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夜天戦線  作者: シナノ
第一章 裏世界
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3話 とある病室にて

 目が覚め、ゆっくりと重い瞼を開く。

 まず知らない天井が見え、上体を起こす。

 次に知らない部屋が見え、混乱する。


 ここは病院か何かの施設のようで、カーテン付きのベッドが六つほど置かれている部屋だった。

 人の気配はなく、アルコールの匂いがツンと鼻を刺激する。


「元の世界に帰れたのか……それとも夢?」


 俺は精神がおかしくなって幻覚を見て、変な人がうろついていると通報されて病院に送られた可能性を考えた。

 それだと滑稽すぎて逆に笑えない。

 

 俺は起き上がって窓の外を見てみる。

 この建物はフェンスに囲われており、その向こうにはどこか見たことのある住宅街のような風景が広がっている。

 しかし人っ子一人見当たらず、空は不気味な赤黒い色をしていた。


「やっぱり夢じゃないか。」


 気付けば服も鼠色のパジャマから病院とかでよく見る病人用の服に着替えさせられており、逃げる時についた汚れも綺麗さっぱり洗われていた。

 着ていた服はベッドの横に丁寧に畳まれて置かれていた。

 その横にはスマホもあった。


「スマホ……!」


 俺は思い立ったようにスマホを手に取り、数人しか登録してない電話番号から父親の番号を探す。

 すぐに電話をかける。

 耳に当てるとスマホの向こうからプルルと着信音が聞こえる。

 しかし、その着信音は一向に鳴り止まず、向こうから人の声が聞こえることはなかった。

 父がダメなら母だと次は母親の番号にかけてみた。が、これもさっきと同様延々と着信音が続くだけであった。

 そっか、もう見放された後だったか。


「悪いけど、ここじゃ現世には繋がらないよ。」


 俺が悲しみに暮れていると後ろから女の人の声が聞こえてきた。

 振り返るとそこには妖艶な雰囲気の白衣を着たお姉さんがドアに手をかけてこっちをじっと見ていた。


「現世……って、じゃあここはどこなんですか?」


 俺は恐る恐る聞いてみる。

 すると女はニヤリと口角を上げて不敵な笑みを作った。

 俺はそれを見て生唾をゴクリと飲み込んだ。

 そして女は口を開く。


「死者の世界。」

「……え?」


 え?死んだの?

 え、うそ。

 助かったと思ったら助かってなかったの?

 いつ死んだの?おれ。


「ハハハ、冗談冗談。そんな顔しないでくれよ。君はまだ死んじゃいないよ。」

「やめてくださいよ心臓に悪い。」

「ごめんごめん。ここは夜の世界だ。そしてこの建物は対夜魔組織『夜天閣』の本部だ。」

「……夜の世界?夜天閣?」


 なんだそれは。

 夜の世界……ってただの夜じゃないのか?

 俺は冗談じゃなくて本当のことが聞きたいのに、なかなかめんどくさい人だな。


「そんな疑いの目を向けられても、今のは本当のことだよ?」

「またまた、そんなの引っかかるわけないじゃないですか。」

「うーん……君、ゲームはする?」

「え?……まぁはい。」


 なんで急にそんなことを聞くんだ。

 これが精巧なVR空間とでも言うつもりか?


「じゃあ今の状況をざっくり言うと、ゲームのバグ技で裏世界に入っちゃったー、って感じ。」


 また訳の分からないことを。

 いい加減にして欲しいものだ。

 

「まだ冗談を続ける気ですか?」

「本当なんだけどなぁ。」


 すると、その女は一息ついて話し始めた。


「ここは『夜の世界』。現世の裏側にあり、対極にある世界。ここでは君が信じられないような現象が数多く存在するけど、それは後々学んでくれ。」

「そんな適当な。……そうか、ドッキリだ。一般人に向けたドッキリ企画でしょ。俺の両親ともグルで、ここでネタバラシ的なね?」


 俺が確信をついたようにそう言うと女はため息をついて引き出しからメスのような刃物を取り出した。


「な、何をする気ですか?」

「君がうるさいから黙らせようと思って。」


 まずい、怒らせてしまった。

 あ、謝らないと殺される。


「す、すみませんでし……は?」


 俺が爆速で謝ろうとすると、それより早く女は突然自身の左腕にピシャリと切りつけた。

 血が垂れると言うレベルじゃないほど溢れでており、大怪我の部類に入ってもおかしくない出血量だ。


「何してるんですか!?」


 心配する俺を無視して女はその傷口に手を当てる。

 すると、手が淡く白く光り、傷が跡形もなく消えた。


「え?」

「理解した?私説明下手だし、百聞は一見に如かずって言うでしょ?」


 女はゴシゴシと腕に伝った血を拭きながら淡々と話した。


「今、何が……。」

「君に配慮しない言い方をすると夜気を使って治癒した。それが私の夜術だからね。」


 夜気?夜術?

