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影面(後編)


 最後の獲物の到着を待つ間、伽藍は恵から頂戴した一冊のノートを眺めていた。そのノートには、彼女が記したチームメイトへの評価が何十ページと書き込まれていた。


 伽藍たちの『計画』が始まって二度目の夜が明けようとしていた。いまだ事態を把握しているものはごく少数だろう。今こうしてる間にも首都圏各地で理不尽な魔法少女同士の殺し合いが行われているに違いがなかった。なぜと問いかける者はいても、答えられる者はいない。それはつい先ほど賢人会議において『王』と選出された『天狼星(シリウス)』とて例外ではない。

 このたびのリーダー交代劇の裏でもう一つの脚本を描き、仲間同士の殺し合いへと導いたのが伽藍たちのボスである。それは明らかな裏切り行為であったが、一度火種が燃え上がってしまえば『王』も追認せざるを得ないはずだ。最悪、自分たちが反逆者として追い立てられるのも悪くない、とボスは思っているのだろう。


「死すべき弱き者が、正しく死ぬ世界。もっとも単純であり、それゆえ最も美しい」


 確かボスはそんなことを言っていた。

 実のところ伽藍にはピンとこない話なのだが、それでもボスが望むのなら叶えてやりたいという素朴な気持ちだった。

 伽藍たちの派閥(チーム)は、せいぜい40人程度の小集団である。今回伽藍が担当する希望ヶ丘市に栞たち4人の魔法少女が配置されているように、伽藍たちだけで、魔法少女たちの半分を相手に『計画』を遂行するには圧倒的な人数の不利があった。それでも、伽藍たちに勝算があると踏んだのは、彼女たちの派閥(チーム)、外部からは『清掃班』と呼ばれている、だけが対人戦を目的に訓練された集団だからだ。『清掃班』の主任務は仲間たちの監視、そしてルールを逸脱した仲間たちへの制裁である。

 魔法少女たちが十全にその力を発揮することができるのは、敵が『災夢』という人語を解さない、そもそも生物でさえない『何か』であるからだ。だからこそ相手を滅することに何の躊躇いも必要ない。そこに倫理の壁は生じない。しかし、その力が同じ人間に振るわれるとすればどうだろうか。それも昨日まで仲間であった少女たちに。

 その点、伽藍たちはにとっては仲間であってもただの標的である。敵を敵として躊躇わずに殺すことができる、戦場では当然に求められる感性。それが伽藍たちに与えられたアドバンテージだった。

 伽藍は対人戦に際し、特に対象のプロファイルを重視する。彼女には彼女なりに編み出した理論があって、例えば、人がある選択をするとき、どんな要素を重視して決断をするのかで人格パターンをカテゴライズするのである。

 ゆえに、恵が残したノートは伽藍にとって情報の宝庫だった。


(こう言うマメさってば私にはないなぁ。本当にご苦労さま)


 もし、このノートが仲間たちを打ち倒すために利用されるのだと知れば、作成者は全力で抗議したことだろう。しかし、彼女はもはや文句の一つも言うこともできないのだ。


 「ナツは星降台女学園高等部の2年生。名門女子高に通う彼女は、あの藤壺宮財閥の一族で超お嬢様なの。羨ましいよね。おうちで大きなパーティとか開いたりするのかなぁ。ナツは三姉妹の真ん中で、お姉さんと妹がいるの。そのお姉さんこそ、驚くなかれ我らが十賢人のひとり、あの『死せるモノたちの女王』なの。藤壺宮波瑠呼(ふじつぼのみやはるこ)というのが本名なのだそうよ(ちなみにナツの本名は南月ちゃん)。星降台女学園自体が波瑠呼さんの私物みたいなものらしいから本当に華麗なる一族って感じで、一体普段家族でどんな会話をするのかしら想像もできないわね。あーでもナツはお姉さんが大嫌いなのね。確かにあのお姉さんは生まれた時から帝王学を修めているタイプというのかしら、他人を使うのが上手という次元ではなくて、常にその場の中心に居て、周囲が自然とその取り巻きになってしまうような風格があるわね。血を分けた兄弟としては、そこに物凄く反発を感じるみたい。反対に妹のことは大好きで暇さえあれば、あんな素晴らしい妹はいないとベタ褒めするから、周りはちょっと引いちゃうところもあるかな。両親ともうまくいってないみたいで妹以外の話はほとんど聞いたことがないな。

