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~キスから始まるダークファンタジー~(仮)  作者: リノ
七章 呪術選抜試験編
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千夜





 一番、手前で試合を観戦していた良太郎と薫子もいつの間にか、 後方へと押しやられていた。狼狽した生徒達に向けて先生は大きな声をあげて、指示を出す。


「結界からできるだけ離れろ」



 簡単に結界は壊れないはずなので、安全ではある。実際未だにこちらへの影響は皆無。

 もしもの時の為と、なにより暴走しているのが六車家の人間とあっては、大袈裟な処置をとらざるを得ないのだろう。とはいえ、外まで避難させるか目の届く場所に留まらせるか方針が固まってない様子だ。




 今はただ観戦席の後ろへと追いやられている。そこからでも派手な朝陽――夕陽の呪術は目に入った。


 思わず、良太郎は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「なにしてんだよ、朝陽のヤツ。勝ちたいからって度が過ぎるだろあれ」


 それとは対照的に、落ち着いた表情の薫子は言った。「今はどう彼を止めるかよ」



 しかし同時に焦りがある事を、良太郎は察していた。だからあえて、自分の気持ちを落ち着かせる。


 今とれるのは自分達がしゃしゃりでる事ではない。信じられる人に頼る事。

「仁先生ならなんとかしてくれるはずだ」



「今日は百瀬家の集会できてないわ。あれだけの事があったから無理ないかもしれないけど、タイミング最悪ね」



 良太郎は頭を打ち付けたい衝動に駆られる。


 他の先生でも夕陽を止めるには力不足。だとしたらやっぱり、現時点で彼を抑えられるのは一人しかいない。


 なんとかしてくれよ、千夜……。










 目の前の夕陽は周りの状況を確認した後、結界に向けて攻撃をする。それが効かないとわかると、大きな声をあげて喚いた。



 閉じ込められている自身の状況。不自由さに違和感を覚えたのかもしれない。言葉もろくに話せない子供の感覚で、それがどういった感情に当てはまるのかは理解しかねる。



 そして夕陽の視線は千夜へと向けられた。


 自然とため息が漏れる。

「めんどうです。せっかく六車との信頼関係も戻ったところだというのに……」




 夕陽の元から放たれた強い衝撃波を、右手で弾くと、千夜は真剣な表情を垣間見せた。


「でもこれは四術士としての責務。君を封じ込める……です」



 その瞬間、鎖が夕陽を捕縛する。最小限の数でありながら、一つ一つが強力な力を持っており並みの術士ではそれだけで終わり。



 夕陽は強引にそれを断ち切る。そして逆に渦巻く炎が千夜を襲う。



「大人しくしないなら、苦行を体現させる必要があります」



 次の瞬間、千夜の元からも炎が出現する。迫る炎を飲み込み、力を蓄えてから夕陽へと向かった。



 八戒、天の中でも火をもっとも得意とする千夜。相手が高度な呪術を使う相手であっても、彼女の前では養分になり得る。



 防ぐために描いた夕陽の術式は、簡単なものではなかった。鉄などの固い物質でできた床が壊れ、下に存在した土が夕陽の周りを覆う。それらは塊となり、盾となり変わった。


 土は炎のいきおい殺し、完全に防いだ。




「以前よりも戦いが上手くなっている。子供も子供なりに成長するようです」


 土は形状を変化させ、礫のようになり高速で千夜へと迫る。


 相性の悪い技で攻める。中々、理に適った戦い方ではある。だが千夜にとっては赤子の遊戯同然であった。




 千代の前で水流が起こり、土へ泥へと変化した。体積が増し、床へと落ちてしまう。



「単純な戦い方」


 その瞬間、夕陽は大きな声をあげる。苛立ちを覚えているかのように。


「そのヘルツは不快です」



 夕陽の周りの空気が、重くなり彼は地べたへと打ち付けられる。

 正確には空気に押さえつけられるような、イメージ。


 呪術での拘束より、自然の変化での拘束。そちらの方が効果的である事を千夜は知っていた。

 生活で慣れる事のできないそれは、誰が相手でも覿面の効果といえる。



 あっさり過ぎる捕獲に呆れを覚えながらも、縛をかけて拘束を強める。夕陽は声をあげるだけで、身動き一つとれないでいる。



 小さな歩幅で彼へと近づき、手に高度な封印の術式を練る。



 夕陽の目の前に立ち、額へと触れようとした時だった……。異常な熱気を感じ、瞬間的に後方へ下がる。



 夕陽の体内から溢れ出るそれは、縛を消し去り、空の効力さえも失わせた。



「なんて強引。自分の体を労りもせず……」



 自身の体の温度を一時的に上げる。それによって自分の触れる術を無力化する事ができた。術式とは四之宮恵慈が創り出した、言葉の形式であり、数式であり、星式。それを指紋によって具現化させた式。熱によって式が分解されれば、効力も消える。



