8話 格
よーいドンで始まった四平対夜敷。
しかし、何故か二人とも動く気配すらない。
始まっていないかのように振る舞う二人に少し困惑してしまう。
窓から見える木が微かに揺れているのを見るに、俺が時間停止能力に目覚めたわけでもないだろう。
正直言って俺は二人の実力も何も知らないからどっちが勝つとか予想もできない。
先入観だけで言うと四平が勝つと思う。教師だからな。
でも、できれば夜敷が勝って欲しいと思う。
理由はそうなって欲しいからです。
数分の沈黙の後、なんの前触れもなく四平が懐に手を忍ばせた。
まるで拳銃を取り出すかのような所作。
もしかして拳銃の能力?
そう思った俺の期待はいとも簡単に裏切られる。
懐から出てきたのは一枚の銅色のコインだった。
コインは指でパチンと弾かれ宙を回転しながら上昇していく。
そして、コインは最高点に到達した瞬間に消えた。
「え……?」
俺の驚く声とほぼ同時にキンッと甲高い音が響いた。
俺はゆっくりと視線を落として二人を見る。
夜敷は抜刀していた。
赤い柄の日本刀を振り抜いた姿でそこにいた。
足元には半分に切断されたコインが頑丈なはずの体育館の床に突き刺さっている。
コインの挙動も、夜敷の抜刀も、一連の動きすべてが見えなかった。
おそらく四平がコインを飛ばし、夜敷が切った。
こんな単純なやりとり。
しかし、間違いなくこの二人は紫音たちとは"格"が違う。
「速い……。」
俺がポロッと感嘆の声を漏らすも、その声は二人には届かない。
次は夜敷が構える。
刀身を鞘に納め、腰溜めに姿勢を低くして呼吸を整える。
「スウゥゥ……」
夜敷の鋭い呼吸音が聞こえる。
四平は棒立ちで余裕の表情。
静かながらもピリッとした空気が続く。
「シッ!」
短い呼吸の後、夜敷の足元の床がバキッと音を立てて陥没した。
それと同時に夜敷は凄まじいスピードで四平との距離を詰めた。
間合いに入ると同時に素早く抜刀し、四平の首筋に刀を滑り込ませる。
俺から見れば神速の不可避の斬撃。
しかし四平は一歩も動かず、それを仰け反るようにして回避した。
少し遅れて衝撃波のような強風が体育館に吹き荒れた。
「うん、いいね。前より速くなった。」
「ふぅ……ありがとうございます。」
夜敷はそう言って自分の刀を鞘に納めた。
四平も肩の埃を払い、戻ってくる。
え?終わり?
なんかもっとバチバチのバトルをすると思ってたんだけど……。
それとも俺が見えなかっただけでもっと他に何かあったのか?
「どうだった?品野」
「あ、凄かったです……けど、もっと紫音たちみたいに戦うのかなって思ってたので……。」
「まあ、僕と夜敷が本気で戦っちゃったら品野が危ないからね。」
そう言われてなんとなく想像してみた。
四平の飛ばしたコインが俺の方に飛んできたら、夜敷の斬撃の余波をもっと近くで食らったら。
あのスピードならおそらく俺は巻き込まれて……。
うぅ……背筋が凍る。
その先は考えたくないな。
「……ご配慮ありがとうございます。」
「いいんだよ。」
そこで俺はチラリと夜敷を見てみる。
彼女はその綺麗な後ろ髪を掻き上げながらタオルで汗を拭いていた。
動作一つ一つが洗練されていて目を奪われる。
このクラスで美形じゃないのは俺だけのようだ。
「お疲れ様です。」
俺は勇気を出して話しかけてみる。
「ああ」
「すごいですね、あんなに速く動けるなんて。あれも夜術なんですか?」
そう言うと夜敷は眉を歪ませ、思い悩むような顔をして言った。
「私に夜術はない。」
「え……じゃああの動きは?」
「夜気の操作のみの動きだ。」
あ、流石に素のフィジカルではないか。
しかし、反応を見るに夜術が無いことコンプレックスに思ってそうだな。
でも、夜術が無くても紫音たちより惚れ惚れする動きだった。
素人目の俺が保証する。
「夜気の操作ですか。」
「ああ、私のように夜術を持たなくても、夜気を扱うくらいは学べば一般人でもできる。」
おお!それなら夢が広がる!
俺にもできるってことが保証されたようなものじゃないか!
カッコいい体術、カッコいい技術。
来て良かった夜天閣。
「そ、それってどうやってやるんですか!?」
思わず身を乗り出してしまう。
夜敷はギョッとしたように半歩後退した。
まずい、驚かせてしまった。
「落ち着け品野。何も焦ることはないだろ。ここに来たからには追々学んでいくんだから。」
「あ、そうですね。すみません。」
「んん……。」
なんだか微妙そうな顔をしている。
さっきので引かれてしまっただろうか。
「なぁ品野。」
「いや、さっきは本当にすみませんでした。少しテンションが上がっただけなんです。」
「違う、その事じゃない。」
夜敷は俺の謝罪をすぐに否定する。
「じゃあなんですか?」
「それだ、その敬語。お前は同い年に諂って何がしたいんだ?」
「おかしいですか?」
「ああ、おかしい。」
これは普通にコミュニケーションの第一歩だと思ってのことなんだけどな。
いきなり距離詰めるのもキモいと思われるかもだし。
「とにかく、同年代に敬語なんて使うな。」
そういえば紫音にも敬語はいらないって言われたな。
この世界は礼儀に甘いのか?
「分かったよ。夜敷……さん。」
「おい」
「はは、慣れなくて……。」
いきなり距離を詰めるのはやっぱりやりづらいな。
俺って比較的フレンドリーだったはずなのに。
「はぁ……私達はいつ死ぬか分からないんだ、気楽に行こう。」
「……」
死ぬなんてまた物騒なことを言うな。
まあ、この場を和ませる冗談として受け取っておこう。
冗談にしては言葉に重みがあるけどな。
「話は終わった?模擬戦も終わったことだし早く教室に戻ろう。」
また音もなく四平が後ろに立っていた。
流石にもう驚かないぞ。
しかし、床を破壊したのはそのままなのか?
いくら授業でもそれは良くないだろう。
「床は壊したままでいいんですか……ってあれ?」
踏み抜かれた床は相当な弁償額になりそうだなんて思いつつ体育館中央に目をやる。
しかし、俺の考えとは逆に体育館の床には穴どころか傷一つついてなかった。
突き刺さっていたコインが今は倒れている。
「言ったでしょ?ここは現世の写しだって。ここでの破壊は現世の形に歪められるんだ。もちろん現世で壊れればこっちも壊れる。」
「へぇ……。」
そんなことがあるのか。
頭では理解できるが信じがたい。
「多分黒鉄と右響はしばらく戻ってこないだろうからこのまま自習にしよう。昼からはいつも通り訓練だ。」
「はい。」
いつも通りの訓練ね。
一体どれほどハードなんだか。
今見たレベルを考えるとアスリートなんか子供のように思えるようなメニューをこなしてるんだろう。
そんなことを考えながら俺たちは教室へと戻った。




