11.主張のネックレス、そして自覚
「え、あの、大丈夫?! どこか痛い……っ?!」
「うっ、うぅっ。ぅう〜〜っっ!」
「それか悲しいことあった?! どしたん話聞こうか?!」
慌てて声をかけ続けるヴィヴィアナと泣き続けるルナ。
その異様な光景に気づいたクラスメイトたちからの視線がヴィヴィアナに突き刺さる。
間の悪いことにアレクシスは廊下に出てしまっているようだ。
どんどんおかしくなっていく教室内の空気に、ヴィヴィアナは心臓が冷たくなるのを感じた。
「――――です……」
ようやく、ルナが嗚咽混じりに何か言葉を発する。
「へっ?! なんてっ?」
「違うんです……」
「違うとは?!」
「私、――――で……」
「おん?!」
ルナの声はとてもか細い。
もっとよく聞き取るためにヴィヴィアナが顔を寄せると、ルナがパニックになったように叫んだ。
「――無理無理無理無理無理ーーーーーっっ!」
「ひょえっ?!」
「推しが近すぎて無理いいぃぃぃっっっ!!!! すみません! すみませんっっ! 私、二年前にエトワル学園の学園祭でヴィヴィアナ様をお見かけしてからずっとファンで……! まさか推しに話しかけられると思わなかったから、感動で泣いてるだけなんですっっ。本当にすみませんすみませんすみませんすみません。気持ち悪いオタクですみませんっっ! でも同じクラスになったのは偶然でストーカーとかじゃないんです信じてくださいっ!」
「そっちかーーーーーー!」
一瞬、ヴィヴィアナの悪役令嬢補正が働きルナに嫌われてしまったのかと焦ったが、どうやら逆の理由だったらしい。
ルナはヴィヴィアナへの好意が振り切れすぎてパニックになっているようだ。
「わわわわわわ私っ!」
「落ち着いて」
「ぅひょー! 推しに落ち着いてって気づかわれちゃったんだけどー?! え、記念日? 今日は推しに気づかわれ記念日? むしろ喜びで死にそう! 記念日より命日?!」
「落ち着いて」
「わわわ、私! ルナ・シダスといいます! よかったらこれからもお話しさせてくださいヴィヴィアナ様……!」
「いやいやいや! クラスメイトなんだし普通にヴィヴィアナって呼んで! ヴィヴィでもいいし! お話しするのはもちろん大歓迎よろしくね?!」
「よろしいんですか?!」
「もちろん! それにクラスメイトなんだから、敬語もなしだよ!」
「はい……!」
成り行きを見守っていたクラスメイトたちから自然と祝福の拍手が起こった。
みな微笑ましそうな、優しく温かい空気だ。
(あ、私、なんだかこのクラスで上手くやっていける気がする……!)
ヴィヴィアナが喜びで顔を輝かせると、その笑顔をすかさずルナが拝む。
今後はルナにもう少しフランクに接してもらうことが課題になりそうだ。
「――ヴィヴィアナのやつ、さっそく『たらして』やがる……」
教室に戻ってきたアレクシスが額を押さえたことを、ヴィヴィアナは知らない。
*
「うぅ、ドキドキしてきた……っ」
ドタバタの入学初日が終わり、夜。
今度は慌ただしくドレスアップを終え、ヴィヴィアナはリヒトにエスコートされて王城の大広間に到着した。
「大丈夫。いつも俺とダンスレッスンしてるときのことを思いだしてステップを踏めばいいんだから。俺と踊るの、好きだろう?」
「大好き! ……私のドレス姿、変じゃない? せっかくおにいちゃんが選んでくれたドレス似合ってる?」
「もちろん似合ってるよ! 薔薇の精か、妖精の国のお姫様みたいに可愛いよ。間違えて妖精の国に連れて行かれちゃわないか心配なくらい」
ヴィヴィアナが今夜の舞踏会デビューに着ているのはリヒトが見立ててくれたもので、黄色がメインカラーでスカートの裾に向かうほど赤が混じっていく薔薇のようなドレスだ。花弁を何枚も重ねたようなスカート部分が、歩くたびにふわふわと揺れる。
「ネックレスの石はおにいちゃんのピアスとお揃いなのよね?」
「そう。青と紫色がグラデーションになってて、ヴィヴィと俺の瞳の色が混ざってるみたいだろう? 俺たちにピッタリだ」
そう言って優しく微笑むリヒトも今日は舞踏会用の正装で、あまりのかっこよさに気を抜くと見惚れてしまいそうだ。
いつもとは違う、長めの前髪を軽く後ろに流したヘアスタイルにヴィヴィアナの胸はドキドキと高鳴る。
(改めて、おにいちゃんって本当に神様に愛された彫刻みたいに綺麗……)
すっと通った繊細な鼻梁に薄い唇。長い銀のまつ毛が縁取る紫の瞳は、そのまま宝石になってしまいそうだ。
しかも183cmの長身で、ヴィヴィアナがヒールを履いてもまだまだ身長差がある。
股下なんて長すぎて、その空間でゴールデンレトリバーが飼育できるのではないかと思うほどだ。
彼にエスコートしてもらえる自分はなんて幸せなんだろう。
ヴィヴィアナが喜びを噛み締めていると、リヒトが何かに気がついたように足を止めた。
「あそこにいるの、エトワル学園時代の悪友たちだな……。ヴィヴィが絡まれたら面倒だからちょっと待っててね。何かあったらすぐ俺を呼んで」
「うん。端っこで静かにしてる。私のことは気にしないでお友達とお話ししてきて?」