 だがそれはあまりに、ハイリスクであった……。




 突如、夕陽は大きな声をあげる。子供の声であろうと、それが苦痛に歪んでいる事くらいは分かる。



「体は自分だけのものだと思っている、ガキ。身を亡ぼせば、世界が変わる。自分の立場が理解できないようです」



 痛みを忘れる為なのか、夕陽は無造作に強力な呪術を発動させる。しかし狙いの定まらない攻撃では、千夜をかすめる事もできない。



 緻密なコントロールの発により躱し、彼へと距離を詰める。


 防御が疎かになり、集中力を欠いている今なら、直接、封の術を発動できる。そう考えての行動だった。



 刹那、予期しなかった事が起きた。




 聞こえないはずの悲鳴が千夜の耳へ届いた。


 今回の種類の結界は集中力を乱させない為、外の音を遮断している。それが聞こえるという事はつまり――結界の決壊。




 炎が外へと漏れ、それだけで外は、小さいとはいえない被害を被った。二階席の一部が崩れた。幸い、生徒はおらず人的被害は無かった。



 しかし一部が決壊すれば、他も脆くなる事を千夜はよく知っている。それは今、最優先で行うべき事に直結する。



 破損個所に直ぐ移動し、後ろ手で術式を編む。壊れた結界の修復は容易い技ではない。そこに夕陽の攻撃を加わるとなれば、更に難易度が上がる。



 余った手で護をし、攻撃を防ぐ。夕陽はチャンスだと感じたのか、分裂した発を何度も打ち込む。



 護の端々が崩れ、苦痛が千夜を襲う。レベルの高い術士の戦闘となれば、一撃が決め手になりかねない。



 身体からの血。一度の吐血。その身体的ダメージを被ったところで、結界は修復を終えた。更に全体の強化までして。



 一瞬にしてその場から離れ、ふらついた足取りでありながらも、夕陽の攻撃を躱す。


 それに気分をよくしたのか、夕陽の声はまた大きなものとなった。




「神聖な血を流させた罪……。本来なら倍以上の苦痛を与えてやりたいところですが、立場上そうもいかない。だからこれから実力行使で、鬱憤を晴らすです」




 襲い来る夕陽の呪術を、大きな水流で返す。千夜の身体から流れている血が、どんどんと消える。

 身体から失われた血が多いため、それを考えずに使える。千夜の呪術が強さを増した理由だ。


「その身に体現しろです――五行一貫」



 五つの苦。それは自然現象で再現される。炎、水、風、地、雷。それら全てが同時に夕陽を襲う。今の千夜の力でそれを発動させれば、殺しかねない。勿論、知っている。だがこれを防ぐと千夜は考えていた。



 そして予測通り、天を総じて使った防御球で千代の術を完封した。



 ただ発動に大きく消耗したのか、夕陽は一歩後ずさる。次の瞬間、彼は空いた穴に足を取られ体から下へと落ちる。



 それは自分で開けた穴。土を掘りだした時のものだった。そしてそこには、千夜が戦闘中に溜めていた水が存在した。


 泳ぐ術を知らない、夕陽は体をばたつかせている。



 それを見下ろし、「良い眺めです」と軽蔑するかのように一言。





「実戦では使い勝手が悪く、練習する意欲がわきませんでしたが、こんなところで」

 水の温度は瞬く間に下がり、氷へと変わる。すると夕陽の体は身動きをとれなくなり、千夜の封印を逆らう術も無くなった。




 気絶している朝陽を地に寝かせる。かなり体の負担が大きかったはず。直ぐにでも治癒してあげたい。

だがそれは千夜も同じであった。自分が考えている以上に、消耗しているらしい。


 その場に千夜は倒れ、視界からは無へと転機した。









 一番に、先程まで隣で戦っていた天津が駆けつけ、次いで先生二人が千代と朝陽に近づく。

 その後に良太郎と薫子も駆けつけたのだが、何度声をかけても朝陽の返事が無い。




 それから二人は六車、十文字家の従者によって運ばれた。出血で一時的に意識を失っているだけと分かったが、朝陽の容態がどうであるかは未だに分からない。



 千夜は本家に。朝陽は六車家の息がかかった病院へ搬送された。


 試験は一旦、中断となり、明日からまた通常通りに再開という処置がとられた。千代は事実上の危険。二人の試合は引き分けとなった。




 三人は落ち着く暇も無く、次の試合が始まった。三回戦。既に残り人数は二十人以下まで減り、対戦相手も強者ばかり。



 前回の試合で力を使いすぎ、朝陽の件で心が乱された天津はA組の相手に負け、敗退となった。



 薫子はC組相手に順調に勝ち進み、逆に良太郎は……。



 対戦相手であるA組の生徒相手に、余裕を残しながら勝利した。朝陽の事が逆に彼を強くしたかのように。



 こうして三日目は終わった。



 四日目は転機となる。



 彼等の元にある知らせが届いた。一時的に朝陽が目を覚ましたという。元々、命に別状はないと知らされていたが、その報告は身体的にも、心的にも楽にした。



 今、向き合っている相手ともなんの心配もなく、ただ力と技術をぶつけるだけに専念できる。












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