10.エトワル学園
「入学おめでとうヴィヴィ。制服すごく似合ってるよ」
「ありがとう、おにいちゃん。やっとエトワル学園の制服が着られて嬉しい! ……欲を言えば、おにいちゃんと同時期に制服を着たかったなぁ。おにいちゃんと一緒に通えたらよかったのに」
「今からでも制服を借りてきて着替えようか?」
「入学式が大混乱になりそうだから遠慮シマス……」
「ヴィヴィの気が変わったらいつでも言ってね? すぐ着替えるから」
そう言って微笑むリヒトの瞳は本気だ。
ヴィヴィアナの返答によっては、本当に制服姿の二十歳の男性(公爵令息)が保護者として入学式に参列する事案が発生してしまうだろう。
「はいはい仲良しさんだこと。……ヴィヴィ、もうすっかりレディね」
「えへへ。ありがとう、お母様」
「うっうっ……! あんなに小さかったヴィヴィが、こんなに立派になって……!」
「入学式が始まる前から泣かないで、お父様」
義父はハンカチがビショビショになるほど涙を流し、社交界で評判の端正な顔をくちゃくちゃにしている。こんなに泣いていては義父が干からびてしまうかもしれないと、ヴィヴィアナは慌てて二枚目のハンカチを渡した。
「愛娘の成長に泣いているのだから浸らせておいていいのよ。それにしても、桜吹雪がなんて美しいのかしら。魔導写真機で家族写真を撮りましょう。ヴィヴィはお母様の隣にいらっしゃい」
「何を言ってるの母さん、ヴィヴィは俺の隣に決まってるでしょう」
「二人とも醜い争いはやめなさい。ここは平和にお父様の隣に――」
「貴方は黙ってて」
「空気を読んでよ父さん」
八年前に四人家族になったフィンスター公爵家は、今ではすっかり賑やか家族だ。みな、暑苦しいくらいの愛情で末娘を溺愛している。
結局、三人ともがヴィヴィアナの隣を譲らなかったので、順番に三通りの写真を撮ることになった。
「相変わらず愉快な一家だな」
「アレクシス! アレクシスも入学おめでとう」
「どうも。お前もなヴィヴィアナ」
「へへ、ありがとう!」
ヴィヴィアナよりも早く十六歳になったアレクシスは、今では160cmのヴィヴィアナより20cm近く背が高い。
エトワル学園の制服が似合っていて、正に乙女ゲームのメインヒーローに相応しい美青年だった。
(タイ海老の立ち絵と同じで、しみじみしちゃう。……でもなんか、印象はゲームとちょっと違うかも?)
ゲームの王太子も俺様キャラではあったが、アレクシスよりももうちょっと大人っぽかった気がする。
(幼なじみに対する態度と、ヒロインに対する態度の違いなのかしら)
アレクシスはヴィヴィアナに対してだいぶ遠慮がない。
たまに他国の姫君などをエスコートしている姿を見ると、その猫かぶり気味に唖然とするほどだ。
(て言うか! もしルナがタイ海老どおりに入学してくるなら、アレクシスとルナが恋に落ちる可能性もあるってことだよね……?! わ〜ワクワクしちゃう……!)
ヴィヴィアナがずっと憧れていた、リヒトの母校でありタイ海老の舞台でもあるエトワル学園。
今日の入学式ももちろん楽しみだったが、タイ海老のヒロインのルナに出会えるのも楽しみにしていた。
(今の私なら絶対にルナに意地悪しないって断言できるから、お友達になれたらいいなぁ!)
どうか、ルナも入学していますように。
わくわくと拳を握り気合いを入れていると、アレクシスが内緒話をするように小声で話しかけてきた。
何故かリヒトのほうをチラチラと気にしているようだ。
「あの、さ。さすがに今日のパーティーには、お前も出席するんだろう? 俺の誕生日祝いと、俺たちの入学祝い兼ねたやつ」
「あっうん! 私ももう十六歳になる年だから、舞踏会や夜会に出てもいいってお父様が! おにいちゃんはなんだかブツブツ言ってたけど、お母様がとりなしてくれたみたい。今までずっとお誕生日パーティー行けなくてごめんね」
「お、おう。気にするなよ貴族には色々あるからな。……でもそっか、来るのか」
「うん!」
アレクシスの言うとおり、今夜は王城で開かれるアレクシスの誕生パーティー兼、入学祝いの舞踏会がある。
国王夫妻の厚意でヴィヴィアナも一緒に祝ってもらえるとのことで、社交界デビューすることになったのだ。
(この八年で上流貴族のマナーにも慣れたから、きっと大丈夫……!)
学園生活と初めての舞踏会。
その両方への期待でヴィヴィアナの胸は膨らんだ。
*
義両親とリヒトと別れ、アレクシスと共に教室へ入ったヴィヴィアナの目に真っ先に飛び込んできたのは、ある少女の姿だった。
栗色のミディアムヘアに、若草色の瞳。
小動物……モモンガのような印象の、可愛らしい少女。
あの少女はどう見てもタイ海老のヒロイン、ルナだ。
(嬉しい! ルナも同じクラスだ……っ)
タイ海老ではヒロインと悪役令嬢は別のクラスだったが、現実は違うらしい。なんて嬉しい相違点だろう。
しかも成績順のクラス分けでA組ということは、ルナは優秀なのだ。
(しかもしかも! ルナと隣の席、キターーーーーー!)
これはもう、ルナと友達になれと運命が後押ししているとしか思えない。
「あ、あの……! 私、ヴィヴィアナ・フィンスターっていうの。これから一年間、よろしくね……っ」
ヴィヴィアナはドキドキして噛みそうになりながら、ルナに自己紹介をする。
間違っても悪役令嬢的な嫌味な態度にならないよう、声も表情も明るくフランクな感じを意識した。
けれど、ルナの反応は予想外のものだった。
(えっ? えぇーーーーーーっ?!?!?!)
ルナはヴィヴィアナを無言で数秒凝視したあと、その大きな若草色の瞳からポロポロと大粒の涙を零したのだ。




