16話 片鱗
「殺す?何を言い出すかと思えば……出来もしないことは言わない方がいいよ。人間のオスはメスの前ではすぐカッコつけるから嫌だよね。」
シルラは呆れたように首を振り、ため息をつく。
俺はその素振り全てが腹立たしく思えた。
「第一その怪我、立ってるのもやっとでしょ?そんな感情的になって何になるの?たかが仲間1人……チームワークからして適当に寄せ集めただけのメンバーじゃないの?情も移らないだろう。」
手に力が籠る。
指がめり込んで手のひらを貫通してしまいそうだ。
「……さい」
「あ?」
「うるさいって!言ったんだ!うおぉぉぉおらあぁああ!」
「品野!」
「夕陽、早まるな!」
俺はシルラに向かって走った。
足は万全じゃない、膝の皿も貫通している。
なのに走れた。
これが脳内麻薬の力なのか。
「ダサい上に頭も悪いとか、さっきの庇って死んだ男が可哀想だよ。」
シルラのスナイパーがこっちを覗く。
シルラの銃口は俺の頭に向いている。
見るべきところは引き金にかかった指だ。
タイミングを見極めろ。
「死ね」
シルラの指が僅かに動く。
俺はそのタイミングで全身の力を抜き、落下するように体勢を低くした。
ほんの少し遅れて発射された銃弾は俺の髪の毛を掠めて後ろに消えていった。
「チッ!」
「はあぁぁあ!」
俺はその隙を見逃さず、懐に潜り込み、夜気を可能な限り込めた拳をシルラの顎目掛けて勢いよく振り上げる。
それは意外にもシルラにクリーンヒットした。
シルラの体が1メートルほど浮いて、そのまま頭から落下した。
確かな手応えはあった。
そのとき、銃声が鳴り響いた。
しかし、シルラの銃口は俺とは真逆の方向を向いている。
シルラは見下すような目でこちらを睨み、口の端に血を溜めて余裕の笑みを浮かべていた。
「まさか!」
俺はふと先ほどの出来事を思い出した。
跳弾。
どの方向から来るか着弾するまで分からない不可避の銃撃。
俺は急いで後ろを振り返った。
黒く鋭い弾丸が俺の頭を目掛けて向かってくるのが見える。
回避は間に合わない。
流石にダメだったか……。
「はっ!」
そのとき、俺と弾丸の間に夜敷が割って入り、銃弾を切り落とした。
真っ二つになった銃弾は俺の左右を通過した。
すぐに紫音も駆け寄ってきた。
「落ち着け品野、焦るな。」
「今は冷静にだよ。」
「ああ、ごめん。」
ちょっと取り乱した。
ここで冷静を欠いても、俺を庇って死んだ川篠の仇をとれない。
落ち着け夕陽。慎重にだ。
「はぁ、ほんと足掻くね君たち。ま、久しぶりに遊べたからいいよ。
でも、もう飽きたから終わらせるよ。」
シルラは再び銃を変形し始める。
銃は黒いモヤになり、次の形となる。
『爆弾銃』
シルラの手に現れたのは全長1メートル以上のロケットランチャーだった。
俺たち三人はそれを見て顔色を変えた。
「威力は人間が使う物の数十倍は強いよ。これやると夜気がすっからかんになるから嫌なんだよね。でも、色々面白い物見せてもらったからお返し。冥土の土産ってやつ?」
「まずいぞ、あんなの撃たれたら助からない。」
「仕方ない、生存率を上げる。私の合図で散り散りに走ってくれ。」
「分かった。」
俺たちは小声で短く作戦会議を済ませて夜敷の合図を待つ。
うまくいくか分からないがやるしかない。
「じゃあね。雑魚ども。」
「今だ!」
シルラの言葉と同時に夜敷が合図を出す。
俺たちは散開して狙いを分散させた。
「くっ!」
しかし、夜敷が膝をついた。
「くそ、さっきの反動が……。」
「夜敷!」
ちょうどその時、夜敷に向かってロケット弾が放たれた。
俺は、気づけば踵を返して夜敷の前に庇うように躍り出ていた。
「うわぁ、バカだなぁやっぱり。」
無策の飛び込み。
犠牲が増えるだけの愚策だろう。
だが、どうでもいい。
夜敷が少しでも守られるなら、俺も川篠のようにカッコつけて犠牲になろう。
「はぁっ!」
俺は手にできる限りの夜気を込め、迫り来るロケット弾を真正面からキャッチした。
しかし、勢いを殺しきることはできず、俺の胸に着弾し、
抱き抱えるように弾に覆い被さる。
ボン!
「がぁっ!」
そうやって俺の胸の中で爆発が起こった。
俺の四肢は爆散し、辺りには内臓が飛び散る地獄絵図……にはならなかった。
爆発は俺の予想より遥かに小さく、吐き気がするくらいの衝撃が胸に伝っただけだった。
俺の手の中には粉々になった弾の残骸だけが残っていた。
なんだ、今の感覚。
「防いだ……のか?」
「品野、今のって」
夜敷が目を見開いてこっちを見つめる。
俺だって何が起こったのか分からない。
不発だったのか?
