1話 怠惰な学生
俺は品野夕陽、高校一年生(?)の一般男子だ。
たった今、家を追い出された。
理由は簡単、俺が特に心身を病んでもいるわけでもないくせに不登校を貫き通しているからだ。
毎日毎日食っちゃ寝の生活。
ゲームにアニメに漫画のローテーション。
それを見て堪忍袋の緒が切れた両親から強引に家の外へ放り出された。
俺の首根っこを掴み、硬いコンクリートの上に生ゴミを投げるかのようにして追い出した。
親はぐちぐちと罵詈雑言を俺に浴びせて、扉をバタンと閉めて鍵をかけた。
お情けで一万円の資金と靴を持たせてくれたが、これで何ができようか。
俺は未成年でパチンコで増やすこともできない。
難易度ベリーハードモードだ。
しかし、まだ不登校になって二ヶ月(高校生になってからも二ヶ月)だというのに少し厳しすぎやしないだろうか。
もともと厳しい親ではあったがここまでとは思わなかったな。
実の息子に対する扱いがあれか。
何で俺が不登校になったかは単純なことで、ただ勉強が嫌になったからだ。
俺はいい高校に入って欲しいという親の意を叶えようと、中学時代はそれはもう勉強尽くしの毎日を送っていた。
自慢するわけではないが成績は常にトップ、これにスポーツ万能容姿秀麗の札がつけば完璧人間だったのだがそうではないのが現実だ。
どちらも平均かそれ以下に収まっている。
話がそれたが、その血の滲むような勉強の成果で第一志望の名門校に見事合格した。両親は「よくやった」、「流石俺の息子だ」とか褒めてくれた。
それは素直に嬉しかった。
しかし、人間何かに打ち込んで、それから解放されてしまったらもうやりたくなくなるのだ。
勉強から解放されたのに待ち受けるのはまた勉強。
別に得意なだけで好きではないので終わりなき学びにうんざりした。
何より、こんなことを学んで何になるのか疑問に思った。
内容は難化するばかりで用途が分からない。
やる意義の見出せないものに時間を割きたく無いと感じ、家で自堕落な生活をする事にした。
怠けることは最高だった。
自分の好きなことしかしなくていい。
自分の嫌なことは考えなくていい。
家がいつもより心地いい空間になったと感じた。
そしたら気づけばこの有様だ。
立派な不良の完成。
改めて考えれば、親が見放すのも無理ないか……。
さて、冷静を装ってみてはいるが、なかなか焦り始めたぞ。
今の時刻は夜の10時前くらいか?
外は六月なのもあってじめっと暑い。
手持ちは一万円。それ以外はポケットに入れてたスマホくらいだ。
こんな時間に外に追い出さなくても、明日の昼くらいにしてくれたらいいのに。
まさか本気で俺に死んで欲しいとかじゃないよな?
それなら流石に傷つく。
とりあえずどこかに行こう。
そうだな、ばあちゃんの家に泊まらせてもらうか。
ばあちゃんなら俺を邪険には扱わないはずだ。
ここからは少し遠いけど、歩いて行けない距離ではない。
いつも車で10分くらいだからな。
そうと決まれば急ごう。
いくつになっても夜は怖い。
十数分ほど歩いて大通りに出た。
ここら辺は夜だというのに人が多くて明るいな。
車の音に笑い声、人の活気に溢れる街。
もっとも、このあたりは治安が良くなく人は酔っ払いかピチピチジーパンのヤンキーかぶれしかいないのだが。
「それにしても……これからどうするかなぁ。」
俺は顎に手を当てて考える。
いつまでもばあちゃんの脛を齧り続けるわけにもいかない。
もはや肉がついてない脛なのに齧るのは可哀想だ。
しばらくしてバイトでもするかな。
でも、バイトするのにあたって必要なものって何だ?
履歴書ってのは聞いたことあるけどどこで貰えるのか分からないしな。
そこらへんのコンビニとかで売ってるかな。
まず、人って一ヶ月どのくらいの金があれば生活できるんだ?
平均年収が400万って聞いたことがあるけど、単純計算で月30万ちょいか?
でもそれはサラリーマンとか正社員含めだしな。
中には年収1000万超えの勝ち組も居るわけだし当てにならないか。
少なく見積もって20万、もっと行けば15万でも生きていける気はする。
でもバイトってどのくらい稼げるんだ。
時給千円だとして、一日六時間くらいか?
一ヶ月に二十日入ったとしても月12万。
でも、実際は色々違うんだろう。
何が違うんだ。
あーもう、次から次へと疑問が浮かぶ。
くそ、人生経験の浅さがここで出るか。
常識って誰も教えてくれないから分からないことだらけなんだよな。
そんな思考がぐるぐると巡る。
そんな中、俺はある違和感を感じ立ち止まる。
周りをキョロキョロと見渡して違和感の原因を探る。
街は一見何も変わりないビルや建物が立ち並んでいるだけで、おかしな点はない。
だが、それは今し方ここを歩いていた者にとっては違和感というより異変と受け取られるものであった。
周りが静かなのだ。
無音の世界、その中で俺の呼吸と心音だけがやけに大きく頭に響く。
さっきまで酔っ払いの無駄にでかい声や車のエンジン音が轟いていたにも関わらず、今は静寂に包まれている。
いや、それどころか人がいなくなってる。
辺りを見渡しても人影一つ見当たらない。
まだ大通りを抜けたわけじゃないのに何でだ。
そして、俺は不意に空を見上げる。
「なっ!?」
赤いのだ。
血のような色に染まった赤黒い空があった。
さっきまで暗い夜だったのに昼のように明るく、光源と思わしき太陽も見つからない。
一言で表すならば異様。
この空間は少なくとも俺に恐怖を感じさせるには十分な不気味さを醸し出していた。
「なんなんだ……ここは。それに、人は?さっきまであんなに……。」
困惑しながらも俺はとりあえず目的地のばあちゃんの家に向かうことにしようと足を進めようとする。
しかし、一歩を踏み出す前に体が硬直する。
その原因は足元にあった。
この空間においてただひとつの影。
自分の影が凸凹とした球体のようになっていたのだ。
否、正確には自分の影ではない。
おそらく俺の後ろに何かがいるのだろう。
しかし、その影は俺が知っている生物のどれにも当てはまらない。
異形であることは直接見ずとも理解できる。
呼吸は速くなり、心臓は破裂するんじゃないかと思うほどドンドンと音を立てている。
額と背中に滝のような汗が滲み、足が震える。
俺は恐る恐ると後ろを振り返ってみる。
そして俺はその異形の姿を目に映した。
身長は二メートル以上。
全身が夜のように真っ暗で体はガリガリ、その体型に似つかわしくない巨大な頭。
細長い腕は地面まで垂れ下がっており、先端には鋭い爪と思わしきものが見られる。
頭の形はじゃがいものようであり、目や鼻といった器官は見えない。
「オ……オオォ……」
その怪物は不気味なうめき声を上げながら俺に手を伸ばす。
「うああぁぁああ!!!」
俺はやっと言うことを聞くようになった足をもつれさせながら必死に走り出した。




