混乱と収束<カイル視点>
<カイル視点>
鬱蒼とした森の中、私とラピスは金色に光る無数の双眼に囲まれていた。
今日も剣術の鍛錬のためにラピスと森に魔獣退治に来ていたのだが、この数の魔獣に囲まれたのは初めてだ。
普通の狼よりも一回り大きい汚い灰色をしたダークウルフは、牙を剥き出しよだれを垂らしながら、誰から獲物に飛びかかるか連携して図っているかのようだ。
(ダークウルフが十匹ほどか・・)
剣技主体の私たちでは、この数は部が悪すぎる。
私の背後でラピスが緊張して剣を構えているのがわかる。
ラピスは小さなバックラーを左腕に装備しているが、どこまで躱しきれるか・・
二匹のダークウルフが私に向かって飛び込んで来た。
私は続け様に二匹の鼻っ柱と首筋に剣を振るった。
二匹は弱々しい声をあげて地面に転がった。
背後でラピスも数匹撃退している様だ。
この調子でいけるか? 一つのミスも許されない。
私が更にもう一匹のダークウルフを撃退したとろこで後からラピスの声がした。
「うわっ」
振り返ると、倒れこんだラピスの喉元と腕に二匹のダークウルフが噛みついている。
ラピスは剣を落とし、喉元の一匹を両手で必死に遠ざけようとしている。
「ラピス!」
私はラピスの喉元に噛み付いている一匹の首に上から剣を突き立て、腕に噛み付いているもう一匹を蹴り飛ばした。
ラピスは力なくその場に倒れた。
ラピスの容体を確認する暇もなく、私の背後からダークウルフが肩に噛み付いてくる。
私は背中の一匹を振り払うと、地面に突き刺した剣を抜き、残りの四匹に飛びかかって切り捨てた。
倒れているラピスに駆け寄ると、首元から黒い血が流れ出ている。
ギリギリ動脈はやられていなかった様だが、ラピスの意識はない。
私は背中の袋から上級ポーションを取り出し、焦り冷たい変な汗をかいている手で蓋を開けた。
ラピスの頭を膝の上に起こし、その口に流し入れる。
(頼む。飲んでくれ・・)
そんな私の願いも虚しく、ラピスは飲み込む様子もなく口からポーションが流れ落ちた。
「くそっ」
ラピスの顔色からはどんどん血の気が引いていく。
私はもう一本のポーションの蓋を開け、ラピスの背を抱えて起こした。
自分の口にポーションを含むみ、ラピスの口に送り込む。
ラピスの口を私の口で塞いだままにしていると、ラピスが『ごくっ』とポーションを飲み込んだ。
抱きかかえたラピスの様子を見ると、首元の噛みつかれた傷が塞がり、流血が止まっていく。
ラピスの表情も少し穏やかになり、徐々に血色を取り戻していっている様だ。
(効いてる)
私はほっと肩を撫で下ろした。
ラピスの赤さを取り戻してきた唇に目をやると、先程の柔らかなラピスの唇の感触がフラッシュバックしてきた。
(いや、今その事は・・考えるな・・)
緊急時に不意に湧き起こった自分の欲望に混乱している私に拍車をかけるように、おかしな景色が目の前に広がった。
腕の中のラピスの体が歪み、だんだん柔らかな女性の体になっていくのである。
(は!?)
私は自分の目を疑った。
ラピスの体はどんどんと女性の体に変化していき、そしてついに森で私を治癒してくれたその女性の姿になっていた。
私は呆然としてラピスの姿を見つめた。
「う・・カイル。私、倒れてしまっていたでしょうか?」
ラピスが眩しそうに目を開けた。その声は少し甘く耳に心地よい高さだった。
「ラピス、無事でよかった。」
私は心ここにあらずで答えた。
「私には、ラピスが女性に見えるのだが・・」
いまだに自分の目が信じられない。
「え?」
ラピスは自分の体を見下ろし、愕然とした。
しばらくラピスは自分の体を見ていたが、観念したかように体を起こし、私の顔を見て言った。
「私は、時々女の体になってしまうのです。
何かの呪いの様なものだと思うのですが・・」
ラピスは一つため息をついた。
「そうだったのか・・
にわかには信じがたいが・・」
しかし、目の前にいるのはぶかぶかの騎士服を着ているが、私がずっと会いたいと思っていたあの女性そのものだ。
「森で私を治癒してくれたのは、ラピスだったのか?」
「ああ、あの時は満月で。
満月の夜は、体が女性になってしまうのです。
女性になると、高位の回復魔法が使える様になるんですよ」
ラピスはふっと笑った。
「私が探していた女性は、ラピスの別の姿だったのか・・」
あんなに必死に探し回ったというのに、実はすぐそこにいたのか・・
いくら探しても見つからない訳だ。彼女が私に隠して避けていたのだから。
私は自嘲気味に笑った。
「すいません・・まだ自分でも突然変化してしまう事を受け入れられていなくて・・」
ラピスは言いにくそうな顔で目線を下げた。
「いや、責めてはいない。
言って欲しかったとは思うが。」
色々な事に納得がいって、私はふっと笑った。
女性の姿になったラピスの回復魔法は物凄かった。
私の肩の傷も、ラピスの喉元と腕の傷もいとも容易く完治していった。
「すごいな。特に魔力を込めているようにも見えないが」
私が関心すると、
「この力は本当にありがたいですね。
あの日もカイルを助けることができてよかったです」
とラピスは少し嬉しそうに言った。
「しかし、満月以外で体が変わってしまうのは初めてです」
ラピスがふと思考に沈んだ。
「ラピスの意識が無かったので、ポーションを飲ませたのだ。
その後、ラピスの体が変わっていったのだが・・」
「なるほど。危機的状況に陥ると変化する可能性がありますね」
ラピスが目をこちらに向けた。
「そうだな。もしくは口移しだったから、
王子のキスで魔法が解ける類いの話かもしれないな」
私がそう言うと、
ラピスはボンっと赤面した。
(あ、この反応は面白い・・)
私は少し嗜虐的な気持ちを煽られてしまった。
「戻ったら、もう一度試してみるか」
意地悪な事を言ってみる。
「・・いえ。結構です」
ラピスは目を泳がせて答えた。




