アイスクリーム
「あはははははっ! すっ転んで頭を打ったら見えるようになったとか、漫画みたいだな!」
僕らはファミレスへと場所を移していた。
四人がけのテーブルに春待と辻村先輩が並んで座り、対面に僕が座っている。カップルに対する哀れな非モテ男の構造が成立していた。
話の流れで、僕が霊を認識できるようになった経緯について話すと、春待は吹き出していた。自分でも笑ってしまうような話である。
「それで、トリカちゃんとはどうやって出会ったんだ?」
「神社の参道でトリカが雨のなか立ってたんだよ。そこに出くわしたの」
端的に出会いについて話すと、春待は目を輝かせた。
「それすげーロマンあるな。あんな綺麗な娘と神社で出会うとか」
「言葉にするとそうだけどさ」
僕は苦笑した。当時はひたすらに慌てふためき、怯えていた記憶ばかりが残っている。
そんなことを思い出していると、トリカが店内を歩いて僕らのテーブルにやってきた。まるでトイレから戻ってきました、みたいな雰囲気を出している。
トリカは僕のもとに来ると、にやりと笑った。
「アキラ、詰めてくれる?」
「え? なんで?」
「私も座りたいから。ほら」
トリカはぐいっと僕の肩を押した。
何か違和感を感じ、その手に触れる。さらっとした肌の質感がある。
まさかと思いトリカを見ると、満面の笑みで返された。
肌の感触があるということは、身体の再現をしているということである。問題はどれだけ再現しているのかということだ。
トリカが席に着くと、程なくして店員さんが追加でお冷とおしぼりを持ってきた。普通の人にも認識されている。
その一連の様子を見て、春待が目を丸くした。
「え! トリカちゃんって皆に見えてんの!?」
「うふふふふふ、いい反応ね」
春待のリアクションにトリカは大いに満足したようだった。
ご満悦のトリカに一応確認しておく。
「再現の瞬間を見られてないだろうな?」
「そんなことあるわけないでしょう? あそこの扉の向こうで魔力を使ったの」
トリカの視線はトイレの扉を示していた。指輪から半径二十歩、その範囲にかすっているようだった。
「てかどうして実体化したのさ」
「アキラ、私知ってるのよ。ここにドリンクバーというものがあることを」
トリカはメニューを広げ、ドリンクバーの文字を指した。その指先にはコーラを含めたドリンクの写真が乗っている。
「私も飲みたいの。ダメ?」
上目遣いで露骨なおねだりをされた。
ここでこれを承諾すると、僕のプライドというか、何かアイデンティティが崩壊する恐れがある。少なくとも普段の僕であれば、これを即承諾ということにはならない。
しかし、目の前には春待と辻村先輩がいる。無下にトリカのおねだりを突っぱねると、器の小さい男という不名誉な称号を貰う可能性もある。
僕は断腸の思いで決断した。
「……何か別のも頼むとドリンクバーが安くなるみたいだから、そっちも選べば」
小声でそんなことを言った。
「やったー。ありがと!」
トリカはらしくない喜び方をしていた。そんなにコーラが飲みたいのか。
ふと目の前の二人に視線をやると、春待はニヤニヤし、辻村先輩は蔑むような目をしていた。
「おいおい、守谷尻に敷かれてんじゃん」
「こんな得体の知れない女にいいようにやられて恥ずかしくないの?」
恥ずかしいです。
ニヤニヤしていた春待だったが、すぐに神妙な顔に戻ってトリカに聞いた。
「どうして普通の人にも見えるんだ?」
「そういうふうに魔力を使ったから」
聞かれたトリカは先程とは打って変わって淡々としたものだった。説明が面倒といった雰囲気である。
「魔力? 霊力じゃなくて?」
「私的には魔力の方が自然なの。言い方が違うだけで同じものよ」
「なるほどな」
春待たちは霊力派らしい。
トリカの世界の話になるといつまでも終わらないと思い、僕は話題を変えた。
「春待と辻村先輩は付き合ってんの?」
ラフに色恋爆弾を投下すると、二人は対照的な反応を見せた。
春待は笑いながら手を横に振って否定し、辻村先輩は無表情だった。
「ははははっ、付き合ってねーよ。梨奈とは霊が見える仲間って感じだな」
「そう。変な勘違いしないで」
辻村先輩は淡々と否定したが、そういうふうに装っているような気がする。本心では頭おかしくなるくらい春待と付き合いたいに違いない。
“なんなの、その根拠のない自信は……”
非モテの勘である。
嫉妬と羨望が身体を支配した時、僕は煽らずにはいられなくなる。
「でも傍目からだと完全にお似合いのカップルなんだよなぁ。距離感も近いし。実際どうすか?」
「だから違うっつってんだろ!」
春待が頑なに否定する一方で、辻村先輩は夢見心地で呟いていた。
「お似合い……」
な? 完全にお熱なんすよ。
“そうみたいね”
しかしまずいな、自分で煽っておいてムカついてきた。この場の空気を変えるためにできることは……。
ぴんぽーん!
