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古代文字を読む令嬢は、無愛想な近衛騎士に守られる  作者: 橙華
第一章 資格の石板

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04話 王都を発つ

4話 王都を発つ




朝日がリーヴェル国王城の白い石壁を照らしていた。


一夜をかけて羊皮紙の古代文字を解読したエレノアは、侍女に案内され客室へ戻り、顔を洗って身支度を整える。


眠気はある。


だが、不思議と気持ちは冴えていた。


父が生涯をかけて研究していた古代ヴァレシア王国。


父は近年、目を悪くしていた。長時間文字を追うことも、危険な場所へ赴くことも、もうかなわない。


だからこそ、その足跡をたどる役目が、まさか自分に巡ってくるとは思ってもみなかった。


不謹慎かもしれない。


けれど胸の奥で、小さな高揚が静かに膨らんでいくのを抑えられなかった。







ノックの音が響く。


「失礼いたします。」


入ってきたのは、凛とした長身の女性騎士だった。


高い位置で結ばれた青みがかった黒髪。


切れ長の青緑色の瞳。


鍛え抜かれた無駄のない立ち姿には、近衛騎士らしい気品が漂っている。


「私は近衛騎士、クラウディア・エーレンベルクと申します。」


彼女は胸へ拳を当て、一礼した。


「今回の任務にて、あなた様のお側に付くよう命を受けました。」


「よろしくお願いいたします。」


エレノアも丁寧に頭を下げる。


クラウディアは表情こそ穏やかだったが、その視線は常に部屋全体を見渡していた。


(……すごい。)


これが近衛騎士。


そう思うだけで、自然と背筋が伸びた。







出発の支度を終えたところで、エレノアはダリウスへ申し出た。


「クロフォード団長様、一つお願いがございます。」


「何だ。」


「数日家を空けることになりますので、家族へ手紙を届けていただくことは可能でしょうか。」


ダリウスは頷く。


「当然だ。」


エレノアはすぐ机へ向かい、便箋を広げる。


父へ。


母へ。


今回の経緯。


王命であること。


数日帰れないこと。


どうか心配しないでほしいこと。


そしてもう一通。


家庭教師として通っているベイル伯爵家へ。


来週の授業に差し障りが出るかもしれないこと。


ご迷惑をお掛けするお詫び。


任務が終わり次第すぐ戻ること。


どちらも簡潔ながら、彼女らしい丁寧な文字だった。


手紙を読み終えたダリウスは静かに頷く。


「立派な内容だ。」


そう言って自ら便箋を取り出し、一筆したためる。


『本件は王命による任務であり、エレノア・アシュフォード殿には王国のため協力を願っている。 任務終了後は速やかに帰宅させることを約束する。 ——近衛騎士団長 ダリウス・クロフォード』


「これも添えよう。」


「ありがとうございます。」


エレノアは深く頭を下げた。


「フィン。」


「はい。」


銀紫色の髪の青年騎士が前へ出る。


「この二通を届けろ。」


「承知しました。」


青年騎士は大切そうに封筒を受け取り、一礼して王城を後にした。





◇◇◇





王城正門。


数頭の軍馬が並んでいる。


荷は最小限。


急ぎの任務ゆえ、馬車は使わない。


エレノアは馬を見上げ、不安そうに微笑んだ。


「実は……馬には乗れなくて。」


「問題ありません。」


クラウディアが即座に答える。


「私と相乗りいたしましょう。」


「ご迷惑では……。」


「任務です。」


そう言って微笑む姿に、不思議と安心できた。


クラウディアは軽やかに馬へ跨り、手を差し伸べる。


「どうぞ。」


エレノアはその手を借りて馬へ乗せてもらう。


「ありがとうございます。」


「しっかり掴まっていてください。」


クラウディアの声は落ち着いていて、とても頼もしかった。


その様子を見ていたシリルが、自分の馬を引いて近づく。


「昨夜は一睡もしていないだろう。」


エレノアは少し驚いて笑った。


「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。ヴァルモント様こそ、十分に休まれていないのではないですか?」


