「さっきミサキが話してたネズミのこと」
それを聞いて、トリカが何かピンと来たようだ。
「もしかして、あなたってネズミに殺されたの?」
「!」
その問いかけにミカの尻尾が激しく揺れた。そしてだらんと下がる。
「あんな大きな化け物になって現れたら、わたしも抵抗できなかった」
「化け物? ネズミの?」
「そう。最初はわたしがネズミを狩ってたの。でも、少し経ったら、大きくて真っ黒なネズミになってこの家に入ってきた」
つまり、ネズミが妖怪になっていた、ということだろうか。
確か吉岡さんの話だと、業者にネズミの駆除を頼んだとか。その殺されたネズミたちの怨念が妖怪へと変化させてしまったのかもしれない。
「で、その黒ネズミに殺されて、あなたはどうなったの?」
「わからない。目が覚めたらこうなってた。誰もわたしのことが見えてないの」
そう語るミカの声には悲しみの色があった。いきなり誰からも認識されなくなったら、普通はこうなるだろう。ちなみに普通ではないのはトリカである。
そのトリカがミカに質問する。
「どこで殺されたの?」
「玄関。ネズミは壁を通り抜けて入ってきた。わたしが引っ掻いても感触がなくて、どうすることもできなかったの。逆にネズミにお腹を噛みつかれて……」
こう話を聞くとエグいなと思う。
それにしても、ミカは随分と理知的というか、頭が良い感じがする。本当に猫なのかと思わされるレベルだ。
「玄関で殺されて死体が見つかっていないってことは、やっぱり肉体が変化したんでしょうね」
「変化?」
「妖怪って言うらしいわよ」
「妖怪……」
ミカは呆然とした様子だった。
そういえば、ミカの尻尾は二又に分かれていない。
昼休みにスマホでちょっと調べたのだが、猫又ではなく化け猫という妖怪もいるそうだ。この二つは混同されがちのようだが、ミカは化け猫と言ってもいいのかもしれない。
対面に座っていた吉岡さんが立ち上がった。
「お茶のおかわり入れてきますね」
「ありがとう」
吉岡さんは湯呑みをもって台所に向かった。なんだか申し訳ない。
それを機に僕もミカとトリカの会話に参加する。
「ミカはその黒ネズミと毎晩やりあってるの?」
「そう。やられっぱなしじゃいられないし、殺された恨みもある」
ミカはあくびなのか何なのか、牙を見せた。
美咲ちゃんの聞いた物音は、化け猫のミカと妖怪黒ネズミの争いによるものであることが明らかになった。
つまり、これを収めればいいわけだ。そのためには黒ネズミをやっつけるのが最善と思われるが……。
僕のことを見上げている黒猫に尋ねる。
「そのネズミって強いの?」
「今のわたしにとっては大したことない。でも、倒しても倒してもキリがないの」
ネズミというだけあって数が多いのか。
対処法について考えようとすると、ミカが僕とトリカのことを交互に見ていた。
「ああ、僕は守谷陽で、こっちはトリカね」
「……どうしてアキラはわたしのことが見えるの?」
名前じゃなくて見える理由が気になっていたようだ。
「どうして見えるかって言われると困るけど、そういう人間もいるんだよ。僕の学校に後二人見える人がいるよ」
「そうなの」
そして今度はトリカを見上げた。
「トリカは……なんなの?」
「私は異世界から舞い降りた偉大過ぎる魔法使いよ」
「ふーん」
ミカにはあまりピンと来ていないようだった。誰が聞いてもピンとくるものではないが。
スルーされたトリカは憤慨した様子だったが、吉岡さんが戻ってきたので抗議する機会を逸していた。
「はい。どうぞ」
「ありがとう」
置かれた湯呑みに手を伸ばす。
ずずっと啜ると、吉岡さんが僕を見つめていることに気付く。さすがに黙りっぱなしはよくなかったか。
しかし、なんと言ったものか。どう説明するのが一番良い選択なのか、僕は未だに判断できずにいた。
その横でトリカがミカに問いかける。
「どうしてあなたが死んだことを伝えてほしくないの?」
「だって、恥ずかしい。ネズミに殺されたなんて……」
そういう理由だったのか……。確かに猫から見ればネズミは格下だろうけど。
「でも、死んだことはどうしようもないことでしょ。私は伝えるべきだと思うわ」
「……」
「ミサキがあなたのことを探してるって知ってる?」
「……知ってる」
「無駄でしょ? ミサキの時間を奪うことがあなたの本意なの?」
「違う」
黒猫はキッとトリカを睨んだ。
しかし打ちひしがれたように頭が下がる。
「……わかった。でも、ミサキたちは信じるのかな。こんな話」
それはわからない。
けれど、僕という人間は事実を話すことくらいしかできないのだ。うまい言い訳も、方便も思いつかない。ただ、真摯に言葉を紡ぐしかない。
僕は吉岡さんに目を向ける。
「あの、ミカのことなんだけど」
「はい」
