24話 王が守り続けた秘密
24話 王が守り続けた秘密
王都へ戻った遠征隊一行を迎えたのは、夕暮れの鐘の音だった。
西日を受けた白亜の王城は黄金色に染まり、運河を渡る風が旅の疲れを静かにさらっていく。
城門ではすでに王命を受けた近衛騎士たちが待機しており、二枚目となる黒い石板は厳重な警備のもと王のいる謁見の間へと運ばれていった。
◇
休む間もなく、一行は謁見の間へと案内される。
玉座には、レオンハルト・リーヴェル国王。
その傍らには宰相。
広間には最低限の近衛騎士だけが控え、普段よりも人払いがなされていた。
近衛騎士団の団長であるダリウスが一歩前へ出る。
「陛下。ガレス副団長以下、遠征部隊ただいま帰還いたしました。」
「皆、ご苦労だった。」
穏やかな声だった。
だが、その瞳は一人ひとりの表情を確かめるように見渡している。
「報告を。」
「はっ。」
ダリウスは一礼すると、隣に立つガレスへ視線を向けた。
「ガレス、副団長として報告せよ。」
「はっ。」
ガレスが一歩前へ進み出る。
「本遠征先での任務について、ご報告いたします。」
ガレスは祠で起きた出来事を順を追って説明した。
三つの試練。
古代ヴァレシアが、水を独占せず、人々へ等しく行き渡らせることを何より重んじていた思想。
そして、祭壇で発見した二枚目の石板。
「なお、碑文の解読につきましては、アシュフォード嬢よりご説明申し上げます。」
ガレスが一歩下がる。
エレノアは静かに一礼して、碑文について補足する。
「祭壇には、『知は過去より預かり、未来へ渡すもの』と刻まれていました。」
「石板は所有するためではなく、必要な時だけ持ち出し、役目を終えれば返すよう求められていたのだと思われます。」
アルヴィンも続ける。
「また、祠全体の構造から考えても、四枚の石板は何らかの装置を起動させるために必要、という可能性が高いと考えています。」
「ただ――」
エレノアが静かに付け加えた。
「現時点では、その装置が何のためのものかまでは分かっておりません。ですが、祠で得た知識から考えれば……水路に関わる設備ではないかと推測しております。」
謁見の間が静まり返る。
王はしばらく黒い石板を見つめていた。
やがて静かに目を閉じる。
「……やはり、伝承は真実だったか。」
誰も意味を理解できない。
ダリウスだけが、わずかに目を細めた。
レオンハルトはしばらく考え込むように石板を見つめていた。
やがて静かに口を開く。
「……ここから先は、この場で話すべきことではない。」
その重い声だけで、謁見の間の空気が一変した。
レオンハルトはダリウスへ視線を向ける。
「ダリウス。」
「はっ。」
「お前が必要と判断した、信頼を置く者を数名だけ連れてこい。」
「エレノア、アルヴィンも同行せよ。」
「宰相も共に。」
王はゆっくりと立ち上がった。
「場所を移す。」
一拍置いて、静かに告げる。
「これより話す内容は、我がリーヴェル王国の根幹に関わる。」
「――ついて参れ。」
◇◇◇
案内されたのは王城最奥部にある小さな会議室だった。
完全な密室。
レオンハルトは重々しく口を開く。
「ここで話す内容は、この場にいる者以外へ漏らしてはならぬ。」
その一言で空気が変わる。
ダリウスは無言で頷き、リアナとオーウェンへ目配せした。
二人は静かに扉を閉め、内側から錠を下ろす。
重い金具が噛み合う音だけが、部屋へ響いた。
誰も口を開かない。
「……理由は単純だ。」
レオンハルトは静かに続けた。
「国民が知れば、混乱が起こる。」
エレノアは思わず息を呑んだ。
レオンハルトは窓際まで歩き、水路の流れる王都を見下ろした。
「皆の知っている通り、我が国は豊富な水資源に支えられている。」
「しかし――」
一拍置く。
「昨年より、王都から遠く離れた地方で、ある異変が報告され始めた。」
「水源の勢いが弱まり始めている。」
室内の空気が張り詰める。
「川の水量が減り、井戸の水位が減っている村もある。今のところ王都周辺への影響はない。だが、その異変は日を追うごとに、確実に広がっている。」
「そして、一度衰えた水源が元へ戻ったという報告は、一件もない。」
オーウェンが険しい表情になる。
「初耳だ。」
レオンハルトは静かに頷いた。
「知らぬのも当然だ。この件を知るのは、私と宰相、ダリウスだけだった。」
宰相が続ける。
「近年は雨量にも恵まれたため、大きな混乱には至っておりません。しかし、水源そのものの衰えは止まっておらず、原因も未だ判明しておりません。」
