4話 今年二度目の入学
四平に連れられていく途中にこの夜天閣と呼ばれる建物の中を観察してみる。
なにか既視感を感じる構造だ。
廊下があって左は外が見える窓で、右はドアが等間隔に並んでおり、ドアの上にはなんちゃら室と書かれた板が貼り付けられている。
簡単にいえば学校のような作りだな。
しばらく歩くと四平は一つの部屋に入った。
「こっち来て」と入室を促されて俺も足を踏み入れる。
紙の匂いが充満した資料室のような部屋だ。
入り口側を除く壁際には書類を保存する棚が置かれ、部屋の中心にはポツンと机とソファが設置されているだけの簡素な部屋。
「座って。」
「失礼します。」
俺が座ると四平は棚をゴソゴソと漁り始め、数枚の用紙を持って俺の対面に座った。
「入学手続きと入寮手続き、あとは同意書だね。ペンを貸すから記入欄に必要事項を記入して。分からなかったら質問してね。」
「はい。」
俺は言われた通りに書類に目を通して名前や年齢を記入していく。
しかし、現住所と郵便番号の欄で手が止まる。
無いからだ。
「あの、住所ない時ってどうすればいいですか?」
「え?住所ないの?」
「はい、恥ずかしながらついさっき……か昨日に親に追い出されまして。」
「それは……大変だったね。」
やめて、哀れみの目で見ないで。
惨めになっちゃう。
「でも、言っちゃ悪いかもだけど好都合だね。」
「なぜです?」
「親御さんに手を回す必要がなくなったからね。」
「何する気だったんですか……。」
「ちょっと嘘の情報流すだけだよ。乱暴はしないさ。
そこの欄は以前の住所を書いて。」
なんか裏がありそうで怖いんだよな。
この後に奴隷のような扱いを受けたりしないよな。
さっきの化け物と戦わせて見せ物にしたりとか……。
やばい、考え出したら一気に不安になってきた。
そんなことを思いながらも俺はペンを再び進ませる。
入学手続書と入寮手続書を書き終えて同意書に手を伸ばす。
内容は以下の通りであった。
——————
夜天閣永久誓約書
一、夜の世界および夜天閣の情報を外部に流出する行為を禁ず。
二、夜天閣から下される命令を理由なく拒否することを禁ず。
三、任務外で死亡した場合、夜天閣はその責任を一切負わない。
——————
どれも判定基準の曖昧なものであるが、とりあえず拒否るな秘密を守れってことだな。
まるで社畜だ。
しかし、こんなの書いても守らないやつはいるんじゃないだろうか。
「あ、それ血判が必要だから。」
「ケッパン?」
「うん、手、出して。」
俺は言われた通りに右手を差し出す。
「ちょっと我慢してね。」
そう言って四平は俺の手を掴み、俺の親指の前でヒュッと弧を描くように指を横に滑らせた。
すると、親指に鋭い痛みが走り、見ると横一文字に切り傷が入っていた。
血がポタッと床に垂れる。
「いっ……!」
「ほら、乾く前に押しちゃって。」
俺はいきなり何すんだこいつと思いながらも親指を誓約書の右下に押し付ける。
赤く指紋の跡が残った紙を四平は手に取る。
そのついでのように俺に消毒液とティッシュ、絆創膏を手渡した。
「確かに。」
「こんな紙一枚でほんとに秘密が守れるんですか?」
指の怪我の応急措置をしながら質問した。
結構深くてちょっと焦る。
さっきのやつも夜術ってやつか。
「守れるとも、これはただの誓約書じゃないからね。」
「……というと?」
「誓約を確定したならば代償と恩恵がついてくる。この誓約書に血判することで、このルールを破らないと誓う代わりに夜天閣の一員として認められるってわけ。
破れば最後、無惨な死を遂げる。」
それはなんともゾッとする話だな。
背筋が自然と真っ直ぐになってしまう。
「まぁこれさえ頭に入れててくれたら後の生活は保証するよ。」
「わかりました。」
「今日はもう寮に送るからゆっくり休んで。学校の案内とかは明日やろう。」
「もうですか?外はまだ明るいですけど。」
空こそ赤黒いが今は昼のように明るい。
まだ休むには早い気もする。
「あれは空間中の夜気が発光してるだけだから今は夜中だよ。」
「え?」
「スマホで確認してごらん」
そういえば持っていたスマホで時間を確認する。
時刻は午前2時30分を示していた。
信じられないが、本当に夜中らしい。
「夜の世界って名前のくせに常に明るい。なんなら夜気が多くなる分、夜の方が若干明るい。変な世界だよね。さ、寮に行こうか。」
四平は適当に話を終わらせてソファから立ち上がり歩き始めた。
俺はその後をついていき寮に案内される。
ーーー
寮はこの建物のすぐ近くにあった。
渡り廊下を渡る途中も言いようのない既視感を感じながら歩いた。
なんなんだろうか。
「どうかした?」
俺がキョロキョロと辺りを見渡していると四平がそう聞いてきた。
「いえ、ただなぜか見覚えのある建物なので不思議に思っただけです。」
「ああ、多分知ってる建物だよ。」
「そうなんですか?」
「夜の世界は現世の写しだから建物とかも同じなんだ。
そしてここ夜天閣は現世では神谷高校として機能してるよ。」
「え」
俺はその言葉を聞いて夜天閣の敷地の外を見やる。
そして、じっくりと観察した後に既視感の正体に気づいた。
神谷高校。
かつて俺が受験して合格した高校だ。
一週間くらいしか行ってなかったから気づかなかった。
高校とは思えないくらい敷地が広く、棟が多いとは思っていたが、まさか夜天閣を作るためにこの建物を建設したとかか?
教師は全員関係者だったりするのだろうか。
謎は増える一方だ。
ーーー
寮がある建物に入り、一つの部屋に案内される。
五階建ての最上階というVIP待遇に驚きながらも部屋のドアを開ける。
ドアを開くと八畳ほどの一人で暮らすにはまあまあ広い簡素な空間が広がっていた。
ベッドと勉強机と椅子、棚や冷蔵庫などの家具も設置されている。
目立った汚れもなく綺麗な部屋だ。
「ここが品野の部屋ね。寮のルールとかはそこの机の引き出しに入ってる冊子を見といて。じゃ、いい夜を。」
「はい、色々とありがとうございました。」
そう言って部屋を出る四平を見送り、改めて自分の部屋を見渡す。
ここまで至れり尽くせりな寮はあるだろうかと言うほど充実した家具たち。
机や棚の収納スペースも大きくて、多少物が増えても大丈夫そうだし、冷蔵庫も付いてるなんて最高かよ。
流石は偏差値県内トップの学校といったところか。
「たしか、引き出しに……あった」
俺は四平が言っていた寮のルールが書いてある冊子を手に取る。
10ページほどの薄い冊子には寮のトイレや食堂の場所、ルール、食事と風呂の時間などが細かく記載されていた。
食堂まであるのか。
どんなメニューがあるのだろうか。
カレーとかあってくれたら嬉しいな。
……あの化け物食ったりはしないよな?
そんなことを考えながら冊子を一通り読んだ。
特に特殊なことは書いてなく、普通の寮の説明と同じ感じだった。
寮に入ったことないから分からないけど。
「ふぅ……そろそろ、休まなきゃだよな。」
俺はそう呟き、少し硬いベッドに飛び込む。
さっき起きたばかりで眠くない目を無理矢理に閉じて、俺はその日を越すことにした。




