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銀色の少女と僻み男  作者: ぽん
二章 家族を想う黒猫
13/63

メロンソーダ

 ファミレスでの食事を終えて家に返ってくると、弟の京介が出迎えた。


「兄ちゃん。おかえり」

「ただいま」


 京介がわざわざ玄関まで来るときは、何か言いたいことがあるときだ。見るからに落ち着かない様子である。

 靴を脱いで自室に向かうと、京介もついてくる。階段を上りながらそれとなく会話をする。


「今日の給食なんだった?」

「クリームシチューだった。俺的には外れ」

「贅沢な。めちゃうまいじゃん」

「俺はご飯が食べたいんだよ」


 パンでは物足りないとのたまう京介である。

 部屋に入って制服を脱いでいる間にも、京介はすぐそこにいた。


「なんかあったの?」

「うん……。兄ちゃんさ、吉岡さんって覚えてる?」

「そら覚えてるよ。同級生だし、同じクラスだし、近所だし、まあ全然喋ってないけど」


 吉岡さんとは小中高と同じ学校に通っているが、会話を交わした記憶はほとんどない。同じクラスになったのも高校が初めてのことだ。小学生時代に地域の集まりでは顔を合わせていたが、やはり異性ということもあり会話はなかった。

 正直なところを言えば、吉岡さんは僕の好みど真ん中をいく女子であり、初恋の人でもあった。今はそんな感情も薄れているが、当時は顔を合わせるたびにドキドキしていたものだった。


「ふぅん? アキラにもそんな時代があったのね」


 舐めんな。

 京介は僕が覚えていることに安堵し、本題を切り出した。


「その吉岡さんに妹が居ただろ? 今俺と同じクラスなんだけど、最近元気がないんだよ」

「なんで?」

「多分、飼ってる猫がいなくなったからだと思う。クラスのみんなにも写真を見せたりして探してもらってるんだけど、未だに見つからないんだって」


 そういえば最近猫を探している女の子を見かけた。


「探してる猫ってミカって黒猫?」

「そう! なんで兄ちゃん知ってんの?」

「その子に『猫を見かけませんでしたか』って声を掛けられたんだよ」


 あれが吉岡さんの妹だったようだ。顔を合わせたことはあるはずだが、記憶に残っていなかった。

 あまり似てない姉妹だなと思った。妹は日に焼けて活発そうな女の子だったが、吉岡さんは大人しくて人見知りするタイプなのだ。高校でもあまりそれは変わっていないように思う。


「で、京介は何がしたいのさ」

「いや、何かするっつーか。兄ちゃんに猫を見なかったかどうか聞きたかったんだけど」

「見てないなぁ」

「あ、そう。じゃあいいや」


 京介はあっさりと部屋を出ていった。なんじゃそりゃ。


「うふふふふ、あなたは姉の方が好きで、弟はその妹が好きだったら、なんだか凄いわね」

「やめてくれよ。というか、今は好きじゃないんだって」


 トリカの戯言にうんざりしつつも、もしそうなったらすっげー気まずいだろうなと思った。



 翌日、学校に行くために駅に向かって歩いていると、吉岡さんを見つけてしまった。

 近所に住んでいて同じ高校に通っているのだから、こうしてニアミスすることは初めてではない。しかし、昨日の話があったのでタイムリーな感じがする。

 彼女の二十メートルほど後ろを歩くが、歩幅が違うこともあり徐々に近づいてしまう。これはまずい。

 徒歩で人を追い抜くことは僕にとってかなり気まずいことである。反対の歩道に移動するしかない。

 左右確認の後、道路を渡ろうとすると、吉岡さんが不意に振り返った。彼女はそのまま立ち止まり、僕の方を見ている。

 目が合ったまま固まっていると、吉岡さんがこちらに近寄ってきた。僕はどうしていいかわからず、挙動不審になる。


「あのね、控えめに言って気持ち悪いわよ」


 大胆に言うと変質者かな?

