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古代文字を読む令嬢は、無愛想な近衛騎士に守られる  作者: 橙華
第一章 資格の石板

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02話 王城への水路


2話 王城への水路




 王家の封蝋が押された書状を見つめながら、エレノアはなおも戸惑っていた。


「……本当に、私なのでしょうか。」


近衛騎士がわざわざ迎えに来る理由など思い当たらない。


まして王命だなどと。


赤茶色の髪を高い位置で結った女性騎士、リアナは安心させるように柔らかく微笑んだ。


「驚かれるのも無理はありません。ですが、ご安心ください。危険なお話ではございません。」


隣では背の高い騎士、シリルが静かに王命書をしまう。


「お願いしたいのは、古い文書の解読です。」


低く落ち着いた声。余計な言葉はない。


「古い文書……。」


その一言だけで、エレノアの胸がわずかに高鳴る。


「古代文字に関する資料でしょうか。」


シリルは少しだけ驚いたように目を開いた。


「まだ何も申し上げておりませんが。」


「王命で、近衛騎士様が直接迎えに来られるほどです。となれば軍事か歴史資料かと……。」


そこまで言ってエレノアは少し恥ずかしそうに笑った。


「推測ですが。」


リアナが思わず小さく笑う。


「もう半分以上当たっていますね。」


シリルは何も言わなかった。

 

だが心の中では、静かに感心していた。


(話が早い。)


団長の判断は間違っていなかったのかもしれない。


そう思う。


「失礼ですが、少し家族へ事情を話してまいります。」


「もちろんです。」


エレノアは小さく頭を下げると、屋敷の中へ戻っていった。







二人は門の前で静かに待った。


リアナは通りを行き交う人々へ視線を向け、小さく息をつく。


「……すごく綺麗な人だったね。」


シリルは王命書を手にしたまま、短く答えた。


「そうか。」


「そうかって……もう少し何かないの?」


「任務に関係ない。」


即答だった。


リアナは呆れたように笑う。


「はいはい、相変わらずね。」


そう言いながらも、表情はすぐ真面目になる。


「でも、一番気になるのはそこじゃない。」


「ああ。」


「本当に読めると思う?」


シリルは屋敷の扉へ視線を向けたまま答える。


「分からない。」


「噂だけが頼りだからね。」


「読めなければ振り出しだ。」


王命の期限は迫っている。


他に心当たりはない。


リアナは静かに息を吐いた。


「……読めるといいんだけど。」


シリルは何も答えなかった。


ただ静かに、屋敷の扉を見つめ続けていた。







しばらくして屋敷の扉が開く。


現れたエレノアの隣には、もう一人、小柄な少女が寄り添っていた。


肩までの淡い金髪に、彼女とよく似た翡翠色の瞳。


年の頃は十五、六ほどだろうか。


どこか愛らしい雰囲気をまとっている。


「妹のフローリアです。」


「初めまして。」


フローリアはぺこりと頭を下げると、不安そうに姉の袖を握った。


「姉を王城へお連れになると聞きました。」


リアナは安心させるように微笑む。


「ご心配には及びません。必ず責任を持ってお送りいたします。」


「……はい。」


それでもフローリアの表情は晴れない。


視線は自然と、隣に立つ黒髪の騎士へ向く。


しかしシリルは軽く一礼しただけで、それ以上は何も言わなかった。


任務以外の言葉を交わすつもりはないのだろう。


感情を読み取らせない、整った横顔。


隙のない姿勢。


余計な言葉は必要ない――そう言わんばかりの空気をまとっている。


(……なんなの、あの人。)


フローリアは心の中で小さく頬を膨らませた。


(見た目は格好いいけど怖いし、全然笑わないし。あんな人にお姉様を任せて大丈夫なの……?)


