↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古代文字を読む令嬢は、無愛想な近衛騎士に守られる  作者: 橙華
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/88

43話(端話)四人の晩餐

第43話(端話)四人の晩餐




王都へ戻ってから、数日が過ぎた。


遠征隊には休暇が与えられ、エレノアも久しぶりに穏やかな日々を過ごしていた。


実家へ顔を出し、使い切りかけていた筆記具を買い足し、書店では気になっていた古書を探す。


外出には護衛の騎士も同行していたものの、時間に追われず王都を歩けることが、今は素直に嬉しかった。


そんなある日の午後。


王城の廊下を歩いていたエレノアは、後ろから明るい声に呼び止められた。


「エレノア様!」


振り返ると、リアナが笑顔でこちらへ歩いてくる。


いつもの紺色の近衛騎士団の隊服ではなく、今日は淡い青色のワンピース姿だった。


赤茶色の髪も普段の高い位置での一つ結びではなく、低い位置で柔らかくまとめられており、騎士として接している時とは随分印象が違って見える。


「リアナ様。こんにちは。」


「こんにちは。エレノア様は、今夜何かご予定がありますか?」


「今夜ですか? いいえ、特には。」


「でしたら、一緒にお食事へ行きませんか?」


「お食事に?」


「はい。遠征のお疲れさま会です!」


リアナは嬉しそうに両手を合わせた。


「オーウェンも誘うつもりです。それから……シリルも。」


エレノアは少し意外に思い、目を瞬いた。


「シリル様も?」


「一応、誘ってみます。」


「一応……なのですか?」


リアナは困ったように笑った。


「シリルはたまに断るんですよ。仕事人間で、せっかくの休暇でも鍛錬場にいるか、騎士団棟で書類を読んでいるかですから。」


そこへ、ちょうど廊下の角からオーウェンが姿を現した。


「何の話だ?」


「今夜、四人で食事へ行こうと思って。オーウェンも来るでしょう?」


「もちろん。」


オーウェンは迷いなく頷いたあと、肩をすくめた。


「でもシリルは来ないんじゃないか?」


「そうなのですか……。」


エレノアの声が、ほんの少しだけ残念そうに沈む。


その顔を見たリアナは、口元へ意味ありげな笑みを浮かべた。


「いいえ。今回は、たぶん来ます。」


「なぜですか?」


「それは、エレノア様が――」


「余計なことを言うな。」


背後から低く落ち着いた声が届いた。


三人が同時に振り返る。


いつの間にか、少し離れたところにシリルが立っていた。


休暇中にもかかわらず、手には数枚の書類を持っている。


リアナは悪びれた様子もなく笑った。


「聞こえていたの?」


「途中からだ。」


「それならちょうどよかったわ。今夜、皆で食事へ行くけれど、シリルも来るでしょう?」


「ああ。」


即答だった。


リアナとオーウェンが一瞬だけ顔を見合わせる。


エレノアは、その意味までは気づかず、不思議そうに首を傾げていた。


 



 


その日の夕刻。


四人は王城からほど近い、近衛騎士たちがよく利用する料理店を訪れた。


重厚な木の扉を開けると、磨き込まれた床と落ち着いた灯りが一行を迎える。


店内の奥からは、竪琴の柔らかな音色が微かに聞こえ、貴族や騎士たちが穏やかに食事を楽しんでいた。


格式はありながらも堅苦しすぎない。


長い遠征を終えた夜にふさわしい店だった。




案内されたのは、奥にある静かな個室だった。


磨かれた木の卓を柔らかな灯りが照らしている。


「素敵なお店ですね。」


エレノアが室内を見回すと、リアナが頷いた。


「団長もよく利用されるお店なんです。」


「遠征の成功祝いや、隊の節目の食事会でも使うな。」


オーウェンが椅子を引きながら付け加える。


「料理も間違いない。」


やがて、次々と料理が運ばれてきた。


香ばしく焼かれたパンに、季節の野菜を使った温かなスープ。


続いて、柑橘と香草を添えた白身魚や、柔らかく煮込まれた肉料理が運ばれてくる。


どれも丁寧に作られており、一口食べるたび、エレノアの顔には自然と笑みが浮かんだ。


「とても美味しいです。」


「気に入っていただけてよかったです。」


リアナも嬉しそうに微笑む。


張り詰めた任務の最中にはできなかった、穏やかな食事だった。


 



 


料理が一通り運ばれた頃。


リアナが、ふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、エレノア様には話したことがありませんでしたね。」