「ヴィヴィのことを気にしないなんて無理。挨拶だけしてすぐ戻ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
ヴィヴィアナの額にキスをして、リヒトは人垣の向こうに見える男性たちのグループに話しかけに行く。
彼が歩くのに合わせて、周囲の女性たちの視線が移動するのがヴィヴィアナからはよく見えた。
(みんな、おにいちゃんを見てる……。カッコいいもんね)
リヒトは城に来る前、ヴィヴィアナがタチの悪い男に声をかけられないか心配していたが、それはヴィヴィアナも同じだ。リヒトが積極的なご令嬢に捕まらないかハラハラしてしまう。
リヒトに声をかける女性がいないか気になってずっと目で追っていると、不意に誰かがヴィヴィアナの隣に立った。
「なんか、お前がうちの舞踏会にいるの変な感じだな」
アレクシスだ。
金髪碧眼の彼が白を基調とした王族の礼服を着ていると、まるで物語から抜け出してきたみたいだ。
「すごい。アレクシスが王子様みたいだよ……?!」
「正真正銘の王子だろうが」
「あ、喋ると超アレクシス」
「一言余計だ。……ドレス似合ってるな」
「へへ、ありがとう! おにいちゃんが選んでくれたの。このネックレスもおにいちゃんからのプレゼント!」
「……うーわー、プラチナに紫の宝石。しかも青と混じってるとか。すげぇ主張してくるじゃん」
「? そりゃそうよ。せっかく綺麗なドレス着せてもらってるんだから、アピールポイントは説明するわよ」
「いや、お前じゃなくてリヒトの話」
「おにいちゃんは今あっちで挨拶してるわよ?」
「うん、もういいや。……今度俺もお前にアクセサリー贈るから待っとけ」
「なんで?」
「なんでも」
アレクシスの言葉の意味がわからずヴィヴィアナが首を傾げていると、リヒトが戻ってきた。
何故か不機嫌そうに眉をしかめている。
「まったく油断ならないな。ただいまヴィヴィ」
「俺の存在をシカトかよ。心も視界も狭すぎるんじゃねぇ?」
「あぁアレクシスいたのか。小さくて見えなかった」
「179cmのどこが小さいんだよ……! クソッ、絶対すぐに抜いてやるから待ってろよ」
「楽しみにしてるよ」
リヒトとアレクシスは軽快に言葉を交わしているが、何故か二人の間に青い火花が見える気がした。
「でもリヒト。いくらお前でもさすがに今夜のダンスは邪魔できねぇよな? 俺とヴィヴィアナの入学祝いを兼ねたパーティーだ」
「俺が邪魔しなくてもヴィヴィ自身に断られる可能性はあるけどね」
「へっ私?!」
こんなにポンポンと言葉のキャッチボールをして、本当にリヒトとアレクシスは気が合うのだなぁと二人を見ていたヴィヴィアナは、急に話を振られて瞳を瞬く。
「ヴィヴィアナ、今日の主役は俺たちだ。最初の一曲を俺と踊ってくれるか?」
「えっと……」
てっきりリヒトとだけ踊ると思っていたヴィヴィアナはどうしてよいかわからず、視線でリヒトに助けを求めた。
リヒトはどこか諦めたようにため息を吐いて、寂しそうに、けれど優しく微笑む。
「大丈夫。ヴィヴィなら上手に踊れるよ。アレクシスの相手が嫌じゃなければ、行っておいで」
「一言余計だ。……ヴィヴィアナ嬢、どうか貴女の手をとる幸福を俺に」
洗練された所作で差し出されたアレクシスの手のひら。彼の空色の瞳は初めて見る真剣な光を宿している。
ヴィヴィアナは一瞬躊躇し、覚悟を決めてアレクシスの手に自分の手を重ねた。
人前で踊るのは初めてでも、長年リヒトからダンスレッスンを受けている。きっと大丈夫だ。
「おにいちゃん、行ってくるね」
「ずっと見てるから、安心して行っておいで」
ヴィヴィアナとアレクシスがホールの中央に進み出ると、楽団がワルツを奏で始める。
初々しい二人のダンスに、招待客たちは温かな拍手と声援を送った。
「まぁ、なんて可愛らしいのかしら」
「薔薇姫のダンスは初めて見るが、なかなか上手じゃないか」
「殿下も立派にリードされていて頼もしい」
「あの二人とってもお似合いね」
「これはもしかしたら、お二人の婚約もありえるかもしれませんなぁ」
周囲が口々にヴィヴィアナとアレクシスを褒めそやすなか、リヒトはチリチリとした胸の痛みを感じて眉をひそめた。
「……?」
ヴィヴィアナが、自分以外の男の手をとり笑っている。
彼女がアレクシスに笑いかけるたびに、胸の痛みが鋭さと熱を増していく。
(ヴィヴィも十六歳になる年だ。いつまでも幼い子供でいるわけにはいかない。妹が大人の女性への一歩を踏み出したんだ、喜ばしいことじゃないか)
理性はそう言うのに、今すぐにでもアレクシスからヴィヴィアナを奪って、誰にも見えないよう自分の腕の中に閉じ込めてしまいたくて仕方がない。
喉の渇きにも似た強烈な渇望感と、凶暴な衝動が湧き上がってきて、いてもたってもいられなくなる。
――ヴィヴィの全てを自分だけのものにできたら、それはなんて甘美な幸福だろう。
――アレクシスなんかに、渡したくない。
――俺のほうが……誰よりも俺が、ヴィヴィを愛しているのに。
「なんだ、これ……っ」
妹への健全な愛情と庇護欲とは別の、男としてのドロドロとした独占欲と嫉妬を感じ、リヒトは自分の胸を押さえた。




