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~キスから始まるダークファンタジー~(仮)  作者: リノ
七章 呪術選抜試験編
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天狗







 明日、疲れも取れぬままに学校へと向かった。遅刻気味に俺が付いた頃には、二回戦の薫子の試合が終わったところだった。シードである薫子にとっては一回戦だが。



 息を整える隙もなく、自分の名前が呼ばれた。二回戦の始まりのようだ。



 相手はまたC組で危なげなく勝てたのだが、次に呼び出された両名の名を聞いて背筋がヒヤッとした。




「B組、天津明、柿崎穂希。両名は前に出てください」



 偶然か必然か。ともかく二人の因果に終止符を打つときかもな。


 フィールドから出ると、道着に着替えた天津と会った。そういえば自分は制服のままだった。いや、そんな事より。



「負けるなよ。天津」

「うん、皆で優勝だもんね」

「だから、それは無理だって」



 二人で笑い合い、最後にみた彼女の表情は真剣そのものだった。




 階段を上り、観客席の一番前まで来た。せっかくの晴れ舞台だ。一番、前で見てやらないとな。

 そう考えているのは俺だけでは無いらしく、隣には涼しい顔をした薫子がいた。



「よお」軽く挨拶をしたが、横目で見られただけだった。


「天津さん、勝てるかしら」


 心配しているのだろうか……。前よりも薫子と皆の距離が縮まったのかもしれない。

 いや――今更だな。



「さあな。柿崎さんの呪術の腕を直に見たことがあるわけじゃないし。でも天津なら勝てるんじゃないか」

「だといいのだけれど」


 なんだ。煮え切らない反応だな。



 そこで薫子は隣のフィールドに目を向けた。「それに本当に心配するべきは隣」



 促された通りに、そちらに目をやった。別にみんなで優勝とか、そんな言葉を真に受けているわけではないだろうが。確かに隣は心配してもやばそうだ。










 天津と柿崎は向かい合い、開始の合図を待つだけとなった。

 緊張で足を震わせる天津に対し、落ち着き払った態度の柿崎。



 どうしよう。こんな人前で、しかも柿崎さん相手。緊張しないほうが無理な話だよ。


 そんな天津の緊張が伝わったのか、柿崎は笑みを浮かべた。

「集中しなさい。私だけを見れば、緊張なんかしないでしょ?」



 私だけって……。


 柿崎の言い回しが、天津の中で変な方向に解釈されていく。



「でもなんだか……。緊張が解けた気がします」

 言い切る天津だが、顔はほんのりと紅い。



「それでは両者、準備はいいですね――試合開始!」



 女性の先生の合図によって、試合は始まる。先手を取ったのは天津だ。

 指の震えは収まり、いつも通りに呪術を発動させる。多数の鎖が柿崎へと向かった。



「正直、過ぎるわね」

 柿崎はそれをあっさりと躱してみせ、同じ術で返す。それは天津以上の本数。



 しかし数が多いだけでしている事は同じ。術を使えば天津にも容易に躱せる。事実、そうなり、効力が切れかけた時――。


 もう一度、呪術が発動し、鎖が枝分かれをした。



「同じ呪術から二つ目。これって……」


「二重式」


 その鎖にあっさりと天津は捉えられる。



 何度か実戦を見たことはある。しかしこんな芸当はしていなかった。隠していたのだ。この日の為に。


 二重式――。一つの呪術に予め二つの術式を組み込み、任意のタイミングで発動できる。より立体的な戦術が生み出せる。



「意外とあっさりね」柿崎は小さな歩幅で近づいてくる。 


 そうだ。あっさり、負けるわけにはいかない。




 天津の手には呪符が握られていた。それに呪力を籠める。


 すると次の瞬間、呪符から二匹の狗の式神が出現した。二匹は鎖を千切り、天津のそばへと寄り添う。


「式神召喚――イリガミ」


 いち早く、柿崎は発で応戦をする。ただの発ではなく、途中で分裂をする二重式で作り上げた。



 しかしそれは白い狗の防御壁によって防がれる。その隙を狙い、黒い狗が相手に向かって走る。影となり姿を消したイリガミは、直前で姿を現し柿崎へと攻撃をする。


 だがそれは予期していたのか、護で簡単に防いでみせた。




 柿崎はため息を漏らす。「なにこれ? 拍子抜けなんだけど」


 その言葉に、天津は目を丸くした。彼女の言っている事の意味が理解できない。


「どういう事ですか?」思わず問い返す。