 トリカの言葉で冷静さを取り戻す。落ち着け、落ち着け。

 僕は道路を渡るのをやめ、そのまま前に歩き始めた。それすなわち、吉岡さんに近づいていることに他ならない。

 彼我の距離が縮まりお互いに足が止まると、吉岡さんはおずおずと切り出した。


「守谷さん、どうして避けようとするんですか……?」

「え、いや、そんなことはなくて」


 率直な質問はなんとも答えづらいものだった。

 近距離で吉岡さんを目の当たりにすると、未だに僕の好みど真ん中の女子だった。

 昔から変わらないおかっぱヘアーが印象的である。いや、今は昔ほど野暮ったい感じがなく洗練されているのでボブカットと言うべきだろう。優しげな双眸や、控えめな態度、同級生にも敬語を使うところなんかはあまり変わっていないが、やっぱり小学生の頃とは違うんだなと思わせられる。有り体に言ってモテそう。嫉妬しそう。

 小学生時代からの顔見知りとはいえ、会話をした記憶は数えるほどしかない。しかも初恋の相手ということもあり、僕は馬鹿みたいに緊張していた。


「えっとあの、何か用件でも……」

「はい。先日、妹と会ったと聞きまして」

「会ったというか、猫を見かけなかったかって尋ねられて。えっと、ミカだっけ」

「それについて話したいことがあるんです。……歩きながらでいいですか?」

「うん」


 若干しどろもどろになりつつ答えると、吉岡さんは駅に向かって歩き出した。慌ててそれについていく。

 突然の展開に戸惑いを隠せない。


「い、妹さんは僕のことを覚えてたんだね」

「はい。やっぱり京介くんが同じクラスにいるから、そのお兄さんのことも覚えてたみたいです」


 それだけで覚えているなんて大したものである。

 吉岡さんの隣に並び、その横顔をちらちら見る。こんな近距離で会話するなんて、お金が発生しちゃうんじゃないか?


“なにそれ……”


 僕の舞い上がった様子にトリカはドン引きしているようだった。


「守谷さん、いちご、メロン、レモンだったらどれが好きですか?」


 吉岡さんから謎の質問が繰り出された。意図が分からず答えに詰まっていると、トリカが脳天気に口を開いた。


「私ならメロンね」


 この三種のなかだとこれというものが僕にはなかったので、トリカの好みを拝借することにした。


「メロンかな」

「そうですか。はい、メロン味の飴です」

「あ、ありがとう」


 吉岡さんから飴を受け取り、どうしたものか考えた末に食べることにした。

 小さな包装を破いて口に入れようとした瞬間、手の上から緑色の球体が消え去っていた。


「昨日飲んだメロンソーダの方が私好みね」


 ほっぺに飴を忍ばせたトリカがそんな感想を述べていた。手癖が悪い。


「それで、話したいのはその妹のことなんですけど……。最近、様子がおかしいんです」


 そんな僕らのやりとりに気付くことなく、吉岡さんは深刻な様子で語りだした。僕も表情を引き締める。


「守谷さんも見たとおり、美咲(みさき)は必死に猫を探してますけど、ミカは多分逃げちゃったか、あるいは死んでしまったと思うんです。でも美咲は夜になると『ミカの声が聞こえる!』って言うんですよ」


 相槌を打ちながら、吉岡さんの話に耳を傾ける。

 美咲という名前を聞くと、ああそんな名前だったなと思い出す。美咲ちゃんは年上の僕にも自分から挨拶をするような、礼儀正しく元気な子だった。

 吉岡さんは一度僕の反応を窺い、話を続けた。


「でも私には何も聞こえません。両親も同様です。けど、美咲は聞こえると頑なに主張していて……。それだけではなくて、何かの足音がたくさん聞こえるとも言ってるんです」

「足音?」

「ええ。でもそれも私たちには聞こえないんです。ミカがいなくなったショックでそうなってしまったのかなって思うんですけど……」


 吉岡さんは重いため息をついた。妹のことがとても心配なのだろう。


「それって夜中はずっと聞こえるって言ってるの?」

「はい。だから、最近はまともに眠れていないみたいで……。そのうち身体を壊しかねないんです」


 京介も元気がないと言っていたが、睡眠が取れていないようだ。

 こう聞くと、まるで霊による現象だなと思う。美咲ちゃんには霊感があるのだろうか。

 その思考に反応してトリカが目の前に出てくる。


「私のことは認識してなかったわよ」


 そう、駄菓子屋で会ったときはトリカに対して何の反応も見せなかった。つまり、見えてもいないし、聞こえてもいないということになる。


「でも、子供は多感だからね。一緒に生活する猫とは波長が合うようになって、その猫周りの魔力だけ認識できるようになった可能性もない話じゃないわ」


 仮にそうだとするなら、ミカは死んでいるということになる。生きていながら霊的な存在になることはないはず。

 憂いを帯びた吉岡さんに尋ねる。


「美咲ちゃんはどうしてるの?」

「学校に行ってますよ。学校なら音も聞こえないから、そっちの方が落ち着くとも言ってました」

「なるほど」


 つまり、吉岡さんの家に何かあるのだろう。

 かといって、「じゃあ僕が吉岡さんちに行って色々調べるよ」とは言えない。家に上がるような仲でもないし、ましてや異性である。女子の家に僕のような男が上がり込んだら彼女の親が発狂しかねない。


