11話 現世
昨日紫音から簡単に現世に戻れるということを教えてもらった。
なんでも、この建物の最上階にはホール?って呼ばれる現世と夜の世界を繋ぐゲートみたいなのが常設されてあるらしい。
確かにこの建物を遠くから見てみると一箇所だけニョキっと突起のような部分が生えているのだ。
展望台かなんかだと思っていたのだが、おそらくそこにホールがあるのだろう。
と、いうわけで、今回は紫音と一緒に現世に行ってお昼ごはんを食べに行ってみたいと思います。
紫音が自分のおすすめの店を紹介すると言って張り切っていたので、今回は大人しくエスコートされてあげることにする。
午前の授業が終わり、俺たちはホールがある部屋に向かう。
「学生証は持った?」
「ああ」
俺はポケットの学生証を手で確認しながら答える。
もちろん普通の学生証ではない。
この前発行してもらった夜天閣学生証だ。
金属でできていて名前、性別、年齢、ランクが書かれている。
ランクがあること以外は普通だな。
ちなみに俺は一番下のFです。
俺は紫音に案内されるがまま教室を出て着いていく。
すると、歩いて数秒しか経ってないというのに紫音が立ち止まった。
「はい到着。」
「え、ここ?」
そこには壁とほぼ同化した色の金属製の扉があった。
まるで隠し部屋のようだな。
紫音はそれをなんの迷いもなくガチャっと開ける。
「着いてきて」
「うん」
扉を開けると上下に続く梯子があった。
下を覗くと背筋がゾッとするほど高いのが分かる。
俺は下を見ないようにその梯子を登った。
すると四畳半ほどの窓のない狭い空間に出た。
「なんだこれ。」
机や椅子といった物はない部屋。
その何もない部屋の中心にポツンと円柱型の機械が設置されていた。
俺の腰ほどの高さで、上面は斜めに切り落とされたように傾斜している。
目立った装飾は無く、上部だけが淡く青い光を放っているだけだ。
「これに学生証をかざすと……」
そう言って紫音は自分の学生証をその青い部分にかざした。
すると、一瞬青い光が強くなって、ポーンと音が鳴った。
その瞬間、空間が歪んだ。
空気がグニャリと渦を巻き、やがて水面のように揺れ動いて形を安定させた。
「これがホール……。」
「そ、不思議でしょ。最近不具合があったらしいけどすぐ直って良かったよ。」
ホールを覗けばまるで鏡のようにこちら側を映している。
しかし、そこに俺や紫音は映っていなかった。
さっきの認証機械があるだけだ。
「これ一人が入ると消えちゃうから後で夕陽も入ってきてね。」
そう言って紫音はホールの中に入って行った。
その瞬間、空間の歪みは消えて、もとの状態に戻った。
これはすごいな……厨二心をくすぐられるゲートじゃないか。
俺もワクワクしながら機械に学生証をかざす。
さっきと同じようにポーンと音が鳴りホールが開いた。
試しに右手を突っ込んでみる。
すると、ホールに入った手首から先が消えた。
まるで切断されたかのようにその空間を境になくなっている。
不思議な光景だ。
俺は恐る恐る足を踏み入れ、ついに全身をその歪みに沈めた。
水の中に入ったように視界がボヤけ、次第に晴れていく。
目の前にはさっきまでいた部屋が広がり、そこには紫音が待ち遠しそうに立っていた。
「ようこそ!いや、おかえりか……おかえり、現世へ!」
現世と言われても窓すらないものだから実感が湧かないな。
さっきと変わらない光景だ。
俺たちは部屋を出てさっきの梯子を一番下まで降りる。
こんな長く梯子を使ったことなかったから疲れた。
ここは一階か?
「準備はいい?」
紫音は金属製のドアのノブに手をかけながらそう聞いてくる。
俺は無言で頷いて応える。
「オープン!」
紫音はテンションの高い掛け声と同時に扉を開ける。
開いたドアの隙間からオレンジ色の暖かな光が床を照らす。
その扉を潜ると校舎の玄関に繋がっており、赤ではない真っ青な空が広がっていた。
上を見上げるも、あまりの眩しさに目が痛くなる。
少し目が慣れてからもう一度見る。
白い雲があり、眩しい太陽があり、日光の熱がある。
一週間しか経ってないが、とても久しぶりに思える。
「どう?久しぶり現世。」
「なんというか……懐かしい。」
やっぱり一週間だと、「おお!戻れたぞぉ!」なんかのリアクションは出ない。
でも、確かに現世に行けたことでどこか安堵しているところもある。
なんでだろうか、帰れたから?
