表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放されたB級聖女ですが、辺境の大地がなぜか私にだけ歌いかけてきます  作者: 景都 (けいと)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/69

第29話 帝都の反応

帝都イグナシオンの宮廷大広間は、冬でも薄暗い。


 高い天井から吊るされた燭台の炎が壁面の金箔を照らし、影が石柱の間を這っている。広間の奥、玉座の前に設えられた長卓を囲んで、宮廷高官たちが座っていた。


 帝国聖女クラリッサ・エーデルシュタインは、その長卓の末席にいた。


 聖女の席は常に末席だ。発言権はあるが、議決権はない。飾りの椅子。クラリッサはそれを知っていて、背筋を伸ばしていた。


「では、辺境からの報告について」


 宮廷第三局の局長が羊皮紙を広げた。痩せた男の声が広間に響く。


「辺境自治区グリュンハイムに在住の元聖女候補、ミーリア・ローゼンクロイツ。先日の調査で確認された能力は、既存の七属性のいずれとも一致しない星脈への直接干渉です」


 高官たちがざわめいた。椅子が鳴り、衣擦れの音が広間に反響する。


「直接干渉? 属性魔法を介さずにか」


「属性変換を経由せず、星脈に直接共鳴するのか。前例はあるのかね」


「百年前の大聖女アリーシアの記録に類似点がございます」


 局長の言葉に、広間が一瞬静まった。大聖女の名は、この宮廷では重い。百年前の大崩落を止めた救世主であり、帝国の守護の象徴でもある。


「報告書によれば、枯死した農地を数分で蘇生させた。しかも範囲は半径十五メートル以上。現聖女クラリッサ様の浄化の儀は半径三メートルが上限であり——」


「局長」


 クラリッサの声が割り込んだ。穏やかな声だった。微笑みさえ浮かべている。


「辺境の薬草師の噂は、わたくしも耳にしておりますわ。しかし、正式な聖光の儀を経ていない者の力を、宮廷の場で議論するのは早計ではありませんこと?」


「もちろんです、聖女様。しかし大陸中に噂が広がっており、帝国の威信にも——」


「威信は、わたくしがお守りいたしますわ」


 微笑みは崩れなかった。声の温度も変わらなかった。


 ただ、膝の上に置いた手が白くなっていた。長卓の下で、爪が掌に食い込んでいる。


 高官たちの視線がクラリッサに集まった。問いかけるような目。疑うような目。推し量るような目。三年前、この大広間で「帝国聖女」の称号を授かった日には、全ての目が崇敬の色をしていた。今は違う。


「聖女様のおっしゃる通りです。正式な調査が済むまで、判断は保留しましょう」


 局長が頭を下げた。声は丁寧だったが、「保留」という言葉が重かった。保留は否定ではない。だが肯定でもない。


* * *


 会議が終わり、高官たちが席を立つ。


 クラリッサは聖女の控え室に戻った。侍女を下がらせ、扉を閉める。鍵を回す音が、静かな部屋に響いた。


 椅子に座り、「聖光の器」を取り出した。


 水晶玉の中で、淡い光が揺れている。安定しない。先月のメンテナンスから出力が落ちている。エーデルシュタイン家に技術者の派遣を要請したが、返答がまだ来ない。


「不安定……。なぜ」


 器を両手で包み、目を閉じた。光属性の魔力を注ぎ込む。水晶玉が明るくなり、一瞬S級相当の光を放つ。だがすぐに減衰し、A級の輝きに戻った。


 クラリッサの唇が引き結ばれた。


 立ち上がり、窓辺に歩いた。帝都の街並みが眼下に広がっている。石造りの建物が連なり、大通りを馬車が行き交う。遠くに星神教の大聖堂の尖塔が見える。


「辺境の娘が聖女の奇跡……。馬鹿馬鹿しい」


 声は硬かった。


「光属性B級の小娘が、聖光の儀で何も発動しなかった娘が。今さら何をしたというの」


 窓枠に手を置いた。爪が石を引っ掻く。


「わたくしは帝国聖女です。エーデルシュタイン家の名にかけて。この座は、わたくしのもの」


 言い聞かせるように繰り返した。二度、三度。


 だが窓の外に映る自分の顔は、笑っていなかった。


* * *


 夜が更けた。


 クラリッサは控え室の椅子に座ったまま、報告書の写しを読み返していた。蝋燭の炎が揺れ、文字の上に影が落ちる。


「枯死した土壌を数分で蘇生。光の色は白銀。瞳の色が変化する」


 白銀。光属性の金色ではない。クラリッサの光属性とは根本的に異なる力。


 報告書を閉じた。


 立ち上がり、部屋の奥の衣装棚を開けた。棚の上段に、一枚の絵がある。大聖女アリーシアの肖像画の複製。銀色の髪。白い法衣。大地に手を当て、光を放つ姿。


 光の色は——白銀だった。


 クラリッサの指が肖像画の縁を掴んだ。


「百年前の大聖女と同じ力。それを、あの娘が」


 沈黙。


 蝋燭が一つ消えた。部屋が少し暗くなった。


「聖光の儀は光属性の出力を測定する儀式。星脈への直接干渉は……測定の対象外」


 つまり、聖光の儀でミーリアが何も発動しなかったのは当然だった。測定の仕組みが、あの力を拾えなかっただけだ。


 その事実がクラリッサの胸を抉った。


 ミーリアは偽物ではなかった。聖光の儀が、偽物だった。


「……それでも」


 クラリッサが肖像画を棚に戻した。手が震えている。


「それでも、わたくしが聖女です。この帝都で、この宮廷で、わたくしが。辺境の噂などに、揺らぐものですか」


 声が震えていた。言葉の強さと裏腹に、声だけが本当のことを告げていた。


* * *


 深夜の控え室。


 クラリッサは机に向かい、便箋を広げていた。ペン先にインクをつけ、一行書いて止まる。また書いて、止まる。


 宛先は姉フローラ。エーデルシュタイン公爵家の長女にして、ヴァレンシュタイン家のディートリヒの婚約者。


「姉上」


 呟いた。ペンが紙の上で震える。


「姉上のお力添えがあれば。ディートリヒ様と婚約なさった姉上なら……」


 インクが紙に滲んだ。文字にならなかった。何を書けばいいのかわからない。「聖光の器が壊れそうです」と書けば、エーデルシュタイン家の秘密を文書に残すことになる。「辺境の娘が本物かもしれません」と書けば、自分が偽物だと認めることになる。


 ペンを置いた。


 便箋を丸めて、蝋燭の炎にかざした。紙が燃え、灰が机に落ちた。


「姉上……」


 クラリッサの声は、誰にも届かない夜の宮殿に消えた。


 窓の外、帝都の空は曇っていた。星は一つも見えない。


* * *


——同じ夜、辺境自治区グリュンハイム。


 温泉の湯煙が月明かりに白く光っていた。


 ミーリアは宿の窓から空を見上げていた。星が静かに瞬いている。フィルが窓枠に止まり、翡翠色の光をゆっくりと明滅させていた。


〈静か。今夜、静か〉


「そうだね、フィルさん。今夜は星が綺麗」


 ミーリアは窓を閉め、寝台に横になった。聖樹で見た映像がまだ胸に残っている。百年前の大聖女の涙。あの方はこの同じ空を見上げて、何を思っていたのだろう。


 目を閉じた。


 星の光が瞼の裏に揺れて、やがて眠りに落ちた。帝都の夜と辺境の夜は、同じ空の下にあるはずなのに、まるで別の世界のように静かだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