 彼女が魔法少女になったのも、お姉さんへの対抗心からだそうよ。同期生よりも2歳遅れでこの世界に飛び込んできたのよ。ちなみに私たちの代から新人魔法少女は14歳と決められたの。人は年齢が高くなるにつれて状況に適応する能力が落ちてくるんだって。魔法少女になってよと言われてホイホイ騙されるのは子供だけってことかしら。あー自虐ネタは禁止よね。ナツも若い子のノリにはついていけないと、いつもため息交じりで言っているけれど私の前でそれは絶対禁句よね。

 お嬢様らしくと言ってしまうと偏見なのでしょうけど、ナツは世間知らずのところもあってね。この間、学校で売っている焼きそばパンの話をしたら、そんな非常識なものが存在しないことくらい自分にだって理解できると怒り出したのよ。コロッケパンは許してもらえるのかしら。

 今は学園内のお屋敷で独り暮らしらしいわ。でも召使いの人たちがいるから不便はないのだって。それって独り暮らしなのかしら。

 ナツは、自分自身のことをプライドが高くて短気だと思っているみたい。私は、彼女の奥底にあるものは焦りなのだと思う。あんな偉大なお姉さんがいて、それを乗り越えたいと思っているんだもの当然かもしれないね。そんな彼女だから周りから頼られたいって気持ちが強くて、自分の弱さを他人に見せられない所があるね。私は彼女のような子はとにかく誉めてあげるのが大事だと思うの。いつもありがとうって言葉をかけてあげたい。そうじゃないと必要以上に自分を追い詰めちゃう気がするな。

 戦闘面では、防御力重視の近接特化型ってところ。仲間と一緒のときは、みんなの盾になろうとはりきっちゃうから実は単独行動してもらっているときの方が私としては安心できたりもするんだよね……」


 伽藍はそこでいったんノートをめくる手を止めた。

 スターリングシルバー(ナツ)は最優先に確保すべき対象である。攪乱工作を得意とする伽藍にとって『防御力重視の近接特化型』という彼女の戦闘スタイルはもっとも相手にしやすい部類だった。なので、彼女を孤立させた上で実力行使によって身柄を拘束するというシンプルな方法を選んだのだ。強い信念を持ち、それゆえに自分と周囲との間に一線を引いてしまって十分に溶け込むことができない。それでいて自己犠牲の精神にあふれ、なにより仲間を大切にする。こういうタイプは『仲間を巻き込まない形で自分の力だけで解決する』ことを重視する。身に迫る危険を知らせつつ、少し揺さぶれば簡単に独断専行で単独行動を選ぶものである。

 実際、全ては伽藍の思い通りに事は運んだ。スターリングシルバー(ナツ)は孤立し、簡単に伽藍の手に落ちた。その戦いはスターリングシルバー(ナツ)にとって圧倒的な実力差を見せつけられての敗北だったが、種を明かせば実はそうではない。彼女は本来の実力の3割も出せていなかっただろう。もちろん、その状況を作り出したのが伽藍の策である。世の中には相手の実力を100%引き出した上で、これを打ち倒すことに生きがいを感じる人種もいるが、伽藍はそのようなことには興味がなかった。彼女にとって所詮すべては、ただの仕事である。そして仕事というのは、つまらない時こそうまく言っているものだというのが伽藍の持論であった。

 いずれにせよ格付けは終わった。彼女が伽藍に立ち向かうことはもうないだろう。

 伽藍は先ほどの会話でスターリングシルバー(ナツ)は自分との取引に応じるものと考えていた。十分に実力の差は見せつけてあげたし、二人の命のためなら自分の身など簡単に差し出す自己犠牲が彼女の本質であると読んでのことだ。


