第99話 手紙が届く日
薬草園のベンチに並んで座っていた。
朝の収穫が終わり、籠いっぱいの薬草が二人の足元に置かれている。フェリクスが水筒を差し出し、ミーリアが受け取って一口飲んだ。
「今日の収穫、いい色ですね。この葉脈の濃さだと、軟膏にしたら効き目が強いはずです」
「ああ。昨夜の雨で土壌に水が行き渡った。テラも喜んでた」
〈水。たくさん。嬉しい〉
畑の端でテラがのんびり回転している。その上をフィルが翡翠色の軌跡を描いて飛び回っていた。
「ミーリアさーん!」
谷間の道から声がした。見ると、行商人のヘルマンが馬車を引いて坂を上ってくる。背中に大きな荷袋を背負い、片手に封筒と小包を振っていた。
「手紙ですよ! 遠方からです!」
ミーリアが立ち上がった。フェリクスも立ち上がり、ヘルマンが差し出した手紙と小包を受け取った。
「二通と一つ。帝都経由で辺境まで回されてきたみたいですね。一つは封蝋の紋章つきですよ」
「ありがとうございます、ヘルマンさん。温泉に入っていきますか?」
「ありがたい。腰がもう限界でして」
ヘルマンが温泉宿の方へ去っていった。
ミーリアはベンチに座り直し、手紙を見た。
一通目。封蝋に銀色の紋章。見覚えがあった。
「リーナさまだ」
ミーリアが封を切った。
流麗な筆跡が便箋に並んでいる。
『ミーリアさま。近いうちに辺境視察の名目で伺いますわ。温泉、楽しみにしておりますわね。フェリクスさまにもよろしく。——リーナ』
ミーリアの顔が輝いた。
「リーナさまが来てくれるって!」
「帝都の貴族が辺境に来るのか。準備がいるな」
「えっと、リーナさまはそういうの気にしない方だと思います。温泉に入れれば喜んでくれますよ」
「温泉なら任せろ。源泉の整備はしてある」
フェリクスが顎で谷の上手を示した。湯を引く樋の並んでいる方角だった。
ミーリアは返事を書くつもりで便箋を探したが、先に二通目を確認した。
二通目は手紙ではなかった。小包だった。布に包まれた、手のひらに収まる大きさの袋。中を開けると、乾燥した種子が八粒ほど入っていた。見たことのない形状の種で、表面に微かな光沢があった。
手紙は入っていない。差出人の名前もない。
「……説明なし。カイトさんらしい」
ミーリアは苦笑した。袋の口を指で広げ、中を覗く。聖域山脈でも、あの人は何も言わずに先頭を歩いていた。
種を掌に乗せてみた。微かに温かい。ダンジョンの深層で採れた薬草だろうか。どんな花が咲くのか、どんな効能があるのか、見当もつかない。それでも、この人が送ってくれたものだから大事に育てたい。
「礼状は?」
「お酒を送ります。あの人、お酒好きそうだったから」
「根拠は」
「えっと……勘です」
フェリクスが鼻で息を吐いた。呆れているのか笑っているのか判別がつかなかったが、口元はわずかに緩んでいた。
* * *
午後。
ミーリアは返事を書いた。
リーナへの手紙。
『リーナさま。辺境の温泉は今日も穏やかです。薬草園の新しい品種が実をつけました。よかったら、遊びに来てください。温泉に浸かりながら、ゆっくりお話ししたいです。——ミーリアより』
カイトへの手紙。
『カイトさんへ。種、ありがとうございます。何の薬草かわからないけれど、大事に育てます。お礼に、グリュンハイムのお酒を送ります。——ミーリアより』
手紙を書きながら、ミーリアはカイトに送る薬草の種の図解も描いた。この地方にしかない薬草で、ダンジョンで見つけたら送ってほしいものがあった。絵は上手ではなかったが、特徴はわかるように描いた。
「フェリクスさん、お酒はどれを送ったらいいですかね」
「マルタに聞け。あいつが一番酒に詳しい」
* * *
マルタの温泉宿に行くと、マルタが棚から三本の瓶を引っ張り出してきた。
「お酒? 男の人に送るなら、山ぶどうの酒がいいわよ。うちの名物。辺境でしか作れない味だから、珍しがってもらえるわ」
「じゃあ、それをお願いします」
「誰に送るの?」
「聖域山脈で一緒に戦った方です。ダンジョンの冒険者さんで——」
「冒険者! 男前?」
「えっと、男前かどうかは——」
「ミーリアちゃんにそういうこと聞いても無駄よね。あんたにはフェリクスしか見えてないんだから」
マルタが瓶を布に包みながら笑った。ミーリアの頬が赤くなった。
「そ、そういうわけじゃ——」
「いいのよ。新婚なんだから。ほら、瓶は割れないように藁を詰めて包んだわよ。行商人に預けなさい」
* * *
夕方、ヘルマンに手紙と荷物を託した。帝都経由でリーナのもとへ、迷宮都市カスカーラ経由でカイトのもとへ届く手筈だった。
「遠いなあ」
ミーリアが呟いた。行商人の馬車が坂を下り、谷間の道を遠ざかっていく。
「遠い。だが繋がってる」
フェリクスが隣に立っていた。
「ヘルマンは月に二度、この坂を上ってくる」
「そうですね。——リーナさまが来てくれたら、温泉を案内したいです。カイトさんにはいつか、薬草園を見せたい」
「あいつは酒が飲めればそれでいいだろう」
「フェリクスさん、カイトさんに厳しくないですか?」
「事実だ」
ミーリアは笑った。
* * *
翌朝。
薬草園の端に、特別な一角を作った。
小さな畝を立て、水はけのいい土を入れ、日当たりを確認した。カイトから届いた種を一粒ずつ、指先で土に押し込んだ。
「何が咲くかわからないですけど」
ミーリアは土を被せながら言った。
「ダンジョン産の薬草なら、特別な効能があるかもしれない。この土壌と星脈の余韻なら、きっと育ちます」
〈種。不思議な匂い〉
フィルが種を植えた土の上を低く飛んだ。テラが畑の端から近づいてきて、土壌をゆっくり確かめるように回転した。
〈温かい。この種。温かい〉
「テラさんもそう思いますか? わたしも、この種に触った時、温かい感じがしたんです」
ミーリアは水を注いだ。星脈共鳴は使わなかった。自然に育つのを待つつもりだった。
「この種、何が咲くかわからないけど——楽しみですね、フェリクスさん」
フェリクスは種を植えた一角を見下ろし、腕を組んだ。
「ああ。楽しみだ」
フェリクスは腕を解き、畝の縁の土を靴の先で押さえた。
風が薬草園を吹き抜け、フィルが翡翠色の光を撒きながら谷間の空に舞い上がった。
ミーリアは立ち上がり、土のついた手を払った。
「昨日の籠、奥に置いたままでした。運んで、軟膏を仕込んでしまいますね」
フェリクスが黙って頷き、二人は薬草園の奥へ歩いていった。




