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追放されたB級聖女ですが、辺境の大地がなぜか私にだけ歌いかけてきます  作者: 景都 (けいと)


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第24話 フェリクスの不器用

朝、薬草園の柵の上に山菜の包みが置いてあった。


 蕨と山独活と、名前のわからない若い芽。布で丁寧に包まれ、露で濡れている。朝露がついているということは、夜明け前に摘んできたのだろう。


 ミーリアは包みを手に取り、微笑んだ。毎朝の差し入れ。フェリクスは渡しに来るのではなく、置いていく。顔を合わせずに済む方法を選んでいる。


「フェリクスさん、ありがとうございます……って、もういないか」


〈行った。山。走った〉


 フィルが北の方角を指した。


* * *


 その日は朝から忙しかった。


 隣村からの患者が三人。行商人の紹介で遠方から来た商人が一人。さらにマルタの薬湯が評判を呼び、温泉宿にも問い合わせが来始めた。薬湯用の薬草袋を追加で十個作らなければならない。


「ミーリアちゃん、薬湯袋もう品切れよ! 午後のお客さんに間に合わせて!」


「は、はい! 今作ってます!」


 乳鉢を回す手が止まらない。煎じ茶の注文もある。軟膏の補充もある。合間に患者の相談を受け、星脈共鳴で薬草を活性化する。


 昼食を取る暇もなかった。


 夕方には手が震えていた。星脈共鳴を使いすぎたせいか、こめかみが微かに痛む。


「ミーリアさん、大丈夫かい? 顔色が悪いよ」


 ロッテが心配そうに覗き込んだ。


「大丈夫です。あと少しで今日の分が終わるので」


「無理するんじゃないよ。薬草師が倒れたら元も子もないだろ」


 ロッテの言葉に頷きながら、最後の薬湯袋を仕上げた。窓の外はもう暗い。


 片付けをしていて、ふと柵の上を見た。


 朝の山菜の包み。


 取り込むのを忘れていた。布がしおれて、中の山菜も萎びかけている。フェリクスが夜明け前に摘んできてくれたものを、丸一日放置してしまった。


「あ……」


 胸がちくりとした。


* * *


 翌朝も包みは置いてあった。今度は木の実と、乾燥させた薬草の束。


 ミーリアはすぐに取りに行こうとした。が、ちょうどその時、遠方から来た患者が到着して対応に追われた。気がつけば昼を過ぎている。


 慌てて柵に行くと、包みはなくなっていた。


「ロッテさん、柵の上の包み、どなたか持っていきましたか?」


「ああ、フェリクスが回収してったよ。すごく不機嫌な顔でね」


 ミーリアは唇を噛んだ。


* * *


 三日目。包みはなかった。


 代わりに、フェリクスが山の見回りから戻ってきた時、薬草園の前を通りかかった。ミーリアが患者の腰に軟膏を塗っている最中だった。


「あ、フェリクスさん——」


 声をかける前に、フェリクスは足を止めもせずに通り過ぎた。横顔が見えた。眉間に深い皺が寄っている。


「フェリクス、待ちなよ」


 ロッテが追いかけた。薬草園の裏手で、二人の声が聞こえた。ミーリアは患者の対応を続けながら、耳だけをそちらに向けた。


「あんた、最近どうしたんだい。顔が険しいよ」


「……別に」


「別にじゃないだろ。ミーリアのことだろ」


 沈黙。


「あの子は今忙しいんだ。患者が増えて手が回らないんだよ。あんたの差し入れに気づかなかったのは——」


「わかってる」


「わかってるなら、その不機嫌な顔をやめな。あの子に八つ当たりしたら承知しないよ」


「八つ当たりなどしない」


「じゃあ素直に寂しいって言えばいいのに」


 長い沈黙が落ちた。


「……寂しくない」


 足音が遠ざかっていく。重い、大股の足音。怒っているのか、急いでいるのか、判別がつかない。


 ロッテが薬草園に戻ってきた。ミーリアの顔を見て、ため息をついた。


「聞こえてたかい?」


「……少しだけ」


