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追放されたB級聖女ですが、辺境の大地がなぜか私にだけ歌いかけてきます  作者: 景都 (けいと)


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第47話 鑑譜師の眼

リーナ・クレスタフェルデは、薬草園の隅に用意された椅子に腰を下ろし、紫の瞳でミーリアを見つめていた。


「では、改めて。ミーリアさん、あなたの力を見せていただけますかしら?」


「えっと、星脈共鳴……ですか?」


「ええ。いつも通りで構いませんわ。わたくしが見させていただきますので」


 ミーリアは薬草園の土に片膝をつき、両手を地面に当てた。


 目を閉じる。土の温度が指先から伝わってくる。地面の下を流れる星脈のゆるやかな脈動。いつもと同じ感覚。


 星脈に意識を預けた。


 瞳が白銀に変わる。地面から淡い光の筋が放射状に広がり、薬草園の土壌を照らし出した。枯れかけていた畑の端の株が、光の中で葉を広げ始める。茎が伸び、蕾が膨らみ、小さな花が一つ咲いた。


 リーナが息を呑む音が聞こえた。


「——大聖女アリーシアの旋律と、一致していますわ」


 ミーリアは手を離し、振り返った。瞳が金色に戻る。


「大聖女って……百年前の?」


「ええ。わたくしの力は、核紋の旋律を読み取るものです。帝都の古文書に大聖女アリーシアの核紋旋律の記録が残っていて——あなたの旋律は、それと同じ音を含んでいますの」


 ミーリアは口を開けたまま、言葉が出なかった。


 自分の力が大聖女と同じ。星脈共鳴という名前がついたのは村の古い書物のおかげだったが、それが本当に百年前の伝説と一致するとは知らなかった。


「でも、わたし、光属性B級で……」


「光属性の鑑定では測れないのですわ。あなたの力は光ではなく、星脈そのものに共鳴する属性——古い時代の用語で言えば、星属性。既存の七属性鑑定には含まれない力ですの」


 リーナが椅子から立ち上がり、薬草園を見渡した。朝の光を浴びた畑は瑞々しく、精霊たちの気配が至るところに漂っている。帝都の庭園とは比べものにならないほど、生命力に満ちた場所。


「そして、この辺境だけが大陸異変の被害を免れた理由も、今わかりました」


「え」


「封印の劣化が原因で、大陸全土の星脈が乱れています。地震はその症状のひとつ。けれどこの辺境だけは——あなたの星脈共鳴が、無意識のうちに土地を安定させ続けていたのですわ」


 ミーリアは足元を見た。薬草園の土。毎日手を当てて、精霊たちに語りかけて、星脈を整えてきた場所。それが大陸異変からこの村を守っていたのか。


「わたし、そんなつもりは……ただ、土が元気でいてほしくて」


「その『ただ』が、何千人もの命を守りましたのよ」


 リーナの声が柔らかかった。


 フェリクスが薬草園の柵に背を預けて、二人のやり取りを聞いていた。腕を組み、表情を変えずに。


「帝都の令嬢。ミーリアの力が大聖女と同じだと、帝都に報告するつもりか」


「フェリクスさん、ですわね」


「答えろ」


「報告はいたします。それがわたくしの任務ですもの」


 フェリクスの目が細くなった。ミーリアが口を開きかけたが、リーナが先に続けた。


「ただし、報告書の書き方は選べますわ。『辺境の薬草師は大陸異変の安定に寄与しており、帝都への移送は星脈バランスの崩壊を招く危険がある』——このように書けば、帝都はミーリアさんをここに置いておくことを選ぶはずです」


