表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放されたB級聖女ですが、辺境の大地がなぜか私にだけ歌いかけてきます  作者: 景都 (けいと)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/124

第63話 自治区の決意

 翌朝、ハンス村長が集会所に村人を集めた。


 グリュンハイムの集会所は石造りの小さな建物だ。地震で壁に亀裂が入り、修繕の跡が生々しく残っている。それでも村人たちは所狭しと詰めかけた。椅子が足りず、壁際に立つ者もいた。


 ミーリアは集会所の隅に座っていた。フェリクスが隣に立ち、腕を組んでいる。ロッテが反対側に座り、マルタが入口近くで腕まくりをしていた。


「皆に伝えることがある」


 村長がテーブルの前に立ち、杖を脇に置いた。


「昨日、帝都から使者が来た。ミーリアさんに対する出頭命令だ。帝国議会の決定として、聖女候補の鑑定のため帝都に出頭せよ、と」


 集会所がざわめいた。


「出頭だと?」


「ミーリアちゃんを帝都に連れ戻すのか」


「冗談じゃない!」


 声が上がった。椅子から立ち上がる者がいた。赤ら顔の鍛冶屋が拳をテーブルに叩きつけた。


「ミーリアちゃんがいなかったら、この村は地震で潰れてたんだぞ! 帝都の連中が何をしてくれた。聖女が祈って何か変わったか」


「そうだ! 帝都にミーリアちゃんをやるもんか」


「守るぞ、ミーリアちゃんを!」


 声が重なった。集会所の空気が熱を帯びた。ミーリアは椅子の上で背を丸くしていた。頬が熱い。胸の奥が震えていた。


 ハンス村長が手を挙げた。ざわめきが静まった。


「気持ちはわかる。だが感情だけでは帝都と戦えん。わしはグリュンハイムの自治権を盾に交渉するつもりだ」


「交渉なんて生ぬるい! 入口を塞いで追い返せ!」


「落ち着け、ヨーゼフ」


 村長が鍛冶屋を制した。それから卓の上に古い羊皮紙を広げた。角が擦り切れ、帝国の紋章が褪せている。


「建国のときの取り決めだ。この村の中のことは、この村で決める」


「帝都が破ったらどうする」


「破ったのは向こうだと、議会宛に書いて出す」


 村長は羊皮紙を巻き直し、紐をかけた。


「今の帝都は復興で手一杯だ。こちらの言い分を聞く耳はある」


 ロッテが立ち上がった。


「あたしからも一つ」


 集会所が静まった。ロッテの声は村長よりも通る。


「ミーリアちゃん。あんた聞いてるかい」


「は、はい」


「あんたは薬草園にいな。交渉も警備もあたしらの仕事さ。あんたの仕事は、この村の大地を守ることだ」


 ロッテがミーリアの肩を叩いた。大きな手だった。ミーリアの肩がぐらりと揺れた。


「ロッテおばさん……」


「泣くんじゃないよ。あんたが泣くと、こっちまでもらい泣きするだろうが」


 ミーリアの目尻に光が滲んでいた。拭おうとして、拭いきれなかった。


「わたし、ここに来てよかった……」


 声がかすれた。村人たちが笑った。優しい笑い声が集会所に満ちた。


 マルタが手を挙げた。


「あたしからも一つ。温泉宿は通常営業を続けます。帝都の使者だろうが兵士だろうが、宿代は前払いで一泊銀貨三枚。風呂代は別。値引きなし」


 笑い声がさらに大きくなった。鍛冶屋のヨーゼフが「さすがマルタ、商売っ気は忘れないな」と腹を抱えた。


「じゃあ薪は誰が割るんだい」


 ロッテが指を折りはじめた。


「うちの若いのを二人出す」


「湯守りはあたし。パンは朝と夕の二回焼きに戻します」


 ヨーゼフとマルタが順に答えた。ミーリアも膝の上で指を折った。薬草園の畝は八本。明日は九本目を起こす。


* * *


 集会が終わった後、フェリクスは山の精霊たちに警戒態勢を敷いた。


 グリュンハイムの周囲に生息する精霊たちに、フィルを通じて指示を出す。帝都からの部隊が来たら、山道に入った時点で知らせるように。


〈わかった。見張る。ずっと〉


 フィルが翡翠の光を瞬かせて、山の方角へ飛んでいった。