「まさか、答えを出せないなんてね……」


 伽藍は失望交じりにそう呟いた。それは彼女が考える最悪の選択である。


「彼女の心が完全に折れたのは間違いない。彼女に対する過大評価は取下げないといけないけど、私の作戦は順調順調。」


 伽藍は成果を確かめるとノートを読み進めた。


「かりんは、市立金鳳花中学校の2年生。でも、あんまり学校には通っていないみたい。いつも取材活動と称して街をぶらぶらしているの。ネット配信のニュース番組を自作しているみたいなんだけど、これって本当は業界(魔法少女)のルール違反なのよね。口頭注意した方がいいかなとは思っているけど、苦情も出ていないからもう少しは様子を見ましょう。並みのテレビ番組なんかよりずっと面白くて暇潰しにもってこいだしね。

 彼女はパソコン関係がすごく得意。ナツも栞も機械は苦手だから、すごく頼りになるわ。でも、本当は彼女のスキルはそんなレベルじゃなくて凄いらしいのだけど、その凄さが全然わからないのは私の勉強不足ね。

 元々重度のネット依存症で随分と長い間、部屋に引きこもっていた彼女。昔は相当のワルだったとは本人談で、有名なハッカー・グループに参加して政府関係の機密情報を暴露したりしてたみたい。ところが、ある日からフィールドワークの大切さに気が付いて外の世界の人と積極的に関わりあいを持つようになったんだって。きっかけも大事だけど、それを行動に移せるあたり彼女はすごいと思うよ。そういう話は私にも理解できる。

 金髪ショートで毎日体操服って奇抜なファッションでいつも行動してる彼女。私たちはすっかり慣れちゃったけど、あれは照れ隠しだと思う。本人は一種のセキュリティだと言ってるけどね。ちょっと濃いめのメイクも全部作戦というわけ。私は時折見せる素の彼女がとてもキュートだと思っているのだけど。趣味が毒舌であることはさておき、面倒見がよくて気が効くし実は私たちの中で一番いいお嫁さんになるのではと思っているよ。

 戦闘面では、私に代わってチームの指揮官役を務めてもらっているよ。情報分析能力は本部のお墨付き。本部の方からお誘いがくるけど、私はまだかりんを手放すつもりは無いよ。得意技の百薬の長アルケミカル・カクテルは彼女の師匠の固有魔法(ユニークスキル)。汎用性が高く便利でよいのだけれど燃費が悪くて継戦能力はあまり高くないわね。体術の訓練ももう少し頑張ってくれれば、私も安心できるのだけれど……」


 デパートメント(かりん)の件は、ボスとは別のルートで依頼が来ている。彼女の師匠という人物からの直接の依頼だ。もちろんボスは承認済み。ただし優先順位は低めに設定。どうやら『研究班』と『情報分析班』あたりが取り合っている人材らしい。

 伽藍に言わせれば彼女は典型的な策士タイプだ。「策士策に溺れる」という言葉があるが、それはそれほど悪いことではないと彼女は考えている。それよりも、策士タイプの人間が戦場で陥りやすい失敗が、自らの策と心中できない、即ち決断ができないことである。机上の模擬戦では、取得可能な情報はすべて与えられている。少なくともその範囲は明らかになっている。しかし実際の戦場においては必要十分な情報が集まる保証はないし、思いがけない所から貴重な情報がもたらされることもある。何より戦場は刻一刻と変化するものなのだ。いわゆる策士タイプは情報の重要さを過信するあまり、判断を後へ後へと留保しがちなのだ。だからこそ、自らを参謀役として配置することを好むものが多い。

 伽藍はデパートメント(かりん)の性格を見抜き、この混乱した状況の中で断続的に情報を与えることで、決断を鈍らせる戦略を取った。

 ただでさえ誰しもが状況を正確に理解できていない今の状況で、班長()を失ったデパートメント(かりん)たちが持つ情報チャンネルは限られていた。彼女は、手探りの中で順調に情報を収集しているつもりだろうが、すべては伽藍の術中にあったのだ。


(途中までは順調だったけど、こちらの誘導を無視してシャッテンノルム()と合流して向かってきたのは意外ね。こちらの仕掛けが、ばれるタイミングではなかったように思うけれど私が把握してない因子が作用したのか、あるいは)


