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古代文字を読む令嬢は、無愛想な近衛騎士に守られる  作者: 橙華
第二章 知恵の石板

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13話 石板の示すもの


13話 石板の示すもの




石板の解読は、その日だけでは終わらなかった。


古代文字の解読者エレノア・アシュフォードと、古代史学者アルヴィン・ベルナール。


二人は王城の研究室に籠もり、食事とわずかな休息を挟みながら、二日間にわたって古代文字を追い続けた。


エレノアは文字の規則を解き、アルヴィンはその言葉を歴史的な記録と照らし合わせる。


二人は互いの推論を重ねながら、一文ずつ意味を紡いでいった。







三日目の朝。


静まり返った研究室で、エレノアの手が止まった。


「……先生、読めました。」


向かいに座っていたアルヴィンが顔を上げる。


「本当ですか?」


エレノアは石板へ視線を落としたまま、静かに読み上げる。




「『知恵を求める者にのみ、道は開かれる。


 その先に知恵の石板あり。北の森、双子杉の影差す丘。


 その地下に眠る祠を探せ』……。」





アルヴィンは息を呑んだ。


「祠……。」


「はい。」


エレノアは頷く。


「第一の石板は、第二の試練へ進むための道標だったようです。」


「知恵の試練……。」


アルヴィンは石板を見つめる。


「少なくとも私の知る限り、そのような祠が発見されたという記録はありません。」


「つまり、今も誰にも見つかっていない……。」


エレノアも静かに頷いた。


「そう考えるのが自然でしょう。」







解読結果はすぐさま国王レオンハルトへ報告された。


玉座の前で報告を聞き終えた国王は、静かに頷く。


「第二の試練か……。」


しばらく考え込むと、近くに控える近衛騎士団長ダリウスへ視線を向けた。


「ダリウス。」


「はっ。」


「遠征隊を編成せよ。」


「目的は北の森にあるという祠の探索。必ず発見し、知恵の石板を持ち帰れ。」


「承知しました。」


迷いのない返答だった。




◇◇◇




翌朝。


王城中庭には探索隊が集まっていた。


隊を率いるのは、近衛騎士団副団長ガレス・オルディン。


古代史の調査役として、アルヴィン・ベルナールも同行する。


リアナと、その傍らには、エレノアの護衛としてシリル・ヴァルモントが立っていた。


以前神殿でも行動を共にしたオーウェンとクラウディアもいる。


そして後方には数名の騎士たち。


「初めまして、アシュフォード嬢。」


銀灰色の髪の青年が、一歩前へ進み静かに一礼した。


「エリオット・ハーヴレイヴと申します。近衛騎士団補佐官を務めております。今回の遠征では、副団長ガレスの補佐として同行いたします。」


落ち着いた物腰と隙のない所作は、いかにも近衛騎士団の補佐官らしかった。


「エレノア・アシュフォードです。よろしくお願いいたします。」


「こちらこそ。」


エレノアが微笑むと、エリオットも朗らかに笑い返した。


その様子を少し離れた場所から見ていたシリルは、何も言わない。



ただ、朗らかに笑い合う二人へ一度だけ視線を向けると、なぜか僅かに眉を寄せた。








「準備は整った。」


ガレスが短く告げる。


空気が引き締まる。


「これより北の森へ向かう。」


騎士たちが一斉に馬へ跨った。


エレノアも馬車へ乗り込み、窓から王城を振り返る。


二日前まで、自分はただ古代文字を研究しているだけの、普通の日常を送っていた。


それが今では、王命を受け、誰も見つけたことのない古代の祠を探す旅へ向かおうとしている。


胸の奥で少しの不安と、それを超える期待が入り混じっていた。


馬車はゆっくりと動き出した。







街道を数刻ほど進んだ頃、ガレスが手を上げる。


「よし、休憩だ。」


「はい。」


探索隊は街道脇の木陰で小休止を取ることにした。


騎士たちは馬に水を与え、携帯食を口にしながら束の間の休息を楽しんでいる。


エレノアも馬車から降り、大きく息を吸った。


森を渡る風が心地よい。


「エレノア様。」


振り向くと、青みがかった黒髪を高い位置で結んだ女性騎士――クラウディアが歩み寄ってくる。


「クラウディア様。」


「またご一緒することになりましたね。」


クラウディアは穏やかに微笑む。


「ええ。よろしくお願いいたします。」


「今回は未開の地ですが、どうかご安心ください。皆で必ずお守りします。」


その力強い言葉に、エレノアは自然と笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。」


クラウディアと穏やかに言葉を交わし、川の方へ足を向けようとした。


そのとき、少し離れた場所から軽やかな声が聞こえてきた。


「エレノア様!」


振り向くと、赤茶色の髪を揺らしながらリアナが歩いてくる。


「少し休まれましたか?」


「はい。風がとても気持ちいいですね。」


「でしょう?」


リアナはにこりと笑い、近くの川へ視線を向けた。


「この辺りは水も綺麗なんですよ。遠征で通るたび、みんなここで一息つくんです。」


「そうなのですね。」


エレノアも川面へ目を向ける。


陽の光を受けた水がきらきらと輝き、小鳥のさえずりが森に響いていた。


「王都とはまた違った美しさがあります。」


「エレノア様は、本当に景色を見るのがお好きなんですね。」


「歴史だけではなく、その土地の風景も好きなんです。」


エレノアは微笑んだ。


「昔の人たちも、この景色を見ていたのかもしれないと思うと、不思議な気持ちになります。」


「……なるほど。」


リアナは感心したように笑う。


「そういう見方をしたことはありませんでした。」






その会話を少し離れた木陰から、シリルは静かに見守っていた。


特に会話へ加わることはない。


護衛として周囲へ視線を巡らせながらも、時折、その青い瞳は自然とエレノアの姿を追っていた。


風に揺れる長い蜂蜜色の髪。


話を聞くリアナへ、穏やかに笑みを向ける姿。


景色を見つめる澄んだ翡翠の瞳は、古代文字を読む時と同じように静かに輝いていた。


危険など何一つない休息の時間。


それでも、無意識のうちに視線は彼女へ向いていた。


(……楽しそうだ。)


それだけを思う。




「また見てる。」




ぽつり、と隣から声がした。


クラウディアだった。


シリルは僅かに視線だけを向ける。


「何がです。」


「エレノア様。」


「護衛だからです。」


短い返答。


クラウディアは小さく笑った。


「そういうことにしておきましょうか。」


シリルはそれ以上何も答えなかった。




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