9話 訓練
午後になり、登校初日も後半戦に差し掛かった。
流石に1日で生活に慣れるなんて事は無いが、周りで起こる超常現象的な事も現実である事だと受け取れるようになった。
先ほど保健室に紫音たちの見舞いに行ったのだが、紫音の右手の傷も治っていたし、黒鉄の耳と鼻からの出血も止まっていた。
これも全て治美の夜術の効果らしい。
黒鉄はグッスリと寝ていたが、時々「アハ!」っと寝言をいうのが怖かった。
さて、そんな負傷者二人も完治して戻ってきたので、午後からは何の問題もなく訓練ができるというわけだ。
四平からは他のみんなと形は違うけど訓練には参加してもらうと言われた。
何をするのかの具体的内容は聞かされてないが、とてつもなくキツそうなのは想像できる。
俺たちが今いる場所は生徒訓練場と呼ばれる場所である。
中には竹刀や木刀、そしていくつかのトレーニング器具が備わっていた。
ドア前の札には剣道場と書かれていたので、おそらく現世で剣道部が使う部屋なのだろう。
「ふっふっふ、遂に夕陽も洗礼を受ける時が来たようだね。」
手を額にあてて厨二病のようなポーズを取りながら紫音がそう言った。
「洗礼?」
「そうだよ、現世出身の夕陽には地獄のような訓練が待ってるよ。」
「地獄って……何するんだ。」
「それはもう想像を絶する苦しみのやつをさ。」
なにそれ怖い。
もしかして熱した油の風呂に入って浮かべたロウソクを倒さないようにする訓練とかですか?
「あの程度の訓練で何が地獄なんだ、右響。」
そこで夜敷が会話に入ってきた。
後ろには黒鉄もいる。
「あまり品野をいじめてやるなよ。それに今日は基礎練だ、キツくもなんともないだろう。」
「違うよ夜敷、夕陽は夜術も夜気も使えないからさ。アレがあるんだよ。」
「あ、そうか……アレか。」
何その反応怖いんだけど。
「まあ俺にとっては基礎練もキツいんだけどね。」
「アハ!やっぱり右響は弱いね!」
「な、なにを!」
「アハハ!怒ったー!」
二人は楽しそうに喧嘩を始めた。
すると四平が手をパンパンと叩いてそちらに注目させた。
「はい静かに。じゃあ右響、黒鉄、夜敷の三人はいつも通り基礎体力向上訓練ね。今日は夜気無しで体を鍛えるように。じゃ、開始。」
「よっしゃ行くぞー!」
四平がそう言うと紫音は楽しそうにトレーニング場所に向かった。
二人も話しながら紫音のあとを追った。
まずは腕立てなんかの自重トレーニングから始めるらしい。
基礎練は筋トレのことか。
「品野はこっち来て。」
「はい」
俺はみんなとは反対方向の開けた場所に案内される。
そこにはマットやら見たことある器具やらが床に置かれていた。
「品野にはまず、今の時点での体力を見せてほしい。今から簡単な体力テストをやってもらうよ。」
「分かりました。」
「じゃあ最初は上体起こし30秒からね。」
俺は用意されていたマットの上に寝転がり、四平に膝を抑えてもらう形でセット完了した。
一年ぶりの体力テストだから緊張するな。
「始めるよ。よーい、スタート。」
開始の合図と共に俺は腹筋を何度も繰り返す。
滑り出しは順調で、自分でも驚くくらい早かった。
しかし、勢いはすぐに失われて体が上がらなくなってくる。
「はいストップ」
「だはぁ……!」
「22回か、ボチボチだね。」
し、新記録更新!
前回から2回も増えたぞ。
そしてもうヘトヘトだ。
「ほら、どんどん行くよ。」
「はい……。」
ーーー
以下、俺の残りの体力テストの記録である。
反復横跳び20秒 記録 52回
まぁ普通くらいだろう。可もなく不可もなく。
50m走 記録 7.1秒
どうだ、二ヶ月ニートなのに足だけは速いだろ。音速の帰宅部だったからな。
立ち幅跳び 記録 255cm
これも結構行ってるだろ。昔マサイ族に憧れてジャンプしてたからな。
握力 記録 右30kg 左28kg
可愛らしいと思ってくれ……。
長座体前屈 記録 73cm
体の柔らかさだけは自慢できる。陸の軟体生物だ。
ハンドボール投げ 記録 18m
………………。
持久走 記録 960m
本当に体力だけは無いんだよ。
ーーー
「はぁ……はぁ……。」
「うーん、得意分野はあれど不得意分野が目立つね。下半身が強くて上半身が弱いって感じだね。」
「これでも全力ですよ。」
「ギリギリ合格ラインってとこかな。」
「な……何がですか。」
「体が夜気に耐えれるギリギリのラインって事だよ。体の器が完成してないのに夜気を使うとグチャグチャになっちゃうからね。」
爽やかな顔でそんな怖いこと言うなよ。
でも、ギリギリか……マサイ族に憧れてよかった。
「少し不安が残るところだけど、まあ大丈夫かな。」
「本当に大丈夫なんでしょうね……。」
「じゃあ手出して。」
「はい。」
俺は戸惑いながらも言われた通りに右手を差し出す。
すると四平は俺の手をギュッと握った。
こ、恋人繋ぎだ!
そんな……俺は男には興味ないのに……!
「行くよ」
「いくって……うわ!」
四平がそう言うと、突然俺の右手から何かが中に流れ込む感覚が襲ってきた。
右手から右肩、腹、右足、左足、左肩、左手、そして頭。
まるで流体のように全身に巡っていく。
ありふれた言葉だが、力が漲ってくる。
「すごい……!」
「これが夜気だ。今は僕が流して体に覚えさせている。近いうちに一人で使えるようになるよ。」
こんな感覚初めてだ。
今なら何でもできそうな気がするぞ。
氣を溜めて一気に破ァ!ってしたらビームが出るかもしれない。
「それとだけど……」
「なんですか?」
「頑張って耐えてね。」
「何を……うっ!」
何だ、急に体が締め付けられるような感覚が……。
腕が勝手に曲がる……体が折り畳まれるように丸まっていく。
筋肉が言うことを聞かないみたいだ。
勝手に力が入っていく。
「夜気は器以上に注がれると筋肉の運動に使われるんだ。今は全然だけど、これから夜気の貯蓄量は増えていくからね、がんばれっ!」
「ちょ……痛い……!たすけっ……かは!」
全身の筋肉が攣りそうだ。
骨が折れる!
体が千切れるぅ!
数分ほどしてようやく苦しみから解放された。
でもまだ体の節々が痛い。
重度の筋肉痛になったみたいだ。
「品野凄いね。一般人だとあれで骨とか折れちゃうのに筋肉痛で済むなんて。体が柔らかくてよかったね。」
「はぁ……死ぬかと思いましたよ。」
「でも、感じるんじゃない?」
「はい。」
確かに、体の中から湧き出るパワーのようなものを感じる。
さっき体内に流し込まれた時とは比べ物にならないくらい薄いが間違いなくいつもの俺とは違う。
「それをうまく使いこなせば、君も立派な夜天閣員だ。改めて歓迎するよ。」
四平は腕をバッと広げて俺に向き直る。
「ようこそ、夜天閣へ。」
ここから、ようやく始まった気がする。
特に理由があって夜天閣に入ったわけじゃない。
ただ生きる手段として選んだだけだ。
でも、夜敷や紫音たちを見て思った。
俺も、強くなってみたいと。