 伽藍は浮かび上がった疑問について一瞬だけ思考を巡らせたが、結論を出すことなく、ノートの続きに目を向けた。戦場で必要なことは答えを求めることではない。

 伽藍は、最後の一人の情報に手を進めた。

 

「栞は私立黒羊館中学の2年生。栞はね、事故でご両親と弟を同時に亡くしたの。可哀そうだなんて言葉はきっと正しくない。でも、栞は人生を決定づけるようなとてつもない衝撃を受けて、今もその余波の中で苦しんでいることは間違いない。栞は同情を嫌う。それよりも死んでしまった家族のことを悲しんであげて欲しいと言っていたわ。とても優しい子ね。

 叔母さんが後見人になっているらしいのだけれど今は御屋敷で独り暮らし。うーん、ナツほどではないけれど彼女も随分とお金持ちの家系のようね。業界(魔法少女)じゃあ私みたいな普通のサラリーマンの家に生まれた方が少数派なのかしら。心配になるわ。まあ、彼女はナツと違って本当に一人暮らし、というかほとんど家にも戻ってないみたいね。元々正義感が強い彼女は魔法少女になってから任務が楽しくって仕方がないみたい。

 それでいて学校のほうも無遅刻無欠勤、優等生で通っているみたい。その上、超が付く美人ときているものだから、学校ではイジメにもあってたらしい。魔法少女になれなかったら死んでたかもしれないなんて冗談交じりで言ってたけれど、そんな栞の繊細な所が私はとても心配ね。彼女の中には「正しく生きる」という選択肢しかないのだけれど、それなのに他人に嫌われることを酷く恐れている。そこに生まれる矛盾が少しづつ彼女の心を蝕んでいるように思うわ。彼女を甘えさせてあげるだけの包容力が私にあればいいのだけれど。

 戦闘のセンスはピカイチね。難度の高い注文もあっさりとこなしてくれるから、私もついつい頼り切ってしまいがち。他の班の子から、アサシン・スタイルの戦闘術だと言われて酷くショックを受けていたけど、そこはあんまり気にして欲しくないな。私たちは別に人殺しをしているわけじゃないのだから……」


 シャッテンノルム()は、伽藍にとって最もどうでもいい存在だった。派閥(チーム)の方針では、彼女は不合格。つまり抹殺対象なわけだが、各自の判断が優先されるというきまりなので、彼女を見逃したところで仕事をサボったことにはなるまい。そこで、伽藍は彼女に簡単な試験を課すことにした。シャッテンノルム()のような優等生タイプは、日常を壊してやれば、あまりにも脆く壊れてしまう。仲間の死、味方からの疑念、そういった舞台を用意してやれば、心をへし折ることは難しくない。特に彼女の心の奥底には死への誘惑が感じ取られた。伽藍は警察を動かしては彼女を孤立させ、その上で仕掛けを用意した。仲間たちにとって彼女が不要であり、足手まといになっていると彼女に信じ込ませたのだ。そして、レミングスの巣に放り込んでやれば、ひょっとすれば自ら死を選ぶのではないだろうか。それがシャッテンノルム()に課せられた試験だった。


(流石にこの程度で折れる輩は、魔法少女にはならないかしらねぇ)


 結局、シャッテンノルム()は試験に合格し、レミングスの巣から無事に抜け出したようだった。

 白兵戦では最も手ごわいのが彼女だろうと、できれば1対1での戦いを期待していたが、伽藍の芝居をあっさりと見破りデパートメント(かりん)と合流してこちらに向かっている。

 動揺などはなかった。所詮は自分程度が考える作戦などうまく行くはずがないのだ。

 結局最後は力技でけりをつけるのが自分にはお似合いなのだ。


 伽藍はノートを読み終えると、それを処分してしまおうかと思ったが、なんとなく惜しくなり、それを腰のポーチの中へと無理矢理にねじ込んだ。


この章は自分でも納得いかない、説明過多の回になってしまいました。

 もう少しうまく修正ができればよかったのですが、この回でずっとずっと思い悩んで約1月が過ぎてしまい、これではいかんと今回投稿させていただきました。


作家にとっては作品がすべて。言い訳などが許されないのは尤もですが

何卒ご容赦ください。


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