7.フィンスター家の薔薇姫
アレクシスの手を借りて馬車を降りると、正門付近にいた生徒や一般客が一斉にざわめいた。
「見て! アレクシス殿下と、フィンスター家の秘密の薔薇姫よ……!」
「薔薇姫がエトワル学園の行事にはいらっしゃるって噂は、本当だったんだっ」
「ヴィヴィアナ様はどんな舞踏会にも王家の招宴にも出席されないから、今のうちに目に焼き付けておかないと……!」
観衆の注目が一気に自分たちへ突き刺さってきて、一瞬ヴィヴィアナの足が止まる。
アレクシスの名前を黄色い声で叫んでいる女性や拝んでいる女性もいるのに、隣を歩くアレクシスは慣れたもので涼しい顔だ。
ヴィヴィアナも一応は平静を装っているが、内心冷や汗ダラダラである。
(だって、今はおにいちゃんもいないし……っ。あとなんか、すごい異名がいつの間にかついてるし! あ〜でも、エトワル学園の制服は本当に可愛いー!)
王立エトワル魔法学園。
魔力のコントロールと勉学、社交界のマナーなどを学ぶため王によって創立されたこの学園は、乙女ゲーム『太陽と星の永遠』の舞台だ。
ゲームでは描写されていなかったので知らなかったが、なんとリヒトもここの生徒だったのだ。
彼が入学して以来、毎年学園祭を見に来るのがヴィヴィアナとアレクシスの恒例になっていた。今日はリヒトの学園生活最後の学園祭だ。
闇堕ち回避に必死だった頃のヴィヴィアナだったらゲームの舞台になんて恐ろしくて近づけなかったかもしれないが、リヒトという絶対の心の支えを得た今では、エトワル学園は大好きな義兄の通う憧れの学園だ。
特に白のブレザーとチェックのスカートの制服はとても可愛くて、二年後に自分が入学できるのを楽しみにしている。
(男子生徒の制服も超カッコよくて、おにいちゃんに似合ってるんだよね〜! 毎朝新鮮に見惚れちゃう……!)
エトワル学園には寮もあるが、リヒトは「ヴィヴィと離れて暮らすなんてあり得ないから」と、フィンスター家の屋敷からの通学を選択していた。
ヴィヴィアナも自分が入学した暁にはもちろんそうするつもりだ。自分たち兄妹が離れて暮らすなど、想像しただけで吐き気がしそうだ。
(あ、鳥肌まで立ってきちゃった)
両腕を擦りながら歩くヴィヴィアナの隣で、アレクシスはある男子生徒たちの様子に気がついた。
ネクタイの色からエトワル学園の二年生だと判別できる男子生徒三人が、ヴィヴィアナのほうを見ながら小声で小突き合っている。
(たぶんただのファンだろうが、念のため聞いとくか)
アレクシスが風魔法を応用した集音の魔法を静かに発動させると、男子生徒たちの会話が離れた距離でも聞こえるようになる。
予想通り彼らのうちの一人がヴィヴィアナに懸想しているようだ。
「――ほら、一年越しのチャンスだぞ頑張れ……!」
「去年の学園祭で一目惚れしてから、ずっと今日のチャンスに賭けてたんだろう」
「その想いを込めた手紙をヴィヴィアナ様に渡してくるんだっ」
「う、うん……!」
仲間に後押しされた男子生徒が、ヴィヴィアナとアレクシスのほうへと踏み出す。その手には白い封筒が握られていた。
(させるかよ)
アレクシスは手紙を持った男子生徒に見せつけるように、わざとヴィヴィアナの背中に触れた。
「へっ?! アレクシスどうしたの?」
「ぶつかりそうだったから」
「あ、ごめんねありがとう! 人が多い場所に慣れてなくて」
二人の様子を見て怯んだ男子生徒へ、アレクシスは極上の笑みを向ける。自身の顔の良さを自覚しているものだけができる、自信とオーラに溢れた笑顔だ。
「――格が違いすぎる。俺じゃ、ヴィヴィアナ様の隣に立つなんて無理だ……!」
心を折られた男子生徒は同じ土俵に上がることすらできず、ガックリと膝をついた。
(ふん。それくらいの覚悟でコイツに声かけようとか、甘すぎるっつーの)
ヴィヴィアナにはアレクシスですら敵わない、最強で最凶の守護神がついているのだ。
アレクシスに笑いかけられたくらいで戦わずに敗走する程度の男なら、今のうちに諦めたほうがいい。
「アレクシス、どうしたの?」
「あぁ、ちょっと考え事してたけどもう終わった。……なぁヴィヴィアナ」
「なぁに?」
「学園祭は人が多くて鈍くさいお前じゃ迷子になりそうだから、俺が手を繋いでやってもいいぞ」
「鈍くさいって言い方ひどくない?!」
「でも迷子になりそうなのは事実だろ」
「ゔ、それはそう」
ヴィヴィアナは人混みにも人前にも慣れていない。特に今は王太子のアレクシスと、見られるのがレアとされるヴィヴィアナを見るために人が集まっている。
アレクシスに手を引いてもらったほうが危なくないのは事実だ。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな」
「おう」
差し出されたアレクシスの手に、ヴィヴィアナが手を重ねようとしたそのとき――――。
「――誰がそこまで許可した? アレクシス」




