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古代文字を読む令嬢は、無愛想な近衛騎士に守られる  作者: 橙華
第一章

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09話 王城の一夜


9話 王城の一夜




夕暮れの光が王都を淡く染め始める頃、一行を乗せた馬はようやく王城へと帰り着いた。


正門をくぐった瞬間、待機していた近衛騎士たちが一斉に姿勢を正した。


「副団長以下、遠征隊帰還!」


当番の騎士が高らかに報告する。


次の瞬間、整列した騎士たちは一糸乱れぬ所作で胸へ掌を当てる。


それは、任務を果たして帰還した仲間へ敬意を示す、近衛騎士団の礼だった。


「任務、お疲れ様でした!」


ガレスは静かに頷く。


「ああ。任務完了。負傷者なし。」


その言葉に誰もが安堵の表情を浮かべる。


エレノアも馬から降ろしてもらうと、小さく息を吐いた。


長かった神殿での探索。


疲れはある。


それでも、不思議と充実感の方が勝っていた。









近衛騎士団本部。


執務室では、ダリウスが静かに待っていた。


「戻ったか。」


「団長。ただいま帰還いたしました。」


ガレスが一歩前へ進み、黒い石板を両手で差し出す。


ダリウスは慎重に石板を受け取る。


長い年月を経てもなお漆黒の輝きを失わない石。


その表面を埋め尽くす古代文字。


「……これが。」


思わず息を呑む。


ガレスが続けて説明する。


「地下神殿最奥の台座に安置されていました。アシュフォード嬢に解読してもらったところによると、王家の記録を守る石板で間違いありません。」


「ご苦労だった。」


ダリウスは石板を用意された黒布の上へ慎重に置くと、立ち上がった。


「これは直ちに陛下へお届けする。」


部屋の空気が引き締まる。


この石板は、王国の歴史を変えるかもしれない。


その重みを誰もが理解していた。







「アシュフォード嬢」


ダリウスは穏やかな眼差しでエレノアを見つめた。


「まずは、心から礼を言わせてほしい。今回の任務は、あなたがいなければ決して成し遂げられなかった。」


エレノアは慌てて首を振る。


「そんな……皆様のお力あってこそです。私こそ皆様に守っていただきました。」


「いいや。」


ダリウスは静かに微笑んだ。


「あなたの力なくして、この任務の成功はあり得なかった。」





そう言うと彼は立ち上がり、エレノアの前までやってくる。





「リーヴェル王国近衛騎士団長ダリウス・クロフォードとして、あなたへ最大限の敬意と感謝を捧げる。」






そう告げると、ダリウスは静かに右掌を胸へ当てた。


その姿に、ガレスをはじめ、その場にいた騎士たちも自然と胸へ掌を当てる。


「クロフォード団長様。皆様……。」


エレノアは思わず目を丸くした。


そして、その胸が温かいもので満たされる。








ダリウスは礼を解くと、穏やかに続けた。


「今回の功績に対する正式な謝礼については、陛下へご報告の後、改めて王家よりお渡しする。決して遠慮なさらず、お受け取りいただきたい。」


「……!」


エレノアの瞳が驚きに揺れる。


謝礼。


その言葉を聞いた瞬間、真っ先に思い浮かんだのは家族の顔だった。


(これで……。)


