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追放されたB級聖女ですが、辺境の大地がなぜか私にだけ歌いかけてきます  作者: 景都 (けいと)


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第19話 帝国の使者

馬蹄の音が四つ、山道を登ってきた。


 グリュンハイムの入口に立つ見張り番が鐘を鳴らし、村に緊張が走った。帝国の紋章入りの外套を纏った騎馬が六騎。先頭の二人は文官の装い、後ろの四人は腰に剣を帯びた兵士だった。


「帝国宮廷第三局所属、調査官リヒターである」


 馬から降りた文官が、村の入口で名乗った。四十がらみの痩せた男で、鋭い目が村の風景を品定めするように見回している。


「辺境自治区グリュンハイムの村長に面会を求める」


 ハンス村長が杖をつきながら現れた。六十年の皺が深い顔に、穏やかだが毅然とした表情を浮かべている。背筋は曲がっているが、目に濁りはない。


「ようこそ、調査官殿。遠路お疲れでしょう。山道は険しかったのではないですかな。まずはお茶でも」


「結構。単刀直入に伺う」


 リヒターは村長の社交辞令を切り捨てた。もう一人の文官が書き板と羽根ペンを構える。


 リヒターが懐から書簡を取り出した。


「辺境の薬草師が聖女に類する力を行使しているとの報告がある。当局としては事実確認が必要だ」


 村人たちが遠巻きに集まっていた。ロッテが腕を組み、マルタがそわそわと髪を触っている。子供たちは母親の後ろに隠れ、護衛の兵士の剣を怖がっていた。鍛冶師の老人が鉄鎚を手に持ったまま工房の入口に立ち、帝国の紋章を睨んでいる。


「薬草師のミーリアさんのことですかな」


 ハンス村長が穏やかに答えた。


「ええ。最近この村に住み着いたローゼンクロイツ家の三女だと聞いている」


 ミーリアは薬草園の脇に立っていた。フェリクスが半歩前に出て、ミーリアと使者の間に体を置いている。


「ミーリアさん、こちらに」


 村長に呼ばれ、ミーリアは一歩前に出た。フェリクスの視線が背中に張りついているのを感じる。


「は、はい。ミーリア・ローゼンクロイツです」


 リヒターの目がミーリアを上から下まで見た。小柄で栗色の髪。泥のついたエプロン。爪の間に土が残っている。とても公爵家の令嬢には見えない。


「ローゼンクロイツ家の三女が、辺境で薬草師か」


 呟くような声だった。感想とも嘲りともつかない。


「力の実演を求める。報告書に記載するため、実際にその力を確認させていただきたい」


 ミーリアは村長を見た。村長は小さく頷いた。断れば帝都との関係が悪化する。辺境の自治権は帝国の黙認の上に成り立っている。


「わかりました」


 ミーリアは薬草畑の端に案内した。一画に、先日の嵐で痛んだ区画がある。土がぬかるみ、薬草の苗が倒れて根が浮いていた。


「この区画を治します」


〈頑張って〉


 フィルが肩の上で小さく光った。ミーリアは深く息を吸い、膝をつき、両手を土に触れた。

 目を閉じる。足の裏から星脈の脈動が昇ってくる。温かく、太く、安定した振動。核紋に意識を重ねると、指先から白銀の光が滲み出した。

 光が地面を走る。ミーリアの掌を起点に、細い脈が放射状に広がっていく。倒れた薬草の根元に光が触れると、浮いた根が土に吸い込まれるように戻った。茎が持ち直し、萎れた葉が色を取り戻す。泥濘んだ土が乾き、黒々とした良質の土壌に変わっていく。

 半径五メートル。区画全体が瑞々しい緑に覆われた。


 ミーリアが手を離し、立ち上がる。軽い目眩。だが倒れるほどではない。練習の成果だ。


 振り返ると、リヒターの顔色が変わっていた。鋭い目が見開かれ、書簡を持つ手が僅かに下がっている。護衛の兵士たちも動きを止め、蘇った畑を凝視していた。


「これは……」


 もう一人の文官が書き板に走り書きしながら呟く。ペンの先が震えて、インクが滲んでいた。


「光属性の浄化術とは明らかに異なります。発動の起点が核紋ではなく大地そのもの。光の色も金ではなく白銀。調査官殿、これは——」


「光属性ではない」


 リヒターが低く言い切った。鋭い目がミーリアを射抜く。


「一体、何の属性だ」


 ミーリアは答えられなかった。自分でもわからない。光属性B級と鑑定されたはずの力が、辺境に来てから別のものに変わった。説明できる言葉を持っていなかった。


「見世物じゃない」


 フェリクスの声が割って入った。

 いつの間にかミーリアの真横に立っている。琥珀色の目が使者を見据え、声は低く平坦だが、その奥に抑えた怒りがあった。


「用が済んだなら帰れ」


 リヒターの眉が跳ねた。護衛の兵士たちが剣の柄に手を掛ける。


「失礼ですな。我々は帝国の正式な調査官だ」


「グリュンハイムは自治区だ。調査には協力した。これ以上の強要は自治権の侵害になる」


 ハンス村長が杖を一つ鳴らして前に出た。穏やかな声だが、六十年の経験が言葉に重みを乗せていた。


「調査官殿。ミーリアさんは当村の薬草師です。帝都への報告は結構ですが、彼女を連れ出すことはお控えいただきたい」


 リヒターは村長を見つめ、それからミーリアを見、最後にフェリクスの無表情な目と視線がぶつかった。風の精霊がフェリクスの周囲で鋭く旋回し、空気が冷えた。

 沈黙が五秒、十秒と続いた。護衛の兵士たちは剣の柄を握ったまま動けない。山守の気配が、帝国の兵を圧していた。


「……報告書をまとめて帝都に送る。追って通達があるかもしれん」


 リヒターは一歩引いた。認めたくはないが、この場でこれ以上押すのは得策ではないと判断したのだろう。もう一人の文官が書き板を閉じ、インクの乾かぬ報告書を外套の内側にしまった。


 リヒターは書簡を懐に戻し、馬に跨がった。六騎が山道を下り始める。蹄の音が遠ざかり、村の入口の鐘がもう一度鳴った。来訪者の退去を告げる鐘だ。


* * *


 夕方、村は少しずつ日常を取り戻し始めていた。子供たちが再び走り回り、マルタが宿の看板を直し、ロッテが黙々と薬草を乾燥棚に吊るしている。


「大丈夫かい、ミーリアさん」


 ハンス村長がミーリアに声を掛けた。


「はい。ご迷惑をおかけしてすみません」


「迷惑なものか。あんたはうちの大事な薬草師だ。帝都が何を言おうと、それは変わらんよ」


 村長は杖を鳴らして自宅に戻っていった。その背中を見送りながら、ミーリアは胸の奥が温かくなるのを感じた。


 ミーリアは村の外れの丘に立っていた。使者が帰った山道が眼下に見える。


「フェリクスさん」


 隣に立つ男の横顔に声を掛けた。


「帝都に、知られてしまいましたよね」


 フェリクスは答えなかった。

 琥珀色の目が、遠い聖域山脈の稜線を見つめている。


 山脈の向こう側、夕日に染まるはずの空に、鉛色の雲が低く垂れ込めていた。いつもは白い峰が、今日は暗い灰色に沈んでいる。

 風の流れが変わった。フィルが肩の上で小さく震えた。


〈怖い。あっち〉


 聖域山脈の雲が、不穏な色に染まっていた。

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