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追放されたB級聖女ですが、辺境の大地がなぜか私にだけ歌いかけてきます  作者: 景都 (けいと)


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第100話 辺境でのんびり暮らしたい

 グリュンハイムの朝は、湯煙から始まる。


 源泉から立ち上る白い蒸気が谷間に溜まり、朝日が差し込むと薄い金色に変わる。山肌を伝う霧と湯煙が混ざり合い、聖域山脈の稜線が白く霞んで見えた。


 ミーリアは薬草園にいた。


 朝露に濡れた葉を一枚ずつ確かめ、状態のいいものだけを籠に入れていく。指先に露が冷たい。土の匂いがする。しゃがんだ足の裏に、この畑だけがいつも少し温かい。


〈おはよう。朝。きれい〉


 フィルが肩の上で翡翠色に明滅した。半透明の羽が朝日を受けて虹色に輝いている。


「おはようございます、フィルさん。今日もいいお天気ですね」


 畑の端で、テラがゆっくり回転しながら土壌の水分を確かめていた。畝と畝の間を転がるように移動し、乾いた場所を見つけるとその場で止まる。


〈ここ。水。足りない〉


「ありがとう、テラさん。あとでお水をあげますね」


 温泉の方角から、アクアの淡い青い光が見えた。源泉の湯面で静かに浮かんでいる。


* * *


 足音が聞こえた。


「……茶、淹れた」


 フェリクスが薬草園の入口に立っていた。両手に木の椀を持っている。湯気が立ち上り、ハーブの香りが漂ってきた。


「フェリクスさん、ありがとうございます」


 ミーリアは籠を下ろし、椀を受け取った。口をつけると、ミントと山百合の葉を合わせた調合の味がした。


「美味しいです。上手になりましたね」


「……毎日淹れてれば慣れる」


 二人は薬草園の入口のベンチに並んで座り、ハーブティーを飲んだ。


 谷間に朝の音が広がっていく。マルタの温泉宿から湯治客の声がして、集会所の方からハンス村長が村人に朝の挨拶をする声が聞こえた。遠くの畑で鍬を振る音。鶏の鳴き声。


「今日は何をする」


「薬草の収穫と、温泉のお手入れと、ロッテおばさんのところに新しい調合薬を届けて……あ、カイトさんの種にお水をあげなきゃ」


 薬草園の端に作った特別な一角を見やった。カイトから届いた種を植えて十日が経つ。まだ芽は出ていないが、テラが毎日「温かい」と伝えてくれる。


「リーナさまのお返事も書かないと。いつ来てくれるか、日程を確認したいんです」


「部屋の掃除は俺がやる。客間の窓枠が緩んでる」


「フェリクスさん、山の見回りは?」


「午後に行く。朝はここにいる」


 ミーリアはハーブティーの湯気越しにフェリクスの横顔を見た。琥珀色の目が薬草園の緑を映している。日焼けした肌に朝日が当たり、額に張りついた深緑の前髪が風に揺れた。


* * *


 籠の薬草をロッテの元に届けに行った。


「おはよう、ロッテおばさん」


「おはよう。今日は量が多いね。雨上がりは収穫日和だ」


 ロッテは籠の中を確かめ、一つずつ葉の状態を見た。


「色がいい。あんたの畑は年々よくなるね。星脈の余韻が安定してきたんだろう」


「はい。封印を直してから、力が落ち着いたみたいです。前みたいに頭が痛くなることもなくて」


「そりゃ結構。体を壊されちゃ元も子もないからね」


 新しい調合薬の瓶をロッテに渡した。温泉の泉質に合わせた外用薬で、肩や腰の痛みに効く。湯治客からの要望が多かった。


「これ、配合を少し変えました。ミントの比率を増やして、塗った時の清涼感を上げてあります」


「おや。工夫したね」


 ロッテが蓋を開けて匂いを嗅いだ。


「いい匂いだ。これなら売れるよ」


「売るんですか?」


「当たり前だろう。温泉郷の名物にするんだ。マルタと話してある。あんたの調合薬を温泉宿の土産物にする」


「ええっ!」


「あんたはのんびり暮らしたいって言うが、周りはのんびりさせてくれないのさ」


 ロッテが笑った。


 クラリッサが奥の棚から乾燥薬草を抱えてきた。


「ロッテさん、こちらの分類が終わりました。月桂樹の葉は量が多かったので二袋に分けてあります」


「ご苦労さん。ずいぶん手際がよくなったね」


「ロッテさんのおかげですわ」


 クラリッサの手は土で汚れていた。爪の間の黒ずみを気にする素振りはもうなかった。


* * *