「あ! 俺まだ決めてないのに! 守谷!」
「ごめん、腹が減ったからつい」
勝手に呼び出しボタンを押すことで空気を変えた。春待は慌ててメニューを見ていた。
まもなく店員さんがやってきて、それぞれ注文する。春待はハンバーグをがっつり、辻村先輩はデザートのパフェのみ、トリカはバニラのアイスクリームとドリンクバー、僕はポテトのみである。
店員さんが厨房の方に戻っていくと、春待が僕を見る。
「いいのか? それだけで」
「なんかあんま腹減ってなくて」
「腹が減ったっつってボタン押したんじゃねーのかよ」
家に帰れば夕飯があるだろうし、ここで食べる必要があるわけでもない。トリカの分の出費もあるし。
注文したものが届くまでの間、二人の馴れ初めについて聞くことにした。
「さっき霊が見える仲間とか言ってたけど、どうして知り合ったの?」
そう尋ねると、二人は顔を見合わせた。微笑みあったかと思うと、春待が話しだした。え、なに今の空気。
「中学の頃にさ。入学してすぐの全校集会で、何か武士がいる! ってなってさ。それを観察してたら、一人の先輩に付いてることがわかったから、なんとなく話しかけてみたわけよ」
「すげー。なんとなくで話しかけるとか」
その話を聞いている間、辻村先輩はずっと黙っていたが、ここで口を開いた。
「小さな頃から霊が見えることで本当に苦労してたから、同じ境遇の人に出会えてすごく嬉しかったことを覚えてる。藤次は私にとって救世主だったの」
「大袈裟!」
春待が照れ隠しでツッコミを入れているが、辻村先輩は真顔のままだった。
「それでまあ、霊のことについて色々話しているうちに、友達になったってわけよ」
実質カップルじゃん。なんで僕はこんな人らとファミレスにいるの? 僕に召喚術の才能があったらトリカを生贄にモロとトシを召喚して死ぬほど傷の舐め合いをしているところだ。
“勝手に生贄にしないでくれる?”
すまんな。しかしモロとトシの座る席を確保するために必要な犠牲だったのだ……。
馴れ初めについてはわかったので、別のことを聞く。
「二人はいつから見えてるの? 小さい頃からって先輩は言ったけど」
「俺らは生まれつき見えてたよ。だから昔はすげー大変だった。変人扱いだよ。ははは」
「ほんとにね」
そうか。子供のころは周りに合わせて見えないふりをするなんて無理な話だ。そう考えると、僕はラッキーなケースだったんだなと思う。二人はなんてことのないふうに話しているが、その苦労は計り知れない。
過去のことを掘り下げるような真似はしたくないが、今後のためにも聞きたいことがある。
「今までどんな霊と遭遇したの?」
「いやー、基本はあのもやもやしたやつばっかだよ。あとたまに動物の霊とか、物言わぬ人の霊とか。一番やばいって思ったのは海坊主かな」
「海坊主? 妖怪の?」
「そう。梨奈と夜の海に来てたときに、突然海面が盛り上がってさ。あれはびびったよ」
やっぱ妖怪がいるんだ……。ていうか、夜の海に女連れて行くやつ……。
海坊主は確か海に潜む坊主頭の化け物だったと思うが、そんなものが存在するなら海なんて怖くて行けなくなっちゃう。
「それ最近の話?」
「二年くらい前かな。なんか突然出てきたと思ったら、『カップル死ね』みたいなこと言って沈んでった」
えー! めっちゃ気が合いそうなんですけどー! 会ってみたくなったんですけどー!
“私がいるからあなたも好かれないと思うけど”
海坊主に勘違いされないようにトリカは指輪の中に引っ込んでてくれ。
“用心棒なのに!”
ともあれ、霊だけではなく妖怪の類も存在することは明らかになった。案外、僕が見ようとしていなかっただけで、そこら辺に棲んでいるのかもしれない。
だからといって積極的に接触していこうとは思わないのだが。
「春待はさすがにいろいろ見てるんだな」
「守谷と比べたらな。一般的に多いか少ないかはわからんが」
そう言われたらそうだ。霊が見える人間自体が少ないのだから、比較できない。
「やばい霊がいたらどうしてんの?」
「そんなもん、武蔵がズバーッ! で終わりだよ」
あの刀を一振りするだけで霊を倒せるらしい。春待の口振りから察するに、辻村先輩はいつも彼の傍に居るのだろう。
「辻村先輩がいなかったらどうすんだよ」
「パンチ、そしてキック。これで時間を稼いで、梨奈のところまで逃げる」
「マジかよ……」
霊に肉弾戦を挑むなんてちょっとおかしい……。
今度は春待から聞いてきた。
「そういや守谷さ、どうして最初見えないふりしてたんだ?」
「そりゃあ、霊と関わらないようにしてるからだよ。怖いし」
「トリカちゃんは?」
「トリカと出会ったときも逃げようとしたんだよ」
「逃げられなかったんだ?」
「そう」
僕らの会話を聞いていたトリカが、艶かしく笑った。
「そんなアキラも今じゃ私の虜なのよね。うふふふ」
「虜ではない」
即否定してもトリカは笑みを浮かべたままだった。春待も同様である。
何やら居心地の悪さを感じたとき、注文したものが運ばれてきた。ちょうどいいタイミングだ。
それぞれに行き渡ると、食べる前に春待は改まった様子で口を開いた。
「守谷もトリカちゃんも、霊感仲間ってことでこれからよろしくな」
「おー、よろしく」
「よろしくね」
なんだか気恥ずかしいものを感じたが、悪くない感情だった。
しかしその数分後、辻村先輩に口元についたソースを拭ってもらっている春待を見ると、あんまりよろしくしたくねーなと思ってしまうのだった。