「自覚もしてないの……。貴方、手加減してるでしょ。血が怖いとか、友達を傷つけるのが嫌とかそんな理由?」



 言われてみれば、自分は本気で勝ちに行ってただろうか。どこかで歯止めがかかっていたのではないかと、鈍い感覚が渦巻いた。



「私、手を抜かれるの嫌いなの。それが理由で、実戦だと大した記録を残せないんでしょ。いつまで殻に閉じこもっているつもり」



「わたしは……」



 柿崎は袖から呪符を取り出した。一枚のそれを黒い狗へと投げつける。

「爆術一式」


 その瞬間、呪符が起爆した。正確には込められた発が一帯に放たれた。そのいきおいで天津の式神は吹き飛ばされる。



「イリちゃん!」


 気を取られている間に、今度は数枚の呪符が飛んでくる。咄嗟に、イリガミが天津の前に護を造った。


 しかし爆発のいきおいに気圧され、膝をつき弱り切った表情をする。




「大切なはずの式神も傷ついてる。これが貴方の戦い方なの」


 問いかける柿崎を前に、天津は黙って式神を消した。まるで戦意を喪失したかのように。


「そう。それが答えなの。なら終わりにしましょう」




 一枚の呪符を取り出し、それは天津の前で宙に浮く。呪力を籠めればいつでも起爆する。後は彼女の降参を待つだけだ。



 わたしは何度もみんなが傷つく姿を見てきた。なにもできない時もあったし、力になれたかもって思えた時もあった。


 でもその力は友達を傷つける為でもなければ、誰かを傷つけたいわけでもない。詭弁なのは分かってる。


 それを通せるのは力がある人だけ。圧倒的で、他者をよせつけない。



 だったらわたしの答えは――。




 その時、宙に浮いた呪符を天津は手で掬い上げる。


「まだやる気なの。でも――爆術!」


 しかし呪符は起爆をしなかった。考えられる可能性は一つだけ。



「この呪符、使わせて貰います」



「まさか、あの一瞬でやったというの……」――術式の上書を。



 先程までとは違った術式が刻まれた呪符を、正面に突き出す。「式神召喚――カラスマ!」



 霧の中から現れたのは、特徴的な赤い顔に長い鼻。濃緑の袴を着て、背には黒い翼。まぎれもない式神。



「わたしは自分だけの道を見つけます。だから、ここからが本当の勝負です!」


 真剣な中にも余裕を残した天津の顔を見て、柿崎は気を入れなおす。


「これなら楽しめそうね」



















 緊張した面持ちでフィールドへと上がる、朝陽。なにせ対戦相手は、学校で一番強い。


 朝陽とは真逆に、十文字千夜はのほほんとした歩みで近づいてくる。会場からもどよめきが起こった。



「もう少し、気を遣ってほしいです」



 その言葉に朝陽は苦笑いで返す。

 六車家、当主の子息である朝陽と、十文字家の四術士である千代。二人の戦いは色んな面で危険が大きい。ランダムで決まったマッチングであるとはいえ。



「君では万が一にも勝てないので、早く終わらせてもらえると有り難いです」


 無駄な手傷は互いの家系の問題に発展する恐れもある。幾ら自分が見放されているとはいえ。


 だから納得はした。けど承諾はできない。これは自分一人の戦いじゃないから。



「全力でやって、勝ちますよ俺」

 きっぱりと朝陽は言った。



「前より自信が付いたみたいですね。ですが発する相手を間違えています」



 先生が試合開始の合図をし、直ぐに試合は始まった。



 仕掛けたのは朝陽。自分の持てる呪術をいっきに発動した。しかしそのひ弱な技では、千代には届かない。



 気づいた時には、地に伏せていた。九戒、大気を操る空。空気に押し付けられ、立っている事すらかなわない。



 指紋をしようと試みるが、指先が動かない。なにもできない。




「これで諦めてくれると嬉しい……です」

 楽しくもなさそうに敗北を認めさせようとする千代。




 朝陽はただ黙って、立ち上がろうとする。



 その時、観客席から大きな声がした。「もういい、お前はよくやった朝陽!」



 それは良太郎の声だった。振り向かざるとも分かる。そして彼の闘志が更に膨らんだ。



 気合と活力だけで立ち上がり、懐の注射器を取り出す。

 誰も悪くはない。ただ悔しかった。なにもできない自分が。いつだって誰の力にもなれない事が。



 諦めろ。もういい。そんな言葉は聞き飽きた。



 それにこの力は悪じゃない。最近、そんな気がしてきた。体への負荷は大きいが、一度、兄である夕陽とも対話ができた。幻聴かもしれないが、その時の気持ちは嘘じゃないと信じたい。