 フェリクスが眉を上げた。


「お前にとって、何の得がある」


「正しいことを記録に残す。それ以上でもそれ以下でもありませんわ」


 リーナの紫の瞳に嘘の色はなかった。フェリクスは数秒間その目を見つめ、鼻を鳴らした。完全には信じていない。だが、敵ではないと判断したらしい。


 ルシアンが後ろから声をかけた。


「彼女はミーリアを利用するつもりはない。それは保証する」


「お前の保証がどこまで有効かは知らんがな」


「それでも言っておく」


 フェリクスとルシアンが視線を交わした。静かな緊張が一瞬走り、ルシアンが先に目を逸らした。


 フィルがリーナの周りを飛び始めた。翡翠色の光をぱちぱちと瞬かせて、リーナの銀髪の周囲をぐるぐると回る。


〈面白い。この人。面白い〉


「あら」


 リーナが目を丸くした。精霊の姿は見えないはずだが、髪を揺らす風の動きで何かがいることに気づいたらしい。


「精霊さんが……わたくしに興味を持ってくれていますの?」


「フィルさんです。風の精霊で、好奇心が強くて。えっと、リーナさまのことが面白いって言ってます」


「まあ。光栄ですわ」


 リーナが微笑んだ。その笑顔に、ミーリアは安堵した。


 テラが畑の隅からのそのそと姿を見せ、リーナの足元で一度回転してから、また土の中に戻った。


〈悪い人。違う〉


「テラさんも、大丈夫って言ってくれてます」


 フェリクスが背を預けた柵から離れ、ミーリアの隣に立った。


「精霊が認めたなら、とりあえず信じてやる。だが——ミーリアを危険にさらすなら、俺は容赦しない」


「ええ。そのつもりでいてくださいませ」


 リーナが真っ直ぐにフェリクスを見返した。


 それからリーナはミーリアに向き直り、真剣な表情で告げた。


「ミーリアさん。あなたの力は、帝都が知れば放っておきません。聖女の座を巡る政争に巻き込まれる可能性がありますわ。ですから——わたくしが報告書を書く際、あなたを守る書き方をしますわ」


 ミーリアは胸に手を当てた。


「リーナさま……」


「あの夜、わたくしはあなたに一言しかかけられませんでした。今度は——もう少し、お力になれると思いますの」


 薬草園に風が吹いた。フィルが光の軌跡を描きながら二人の間を飛び回り、テラが地面の下で満足そうに揺れた。


 ミーリアは深く頭を下げた。


「ありがとうございます。リーナさま」


 リーナが小さく笑った。


「報告書を仕上げるまでに、もう少しこの土地のことを教えていただけますかしら? 温泉というものにも興味がありますの」


「はい。えっと、グリュンハイムの温泉、すごくいいんです。お肌もつるつるになりますし、疲れも取れますし——」


「あら。それは楽しみですわ」


 フェリクスが黙って二人の後ろを歩いた。リーナへの警戒は消えていないが、ミーリアの表情が明るくなったことに、口元が微かに緩んでいた。


* * *


 その日の夕方、ミーリアはフェリクスと二人で聖樹の前にいた。


 リーナとルシアンはマルタの宿に落ち着いている。夕食まで少し時間があった。


「フェリクスさん、リーナさまのこと、どう思いますか」


「まだ判断はつかない」


「でも、精霊さんたちが認めてくれましたし……」


「精霊が認めたことと、俺が信じることは別だ」


 フェリクスが聖樹の幹に手を触れた。精霊の番人の血筋として、この聖樹と対話できる数少ない人間。けれど今は何も問いかけず、ただ幹の感触を確かめているだけのようだった。


「ただ……」


 フェリクスが小さく続けた。


「あの令嬢の言葉に嘘はなさそうだ。精霊がどうこう以前に、目を見ればわかる」


「フェリクスさんって、そういうところは鋭いですよね」


「山で暮らしていれば嫌でも身につく。獣も精霊も、目で嘘がわかる」


 ミーリアは微笑んだ。聖樹の幹を見上げると、高い枝の間から夕日が差し込んでいた。苔に覆われた幹が赤い光を浴びて、温かな色に染まっている。


「大聖女アリーシアと同じ力……か」


 呟きが漏れた。リーナの言葉がまだ頭の中で響いている。自分の星脈共鳴が百年前の大聖女と同じ旋律だという事実は、まだうまく飲み込めていない。


「えっと、わたし、急にすごい人の子孫みたいに言われても……今まで通り、薬草を育てて、温泉を整えて、村の人たちのお手伝いをするだけなんですけど」


「それでいい」


 フェリクスが即答した。


「お前はお前だ。大聖女がどうとか関係ない。ここで薬草を育ててればいい」


 その声は素っ気なかった。けれど、ミーリアの胸に一番響く言葉だった。


 フィルが夕空を飛び回り、翡翠色の光が聖樹の枝に反射してきらきらと瞬いた。


〈好き。ここ。好き〉


「うん。わたしも好きだよ、フィルさん」


 夕暮れの聖樹の下で、ミーリアはフェリクスの隣に立っていた。大聖女の名前は重い。けれど足元の土は温かくて、隣にいる人の存在が確かで、それだけで十分だった。

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