表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放されたB級聖女ですが、辺境の大地がなぜか私にだけ歌いかけてきます  作者: 景都 (けいと)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/120

第27話 薬草採取デート

 朝の空気が冷たい。


 山の稜線に朝日が差し始めた頃、フェリクスが薬草園の柵の前に立っていた。いつもの差し入れ——山菜の包みを片手に持ち、もう片方の手は外套のポケットに突っ込んでいる。


「……ミーリア」


 名前を呼ばれて、ミーリアは顔を上げた。フェリクスが名前を呼ぶのは珍しい。


「はい、なんでしょう」


「山の奥に珍しい薬草がある。見たことのない種類だ。お前なら何かわかるかもしれない」


「珍しい薬草?」


「昨日の見回りで見つけた。高い場所に生えている。一人では採れない」


 ミーリアの目が輝いた。


「行きたいです! どんな形の葉ですか? 花は咲いてましたか?」


「……白い。小さい花」


「白くて小さい花。標高が高い場所。もしかして、万能解毒薬の材料になる高山薬草かもしれません」


 ミーリアが支度を始めると、薬草園の奥からロッテの声が飛んできた。


「あんたたち、二人で山に行くのかい」


「はい。フェリクスさんが珍しい薬草を見つけたそうで」


「ふうん。薬草ね」


 ロッテが乾燥棚の向こうからにやりと笑った。温泉宿の窓からマルタが顔を出していて、二人の視線が合う。


「薬草採取。二人きりで。山の中で」


 マルタが指折り数えるように言った。


「それ、デートって言うんだよ」


 ミーリアの首が傾いた。


「デート? いえ、薬草採取です」


「はいはい、薬草採取ね」


 ロッテとマルタが同時に笑った。フェリクスは山菜の包みを柵の横木に掛けると、返事もせずに山道の方へ行ってしまう。結び目が、いつもの倍は固く締まっていた。


* * *


 山道は朝露に濡れていた。


 フェリクスが先を歩き、ミーリアが後をついていく。木漏れ日が苔むした地面に斑模様を描き、鳥の声が枝の間を渡っていた。


「足元、気をつけろ。この先は石が滑る」


「はい」


 フェリクスが差し出した手を取り、段差を越えた。掌が硬い。山仕事で鍛えられた手だった。


 標高が上がると、木々の間隔が広がり、視界が開けた。グリュンハイムの谷間が眼下に広がっている。湯煙が立ち上り、小さな家々の屋根が朝日に光っていた。


「綺麗……」


「ああ。この山からの眺めが一番いい」


 フェリクスがぽつりと言った。足を止め、同じ方角を見ている。


「子供の頃から、ここに来ると落ち着いた」


「フェリクスさん、子供の頃からこの山に?」


「物心ついた時には歩いてた。婆さんに連れられて」


「おばあさま……精霊の番人の」


「ああ」


 フェリクスが歩き出した。背中越しに声が聞こえる。


「婆さんは言ってた。精霊に好かれる人間は、心が澄んでいる、と」


「心が、澄んでいる」


「俺には精霊の声が聴こえる。だが精霊が俺に懐くまで五年かかった。お前は来た日にフィルが寄ってきた」


 ミーリアは返事に困った。自分の心が澄んでいるかどうか、自分ではわからない。


「えっと、わたしはただ……精霊さんたちが可愛いなって思っただけで」


「それだ」


「え?」


「そういうところだ。婆さんが言ってた意味が、最近わかる」


 フェリクスの声は低かったが、刺のない柔らかさがあった。ミーリアの頬がほんのり温かくなった。


* * *


 山の中腹を過ぎ、土の道が砂利まじりの岩場に変わった頃、フェリクスが顎で先を示した。


「あそこだ」


 岩の隙間から、白い小さな花が群生していた。肉厚の葉。灰緑色の茎。高山特有の乾いた風に揺れている。


 ミーリアが駆け寄り、膝をついて葉を確かめた。指で表面を撫でると、ほのかな苦味を含んだ香りが立ち上る。


「これ……すごいです!」


「わかるのか」


「万能解毒薬の材料になる薬草です。えっと、正式な名前は知らないんですけど……」


 ミーリアが肉厚の葉を一枚つまんで、光に透かした。


「なんでだろう、配合比率まで頭に浮かぶんです。この根を乾燥させて、粉末にして、三日間寝かせると——」


 ミーリアは膝立ちのまま話し続けた。土に指で線を引いて日数を刻み、途中で葉を裏返して、裏側の細かい毛をフェリクスの目の高さまで持ち上げる。フェリクスは革袋の口を開けたまま、手を止めていた。