 そして兄は悪でないと。証明したい。


 コントロールができるかもしれない。その可能性とプライドにかけて、強く握った。




 その瞬間、空が強くなった。だが後は突き刺すだけだった。



 意識しているわけでもないのに、自分の口から笑い声とも泣き声ともとれない声が発せられる。


 少しずつだが、夕陽と意思を疎通できるようになった気がする。




 その行動は多分、ほんの少しの慣れからで。後悔なんか起きる前に、俺の意識は深い海の底へと落ちて――消えた。










式神のレベルが高い事は分かった。だから出し惜しみをせずに、あらゆる手で倒す。それが結論であった。



 先ずは発で目をそらす。

 柿崎が発動した二重式の発は、枝分かれし天津の背後を捉えた。しかし一瞬にして、カラスマは背後を護で守った。



「有難う、カラスマさん」



 しかし、それは予定内。あれほどの式神がこの程度防げないとは思っていない。



 続いて一枚の呪符を取り出す。「爆術二式!」



 起爆した呪符。カラスマはその爆発を風で相殺する。だが次の瞬間、爆発から鎖が飛び出した。



 それには天津も反応が遅れ、カラスマは鎖によって捉えらてしまう。



「さすがです、柿崎さん」



 素直に強いと思った相手に褒められるのは複雑な気分だ。ただ式神を失ってしまえば、天津に勝ち目は無い。



 これは最後の問い。

「棄権してくれるかしら」



 柿崎は持っている呪符全てを取り出し。フィールド内にまき散らした。上空に舞、フィールド全体に死角はない。これが一斉に爆破すれば、天津に防ぐ術はないだろう。



 ただ同時に、柿崎自身も無傷というわけにはいかない。それ程、本気で戦わなければ勝てない相手。ただ家族の為ならば……。




「わたしも勝ちたい気持ちは同じ。だから簡単に諦めません」


「そう、残念。これはしたくなかったんだけど……」



 涙ぐんだ柿崎の目を、天津は見逃さなかった。残った呪力を呪符に籠める。



「爆術連鎖」


 一番、上の呪符が爆発し。次々と呪符が起爆していく。このままいけば、二人を巻き込む爆発になる。


 取るべき行動は決まっていた。カラスマは強い力で鎖を断ち切り、追い上げるような風を起こした。呪符は頭上で次々と爆発していく。




 だがたった一枚。風から逃れた呪符が、柿崎の近くへと落ちた。


 全ての呪符を無効化され、敗北を確信したからか、それに気づかず柿崎は立ちつくしている。



 刹那、カラスマは柿崎の正面で壁となった。その後、直ぐに呪符が爆発した。同時にカラスマも消える。




「天津……」


 状況を把握できずに、柿崎はただぼんやりと自分を守ってくれた相手の名をつぶやいていた。




 ほぼ全ての呪力を使った自分には、あれを咄嗟に防ぐ事はできなかっただろう。


 彼女の戦い方は甘い。どころか甘すぎる。だってお互い、全然傷ついていない。


 ……そうか、これが天津明の答え。





 目の前の彼女は、屈託の無い笑みをみせた。「良かった、怪我なくて。でもわたし、もう呪力無いから柿崎さんの勝ちだね。さっき棄権してれば良かったよ」


 呆れたように柿崎は息を吐いた。



「なにを言ってるの。貴方の勝ちよ。相手に助けられて次に進むなんて、恥ずかしくてできるわけないじゃない。みんなで優勝、するんでしょ?」



「え……。柿崎さん」

 緩む天津の顔を見て、柿崎も自然と笑みがこぼれた。





「それから穂希でいいわよ。もう他人じゃないでしょ」

「だったらわたしも、明って呼んでください」



 対戦が終わり、ほっとするのもつかの間、隣のフィールドでは激しい戦いが続いていた。










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