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追放されたB級聖女ですが、辺境の大地がなぜか私にだけ歌いかけてきます  作者: 景都 (けいと)


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第04話 ロッテおばさんの薬草畑

薬草畑の奥に、丸太造りの小屋があった。

 煙突から白い煙が立ち上り、開け放たれた窓から薬草を煮詰めるような匂いが漂ってくる。甘くて、少し苦い。鼻の奥がつんとする匂いだが、不思議と嫌ではなかった。


「ロッテおばさん、いますか? 村長が紹介してくれた子を連れてきたよ」


 マルタに連れられてやってきたミーリアが小屋の戸口に立つと、中から太い声が飛んできた。


「入りな!」


 小屋の中は薬草だらけだった。

 天井から束ねた薬草が何十本もぶら下がり、棚には瓶が隙間なく並んでいる。茶色、緑色、琥珀色。中身はそれぞれ違う。作業台の上には乳鉢と秤と、使い込まれた木のまな板。壁際の大きな竈で鍋が煮えていて、蓋の隙間から白い蒸気が漏れている。

 竈の前に立っていたのは、がっしりした体格の女性だった。白髪交じりの赤毛を後ろで一つに束ね、腰には革のエプロン。日焼けした手が逞しい。頬に薬草の粉がついていた。


「あんたが帝都から来た子かい」


 ロッテの目がミーリアを頭の先からつま先まで見た。遠慮のない視線だった。値踏みではなく、観察している目。


「ひょろひょろだね。腕なんか折れそうだ。山の畑仕事が務まるかい。まずは食べな」


 言うが早いか、木の椀になみなみと粥をよそってミーリアの手に押しつけた。湯気の立つ粥には刻んだ薬草が散らしてあり、一口含むと胃袋に染み入るような滋味がある。穀物の甘さの奥に、薬草のほのかな苦みと香り。


「あの、わたし、朝は食べてきたんですけど——」


「痩せすぎだよ。帝都じゃ何食ってたんだい」


「えっと、宮廷の食事は……その、量が少なくて。儀式の前は断食もありましたし」


「はあ? 断食? 働く人間に飯を食わせないなんて、帝都ってのは馬鹿の集まりかい」


 ロッテが呆れたように首を振る。マルタが隣で「まあまあ」と笑っている。


「そりゃ駄目だ。ここじゃ体が資本さ。食って、動いて、寝る。それが薬草師の基本だよ」


 ミーリアは粥を黙々と食べた。椀の底が見えるまで食べた。温かくて、身体の隅々まで染み渡っていく。ロッテが満足そうに頷いた。


「よし。じゃあ畑を案内するよ。ついてきな」


* * *


 ロッテの薬草畑は広かった。

 段々畑が山の斜面に沿って幾段にも連なり、区画ごとに異なる薬草が植えられている。畝と畝の間に石が敷いてあり、歩きやすい。


「この段は解熱草。あたしが四十年かけて品種改良した自慢の株さ。こっちは鎮痛薬の原料。根を乾燥させて粉にする。あの上は滋養強壮用。冬場に村の爺さん婆さんが頼りにしてるやつだ」


 ロッテが歩きながら説明する。一つ一つの畝に手をかざし、葉の色を確かめ、土の匂いを嗅いでいる。薬草を愛している人の手だ、とミーリアは思った。


「帝都じゃ温室で育てるらしいが、ここは天然の地熱があるからね。聖域山脈の麓で、地面の下がいつも温かい。冬でも枯れない。その代わり、虫も多いし雑草も凄まじい。手入れを怠ったら三日で荒れる」


「三日で……」


「薬草ってのはね、人の手が入って初めて薬になるんだよ。野に生えてるだけじゃただの草さ」


 ミーリアは一つ一つの薬草に目を奪われた。葉の形、茎の色、花のつき方。帝都の温室では見たことがないものばかりなのに、どこか懐かしい。体の奥に、知っているという感覚がある。