「あの朴念仁。感情の伝え方を知らないんだよ。山で精霊と暮らしてる時間のほうが長いから、人間相手の距離の取り方がわからないのさ」


 ミーリアは手元の軟膏を見つめた。フェリクスの差し入れ。毎朝、暗いうちに山を歩いて摘んできてくれた山菜。それを三日も気づかずにいた。


「ロッテさん、今日の患者さんは終わりですか?」


「ああ、最後の一人を見送ったところだよ」


「じゃあ、ちょっと行ってきます」


* * *


 山守の小屋は、夕暮れの中に静かに佇んでいた。


 ミーリアは息を切らしながら斜面を登った。慣れない山道。フェリクスと一緒の時は彼が道を作ってくれるから楽だったけれど、一人で来ると石に躓き、枝に引っかかり、三回も転びかけた。


 小屋の窓に灯りが見えた。薄い煙が煙突から立ち上っている。


 扉を叩いた。


「フェリクスさん」


 返事がない。


「フェリクスさん、ミーリアです」


 扉が開いた。フェリクスが立っていた。炉の火を背にして、表情が影になっている。


「……なんだ。こんな時間に」


「あの、謝りに来ました」


「謝る?」


「差し入れ、気づかなくてごめんなさい。毎朝早起きして摘んできてくれてたのに、忙しくて、取りに行くのが遅くなって……。山菜が萎びてしまって……ごめんなさい」


 フェリクスは黙っていた。


「フェリクスさんが毎朝来てくれること、当たり前だと思っていたわけじゃないんです。ちゃんと、ありがたいと思ってます。でも最近忙しくて、つい……」


「……いい」


「よくないです。フェリクスさんの気持ちを、ちゃんと受け取れてなかった」


 沈黙が落ちた。炉の火が爆ぜる音だけが聞こえる。


 フェリクスが背を向けた。棚の前に立ち、何かを取り出す。木の椀に山菜の煮物を盛った。


「……食え。まだ温かい」


「え」


「飯、食ってないだろう。昼も抜いたはずだ」


 ミーリアは目を瞬いた。なぜ知っているのだろう。聞くと、フェリクスはそっぽを向いた。


「フィルが言ってた」


〈言った。お腹すいてるって〉


 いつの間にか窓の隙間から入り込んでいたフィルが、得意げに光った。


 ミーリアは椅子に座り、山菜の煮物を口に運んだ。根菜が柔らかく煮えていて、野趣のある味がした。


「おいしいです」


「……そうか」


 フェリクスは反対側の椅子に座った。二人分の椅子。先日置いてくれた、あの椅子だ。


 しばらく、炉の火だけが二人の間を照らしていた。フェリクスは口を開かない。ミーリアも急かさなかった。煮物を一口ずつ味わいながら、静かな時間が流れるのに身を任せた。


「……別に」


 フェリクスが、ようやく口を開いた。


「寂しくはない。ただ——お前が無理してるのが気に入らないだけだ。飯も食わずに働いて倒れたら、誰が困ると思ってる」


「……はい。気をつけます」


「気をつけるだけじゃ駄目だ。昼飯は必ず食え。水も飲め」


「はい」


 ミーリアは空になった椀を膝の上に置いた。ごちそうさま、と手を合わせる。


「帰ります。明日は、差し入れ、ちゃんと朝のうちに受け取りますね」


「ああ」


 立ち上がり、扉に手をかけた。外はもう暗い。山道を下る足元が見えるだろうか。


 後ろで、椅子が鳴った。


「送る」


 フェリクスが立ち上がっていた。壁に掛けてあった外套を手に取り、ミーリアの横に立つ。


「危ないから」


 その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。


 ミーリアは小さく頷いた。並んで小屋を出る。山道は暗かったが、フェリクスが持った灯りが足元を照らしてくれた。フィルが二人の頭上を飛び、翡翠色の光で道筋を示している。


 下りの山道は、登りより楽だった。フェリクスが隣にいるから。


 村の入口が見えた頃、ミーリアはふと横を見た。フェリクスの横顔が灯りに照らされている。眉間の皺は消えていた。

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