13話 石板の示すもの
13話 石板の示すもの
石板の解読は、その日だけでは終わらなかった。
古代文字の解読者エレノア・アシュフォードと、古代史学者アルヴィン・ベルナール。
二人は王城の研究室に籠もり、食事とわずかな休息を挟みながら、二日間にわたって古代文字を追い続けた。
エレノアは文字の規則を解き、アルヴィンはその言葉を歴史的な記録と照らし合わせる。
二人は互いの推論を重ねながら、一文ずつ意味を紡いでいった。
◇
三日目の朝。
静まり返った研究室で、エレノアの手が止まった。
「……先生、読めました。」
向かいに座っていたアルヴィンが顔を上げる。
「本当ですか?」
エレノアは石板へ視線を落としたまま、静かに読み上げる。
「『知恵を求める者にのみ、道は開かれる。
その先に知恵の石板あり。北の森、双子杉の影差す丘。
その地下に眠る祠を探せ』……。」
アルヴィンは息を呑んだ。
「祠……。」
「はい。」
エレノアは頷く。
「第一の石板は、第二の試練へ進むための道標だったようです。」
「知恵の試練……。」
アルヴィンは石板を見つめる。
「少なくとも私の知る限り、そのような祠が発見されたという記録はありません。」
「つまり、今も誰にも見つかっていない……。」
エレノアも静かに頷いた。
「そう考えるのが自然でしょう。」
◇
解読結果はすぐさま国王レオンハルトへ報告された。
玉座の前で報告を聞き終えた国王は、静かに頷く。
「第二の試練か……。」
しばらく考え込むと、近くに控える近衛騎士団長ダリウスへ視線を向けた。
「ダリウス。」
「はっ。」
「遠征隊を編成せよ。」
「目的は北の森にあるという祠の探索。必ず発見し、知恵の石板を持ち帰れ。」
「承知しました。」
迷いのない返答だった。
◇◇◇
翌朝。
王城中庭には探索隊が集まっていた。
隊を率いるのは、近衛騎士団副団長ガレス・オルディン。
古代史の調査役として、アルヴィン・ベルナールも同行する。
リアナと、その傍らには、エレノアの護衛としてシリル・ヴァルモントが立っていた。
以前神殿でも行動を共にしたオーウェンとクラウディアもいる。
そして後方には数名の騎士たち。
「初めまして、アシュフォード嬢。」
銀灰色の髪の青年が、一歩前へ進み静かに一礼した。
「エリオット・ハーヴレイヴと申します。近衛騎士団補佐官を務めております。今回の遠征では、副団長ガレスの補佐として同行いたします。」
落ち着いた物腰と隙のない所作は、いかにも近衛騎士団の補佐官らしかった。
「エレノア・アシュフォードです。よろしくお願いいたします。」
「こちらこそ。」
エレノアが微笑むと、エリオットも朗らかに笑い返した。
その様子を少し離れた場所から見ていたシリルは、何も言わない。
ただ、朗らかに笑い合う二人へ一度だけ視線を向けると、なぜか僅かに眉を寄せた。
「準備は整った。」
ガレスが短く告げる。
空気が引き締まる。
「これより北の森へ向かう。」
騎士たちが一斉に馬へ跨った。
エレノアも馬車へ乗り込み、窓から王城を振り返る。
二日前まで、自分はただ古代文字を研究しているだけの、普通の日常を送っていた。
それが今では、王命を受け、誰も見つけたことのない古代の祠を探す旅へ向かおうとしている。
胸の奥で少しの不安と、それを超える期待が入り混じっていた。
馬車はゆっくりと動き出した。
◇
街道を数刻ほど進んだ頃、ガレスが手を上げる。
「よし、休憩だ。」
「はい。」
探索隊は街道脇の木陰で小休止を取ることにした。
騎士たちは馬に水を与え、携帯食を口にしながら束の間の休息を楽しんでいる。
エレノアも馬車から降り、大きく息を吸った。
森を渡る風が心地よい。
「エレノア様。」
振り向くと、青みがかった黒髪を高い位置で結んだ女性騎士――クラウディアが歩み寄ってくる。
「クラウディア様。」
「またご一緒することになりましたね。」
クラウディアは穏やかに微笑む。
「ええ。よろしくお願いいたします。」
「今回は未開の地ですが、どうかご安心ください。皆で必ずお守りします。」
その力強い言葉に、エレノアは自然と笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。」
クラウディアと穏やかに言葉を交わし、川の方へ足を向けようとした。
そのとき、少し離れた場所から軽やかな声が聞こえてきた。
「エレノア様!」
振り向くと、赤茶色の髪を揺らしながらリアナが歩いてくる。
「少し休まれましたか?」
「はい。風がとても気持ちいいですね。」
「でしょう?」
リアナはにこりと笑い、近くの川へ視線を向けた。
「この辺りは水も綺麗なんですよ。遠征で通るたび、みんなここで一息つくんです。」
「そうなのですね。」
エレノアも川面へ目を向ける。
陽の光を受けた水がきらきらと輝き、小鳥のさえずりが森に響いていた。
「王都とはまた違った美しさがあります。」
「エレノア様は、本当に景色を見るのがお好きなんですね。」
「歴史だけではなく、その土地の風景も好きなんです。」
エレノアは微笑んだ。
「昔の人たちも、この景色を見ていたのかもしれないと思うと、不思議な気持ちになります。」
「……なるほど。」
リアナは感心したように笑う。
「そういう見方をしたことはありませんでした。」
その会話を少し離れた木陰から、シリルは静かに見守っていた。
特に会話へ加わることはない。
護衛として周囲へ視線を巡らせながらも、時折、その青い瞳は自然とエレノアの姿を追っていた。
風に揺れる長い蜂蜜色の髪。
話を聞くリアナへ、穏やかに笑みを向ける姿。
景色を見つめる澄んだ翡翠の瞳は、古代文字を読む時と同じように静かに輝いていた。
危険など何一つない休息の時間。
それでも、無意識のうちに視線は彼女へ向いていた。
(……楽しそうだ。)
それだけを思う。
「また見てる。」
ぽつり、と隣から声がした。
クラウディアだった。
シリルは僅かに視線だけを向ける。
「何がです。」
「エレノア様。」
「護衛だからです。」
短い返答。
クラウディアは小さく笑った。
「そういうことにしておきましょうか。」
シリルはそれ以上何も答えなかった。




