表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古代文字を読む令嬢は、無愛想な近衛騎士に守られる  作者: 橙華
第一章 資格の石板

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/26

08話 帰り道のぬくもり


8話 帰り道のぬくもり




神殿を出た瞬間、一行を迎えたのは眩しい朝日だった。


長い夜が終わり、東の空は淡い橙色に染まり始めている。


冷たい朝の空気が頬を撫でた。


「朝……。」


エレノアは思わず空を見上げる。


地下にいた時間があまりにも長く、時間の感覚を失っていた。


神殿の入口では、夜通し見張りを続けていた騎士たちが一斉に姿勢を正す。


「副団長!」


「ご無事で何よりです!」


ガレスは軽く手を上げた。


「ああ。任務は無事終了だ。」


騎士たちの表情が一気に緩む。


「皆さんも、お疲れさまでした。」


エレノアが微笑むと、若い騎士たちは少し照れたように笑った。







帰り支度を終えると、それぞれ馬へ跨る。


「副団長、休憩を入れますか?」


ノアが尋ねる。


ガレスは苦笑した。


「これくらいなら問題ない。」


「俺たちは慣れてるからな。一晩くらい徹夜でも、帰って寝れば回復する。」


オーウェンも肩を回しながら笑う。


「近衛騎士ですから。」


クラウディアも涼しい顔だ。


皆は疲れているはずなのに、不思議と誰も弱音を吐かない。


エレノアはその逞しさに思わず感心する。


(皆さん、本当にすごい……。)


緊張がほどけた、その瞬間だった。


ふわり。


身体が揺れた。


「あ……。」


膝から力が抜けそうになる。


瞼が重い。


一晩中、神経を張り詰め続けていた反動だった。


「アシュフォード嬢?」


すぐ隣にいたクラウディアが咄嗟に腕を支えた。


「顔色が良くないわ。」


「だ、大丈夫です。」


そう答えた途端、小さな欠伸が漏れる。


「……っ。」


慌てて口元を押さえるエレノアに、オーウェンが思わず吹き出した。


「全然大丈夫じゃないな。」


「す、すみません……。」


エレノアは耳まで赤く染めて俯く。


クラウディアは優しく微笑み、馬の手綱へ手を伸ばした。


「帰りも私の馬へ。眠ってしまっても支えているから安心していいわ。」


「ありがとうございま――」


そう言いかけた、その時。


「……俺の馬の方が安定します。」


低く落ち着いた声が、その言葉を遮った。 


その場の視線が一斉に集まる。


シリルだった。


「私でも支えられるけれど?」


クラウディアがわざと首を傾けてとぼける。


「俺の方が体格がある。眠るならその方が安全です。」


シリルはいつもと変わらぬ表情のまま、静かに続けた。


「……え?」


一番驚いたのは、エレノアだった。


「ヴァルモント様が……ですか?」


思わず目を丸くする。


オーウェンは何度もシリルとエレノアを見比べる。


(おいおい……。)


ノアは戸惑ったように目を瞬かせた。


ガレスもわずかに眉を上げた。




シリルが、自分から女性を馬へ乗せると言った。


しかも、女性騎士のクラウディアがいるのだ。


普段のシリルなら、真っ先にクラウディアへ任せるはずだ。


それなのに、自分から申し出た。




クラウディアだけが、どこか納得したように小さく笑う。


「そう。」


少しだけシリルを見つめてから、穏やかに頷いた。


「確かに、その方が揺れは少ないわね。ならお願いするわ。」


シリルは無言で頷く。


その横顔はいつも通り真面目だった。




オーウェンは吹き出しそうになるのを必死に堪えた。


(いや、それ絶対違う理由だろ。)









エレノアは少し遠慮がちにシリルの前へ座った。


「失礼します……。」


「気にしなくていい。」


シリルは短く答える。


馬がゆっくりと歩き始めた。


揺れないよう手綱を持つ腕が自然とエレノアを囲む形になる。


大きな腕にすっぽりと包まれ、思わず息を呑んだ。


近い。


近すぎる。


背中越しに伝わる体温。


馬が揺れるたび、その腕がそっと自分を支えてくれる。


(ち、近い……。)


エレノアは少しだけ肩を縮めた。


胸がどきどきと落ち着かない。


こんなに男性と近い距離にいることなど、これまで一度もなかった。





ふと風が吹き抜ける。


その瞬間、シリルからほのかに漂う香りが鼻先をくすぐった。


陽だまりの森を思わせるシダーウッドの落ち着いた香り。


そこへ革鎧の匂いと、清潔な石鹸の香りがかすかに混じる。


不思議と嫌ではなかった。


むしろ、その香りに包まれていると、張り詰めていた心が少しずつほどけていく。


その途端――。


「……ふぁ……。」


小さなあくびが、思わず漏れる。


「……あっ。」


エレノアは慌てて口元を押さえた。


「し、失礼しました……。」


恥ずかしそうに頬を染めて俯く。


「寝て構わない。」


「でも……。」


「落馬される方が困る。」


あくまで護衛として。


その言葉に安心したのか、エレノアは小さく笑う。


「……では、少しだけ。」


ゆっくり瞼が閉じる。


馬の揺れ。


朝の風。


規則正しい蹄の音。


そして、背中から伝わる温かな体温。


いつの間にか、小さな頭がシリルの胸へそっと預けられていた。


穏やかな寝息が聞こえる。


シリルは少しだけ目を見開く。


「……。」


起こさないよう、手綱を握る手にそっと力を込める。


そして小さな身体が揺れないように、腕の位置をわずかに調整した。


馬の歩幅を少しだけ緩める。


揺れが少なくなるように。





その様子を、前を進むオーウェンがちらりと振り返った。


そして、思わず吹き出しそうになる。


(歩かせ方まで変えてるじゃないか。)





隣のクラウディアも気付いたらしい。


目が合う。


二人は何も言わない。


ただ、小さく笑みを交わした。





長い一夜を越えた帰り道。


黒髪の騎士は、その穏やかな寝息を起こさぬよう、いつもよりゆっくりと馬を進める。


そんな彼らを朝日が優しく照らしていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