シリルも僅かに目を細めた。
レオンハルトは深く息を吐く。
「王家には、代々受け継がれてきた古い伝承がある。」
静かな声だった。
「私は長く、それを迷信に近いものだと思っていた。」
王はゆっくりと振り返る。
「だが、今となっては、そうは思えぬ。」
誰も口を開かない。
「伝承には、こう記されている。」
レオンハルトは一語一語を噛みしめるように告げた。
「――『国の水が衰え始めたなら、それは終焉の兆しである』」
部屋の空気がさらに重くなる。
「『放置すれば、水脈はやがて絶たれ、大地は枯れ、民は国を捨てる。その災いから逃れることはできない』」
エレノアは思わず息を呑んだ。
「つまり……。」
アルヴィンが掠れた声で呟く。
「このままでは、いずれ国中から水が失われる、と……。」
レオンハルトは静かに頷く。
「だからこそ、王家は水の異変を何よりも恐れてきた。」
「そして伝承には、もう一つだけ続きがある。」
王はゆっくりと口を開く。
「――『もし、この国の水に異変が起きたなら、宝物庫に眠る古文書を解き明かせ』と。」
誰も言葉を発しない。
「あの古文書……。」
エレノアが、おもわずといったように呟いた。
「そうだ。」
レオンハルトは頷く。
「王家の宝物庫で千年以上守られてきた。歴代の王は、その意味を知らぬまま受け継いできた。」
アルヴィンが思わず前へ出る。
「では……あれは学術資料ではなく、王家へ遺された手引きだったのですね。」
「その通りだ。」
レオンハルトはゆっくり頷いた。
「そもそも、最初に近衛騎士団へ古文書の解読を命じた理由は、そこにある。」
「万が一伝承通りの異変が起こっているとしたならば、少しの情報を漏らすことも許されないためだった。」
レオンハルトは静かに答えた。
「歴代の王が守り続けた伝承、私は、それを半ば伝説と思っていた。」
レオンハルトは机の上へ置かれた二枚目の石板へ視線を向ける。
「だが、」
「知恵の祠は実在した。」
「二枚目の石板も見つかった。」
「古文書に記されたことは、寸分違わず現実となっている。」
「これで確信した。」
静寂が落ちる。
「伝承ではない。」
「現実だ。」
誰も言葉を発せなかった。
レオンハルトの言葉を聞きながら、エレノアは考えていた。
三千年前。
彼らは未来を信じた。
だから知識を残した。
だから石板を守った。
遠い未来で、誰かが必要とする日を信じて。
四枚の石板。
未来へ知を託すという教え。
各地で起こり始めた水源の異変。
ばらばらだった出来事が、少しずつ一本の線へと繋がっていく。
もし。
四枚の石板が水を巡らせる装置の鍵なのだとしたら。
その装置はいったいどこにあるのだろう。
王国内か。
それとも、まだ誰も知らない別の遺跡か。
エレノアは視線を落とした。
胸の中で考えを整理する。
まだ推測に過ぎない。
それでも、この場で確認すべきことはある。
恐る恐る顔を上げた。
「……恐れながら、陛下。」
レオンハルトが穏やかに頷く。
「申してみよ。」
「四枚の石板が必要となる装置があるとして……」
一度言葉を区切る。
「その装置がどこにあるのか、王家には何か伝承が残されているのでしょうか。」
静かな問いだった。
知ったかぶりをすることもなく、憶測を断言することもない。
分からないからこそ、確かめる。
王はゆっくり首を横へ振る。
「いや。」
「古文書にも、王家の伝承にも、装置の在処は記されておらぬ。」
「私も探したが、何一つ見つからなかった。」
宰相も静かに続ける。
「我々も、そこまでは把握できておりません。」
王は二枚の石板へ視線を落とした。
「だからこそ、残る二枚の石板を見つける必要がある。」
「四枚の石板が揃えば、初めて見えてくるものもあるだろう。」
エレノアは小さく頷いた。
ダリウスが一歩前へ出る。
「陛下。」
「残る二枚の石板も、必ず見つけ出します。」
レオンハルトは力強く頷いた。
「頼む。」
そして。
レオンハルトは、一人ひとりの顔を見渡した。
「この国の未来は、残る二枚の石板に懸かっている。」
静かな声だった。
「王国の命運を託す。」
その言葉は命令ではない。
王として。
そして、この国を未来へ繋ぐ一人の人間としての願いだった。
部屋にいた全員が静かに頭を垂れる。
エレノアも胸の前で手を重ねた。
数千年前の人々は、未来を信じて知を託した。
今度は、その想いを受け取った自分たちが未来へ繋ぐ番なのだ。
その責任を、エレノアは改めて胸へ刻んだ。