「この葉は……」


 ミーリアが一枚の葉に手を伸ばした。

 指先が触れた瞬間、鼻の奥に匂いが蘇った。


 白い壁の研究室。ガラスのフラスコが並ぶ棚。丸椅子に座って生薬の標本を顕微鏡で覗いている。ミーリアではない誰かの手が、乳鉢で薬草を擂り潰している。粉末を秤で量る。〇・三グラム。配合比率を手帳に書き込む。インクの匂い。白衣の袖口が擦り切れている。


 映像が消えた。

 指先に薬草の葉の感触が戻ってくる。葉脈の凹凸が指の腹に触れている。


「……この葉っぱ、煎じると解熱作用が高くなるはずです。根の部分よりも。温度は六十度前後で、沸騰させると有効成分が壊れる……」


 口が勝手に動いていた。

 途中で自分の言葉に気づいて、口を押さえる。


「あれ、なんでわたし、こんなこと知ってるんだろう」


 ロッテが目を丸くした。腕を組み直して、ミーリアの顔を覗き込む。


「あんた、薬草の知識があるのかい? その通りだよ。この品種は葉を使う。帝都じゃ根を煎じるのが主流だが、辺境じゃ昔から葉を使ってきた。温度の話は初耳だけどね。あんた、誰に習った?」


「誰にも……えっと、触ったら、なんとなく」


 ミーリアは首を傾げた。なぜ知っているのか、自分でもわからない。ただ手が覚えている。指先が、薬草の扱い方を知っている。頭ではなく、体のどこかに刻まれた記憶。


「そうかい。まあ、理屈はどうでもいいさ」


 ロッテが腕を組んだ。


「天性の勘ってやつかね。悪くない。あんた、明日からうちの畑を手伝いな。帝都で何があったか知らないが、ここじゃ肩書きより腕がものを言う」


「はい! よろしくお願いします」


 ミーリアが頭を下げた瞬間、足元で何かが動いた。

 土の中から、拳ほどの球体がのっそりと顔を出す。土色の体に小さな目と口。目は豆粒みたいに小さくて、口は横に一文字。のんびりと瞬きをして、ミーリアの足元に転がってきた。


「あ、テラじゃないか」


 ロッテが声を上げた。驚いた顔をしている。


「地の精霊だよ。この畑に棲みついてる。人見知りでね、あたしが五年かけてようやく姿を見せてくれるようになったんだが——」


 テラはミーリアの靴の横に丸まり、小さな寝息を立て始めた。目を閉じ、体が微かに上下する。まるで日向ぼっこをする猫のように、安心しきった様子で。土色の体から穏やかな光が漏れている。


「えっと、テラさん? 寝ちゃいました?」


 ミーリアがしゃがみ込むと、テラは薄目を開けて、またすぐ閉じた。居心地がいいのだろう。ミーリアの足元から動く気配がない。靴先に丸い体がくっついて、その温もりが革越しに伝わってくる。


 ロッテの目が見開かれていた。


「テラまであんたに懐くなんて、あたしが五年かかったのに」


 薬草畑に風が吹き、段々畑の緑が一斉に揺れた。テラはミーリアの足元で丸くなったまま、穏やかに光っている。ロッテの表情が変わった。驚きの奥に、もっと深い何かを探る目。


「あんた、何者だい?」


 ロッテの問いに、ミーリアは首を傾げるばかりだった。

 自分でも、わからない。帝都ではB級の落ちこぼれだった。聖光の儀で核紋は光りもしなかった。追放された。三日で帝都を出ろと言われた。


 でも。

 この畑の薬草に触れたとき、体の奥で何かが温かく脈打った。足元の土から伝わる微かな振動。精霊がすぐ傍で眠っている安堵感。帝都では一度も感じたことのない、自分がここにいていいのだという感覚。


 答えはまだ出ない。

 ミーリアはしゃがんだまま、眠るテラの背中をそっと見つめていた。

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