「発狂ってあなたね……」


 トリカは呆れているが、とにかくこれは大変な問題である。

 今ならチホ先輩に誑かされた男たちの気持ちがわかるような気がする。一度惚れた相手には、なんとかしてあげたいという気持ちが芽生えてしまうものなのだ。


「で、なんとかするのは誰なの? まさか私じゃないわよね?」


 トリカは不満そうに腕を組んだ。

 もし霊による問題だったら、トリカの力は間違いなく必要になる。なぜなら僕は霊が見えるだけであって何も対抗手段がないからだ。

 トリカの手が借りられないなら諦めるしかないな、と表面上ドライに考えつつ、僕は気になっていたことを吉岡さんに聞いた。


「それで、その話をなぜ僕に?」


 吉岡さんは僕と目を合わせた後、視線を落とした。


「なぜでしょうね……。美咲から守谷さんの名前が出てきて、今日こうして会ったから話したくなったんだと思います」

「話すと楽になるもんな」

「はい。聞いてくださってありがとうございました」


 当たり障りのない相槌を打つと、吉岡さんは力のない笑みを浮かべて礼を言った。

 その儚い笑顔を見ると、胸が締め付けられるようだった。いつかの淡い感情が心の奥底で燻るのを感じる。


「あのさ、僕でよければもうちょっと話を聞かせてよ」

「……いいんですか?」

「うん。今も暇だし、放課後も暇だし」

「バスケ部には入らなかったんですね」

「あ、うん」


 僕は中学生のときにバスケ部に所属していた。そのことを覚えていたらしい。記憶力が良い。

 ちなみに吉岡さんは文芸部に所属している。イメージ通りだ。

 吉岡さんは感慨深そうに言う。


「守谷さんとはずっと同じ学校に通ってて、ご近所さんでもあるのに、こうして話すことはなかったですよね」

「全然同じクラスにならなかったし、それにほら、僕がアレみたいなところあるし」

「ふふ、アレってなんですか」


 吉岡さんが笑うと、僕まで嬉しくなってくる。うわあ、これはまずい。身の丈に合わない感情に振り回されそうだ。


「私はお話ししたいと思ってたんですよ? 特に高校に入学したばかりの頃! クラスに同じ中学の人が守谷さんしかいませんでしたから」

「そういえば、うちの高校って少ないよな。同中」

「だから声をかけたかったんですけど、守谷さんが私を避けるから……」

「避けてないよ!」


 僕が否定すると、吉岡さんはムッとした。そんな顔も可愛い。


「いいえ、避けてました。現にさっきも距離を取ろうとしましたよね?」

「あ、あれは吉岡さんに限った話じゃなくて、なんつーか、徒歩で人を追い抜こうとすると、数秒並走っていうか、並んで歩く時間があるでしょ? 僕はアレが苦手だから、反対側に移動したり、ゆっくり歩いたりしてるの」

「でも、私とは顔見知りじゃないですか。挨拶くらいするのが自然だと思います」

「それは、……そうっすね」


 僕が論破されると、吉岡さんはぱたぱたと前に少し走って、振り返った。


「高校では同じクラスになりましたから、色々とよろしくお願いしますね。あと無視しないでくださいよ?」

「それはもう、こちらこそよろしく」


 吉岡さんは柔らかな笑みを浮かべていて、直視できないほどに魅力的だった。記憶をスクショしてスマホの壁紙にしたいと思った。

 それにしても、彼女はこんなに喋る人だっただろうか。僕が勝手に大人しいイメージを膨らませていただけだったのかもしれないな。


「あるいは格下のアキラには何も気を遣う必要がないといったところかしらね」


 トリカの冷めた発言は、非常に不本意ながら一理あるなと思ってしまった。ていうかなんでそんな不機嫌なんだよ。



 駅で電車を待っている間、吉岡さんから美咲ちゃんの状況について聞いていた。


「ミカがいなくなったのは一週間前です。いなくなったその日の夜に、美咲はミカの声が聞こえると言っていました」


 その日に死んでしまい、霊になったと考えるべきだろうか。しかし、死因はなんだろう?