シリルは首を横に振る。


「無理はするな。」


それだけいって馬首をかえようとすると、


「シリル。」


クラウディアが静かに口を開く。


「君は相変わらず口数が少ない。心配する前に、自分のことを説明してあげなさい。」


シリルは少しだけ困ったような顔をしながら続ける。


「俺は途中で仮眠を取っている。」


クラウディアが小さく笑う。


「団長命令でね。エレノア様が解読している間、護衛全員が徹夜では意味がないからね。」


それを聞き、エレノアはほっと胸をなで下ろした。


「でしたら安心しました。」


シリルもまた、わずかに表情を和らげる。


「……ならいい。」


その一言に、エレノアは思わず目を瞬かせた。








最終確認のため門まできていた団長ダリウスは一人の騎士に声を掛ける。


「ガレス。」


「はい。」


呼ばれた騎士が一歩前へ出た。


三十代前半の大柄な騎士だった。その体格とは裏腹にどこか親しみやすい雰囲気がある。


「先ほど話した通り、今回の遠征の指揮は副団長であるお前に任せる。」


「必ずや任務を果たします。」


ガレスの言葉を聞いて、ダリウスはゆっくり頷いた。


「神殿の調査を最優先とする。決して無理はするな。」


「承知しております。」


それからダリウスはシリルを見る。


「シリル。」


「はっ。」


「アシュフォード嬢はアシュフォード家からお預かりしているご令嬢だ。お前の最優先任務は護衛だ。」


「承知しました。」


「クラウディア。」


「はい。」


「お前には護衛だけでなく、アシュフォード嬢の身の回りのことも任せる。」


「お任せください。」


ダリウスは騎乗した騎士達を見渡し、小さく頷いた。


「王国の未来を頼む。」








「出発!」


ガレスの号令が響く。


近衛騎士たちは一斉に馬を進める。




エレノアは振り返り、遠ざかっていく王城をそっと見つめた。


この旅が、自分の人生を大きく変えるものになるとは、まだ知る由もなかった。





◇◇◇





王都を抜けると、石畳はやがて街道へ変わった。


初夏の風が草原を渡り、遠くには深い森が広がっている。


馬は一定の速度で進み続けた。


神殿までは、およそ半日ほどかかる。







街道を半分ほど進んだ頃だった。


森の奥から、不気味な唸り声が響く。


「止まれ。」


先頭を進んでいたガレスが手を上げる。


近衛騎士たちは一斉に馬を止めた。


空気が変わる。


草むらが大きく揺れた。


次の瞬間。


黒い影が勢いよく飛び出す。


全身を黒い毛に覆われた狼型の魔物――グレイファング。


中級クラスの魔物だ。


並の騎士なら数人がかりで対処する相手である。


「来る!」


クラウディアが咄嗟にエレノアの前へ馬を滑り込ませる。


同時に剣へ手を掛けた。


だが――。


一陣の風が駆け抜けた。


「……え。」


エレノアが息を呑む。


いつの間にか、シリルが馬から飛び降りていた。


剣が一閃する。


銀色の軌跡だけが視界を走った。


次の瞬間。


魔物は悲鳴を上げる暇もなく、その場へ崩れ落ちた。


静寂。


森を揺らしていた唸り声は、もう聞こえない。


シリルは剣についた血を静かに払い、何事もなかったかのように鞘へ納めた。




ガレスが苦笑する。


「相変わらず、とんでもないな。」


クラウディアは小さく息を吐いた。


「……また先を越されたわね。」


苦笑混じりに肩を竦める。


「せっかく体を動かせると思ったのだけれど。」


シリルは振り返りもせず答えた。


「次は任せます。」


「その言葉、覚えておくわ。」





エレノアは呆然とシリルを見つめていた。


一太刀。


本当に、それだけだった。


王都で「王国最強」と噂される理由を、彼女は初めてその目で見た。


クラウディアが心配そうに伺う。


「アシュフォード様、驚かれましたか?」


エレノアは小さく頷く。


「はい……。」


「ですが、ご安心ください。」


クラウディアは穏やかな声で続けた。


「あなたの護衛は、王国でも指折りの剣士です。心配いりませんよ。」


その言葉に、エレノアはもう一度シリルを見る。


前を進む黒髪の騎士の背中は、大きく、どこまでも頼もしく見えた。







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