5話 ファーストモーニング
おはようございます。
とてもいい朝だね。
カーテンを開けて空を見れば一面の不気味な赤が広がっており、その下を見れば活気あふれるとはお世辞にもいえない街が並んでいる。
不思議と寝つけないこともなく、ぐっすりと眠ることができた。
これも辺りが不自然なほどに静かだからだろうかね。
部屋を見てみると生活に必要な家具はほとんど揃っており、入居決定から即寝泊まったがなんの苦も無かった。
家賃も今のところはゼロで懐事情も問題なし。
おすすめの一部屋です。
と、まあ冗談はこのくらいにしておいて、俺は夜天閣と呼ばれる組織で夜術というものを学ぶことになってしまった。
昨日見た治美の治癒、四平の謎の斬撃を放てるようになると考えると男の子なら誰しもワクワクしてしまうよな。
この世界では右も左も上も下も分からない状況だけど、ラノベで鍛えた異世界知識を駆使して乗り切ってやろうではないか。
俺はベッドからよっこらせと起き上がり大きく伸びをする。
軽くストレッチをした後に一息ついて部屋の中心に立ち尽くす。
「何度起きても夢じゃないか。」
そろそろ受け入れよう。
これは夢でもVR空間でもなく現実だ。
信じ難いがそうなのだ。
コンコン
するとドアからノックの音が聞こえてきた。
俺は「はーい」と返事をしてドアを開ける。
「おはよう。よく寝れた?」
そこにはスタイル抜群の奇抜ファッション男の四平が立っていた。
今日も二つのメガネが個性的だ。
「おはようございます。おかげさまでよく眠れました。」
「それはよかった。今日から夜天閣の学校で夜術とかを学んでもらうよ。」
「いきなりですか?」
「うん、この世界は経験が物を言うからね。安心して、ちゃんと座学もあるから。」
うげ、座学か。
でも、ファンタジー好きの俺なら苦ではないかもしれないな。
テストとかあったら面倒だけど。
「はいこれ制服ね。サイズは多分ぴったりだと思うんだけど念のため確認しといて。」
そう言って手渡されたのは白いカッターシャツに黒いズボン、そして学ランのような上着だった。
色は焦茶色でガッチリとした素材でできていて、ボタンには「神谷」と文字が刻まれている。
俺、これ持ってたよ。
一週間しか使ってないやつ家にあるよ。
ほぼ新品のやつあるよ。
二ヶ月ぶりに見たよ。
あれ?でもボタンの縁が少し黒くなってるな。
四平が持ってくる時に汚れたのか?
「そのボタンの黒は夜天閣員の証だよ。現世で行動する時に見分けが付くようにね。」
俺が目を細めて黒い汚れと戦っていると四平はそう説明した。
汚れじゃなくて印か。
あまりに小さな違いだが、その方が怪しまれないのか。
なかなかにできたデザインだ。
「というか、現世で行動する時があるんですか?」
「もちろん、夜魔は現世にもいるからね。」
「あの化け物が?見たことないですよ。」
「一般的な夜魔は夜気の濃い場所、つまり夜の世界や、現世の明かりがなく暗い場所にしか湧かない。人がいるような場所に夜魔は現れないよ。」
そういうものなのか。
まあもともとインドアな俺が見るはずもないか。
「その習性のおかけで、一般人に目撃されたり、人が食われたりすることも少ないんだけどね。」
「人食べるんですか!?」
「うん、だから僕たちがいなかったら君も今頃……」
「やめてください聞きたくないです。」
俺は手のひらを向けてその先の言葉を制止する。
あんな怪物の腹の中とか想像したくもない。
「じゃあとりあえず今日は8時半に四階突き当たりのホームルームに集合ね。
朝ごはんは食堂か購買で何か買って食べて。はい、これ君のお金。」
そう言って四平は俺に十枚の千円札を手渡した。
これってもしかして……
「俺が持ってたやつですか?」
「うん、洗濯の時に邪魔で預かってたの。昨日返すつもりが忘れちゃっててね。ついでに両替してあげたから許して。」
「いえ、ありがとうございます。」
申し訳なさそうに後ろ髪を掻く四平に礼を述べて、ポッケに裸の札束を入れる。
うん、金持ちの気分だ。
硬貨より軽いのに重く感じる。
「じゃ、また後でね。」
「はい。」
俺は四平を見送ってから食堂に向かう。
たしか一階だったな。
朝はそんなに食べれないからパンか何かがあったらいいな。
ーーー
食堂。
その人気のなさとは裏腹にテニスコートが丸々一個すっぽりと入ってしまいそうなほどに広い空間。
テーブルと背もたれのない丸椅子がずらりと並んでおり、たくさんの人が食事を摂れるようになっている。
奥には厨房があり、大きな寸胴がここからでも見える。
厨房の中には一人のおばちゃんが椅子に腰掛けて居眠りしている。
人はそれだけだ。
どうやら食券システムらしいな。
食堂の入り口付近に券売機がある。
逆にパンとかお菓子は厨房のすぐ横にある机に並べられており、現金で購入するシステムみたいだ。
今回は券売機の方には行かず、パンが並ぶ机に向かう。
朝はやっぱりパン。
値段も良心的だ。
焼きそばパンとかもうまそうだが……朝だしあんぱんにしよう。
お、しかもラストワンだ。
「あれ、見ない顔だね。だれ?」
俺がパンを手に取ろうとした時、急に耳元から声がした。
「ひゃう」と情けない声が出てその音源から距離を置く。
振り返るとそこには一人の男が立っていた。
ピアスに金髪、着崩した制服の上におしゃれな薄手のパーカー。
首には青のヘッドフォンを装着しており、少しだけ音漏れしている。
見るからにチャラそうな男だ。
「ごめんごめん、驚かせちゃった?俺は右響紫音、一年だよ。」
「はぁ……どうも。品野夕陽です。」
「で、誰なの?」
「えっと、今日から転入してきた生徒です。」
「え!転校生!?こんなイベントこの世界じゃないと思ってたよ。趣味とかある?夜術はどんなの?ランクは?」
いきなり出てきた右響という男は俺が転校生だと知った瞬間目の色変えて質問をしてきた。
いや、質問というより詰問だ。
マシンガンのように降り注ぐ問いかけに頭が追いつかないよ。
「夜術とかランクとかはあんまりよく分からない……です。」
「あれ、もしかしてこの業界外から来た人?苦労するね、こんな非現実世界。」
右響は俺からすれば日常だけどねと言って笑う。
なんだろうか、ウザ絡みなのに嫌な気分がしない。
自然と心を許してしまいそうな雰囲気がある。
「じゃあ夕陽は来たばっかで何も分からないでしょ?何かあったら遠慮なく聞いてね。」
右響はそう言うと俺が取ろうとしていたあんぱんを手に取り、居眠りしていたおばちゃんを起こして購入した。
そのままあんぱんを咥えながら食堂を出て行った。
俺はその一連の流れを黙って見ていた。
「俺の……あんぱん……。」
口からこぼれたその言葉は誰に届くこともなく空気中に消えた。
……いい奴だったし、今回は許してやろう。
だが、次はない。
俺はとなりにあった焼きそばパンを手に取り、会計を済ませて乱暴に頬張った。
「うん……うまい。」
今度こそあんぱんを勝ち取ると心に決めて、その日の朝食を終えた




