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古代文字を読む令嬢は、無愛想な近衛騎士に守られる  作者: 橙華
第一章 資格の石板

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03話 古代文字の導き

3話 古代文字の導き




部屋には静かな緊張が満ちていた。


エレノアは羊皮紙を翡翠色の瞳で見つめている。


ぼろぼろに古びた羊皮紙には、かすれた文字が隙間なく並んでいる。


見慣れた古代ヴァレシア王国の文字。


――しかし、どこか違う。


彼女はゆっくりと眉を寄せた。


「やはり……。」


小さく呟く。


団長のダリウスが静かに尋ねた。


「読めるのか。」


「文字自体は読めます。」


一同の表情が明るくなる。


しかしエレノアは首を横に振った。


「ですが、これは通常見つかるものとは違います。」


「違う?」


「はい。ヴァレシア王国が建国された頃に使われていた、初期の文字です。」


「初期?」


リアナが首を傾げる。


「初期文字ということは、今知られているヴァレシア文字とは違うのか。」


シリルが尋ねる。


エレノアは静かに頷いた。


「いいえ。基本的には同じヴァレシア文字です。」


「ただ、約三千年前の建国当初に使われていたものになります。」


彼女は続ける。


「古代ヴァレシア王国は約三千年前に建国され、その後約千年もの間栄えました。」


「そのため時代とともに文字や文法も少しずつ変化しています。」


「現在見つかる古文書の多くは、王国が滅ぶ直前の後期、約二千年前のものです。」


「では、これは……。」


「建国間もない頃の文字です。」


エレノアは羊皮紙へ視線を落とした。


「約二千年前、ヴァレシア王国は突如として歴史から姿を消しました。」


「その後、長い時を経て、この地に今のリーヴェル王国が築かれました。」


「その長い年月の中で、ヴァレシア王国の、まして初期頃の文字を読み解ける者は、ほとんどいなくなってしまったのです。」


「だから五人の学者でも難しかったのか。」


ダリウスが小さく呟く。


「はい。現在広く知られているヴァレシア文字とは、別物と言っていいほど違います。」


「父はよく、『千年続いた国の文字が、千年変わらないはずがない』と言っていました。」

 

エレノアは古い羊皮紙を見つめたまま続けた。


「父も古代のヴァレシア文字を多少読むことはできます。」


「……ですが、近頃は目の病を患い、細かな文字を長く読むことが難しくなってしまいました。」


わずかに伏せていた目を上げると、エレノアは気持ちを切り替えるように、再び羊皮紙へ視線を落とした。


「それに、この文書は一部が欠けています。同じ単語でも意味がいくつも考えられるので、慎重に照らし合わせなければなりません」


部屋は静まり返る。


「つまり……。」


ダリウスが腕を組む。


「時間がかかる、と。」


「はい。」


エレノアは申し訳なさそうに頭を下げた。


「今日中の解読は難しいと思います。」


シリルは静かに羊皮紙を見つめる。


王命の期限は迫っている。


しかし焦って誤った解釈をすれば取り返しがつかない。


「どれくらい必要だ。」


シリルが尋ねる。


「少なくとも、一晩は。」


その言葉に誰も異を唱えなかった。


ダリウスはゆっくり頷く。


「分かった。」


そして一人の騎士へ視線を向ける。


「オーウェン。」


「はい。」


部屋の隅で控えていた栗色の髪の青年騎士が一歩前へ出た。


柔らかな茶色の瞳を持つ青年は、近衛騎士らしい礼儀正しさを感じさせる。


「客室を用意するよう伝えろ。」


「承知しました。」


オーウェンは一礼すると静かに部屋を出ていった。


ダリウスは改めてエレノアへ向き直る。


「急な願いで恐縮だが、今夜は王城へ泊まってもらえるだろうか。」


「もちろんです。」


エレノアはためらいなく答えた。


「そのために本や資料も持って参りましたので。」


そう言って革鞄を机へ置く。


中から次々と現れたのは、何冊もの分厚い本だった。


革表紙の辞典。


父が書き残した研究ノート。


古代ヴァレシア王国時代の地誌。


年代ごとの文字一覧。


どれも長年使い込まれ、ページの端が擦り切れている。


リアナが思わず目を丸くした。


「全部持って来られたんですか……。」


エレノアは少し照れたように笑う。


「必要になるかもしれないと思いまして。」


シリルは本の山を見つめた。


(……だから、あの鞄は重そうだったのか。)


先ほど妹と交わしていた会話を思い出す。


"お姉様らしい。"


確かに、その通りだった。





その日の夕刻から、解読は始まった。


エレノアは何冊もの本を机いっぱいに広げ、羊皮紙と見比べながら、一文字ずつ紙へ書き写していく。


少し読み解いては立ち止まり、父の研究ノートをめくる。


古い地誌を開き、年代ごとの文字一覧と照らし合わせる。


行き詰まれば別の本へ。


また戻り、書き込みを重ねる。 




焦ってはいけない。


一文字でも誤れば、その先の意味がすべて変わってしまう。


父はよく言っていた。


――「古代文字は読むものではない。理解するものだ。」


だからこそ、確実に。


慎重に。




侍女は何度も温かいお茶を運び、蝋燭が短くなるたび静かに新しいものへ取り替えていく。


リアナもまた、無理に話しかけることはせず、部屋の隅で静かに見守っていた。


王城の窓の外では、夜が更け、やがて星が西へ傾いていく。


それでもエレノアの手が止まることはなかった。


そして――。


夜が明ける頃。


東の空が淡く白み始めたその時。


エレノアはゆっくりと羽根ペンを置いた。


「……繋がりました。」


張り詰めていた空気が、わずかに揺れる。


すぐに知らせを受けたダリウスが部屋へ入り、その後ろからシリルも静かに姿を現す。


「何か分かったのか。」


エレノアは羊皮紙へ視線を落とした。


「これは歴史書などの類ではありません。」


「違うのか。」


「はい。」


彼女は指先で一行を示す。


「場所を示しています。」


「場所?」


「ここから東に位置する、ヴァレシア王国建国時代の神殿……正確には、王家の記録庫です。」


一同が息を呑む。


「そこに『真実は石に刻まれる』とあります。」


さらにページを追う。


「そして、『資格ある者のみ、その扉を開け。』『その奥に続く扉にある、石版をみつけよ』、と。」


ダリウスが低く唸る。


「つまり。」


「私だけでは終わりません。」


エレノアは静かに顔を上げた。


「現地でしか読めない理由があるはずです。」


「おそらく、ヴァレシア王国の初期文字が刻まれているはずです。」


部屋が静まり返る。


ダリウスは迷うことなく命じた。


「これより東の神殿へ向かう。」


その場にいた近衛騎士たちが一斉に敬礼する。


「シリル。」


「はっ。」


「アシュフォード嬢の護衛は、お前に一任する。」


「承知しました。」


短い返事。


その横で、エレノアは少し驚いたようにシリルを見る。


シリルもまた静かに彼女へ視線を向け、小さく頷いた。






神殿へ向かう近衛騎士は、選び抜かれた精鋭が数名。


その中でも、エレノアの傍らを守る役目は、


王国随一の剣の腕を持つ黒髪の近衛騎士シリルへと託された。




こうして二人は、王国の秘密を追う旅へ共に赴くことになった。


その先に待つものを、まだ誰も知らなかった。





時系列メモ

●現在(リーヴェル記1300):リーヴェル王国 建国1300年

●約2000年前:(後期文字):ヴァレシア王国 滅亡

●約3000年前:(初期文字):ヴァレシア王国 建国

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