 フェリクスは腕を組んだまま、山の稜線を見つめていた。ミーリアが隣に立った。


「フェリクスさん」


「なんだ」


「ありがとうございます。わたしを守ろうとしてくれて」


「当たり前だ」


「当たり前じゃないです。フェリクスさんも、村長さんも、ロッテおばさんも、みんな——」


「当たり前だと言っている」


 フェリクスが遮った。腕を組み直し、山道の入口へ顎を向けた。


 ミーリアは黙った。フェリクスの横顔を見た。森緑の髪が風に流れ、日焼けした額の傷痕が陽に照らされている。ミーリアは半歩、そちらに寄った。


* * *


 夕方、マルタが手紙を持ってきた。


「ミーリアちゃん、リーナさまからまた手紙よ」


 銀色の蝋印。リーナの筆跡だった。二通目の手紙。出頭命令とほぼ同時に出されたのだろう。


 ミーリアは封を切った。


 『ミーリアさま。出頭命令のことは承知しております。わたくしの証言がきっかけです。ご迷惑をおかけしていたら申し訳ございません。しかし必要なことでした。帝都では大きな動きが起きています。ヴァレンシュタイン家のディートリヒが——失脚しそうです』


 ミーリアは便箋を持つ手を止めた。ヴァレンシュタイン。追放を告げられた広間で、いちばん前の椅子に座っていた家の名だった。その当主の息子が失脚する。


 手紙は続いていた。


 『わたくしの証言をきっかけに、議会でヴァレンシュタイン家の封印隠蔽が追及されています。ディートリヒは帝国騎士団長の地位を解かれる可能性があります。エーデルシュタイン家も距離を置き始めました』


 『ミーリアさん、あなたは帝都に来る必要はありません。嵐が過ぎるまで、そこで待っていてください。わたくしが帝都を守ります』


 ミーリアは手紙を胸に当てた。


「リーナさま……」


 追放された夜に声をかけてくれた人が、帝都の議場で今も立っている。


「何が書いてあった」


 フェリクスが聞いた。


「ヴァレンシュタイン家のディートリヒという人が失脚しそうだと。リーナさまの証言がきっかけで」


「ヴァレンシュタイン。お前を追放した連中か」


「はい。でもリーナさまは『帝都に来なくていい、待っていて』と」


 フェリクスが頷いた。


「リーナという女は、信用できるのか」


 ミーリアは微笑んだ。


「はい。わたしが泣いていた時に、立ち上がる勇気をくれた人ですから」


 夕日がグリュンハイムの谷間を橙に染めていた。聖樹のシルエットが夕空に浮かんでいる。


 テラが足元で低く振動した。


〈大地。揺れてない。今日は。穏やか〉


 ミーリアはテラに微笑みかけた。


「ありがとう、テラ。穏やかなのはいいことだね」


 ミーリアは便箋をもう一度開いた。嵐、と書かれた行を指の腹でなぞった。それから丁寧に畳み、枕元の木箱にしまった。リーナからの手紙は全て、ここに保管してある。一通目からずっと。


 窓の外を見た。星が一つ、また一つと灯っていく。


「リーナさま。わたしも、わたしにできることをします」


 誰にも聞こえない声で呟いた。フェリクスの耳だけが、その声を拾った。けれど何も言わなかった。ただ窓の向こうの星を見上げ、腕を組み直した。


 フィルが窓の外から戻ってきた。翡翠の光を明滅させ、ミーリアの手の上に降りた。


〈静か。山。今日は静か〉


「そう。今日は静かなのね」


 ミーリアはフィルの翅に指先を触れた。温かい光が指先から手首に伝わった。


 それから木箱の蓋を開けた。裏に貼った暦の、今日の枡に炭の欠片で線を引く。線は二本になった。


 残りの枡を、端から指で押さえて数える。十八。


 炭を置き、蓋を閉めた。窓の外で、山の稜線が夜に沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
自治権もそうだが主人公は帝都ではの扱いをキチンと村長に話すべきだよな 七年間聖女候補とし祈りと修行させられその挙句に皇帝自ら帝国を騙した偽聖女として帝都追放を宣言しその結果辺境自治領にきたのどから帝国…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