 フェリクスが山の見回りに出たあと、ミーリアはカイトの種に水をやりに行った。


 特別な一角の畝にしゃがみ込み、柄杓で水を注いだ。


「まだ芽は出ないですね」


〈でも。動いてる。土の中〉


 テラが教えてくれた。ミーリアは土の表面に手を当てた。星脈共鳴は使わない。ただ触れるだけ。


 微かに温かかった。何かが土の中で生きている。


「楽しみだなあ」


 ミーリアは立ち上がり、空を見上げた。


 聖域山脈の稜線が午後の光に輝いている。あの山の向こうで、リーナが帝都の政務に励んでいる。迷宮都市では、カイトがダンジョンに潜っている。


 フィルが肩から飛び立ち、薬草園の上を一周して戻ってきた。


〈風。穏やか。今日も〉


「そうですね」


 ミーリアは空の籠を持ち替えた。


* * *


 日が傾くころ、フェリクスが山から戻り、二人で温泉に浸かった。源泉の湯面に夕焼けが映り、星脈の白銀の光が湯の底で静かに脈打っている。


「異常なし。山も精霊も穏やかだった」


「よかった」


「……お前は、今日一日何をしてた」


「薬草の収穫と調合薬の納品と、カイトさんの種に水やりと、リーナさまへのお返事を書いて、マルタさんの温泉宿のお手入れを少し手伝って——」


「のんびりしてないな」


「えっと……のんびり、してるつもりなんですけど」


 フェリクスが鼻で息を吐いた。


「お前ののんびりは忙しい」


「そうですかね」


 ミーリアは湯に肩まで沈んだ。温かい水が体を包む。薬草の香りと硫黄の匂いが混ざった。


* * *


 食事を終えて、家の前に出た。


 空を見上げた。


 月が出ていた。穏やかな白い月が、聖域山脈の上に浮かんでいる。


 赤くない。


 封印が安定して以来、月は赤みを帯びることがなくなった。


 月の光が谷間を銀色に照らし、温泉の湯煙を輝かせていた。聖樹の梢が月光を受けて淡く光り、薬草園の葉が銀の露を纏っていた。


「きれいですね」


 フェリクスが隣に立った。


 二人で月を見上げた。


「フェリクスさん」


「ああ」


「わたし——のんびり暮らしたいです」


 追放された夜、馬車の荷台で同じことを願った。あのときは、口に出す相手がいなかった。


「ああ」


 フェリクスは月のほうを見たままだった。


「のんびり暮らそう」


 遠くで聖樹が穏やかに光った。幹の表面を白銀の脈がゆっくりと走り、枝の先で光の花が一つ咲いた。


 精霊たちの声が、夜の空気を伝って届いた。


〈幸せ。ここ。ずっと〉


 谷間に湯煙が上がっている。薬草園の露が月を受けて光り、その下の土のなかで、カイトの種がまだ動かずにいる。


 明日も、この時刻に籠を提げて出るのだろう。


こんにちは、けいと です。


このお話をもってミーリアたちの旅はひと段落することになりました。

まずは、ここまで見届けてくれたみなさまにお礼を言わせてください。

この物語を、想像していたよりもずっと多くの方に読んでいただけていて、いただく感想やブックマーク、評価のひとつひとつに本当に励まされています。

書き始めたときは、ここまで届くとは思ってもみませんでした。読んでくださっている皆さまのおかげです。ありがとうございます。


その一方で、書き進めるなかで設定の詰めが甘かった部分や、至らない描写があったことにも気づかされました。ご指摘いただいた点も含めて、ひとつずつ受け止めて、この先の話をよりよくしていきたいと思っています。未熟なところも多いですが、どうか温かく見守っていただけたら嬉しいです。


物語は、まだ続きます。

今の作品の続きも、しっかり書き進めています。この先の展開も楽しみにしていただけたらと思います。


そしてもうひとつ。実は、ずっと前から胸の中で温めてきた物語があります。

なかなか形にできずにいたのですが、ようやく書き始められそうなところまで来ました。

今の作品とはまた違う色合いの話になりますが、こちらも大切に育てていくつもりです。


これからも、コツコツと更新を続けていきます。もしよければ、お気に入りユーザー登録をしていただけると、新しい話や新作のお知らせが届きやすくなります。

一緒に、この先の物語を見届けてもらえたら、とても嬉しいです!


あらためて、いつもありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。


けいと

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