真剣な眼差しを向けられ、一瞬言葉に詰まる。
唾を飲み下し、意を決して事実を伝える。
「ミカは、もう亡くなってるんだ」
「……そう、なんですか」
吉岡さんは一瞬を目を見開いたが、すぐに疑惑の目になり、根拠を問うてくる。
「どうしてそう思うんですか?」
「ここにミカがいるからだよ」
「? どういうことです?」
僕は先程引っかかれた腕の傷を吉岡さんに見せる。
「これは、ミカに引っかかれた傷。僕がさっき美咲ちゃんの前で『ミカは死んだ』って言おうとしたときに引っかかれたんだ」
「……信じられない。じゃあそのミカは何なんですか?」
「便宜上、妖怪ということにしてるけど。霊的な存在だね」
吉岡さんは絶句していた。
僕の言葉が真実なのか、あるいは僕そのものに疑念を抱いているのか、ミカは本当に死んでいるのか。あらゆる疑念が彼女の中で渦巻いているのだろう。
確かに引っかき傷は偽装しようと思えばできる。本当に霊的なものが存在することを証明しなければならない。
僕は自分のバッグからノートとシャーペンを取り出した。
「今ここに僕と吉岡さんとミカと、実はもう一人いるんだ。トリカって言うんだけどね」
「……いないじゃないですか、そんな人」
吉岡さんはきょろきょろと室内を見回す。可愛いなと思った。
「トリカ、自己紹介してくれ」
「書けばいいのね」
僕の意を汲んだトリカが、ノートに文字を書き始める。
吉岡さんはひとりでに動くシャーペンを見て、少し仰け反っていた。
「吉岡さん、怖がらなくて大丈夫だから」
「は、はい……」
そう言っている間に、トリカは自己紹介文を書き終えていた。
『はじめまして。私はアキラの妄想が具現化した美少女魔法使いのトリカ。アキラの言っていることはとても信じられないと思うけど、嘘は言っていないから信用しても大丈夫』
「そんな妄想するか!」
「女の子なんだ……」
吉岡さんはその文を見て妙なところに反応していた。トリカが変なことを書くから、僕が変態みたいに思われている可能性がある。
「いや、女の子っていうか、なんつーか、多分? 女なのかな? って感じ。うん」
「そ、そうなんですか」
よし、これでトリカが美少女であることをそれとなく否定することに成功した。多分、吉岡さんの中でのトリカ像は、胸がついたゴリラくらいになっているだろう。
不意に視界に光が発生した。この光が魔力によるものであることは、今まで目にした経験からわかる。
「え? え? 突然女の子が、も、守谷さん? この人が、トリカさん?」
魔法で可視化されたトリカに、吉岡さんはわかりやすく動揺していた。
僕が恐る恐るトリカを見ると、彼女は笑顔で僕のことを睨みつけていた。ちょっと怖すぎるな、これは。
「うふふふふ、ねえアキラ? 私のどこが女じゃないのかしら。ねえ?」
「すみません。トリカ様は完全無欠の美少女魔法使いでございます。ですが、魔力の無駄遣いではありませんか?」
「こうした方が話も円滑に進むでしょう? 私の厚意を無下にするつもり?」
「まさか。ありがとうございます」
僕が無様に頭を下げていると、ミカに膝をぽんと叩かれた。同情がしみる。
「こんなことが……あるんですね。驚きました」
吉岡さんは愕然とした様子で、トリカのことを凝視していた。
さて、これで霊的な存在がいるという前提をクリアすることができた。
現在の状況について、僕は吉岡さんに詳らかに説明した。僕に霊感があること、トリカと出会ったこと、ミカの死因のこと、今起きている物音の原因など、わかっている限りのことを話した。
「……なるほど。ミカはネズミの妖怪と戦ってたんですね」
「それで、僕もミカに協力してあげたいと思うんだけど、ネズミが来るのって基本的に夜みたいだから、どうしようかなって」
「そうですね……」
吉岡さんは少し考えた後、あっさりと答えを出した。
「では、守谷さんさえよければ、私の部屋に居てくれませんか?」
「え、それは夜まで?」
「はい。さすがに男の子を深夜まで家に入れてたら父に怒られてしまいますので、バレないようにこっそりと」
吉岡さんの部屋でしっぽり深夜まで二人きり!? それってやばくないすか?
“別に二人きりとは言ってないし、私の存在を無視しないでくれる?”
トリカの言葉に冷静になるのだが、高揚する気持ちも抑えられない。部屋に招待とか完全に気があるだろこれ……!
しかし、最後には理性が勝るのだ。
「いやあ、それはちょっと現実的じゃないからさ。僕が吉岡さんの家の周りをうろうろしても、通報しないでくれればそれでいいかなって思うんだ。深夜にまた来るから」
「それはもちろん構いませんけど……」
「よし、そしたらちょっとミカと話をするね。ネズミのことについて聞きたいから」
「わかりました」
そうして僕らはミカと向き合った。




