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夜天戦線  作者: シナノ
第一章 裏世界
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2話 夜の怪

「はっ……はっ……はっ……。

 まずいまずいまずいまずい……!

 なんだ、何なんだあいつは!」


 俺は脇目も振らずに化け物から逃げた。

 後ろからペタペタと足音が聞こえるが、幸い奴のスピードは速くない。

 せいぜいが早歩き程度。

 

 人の形と言えばそうだが絶対に人ではない。

 友好的な生物にも見えない。

 直感だが捕まれば殺される。

 

 死ぬのか?

 この空間から出られないのか?

 俺はなんでここにいるんだ?

 怠けた罰がこれか?

 酷い……あまりに酷い。

 俺より頑張ってないやつなんてもっといるだろ!

 なんで俺なんだ!


 気付けば恐怖で涙が出てきていた。

 涙は走っているせいで真横に流れていき耳を伝って空間に散る。


 どこか隠れられそうな場所はないか。

 どこでもいい、なんなら大声で助けを呼ぶか。

 いや、それは化け物を呼び寄せるんじゃないだろうか。

 化け物があいつ一匹という保証はない。

 耳はなかったが、明らかに俺を感知していた。

 音が聞こえないと決めつけるのは早計だろう。


 俺は積極的に曲がり角を使った。

 化け物の死角に入ったところで何か隠れられるところを探すためだ。

 俺の記憶ではこの先を曲がったところにコンビニがある。

 そこに入ってしばらく篭もろう。

 コンビニなら食料も困ることはない。


 俺は角を曲がり、目の前のコンビニを目指す。

 24時間営業のくせに自動ドアは開かなかった。

 近くにあった石を拾ってガラスに投げつける。

 パリンとガラスが店内に飛び散り、多少の罪悪感を抱えてコンビニに侵入する。


 バックヤードに入り、適当な棚でバリケードを作る。

 数分ほどしばらく様子を見て化け物が追ってきてないことを確信するとホッと一息ついた。

 そしてその場にへたり込んで、今置かれている状況を冷静に分析する。


「俺はたしか大通りを歩いてて……考え事してたら気付けばこの奇怪な世界に放り出されていた。……ハハ、異世界に迷い込んだなんて馬鹿げたフレーズも出るなんてな。」


 音がなく寂しいので声に出してみる。

 しかし、化け物に気付かれたくないので小声でだ。


「これからどうするかなぁ……死にたくねぇなぁ。」


 膝を抱えてそこに顔を埋める。

 頭に浮かぶのは両親のこと。

 あの時もっと頑張ろうと思っていれば……。

 

 人間って窮地に立たされると人生の後悔を探すんだな。

 俺にとっての後悔が怠惰に二ヶ月を過ごしたこととは、なんか小さいな。

 悪事を働いてこなかった証拠ってことか。


 自嘲げに笑いながら目を閉じる。

 緊張の糸が解けて少し眠くなった。

 時刻は何時なんだろうか、体感では日を跨いでいる感覚なのだが……


 ダァン!


 俺がウトウトと瞼を上下させているとバックヤードの入り口が大きく揺れた。

 少し開いた扉の隙間からはさっきの化け物の手がのぞいている。

 バリケードも長くは持たないのは明白だった。


「オオオ……」

「くそ……!化け物が」


 俺は裏口と思わしき扉を乱暴にこじ開けて外に出た。

 ここから先は少し狭い道になることを気にしながらも逃げることに集中した。

 後ろからは何かが倒れる音が聞こえ、再びペタペタと足音が聞こえ始めた。


「しつこいぞ!」


 体力的にも限界が近い。

 一歩を踏み出すごとに足がへしゃげそうになる。

 肺も呼吸を拒み始め、息苦しくなる。


 走って、走って、さらに走った。

 もはやどこに行こうかなんて考えてない。

 ただあの化け物と距離を取ることのみを考えた。


 そして、恐れていたことが起きた。


「あっ……」


 人がすれ違うのがやっとという幅の道を曲がった時、奴がいた。

 正確にはさっきみた化け物とは違う。

 さっきのやつより筋肉質で背が低く、肩幅が俺の身長ほどもある。

 しかし、全身が真っ暗で頭がジャガイモのようになっているのは同じだ。

 そいつは俺に気づくと短い足を小刻みに動かしながら近づいてきた。


「くそ!」


 俺はきた道を戻ろうと後ろに振り返る。

 しかし、ずっと俺を追いかけてきてた化け物がすぐ後ろに迫ってきていた。

 逃げ道はなし。

 左右の塀は高くとてもではないが登れそうにない。

 詰みだ。


「もうやだ……なんなんだよ」


 俺はその場に膝をついて絶望した。


「俺がクズだからか?少なくとも中学までは頑張ったのに?」


 意味のない誰に向けたかも分からない問いが口からこぼれ落ちる。

 その間にも二体の化け物は俺との距離を縮めてきている。


「死んだ後は……どこに行くんだろうな。」


 最期にカッコつけたようなセリフを吐き、ゆっくりと目を閉じた。

 どうせ帰るところもないし、それなら覚悟を決めて潔くなんて思ったのかもしれない。

 心境なんて本人ですら分からないのだ。


「オオォオオォ……」


 化け物のうめき声がすぐそこに近づき、俺は目を固く閉じた。

 全身に力を入れてその時を待つ。


 その時、ズチャっと耳障りな音が聞こえ、何かが落ちる音がした。

 ほぼ同時だったが、その音が二回聞こえた。


 そして、いつまで経ってもその時は来なかった。

 恐る恐る目を開ける。


「F級夜魔(やま)二体撃破。遭難者と思わしき人物一名確認。」


 そこにはさっきの化け物の首なし死体と頭が二つずつ転がっており、それに足をかけるようにして一人の女が立っていた。

 右手に紫の液体が滴る日本刀を持ち、左手のスマホを片耳に当てて誰かと話しているようだ。

 靡く黒髪は美しく、さっきまで見ていた黒とは比べ物にならないほど俺の目を奪った。

 軍服にも学生服にも見えるような服を着ており、スカートとハイソックスが特徴といえば特徴か。


 俺は少しの時間見惚れた後、お礼を言うために勢いよく立ち上がった。


「あの!さっき……は……」


 そこで本当に緊張の糸が解けた俺は無様にも地面にバタリと伏してしまった。

 ボヤけていく視界の端でもう一人長身の男が現れた。

 顔も何も視界が悪くて認識できない。


「珍しいね、遭難者なんて。」

「はい、記憶を消して送り返しましょう。」

「んー……いや、この子は保護しよう。」

「なぜです?」

「僕の目を信じなさい。どこまで伸びるか分からないけど、伸び代がありそうだ。」


 そんな会話が聞こえるが、脳が理解することを放棄して俺はそのまま意識を失った。

 

 

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