「何でしょう?」


「私たち三人、同期なんです。」


エレノアは驚き、三人を見比べた。


「そうだったのですか?」


オーウェンが頷く。


「同じ年に近衛騎士団へ入ったんだ。あの年は入団者も多くて、今も残っている者はそれなりにいる。」


「その中でも、シリルは入団した頃から飛び抜けて強かったけどな。」


「昔の話だ。」


シリルが淡々と返す。


「今も変わらないだろ。訓練で何度叩きのめされたことか。」


「隙が多かった。」


「昔の俺に対して容赦がないな。」


リアナが小さく笑った。


「私も最初は剣術でも体力でも全然敵わなかったな。」


「だが、誰より努力していた。」


不意にシリルが言った。


リアナが目を瞬く。


「ああ。訓練が終わっても、最後まで残っていたのはいつもリアナだった」


オーウェンも大きく頷いた。


「二人にそう言われると、少し照れるわね。」


リアナは頬を緩め、誤魔化すように水の入った杯へ手を伸ばした。


「クラウディア様も、とてもお強いですよね。」


エレノアが言うと、リアナの瞳が輝いた。


「ええ。強くて、美しくて、凛としていて。第二隊の女性騎士は、皆クラウディア隊長へ憧れています。」


「本人は、まったく気にしていないけどな。」


オーウェンが笑う。


「近寄りがたく見えるが、話してみれば面倒見もいい。」


「分かります。とてもお話ししやすくて、お優しい方ですよね。」


エレノアは遠征中のクラウディアを思い出し、柔らかく微笑んだ。


「ガレス副団長様も、任務を離れると少し雰囲気が変わられますね。」


「ああ。普段は厳しいが、若い騎士の面倒もよく見ている。」


オーウェンは、その時の様子を思い出したように笑った。


「この前も、新入りが剣帯の締め方を間違えていてな。何も言わず直してやったあと、翌朝には全員分の装備点検を命じていた。」


「ご本人だけを気にかけるのではないのですね。」


「ああ。誰か一人の失敗にせず、全体の課題にする。それが副団長のやり方だ。」


「ガレス副団長様らしいですね。皆様が信頼なさる理由が、分かります。」


厳しい言葉の奥にある気遣いを思い、エレノアは小さく微笑んだ。


その穏やかな表情を、隣に座るシリルが静かに見ていた。





しばらくして、オーウェンが何かを思いついたようにシリルへ顔を向ける。


「そういえば、エレノア嬢は知らないだろうけど。」


嫌な予感を察したのか、シリルが僅かに眉を寄せた。


「シリルは、昔から相当人気があるんだ。」


「え?」


エレノアは思わず隣を見る。


整えられた黒髪。


深い青の瞳。


端整な横顔。


長身で、鍛え上げられた身体。


無口で近寄りがたい印象はあるものの、人の目を引く容姿であることは、エレノアにもよく分かった。


リアナが楽しそうに言葉を継ぐ。


「年に一度の公開演武では、見学席からずっと声が上がっていたものね。」


「騎士団宛てに届く手紙の中でも、シリル宛てはずいぶん多かったな。」


「花束もたくさん届いていたし。」


「公開が終わったあと、外で待っている令嬢たちもいたな。」


「話を盛るな。」


シリルが低い声で制する。


オーウェンは笑いながら肩をすくめた。


「どこがだ。待ち伏せを避けて、裏門から帰ったこともあっただろう。」


「……誤解を招く言い方をするな。」


「事実だろ?」


リアナが苦笑した。


「シリルは女性が嫌いというより、大勢に騒がれるのが苦手なのよね。」


オーウェンも頷く。


「それで、女性とは必要以上に関わらないようになった。」


「そうだったのですね……。」


エレノアは少し驚いたように呟いた。


それから、改めてシリルを見る。


確かに彼は、誰に対しても必要以上に近づかない。言葉も少なく、感情を表へ出すこともほとんどない。


けれど。


「でも……分かる気がします。」


「何がだ?」


オーウェンが尋ねる。


エレノアは少し考え、静かに言葉を選んだ。


「皆様が、シリル様に惹かれることです。」


隣で、シリルの手が僅かに止まった。


けれどエレノアは気づかず、続ける。


「もちろん、お強いこともそうですが……いつも周囲をよく見ていらして、危険があれば誰より先に気づいてくださって。ご自分のことより周りの方の安全を優先なさいます。それに――」


脳裏へ、これまでの旅の光景が浮かぶ。


足場の悪い場所で差し出された手。


危険が迫るたび、前へ立った広い背中。


怖くて立ち止まりそうになった橋の上で、決して離さないと告げてくれた声。


エレノアの表情が、自然と柔らかくなる。


「一見すると少し近寄りがたい方ですけれど、本当はとてもお優しいですし。」


「とても、素敵な方ですから」


その言葉が届いた、次の瞬間。


シリルが口へ運びかけていた紅茶を、僅かに喉へ詰まらせた。


「……っ」


小さな咳が一つ、個室へ落ちる。


「シリル?」


リアナが目を丸くする。


「大丈夫?」


「……問題ない。」


シリルは一度だけ咳払いをすると、何事もなかったように杯を置いた。表情はいつもと変わらない。だが、耳のあたりがほんの僅かに赤くなっている。


リアナとオーウェンは、すぐに顔を見合わせた。


(今、むせたわよね。)


(むせたな。)


(照れている。)


(間違いない。)


二人は何かをごまかすため、揃って口元へ杯を運んだ。一方、エレノアだけは心配そうにシリルを見つめている。


「シリル様、本当に大丈夫ですか?」


「ああ。」


「お水をお持ちしましょうか?」


「必要ない。」


短く答える声が、いつもより僅かに硬い。


「シリル、よかったな。」


オーウェンが笑いを含んだ声で言う。


「……食事中だ。」


「見れば分かる。」


「黙って食べろ。」


リアナはとうとう耐えきれず、くすりと笑った。


エレノアだけは事情が分からず、三人を見比べる。


「……?」


小さく傾げられたその首を見て、シリルは何も言わずに紅茶へ視線を落とした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。