「ミカって何歳くらい? 健康だった?」

「ミカは四歳です。特に病気もなかったですよ」

「そっか」


 自然死ではない。何か外的要因によって命を落としたと思われる。

 仮にミカが逃げ出して、どこか遠くで死んだ場合、霊が家に帰ってくることはあるのだろうか。

 その疑問にトリカはうーんと唸った。


「どうかしらね。戻りたい意思があるなら戻ってくるかもしれないし、進んで外に出ていったなら帰ってこないような気がするけど」


 霊は死に際に抱いていた感情によって指向性を持つ。ミカの霊は家にいるわけだから、逃げたかったわけではないと考えられる。

 となると、死んだのは家の近く? それなら死体が見つかっても良さそうなものだ。

 そしてひとつ気になることがある。霊は鳴くものだろうか。少なくとももやもやした不定形の霊は音を発することはない。猫の形を残したまま霊になったのだろうか。


「こっちの世界で言うところの妖怪になったんじゃない?」


 トリカはあっけらかんと言い、続けた。


「私の世界にサリっていう羊のような生き物がいるんだけど、サリは死ぬと身体が再構成されて魔力を糧に動くようになるの。でもその身体だと魔力は回復しないから、結局すぐ死んじゃうんだけどね」


 つまり、ミカも死んだ際に別の存在に変化した――言ってみれば妖怪化した可能性があるということか。

 猫の妖怪として最も有名なのは猫又だろう。尻尾が二又に分かれた猫だ。しかしあれは長く生きた猫がなるものだったと記憶しているが……。

 仮にミカが妖怪になっていたとして、吉岡さんの家でにゃんにゃん鳴いているのはどういう状況なのだろう。


「足音を忘れてない?」


 トリカの指摘で思い出す。たくさんの足音が聞こえると美咲ちゃんは言っていたらしい。

 具体的なことを吉岡さんに聞いてみる。


「美咲ちゃんの聞いた足音ってどんな感じなのかな? 人の足音じゃないよね?」

「えっと、カタカタって軽い音がたくさんするみたいです。ネズミが走る音みたいな」

「ネズミか……」

「私の家って古いですから、最近ネズミに入られたんですよ。その時は私も足音が聞こえました。でも業者さんを呼んで駆除してもらって以降はそんな音を聞いてないので、ネズミが今も居るっていうのは考えづらいんです」

「それっていつ頃の話?」

「二週間くらい前に終わりました」


 ネズミといえば猫の獲物である。

 美咲ちゃんの聞いた足音がネズミのものだとしたら、ミカがネズミを捕らえるために天井裏にでもひそんでいるのかもしれない。しかしそれなら、吉岡さんたちに鳴き声が聞こえないのは不可解だ。

 吉岡さんの家に行けば、謎は解けると思う。しかしそれこそが最大の難関でもある。

 僕のような女子に免疫のない男が、まさか女子の家に行くなんて真似できるはずがない。


「あなたね、このヨシオカって子やミサキを助けたいと思わないの?」


 もちろん感情的には助けたいと思っている。

 ただ、その怪奇現象が起こる時間が深夜というのがネックなのだ。昼間ならまだ無理やり理由を作れば家にお邪魔できそうだが、深夜ともなると手のうちようがない。

 ひとつ思い浮かんでいるのは、トリカが封印されている指輪を吉岡さんに預けるという方法だ。僕が家にいながら事件を解決できるという画期的な方法である。


「私がそんな提案を飲むと思うの?」


 逆に何故ダメなんですか?


「私はこの世界に危害を加えないとあなたと約束したわよね? 霊に攻撃することはそれに反することだと思うの」


 でもミツヒロ先輩に取り憑いた霊は退治してくれたじゃないか。


「それはあなたに指示されたからやったのよ。あなたの判断がないなら、私は攻撃することはできない」


 そう言われてしまうと、指輪を預ける方法は使えない。

 トリカの判断で自由に攻撃して構わない、なんて言ったら攻撃しちゃダメな対象にも攻撃する可能性がある。もちろん僕だって霊のことは詳しくないが、トリカはそれ以前にこの世界について詳しくないのだ。下手に判断を任せるのは危険といえる。

 まあ、それを別にしてもあまりにも他力本願すぎた。元々この案を採用するつもりもなかった。

 何か良い案がないか模索していると、吉岡さんが口を開いた。


「守谷さんは、こんな話を真剣に聞いてくれるんですね」


 吉岡さんに目をやると、彼女は不可解だといった顔をしていた。

 真剣に聞くだけの材料が僕の周りには揃っている。霊やトリカ、春待といった存在だ。

 言うまでもなく、それだけではない。


「いや、吉岡さんが真剣に話してるんだからさ、聞く方だって真剣になるでしょ」

「でも、こんなよくわからない話ですよ?」

「よくわからないからこそ、こっちだって謎を突き止めたいって思うよ」

「そうですか……」


 吉岡さんはイマイチ納得していないような表情をしていた。

 妙案が浮かぶこともなく、電車がホームに入ってきた。もうしばらく思案に暮れるとしよう。

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