「すみません、わたしばかり喋って。フェリクスさんに教えてもらった場所なのに」


「いい。続けろ」


「え?」


「鳥が鳴きやんでる。さっきから一羽も」


 見ると、周囲の木の枝に小さな光の粒がいくつも集まっていた。名前のない小精霊たち。ミーリアの声に引き寄せられるように、静かに明滅している。


「精霊さんたちも、薬草に興味があるんですか?」


「お前の声だ。婆さんが薬の名を数える時も、こう集まった」


 ミーリアは高山薬草を丁寧に採取した。根を傷つけないよう、指先で土を掘る。フェリクスが革袋を広げ、採取した薬草を包んでいく。二人の手が何度か触れた。そのたびにフェリクスの指がほんの少し強張り、すぐに元に戻った。


 岩場の隅に腰を下ろし、フェリクスが水筒を差し出した。


「飲め。標高が高いと喉が渇く」


「ありがとうございます」


 ミーリアが水を飲む間、フェリクスは山の向こうを見ていた。風が稜線を渡り、フェリクスの森緑の髪を揺らしている。


「フェリクスさんのおばあさまは、ここにも来ていたんですか」


「ああ。婆さんはこの岩場で薬草を干していた。風が強いから、乾燥が早い」


「精霊の番人をしながら、薬草師でもあったんですね」


「薬草師と呼ばれると怒ってた。採って、里の戸口に置いてくる。名乗りはしない」


 ミーリアは革袋の口を結び直した。指先に、掘ったままの土がついている。


「わたしも、それがいいです。採ったものを、必要な人の戸口に置いて帰るの」


 フェリクスがミーリアを見た。琥珀色の目が微かに揺れた。


「……お前はもうなってる」


 ミーリアは返す言葉が見つからず、革袋の中の薬草を撫でた。葉の手触りが掌に残る。この薬草で、また誰かを助けられる。


* * *


 帰り道は西日が山肌を赤く染めていた。


 革袋いっぱいの高山薬草を背負い、ミーリアは上機嫌だった。


「フェリクスさん、今日はありがとうございました。こんなに採れると思いませんでした」


「……また来るか」


「えっ」


「あの群生地は広い。今日は半分も採ってない」


 ミーリアの顔がぱっと明るくなった。


「うん、また来たいです!」


 返事の勢いにフェリクスが半歩下がって、足元の石を蹴った。石は斜面を転がり、ミーリアの靴先に当たって止まる。


 フィルが二人の間を飛び回っていた。翡翠色の光が夕暮れの中で小さな弧を描く。


〈幸せ。幸せ〉


 フィルの光が温かく脈打っている。ミーリアはその光を見て、にっこりと笑った。


「フィルさんもよかったね。いい薬草がたくさん見つかって」


 フェリクスの靴が山道の土を擦って止まった。ミーリアを見下ろし、何か言いかけて、口を閉じる。


 フィルが彼の頭上でくるくると回り、翡翠色の光をひときわ強く放った。


〈違うのにー〉


 その声はミーリアには届いていなかった。あるいは届いていても、薬草の嬉しさに紛れてしまったのかもしれない。


 山道を下りながら、ミーリアは背中の革袋を前に回して中身を確かめていた。根の本数を数え、途中でわからなくなって、また一から数え直す。


「フェリクスさん、明日も朝から来ていいですか」


「……荷は俺が持つ」


 フェリクスが三歩の間を詰め、革袋の紐に手を伸ばした。ミーリアの肩から重みが抜けて、下りの歩幅がそこから揃う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