「よし、じゃあ行こう!俺が週5で行ってるラーメン屋!」
「病気になるぞ……。」
「何言ってんの、夏は塩分補給!さ、早く早く!」
そんな暴論を吐きながら俺の背中を押して急かす。
俺はそれに抵抗することなく歩き始める。
「ここだよ!」
10分ほど歩いてついたのは赤い看板がトレードマークのボロボロのラーメン屋だった。
外に置かれた電光掲示板はバキバキに割れて、店内も明かりこそついているものの夜の世界より暗い。
ぶっちゃけ言って汚い。
営業しているのか疑うレベルだ。
「本当にここか?」
「うん!見た目はちょっとアレだけど味は保証するよ!」
そう言って所々にビビが入ったガラス張りのドアを引いて開ける。
店内は……最悪だな。
床はベトベト、壁紙は変色、ゴミこそ落ちてないもののゴミと遜色ない汚さをしている。
俺たちはカウンター席に並んで腰掛け、紫音が厨房奥に「すいませーん」と声をかける
「らっしゃい……おっ!右響の坊主じゃねぇか!今日も来たのか!」
すると奥から声のでかいおっさんが出てきた。
この店の雰囲気とは真逆の綺麗なエプロンを装着し、チクチクの無精髭を生やした職人って感じのおっさんだ。
「こんちはおっちゃん!今日は友達もいるよ」
紫音がそう言うとおっちゃんの視線が俺に流れる。
俺は小さく「どうも」と呟いて一礼する。
「おめぇが右響の友達くんかぁ、今日はたらふく食ってけよ!」
「はい、ありがとうございます……。」
「右響はいつものでいいんだろ?そっちの坊主は。」
「あ、じゃあ同じのを。」
「はいよぉ!」
もはや怒鳴り声のような声を出しておっちゃんは目の前で調理を始めた。
手際がいい。
意外と調理器具とかは綺麗で厨房だけリニューアルしたかのような輝きだ。
厨房が清潔なのは好感が持てるな。
「それにしても、昼休憩に校外でご飯なんて信じられないな。冷静に考えるとおかしく思えてきた。」
「まあ夜天閣って学校ってより会社みたいなものだからね。昼休憩も長いし給料もでる。俺はこっちの方がいいかな。」
「確かに。」
給料か……俺も早く貰いたいな。
パソコンが買いたい。この際ノートでもいいから。
スマホゲームだけはもう嫌だ。
「へい、お待ち。醤油ラーメン二つ。」
「お、きたきた!」
そんなことを考えているうちに俺たちの目の前にラーメンが運ばれる。
おお、美味そうだ。
醤油色をしたスープ、分厚い焼豚、黄金の煮卵。
ほかにもメンマやネギがトッピングされていて食欲をそそられる色合いだ。
匂いを嗅げば思わず顎が上がってしまう。
これがラーメンのスメルアッパー。
すでにKOされてしまいそうだ。
「うん!美味い!」
隣ではすでに紫音が麺を啜っている。
ああ、美味そうに食いやがるなこいつ。
さて、俺も頂こう。
俺は麺を掬って口に運び、ズルズルと啜っていく。
おお、濃口だ。
しっかりとした醤油の味が麺にしっかりと染みている。
モチモチとした食感がこれまたたまらない。
こういうのでいいんだよ。
「美味しいでしょ?」
「うん、すごい美味いよ。」
「ハッハッハ!気に入ってくれたか!?」
「はい、美味しいです。」
俺は黙々と食べ進めていき、数分で平らげてしまった。
結局スープも飲んでしまった。
いやぁ素晴らしい一杯でした。
「ご馳走様。」
「おう、腹いっぱいになったか?」
「おかげさまで。」
「そりゃ良かった!」
結構ボリュームがあって腹が苦しい。
でも、この満腹感と幸福感は最高だ。
「この店はね、見た目こそ汚いけど味は確かなんだよ。」
「おい、汚ねえは余計だったの。」
「でも、確かに美味しかったですよ。」
「ハハ、そう言ってもらえりゃ満足よ。」
おっちゃんは「へへん」と鼻を擦り、自慢げな態度になる。
その後、空になった器を回収して厨房の奥に引っ込んだ。
「さて、まだ時間があるよ、夕陽。」
「え、ああ、そうだな。」
「いいの?親御さんに会わなくて。」
突然そんなことを言ってくる紫音に俺は少々困惑した。
「なんで?」
「だって夜の世界には迷い込んだんでしょ?そこから会ってないなら無事の報告くらいしたらと思ってね。」
「…………いや、大丈夫。」
「え?」
今、母さんたちには会いたくない。
それは、俺が母さんたちを恨んでいるからではない。むしろ逆だ。
俺には親に合わせられるような顔がない。
そりゃ、最初は優しくない親だなんて悪態もついた。
だけど、考えれば俺が100パーセント悪い。
勉強イヤイヤニートなんて誰が可愛がって養うか。
俺が間違いで親が正しい。
だから、会うのはもっと先でいい。
「せっかくの帰省なのに……勿体無いな。」
「いつでも来れるならいつかでいい。」
「俺たちにはそのいつかも来ないかもだよ?」
夜敷といい紫音といい、物騒なことばかり言う。
そんなに俺を怖がらせて楽しいか。
「ん?」
と、そこで俺と紫音のスマホが同時に鳴る。
そして画面を確認する。
夜天閣からのメールだ。
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緊急 出動要請
場所 夜 夜天閣北西五粁地点の森林
任務 夜魔の掃討
推定ランク E
夜魔の生体反応あり、司令を受けた者はDランク員川篠を筆頭に現場に急行すること。
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「お、任務だ。」
に、任務!
遂にきたかこのイベントが!
俺の最初の晴れ舞台!
「ご馳走様おっちゃん!俺ら昼休み終わっちゃうからそろそろ行くよ。急ぐよ夕陽。」
「ああ……!」
「おう!また来いよ!」
「はい。」
俺はおっちゃんの言葉におざなりに返事をしつつ任務の現場へと急行した。
よし、頑張れ俺。
世のため人のため給料のため!