 知らないワードがどんどん出てくる。


「分かりやすく言うと魔力を使って傷を治しましたってところかな。」

「なる……ほど?」

「まぁ私は教職じゃないし、教えることは専門外だ。詳しいことはこれから来る奴に聞いてくれ。」

「これから来る人?」

「ああ、もうすぐ来るだろうから少し待ってな。」


 そう言ってそこにあった円形の回転椅子に腰を下ろして足を組んだ。


「君、名前は?」

「品野夕陽です。」

「そう、私は癒野治美(ゆのなおみ)。ここで院長をしてる。」

「そうですか。」


 それっきり会話は途切れ、気まずい沈黙が場を支配する。

 すると、治美は急にバッと立ち上がってドアの方に向かい、一言残して出ていった。


「そういえばまだ報告してないから人来ないわ。」


 ここはこの人に院長任せて大丈夫なのだろうか。


 ーーー


「こんばんは、気分はどうかな?」

 

 しばらくすると開きっぱなしだったドアから一人の落ち着いた口調の男が入ってきた。

 身長は高くスラリとした体型、特に特徴のない白シャツとネクタイと明るい茶色の上着。

 黄土色の無造作ヘアーで整った顔立ち。

 立ち姿は堂々としつつも落ち着いた雰囲気。

 一見すると普通のイケメンだろう。

 しかし、見るからにおかしい点がある。

 男は眼鏡を二つかけているのだ。

 一つは普通に装着し、もう一つは頭の上にセットしている。

 これは……時代を先取りしているのか?


「こんばんは、気分は問題ないです。えっと、どちら様ですか?」

「僕は四平高標(しひょうたかすえ)。品野夕陽くんだね?災難だね、この世界に遭難するなんて。見つけた時はびっくりしたよ。」


 見つけた時?

 つまりは記憶の最後にうっすら残ってるあの男がこの四平か?

 

「ってことはあなたが助けてくれた人?」

「まぁそうなるかな。」

「あ、この度は助けていただきありがとうございました。」

「いいよいいよお礼なんて。」


 四平は照れくさそうに両手を振った。


「あの化け物はなんなんですか?」

「あれかい?あれは夜魔。夜気からできたモンスターだね。」

「モンスター……ですか。」


 にわかに信じがたいが、これまで起こったことを踏まえるとそういうものだと理解する方が楽だな。

 

「そう、そして僕たちはそいつらを駆逐する役目と、現世から迷い込んだ人を送り返す役目を任されてるんだ。」

「帰れるんですか!?」

「もちろん。でも、君に一つ聞きたいことがある。」

「なんですか?」


 四平はワンテンポ置いてから口を開く。

 

「ここで夜術を学んでみない?」

「……へ?」


 夜術を……学ぶ?


「でも、俺そんなの使えませんよ?」

「だから学ぶんだ。学舎で夜術を学んで、一緒にあの化け物たちやっつけちゃおうよ。」


 軽く言っているがそんなに誰でもできるものなのか?

 でも、できるなら使ってみたいよな。

 治美さんが使っていた治癒もあれば便利だし。

 なにより、俺はそういうのが大好きだ。


「寮もあるよ?3食付くし料理もうまい。お金も今は気にしなくてOK。」


 なんかすごい売り出してくるな。

 入学ってあっちから来てくれのパターンあるんだ。


「……まあ無理にとは言わないよ。帰りたいなら帰らせてあげるから準備してね。」


 俺が渋い顔をしていると嫌がっていると受け取られたのか四平は俺に帰り支度を促してきた。


「でも、この場所のこと口外するかもしれないのに、易々と帰していいんですか?」

「帰る前にちょちょいと記憶を消すだけだから大丈夫だよ。」


 さらっと怖いこと言ったな。

 記憶改竄なんて海外映画かよ。


「どうするの?」


 そう聞かれて俺は悩む。

 これがドッキリでも夢でもないのなら、俺は今家無しの状況ということになる。

 さらにいえば就労経験もなく、金もない。

 帰ったらそれこそ詰みだ。

 なら、胡散臭さもあるが、金を気にしなくていいという3食付きの寮でかっちょいい術を学ぶのもありじゃないか?

 いや、それしか生き残る方法が思いつかん。


 そして何より、あの時見た光景が忘れられないほどカッコよかった。

 俺もあの人のようになりたいと憧れる気持ちが大きい。


「……やります!」


 俺は喉の奥から押し出すように言った。

 これが最善だったのかは分からないが、不正解でないことを祈る。


「分かった。じゃあ手続きとかもあるから、一緒に来て。」

「はい」


 少しだけ四平がガッツポーズしているのが見えたが、俺の入学がそんなに嬉しいのだろうか。

 

 俺は畳まれたパジャマとスマホを持ち、四平の後ろについていき、この病室を後にした。

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