そんな妹の気持ちに気付いた様子もなく、シリルは静かに口を開く。


「そろそろ参りましょう。」


短く、それだけ。


必要最低限の言葉だった。


エレノアは膨らんだ革鞄を抱え、その重みに慣れたように、そっと持ち直した。


「お姉様、そんなに本を持って行くの?」


「もしかしたら必要になるかもしれないから。」


「……お姉様らしい。」


エレノアは妹へ向き直り、優しく微笑む。


「どれくらいで戻れるかは分からないけれど、大丈夫。お父様とお母様にも伝えておいてくれる?」


「……分かったわ。」


フローリアは小さく頷いた。


それでも最後まで、黒髪の近衛騎士から目を離さなかった。


(もしお姉様に何かあったら、絶対に許さないんだから……!)






「お待たせいたしました。」


「アシュフォード嬢。ご家族がご心配されるお気持ちはよく分かります。必ず責任を持ってお送りいたします。」


「はい。ありがとうございます。」


「では参りましょう。」


三人は夕暮れの運河へ向かった。





◇◇◇





白い石橋の下には、一隻の細長い船が静かに停泊していた。


深い紺色に塗られた船体。


船首には白と紺の王家の紋章。


一般の渡し舟とは明らかに違う。


「こちらへ。」


リアナが先に乗り込み、手を差し伸べる。


エレノアは礼を言って船へ乗った。


続いてシリルが最後に乗り込むと、船は静かに岸を離れた。






夕暮れの王都を、ゆっくりと進んでいく。


運河沿いには白い建物が立ち並び、窓から漏れる灯りが水面へ揺れていた。


橋の下をくぐるたび、水音だけが静かに響く。


「綺麗……。」


思わず漏れた呟きに、リアナが頷いた。


「ここから先は近衛騎士専用の水路なんです。」


「専用……?」


「はい。許可された船しか入れません。」





やがて船は細い水路へ入る。


一般の船は一隻もいない。


高い白壁が続き、所々に王家の旗が揺れている。


橋の上には近衛騎士が立ち、船を見ると敬礼を送った。


そのたびにシリルも静かに敬礼を返す。


無駄のない、美しい動作だった。


(この方は、本当に近衛騎士なのですね。)


当たり前のことなのに、改めて実感する。






やがて白亜の王城が目前に現れる。


「アシュフォード嬢、大変申し上げにくいのですが、ここからはこちらを着けていただけますか?」


リアナはそう言って黒い布を差し出した。


「目隠し……ですか?」


「はい。この先は、王城内部へ直接通じる水門と地下船着場を通ります。位置や構造は機密となっております。そのため、申し訳ありませんが。」


「分かりました。」


「ご協力いただき、ありがとうございます。それでは、失礼します。」


リアナはエレノアの目元にそっと目隠しをつけた。







やがて船は王城内部の船着場へ静かに着いたようだ。


目隠しをつけたまま案内された先は、近衛騎士団本部の一室なのだろう。


そこでやっと目隠しが外された。


近衛騎士団の本部は見事なものだった。


その荘厳な造りに圧倒されていると、奥の重厚な扉が開かれる。




「団長、お連れしました。」

 

「よく来てくれた、アシュフォード嬢。」


ダリウスは穏やかに笑みを浮かべた。


「私は近衛騎士団長、ダリウス・クロフォード。この度は急な呼び立てにもかかわらず、お越しくださり感謝する。」


そう言って立ち上がる。


「クロフォード団長様、ご活躍は常々聞き及んでおります。この度はお会いでき光栄です。」


エレノアは完璧なカーテシーを返す。そこには貴族令嬢としての輝きが確かにあった。


「さっそくで申し訳ないが、こちらを見てほしい。」


そう言ってダリウスに案内された机の上には、一枚の古びた羊皮紙。


黒く擦れた古代文字が隙間なく刻まれている。


エレノアは恐る恐る近づいた。


そして文字を見た瞬間。


翡翠色の瞳がわずかに見開かれる。


「……これは。」


部屋中の視線が集まる。


エレノアはゆっくりと羊皮紙へ手を伸ばした。





「失われた古代王国、ヴァレシア王国の文字……ですね。」





静まり返る室内。 





王都中の学者たちが行き詰まった古代文字を、彼女は一目見ただけで言い当てた。


ダリウスの目が鋭く細まる。






(……一目で、分かったのか。)


シリルも、初めてその少女を真っ直ぐ見つめた。





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