母の薬代。


妹が憧れていたドレス。


父の研究書も、また買えるかもしれない。


少しでも家族の助けになる。


じんわりと温かなものが込み上げてくる。


「……ありがとうございます。」


その笑顔を見つめていたシリルは、やがて静かに目を伏せた。






ダリウスは改めて一同を見渡す。


「此度の任務、大義であった。」


静かな声だった。


しかし、その一言には深い労いが込められている。


「しばらく遠征任務は入れん。各自、十分に身体を休めろ。」


「はっ!」


騎士たちは一斉に敬礼した。








「アシュフォード嬢。」


ダリウスは優しく声を掛ける。


「本来であれば、すぐにご家族のもとへお返ししたい。」


エレノアは静かに頷いた。


「だが……。」


ダリウスは窓の外へ目を向ける。


すでに空は群青色へ変わり、王都には夜の灯がともり始めていた。


「帰還が予定より遅くなってしまった。」





その理由を知る者は数人だけだった。


歩幅を小さくした一頭の黒馬。


眠る少女が起きるまで、その腕に囲い続けた近衛騎士。


オーウェンは思わず咳払いをする。






「夜道は危険だからな。」


ダリウスは穏やかに続けた。


「今夜も客室へ泊まっていただき、明日の朝お送りしましょう。」


「ありがとうございます。」


エレノアは安心したように微笑んだ。





◇◇◇





身支度を整えて客室へ戻ると、侍女がお茶を用意してくれた。


一息ついたところで、扉を叩く音が静かな客室に響いた。


「アシュフォード嬢。リアナ・フェルディスです。まだお休みではありませんか?」


三日前、実家を出る際にも聞いた、赤茶髪の女性騎士の明るい声だった。


「大丈夫です。どうぞ。」


返事をすると、扉が静かに開く。


「失礼いたします。」


リアナは部屋へ入ると、どこかほっとしたように表情を和らげた。


「アシュフォード嬢。お帰りなさいませ。」


「フェルディス様。」


エレノアは立ち上がり、小さく頭を下げる。 


リアナも慌てて首を振った。


「そんな、お気になさらないでください。」


少し視線を泳がせながら、遠慮がちに続ける。


「地下神殿は危険な場所かもしれないと聞いていましたので……。ご無事に戻られたと伺って、安心いたしました。」


その控えめな言葉に、エレノアは自然と頬を緩めた。


「ありがとうございます。皆さんが守ってくださったおかげで、無事に帰ってくることができました。」


「それを聞いて安心しました。」


リアナは嬉しそうに微笑む。


だが、その後どこか言い出しづらそうに指先を合わせた。


「あの……。」


「はい?」


「もし、お疲れでなければ……なのですが。」


少しだけ恥ずかしそうに笑う。


「地下神殿のお話を、お聞かせいただけませんか?」


エレノアはきょとんと目を瞬かせた。


「お話、ですか?」


「はい。」


リアナは少し照れたように頷く。


「私、小さい頃から古代のお話や遺跡が好きなんです。でも騎士になってからは剣ばかりで、遺跡のお話をする相手がいなくて……。」


その瞳は、どこか幼い子どものように輝いている。


「それに、実際に地下神殿へ入った方のお話を聞ける機会なんて、きっとそうそうありませんから……。」


エレノアは思わず微笑む。


「そうだったのですね。」


「騎士仲間に言うのは気恥かしくて。ご迷惑でなければ、少しだけでも……。」


「もちろんです。」


その一言に、リアナの表情がぱっと明るくなる。


二人は窓辺の椅子へ腰掛けた。


エレノアはゆっくりと言葉を選びながら語り始める。


地下へ続く隠し通路。


壁一面に刻まれていた古代文字。


二千年以上もの時を守り続けてきた神殿。


そして、王が残した試練のこと。


リアナは途中で口を挟むこともなく、熱心に耳を傾けていた。


「……なんて素敵なのでしょう。」


思わず漏れたその声は、感嘆そのものだった。


「本当に、昔の人たちがそこにいたような気持ちになりますね。」


「はい。」


エレノアも静かに頷く。


「私も刻まれた文字を読んでいるうちに、そんな気持ちになりました。」


リアナは少し身を乗り出す。


「古代文字を読めるなんて、やっぱりすごいです。」


エレノアは小さく笑って首を横に振った。


「そんなことはありません。父に教わり始めた頃は、何度も文字を書き間違えて、よくやり直しをさせられていました。」


「そうだったのですか?」


「はい。父は古代史には特に厳しかったんです。」


そう言って少し懐かしそうに笑うエレノアを見て、リアナもつられるように笑みを浮かべた。


「なんだか安心しました。」


「安心、ですか?」


「はい。最初から何でもできた方なのだと思っていましたから。」


「全くそんなことはありませんでしたよ。」


二人は顔を見合わせ、小さく笑う。


気付けば、最初にあった少しの遠慮はいつの間にか消えていた。


客室には、穏やかな笑い声が静かに響いていた。





「すっかり夢中になってしまいました。お疲れのところなのにすみません。」


「とんでもないことです。私もお話できて、とても楽しかったです。」


その言葉にリアナが照れながら席を立つ。


「今日はゆっくりお休みください。明日も私がエレノア様をご実家までお送りいたします。」


「またリアナ様にお世話になってしまいますね。」


「ふふ、お任せください。」


いたずらっぽく微笑んでリアナは戻っていった。




静かな客室。


エレノアは窓の外に広がる王都の灯を眺め、小さく微笑む。


長い三日間だった。


けれど、その中で出会った人たちは皆、優しかった。


そして気付かぬうちに、この王城が少しだけ居心地の良い場所になっていた。



明日には家へ帰る。


そう思うと少しだけ嬉しくて、少しだけ名残惜しい。


そんな不思議な気持ちを胸に、エレノアは静かに窓を閉めた。




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