「そんな……なんで……!何をした!」
一番驚きを隠せていなかったのはシルラだった。
怒ったような口調で叫んでいる。
「あれはボクの奥義だぞ!ここら一帯を吹き飛ばす威力があるんだ!どんな手品を使った!」
「そんなこと言われても……。」
俺は本当に何もしてない。
ただ無謀にも突っ込んで運良くキャッチしただけだ。
それ以外は何もない。
「もう、夜気がない……一旦引くか。癪だがあの方たちに援助を願おう。」
シルラは小さくそう言い、俺たちに背を向けて逃げようとした。
しかし、すぐに足を止めた。
目線は森の奥に固定されている。
「はいはいーお疲れさん。現場はここだなっと。」
奥から二十人くらいの黒いスーツ姿の男達がゾロゾロと出てきた。
全員がなんらかの武器を所持しており、殺伐とした空気を醸し出している。
「誰だお前らは!」
先頭の日本刀を帯刀し、無精髭を生やした気だるそうなおっさんが前に出る。
そしてゴソゴソと懐を漁って紙切れを取り出した。
「えーゴホン。俺は『暗狩』第一攻撃部隊隊長、深見剣山!ただいま見参!」
………………
辺りはシンと静まり返り、よく分からない空気が漂う。
ダルそうなおっさんがいきなりダジャレをぶっ込んできたんだ、そうなるに決まってる。
「あれ、これはウケると思ったんだがな。わざわざカンペまで作ってきたのに……。
まぁいいか、次のカンペは……」
深見と名乗る男はもう一度懐を漁り、別の紙切れを取り出した。
「えっーと、もう逃げ場は無いぞ、大人しくお縄につくんだな。
んん、言ってみたかったんだよな。」
空気は完全にこの男の流れに持って行かれた。
しかし、それを良しとしないのは言うまでもなくシルラだった。
「なんだこの人間ども、次から次へとボクの縄張りに……」
「おっ、今のは『お縄につく』の縄と『縄張り』の縄を掛けたのか?こりゃあ一本取られたなぁ。」
「……何を言ってるんだお前は!」
「夜敷ぃ、お前も男に守られるようになるなんて色付いてきたんじゃねぇの。」
深見はいつの間にか俺たちの目の前まで来ていた。
一時も目を逸らしてないのに見えなかった……いや、近づいていることに気付けなかった?
シルラも見えなかったのか目を見開いている。
「見てたんですか。」
「なんか勇敢な男が見えたら入り辛くてなぁ。カッコよかったぜ、名前は。」
深見は俺の方を見てそう言う。
俺はハッとしたように答えた。
「品野です。品野夕陽。」
「うん、そうか。覚えれたら覚えるよ。」
なんだこの人。
只者じゃない雰囲気は出ているけど。
「ボクを無視するなよ!ボクは今すぐ殺してあげてもいいんだぞ!?この有象無象が!」
「おっ、来た来た。今こそあれの出番だ。」
また懐から紙が出てくる。
ゴホンと咳払いをしてシルラに指を差す。
「お前はもう、死んでいる。」
「は?」
突如、シルラの額に横一文字に筋が走った。
そのまま頭が分断され、切られた頭がポトリと落ちる。
シルラはグルンと目を回転させ、力なく倒れた。
死んだ?
あんなに強かった夜魔を反撃もさせずに一撃。
「やっぱりカッコいいなぁ。このセリフは決まれば気持ちがいい。
お前ら、死体を回収しろ。それとぉあれだ、負傷者も応急処置して治美のとこ持ってけ。」
後ろの二十人が一斉に「ハッ!」と返事をして作業に取り掛かった。
深見もそこに参加して部下たちに指示を出している。
「あれは?」
「あの人は暗狩のトップ、深見剣山。私の師匠だ。」
あの人が夜敷の師匠。
強そうな見た目では無いが、今起こった出来事からすると、シルラを倒したのはあの人だよな。
何も見えなかったが、一体どんな攻撃をしたんだ?
「その暗狩ってのは何?」
「暗狩は夜術を持たない者のみで構成された組織だ。攻撃部隊、防衛部隊、研究部隊の三つに分かれた政府からの派遣社員のような集団だな。」
「え?夜術無し?」
「ああ」
ちょっと待った、今の攻撃が夜術じゃないって?
俺どころか斬られた本人ですら気づかなかったのに?
どんな常識はずれだ。
「助かったね、夕陽。」
「紫音か。そうだな。」
「それにしても夕陽は凄いなぁ。あんな勇敢に飛び込むなんて。」
「いや、無謀なだけだよ。」
「でも、助かったぞ。あれは何をしたんだ?」
「普通に受け止めたら弾が不発だったんだ。」
「なにそれ、運が良かっただけ?」
「そうだな。」
俺たちは笑った。
しばらく笑って、沈黙が流れる。
「川篠さん……死んだね。」
「ああ、そうだな。」
「ごめん……。」
「別に夕陽を責める訳じゃないよ!」
「そうだ、元は私たちが仕留めきれてなかったのが原因なんだから。」
それでも、自責の念は消えない。
俺が油断してなかったら誰も死ななかったのにと思う。
俺なんかより、川篠が生きていれば……いや、よそう。
それは助けてくれた川篠に失礼だ。
今はただ感謝しよう。
あの漢に。
その後、俺たちは暗狩の所有するヘリに乗って夜天閣に帰った。
宇喜田と黒鉄も癒野のもとに運ばれ、一命を取り留めた。
黒鉄は出番が少なくて悔しいなんて嘆いていた。
今回、俺は自分の弱さを再認識した。
前より少し強くなったからと言って、みんなと並べるような力では到底なかった。
今まで以上に鍛錬が必要だな。
俺もいつか川篠のようにカッコいい漢になってみせる。
決して万々歳な結果には終わらなかったが、俺の初任務はこうして幕を下ろした。




