表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放されたB級聖女ですが、辺境の大地がなぜか私にだけ歌いかけてきます  作者: 景都 (けいと)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
127/134

クラリッサの見抜いた手口

 その夜、一行はオルテの外れの古い納屋を借り、身を寄せた。


 村人たちは、まだ「星導の聖女」の余韻に酔っている。旅の者が三人、素性を隠して泊まっていることなど、誰も気に留めなかった。壁の隙間から、まだ遠く、村の広場で交わされる興奮したざわめきが漏れ聞こえてくる。奇跡を見た、聖女さまに触れていただいた。そんな声が、乾いた夜気に混じっていた。ミーリアは隅に積まれた干し草に腰を下ろし、クラリッサと向き合った。ランプの小さな炎が、二人の顔を揺れる影で照らしている。


「クラリッサ。あの女の手口、もう一度、きちんと聞かせてください」


 ミーリアが言うと、クラリッサはしばらく膝の上で指を組んでいた。それから意を決したように口を開いた。


「では、順を追って。……見ていて、胸が悪くなるほど、丁寧な仕事でしたわ」


 彼女はまず、あの井戸の水路のことから話し始めた。声に乱れはなかったが、その指は宙で見えない仕掛けをなぞるように細かく動いていた。


「涸れた井戸に水を戻すには、あらかじめ水を溜めておく必要があります。あの女は前日のうちに従者を送り込み、井戸の脇に浅い水路を掘って、樽の水を隠しておいたのでしょう」


 ミーリアは、昼間に見た井戸のふちを思い浮かべた。


「あとは祈りの仕草に合わせて、栓を抜くだけ。底から水が湧いたように見えます。……村人は乾いた地面ばかり見ていて、足元の細工には気づきません」


「だから、あなたは井戸の脇の土を見ていたのですね」


「ええ。湿った土の色は、隠せませんもの」


 ミーリアは、昼間の光景を思い返した。あのとき、井戸の裏手へ回った商人。あれが、栓を抜く役だったのだ。すべては、あらかじめ組まれた筋書きの通りに、進んでいた。村人の歓声さえも、その筋書きの一部だったのだと思うと、背筋が冷たくなった。


「次に、泥水を澄ませる手口」


 クラリッサは続けた。


「濁った水に、ある種の薬を一振りすると、濁りが底に沈んで、水が澄んで見えます。毒ではありません。ただ、澄んだだけ」


「それを、聖水と……」


「渇いた村人には、そう見えます」


 クラリッサは、いったん言葉を切った。


「いちばん質が悪いのが、『サクラ』です。金で雇った者を、あらかじめ村人にまぎれさせておく。その者が真っ先に『病が治った』『足の痛みが消えた』と叫ぶ」


「ひとりが叫べば……」


「人は、疑いを忘れます」


 クラリッサの声が、そこで一段低くなった。


「奇跡とは、力ではなく、場の空気で作るもの。……わたくしが、そう教わったように」


 最後のひと言で、ランプの炎が、小さく揺れた。


* * *


 ミーリアは、何も言えなかった。


 クラリッサは、うつむいたまま、続けた。声が少しずつ震えていく。膝の上で組んだ指に、ぎゅっと力がこもった。


「わたくしも、同じでした。聖光の器という魔導具で、ありもしない光の力を偽って、大聖堂の壇上に立っていた」


 息を継ぐ音が、やけに大きく聞こえた。


「何千という民に手を合わせられた。祈りを捧げられ、涙を流して感謝された。……そのすべてが、嘘だった。わたくしは一度も、誰ひとり、癒してなどいなかったのです」


「クラリッサ」


「あの女を見ていて、思い出しました。腕輪を取られた、あの母親を」


 ランプの芯が、じじ、と鳴った。


「わたくしが騙した村にも、あんなふうになけなしの宝を差し出した者が、いたのでしょう。……その手から何を奪っていたのか。今になって、ようやく重さがわかるのです」


 クラリッサの頬を、ひとすじ、涙が伝った。公爵家の令嬢として帝国の聖女として、決して人前では泣かなかったであろう女が、古い納屋の隅で泣いていた。その涙は、贖いきれない過去の重さそのものだった。ミーリアには、それがわかった。


 ミーリアは、その手を握った。冷たく強張った指を、両手で包み込む。


「あなたは、もう、あの頃のあなたではありません」


「……」


「過去は消せません。でも、あなたは今その過去を使って、同じ罪を犯そうとしている人を止めようとしている」


 冷たい指が、わずかに動いた。


「奪われた人を、取り戻そうとしている。それは、あの頃のあなたにはできなかったことです」


 クラリッサは、顔を上げた。涙に濡れた瞳が、ランプの光を映して、きらりと光る。


「……ミーリアさま。あなたを追い落とす形になったわたくしを、どうして、そんなふうに、赦してくださるのです」


「追い落とされたのは、わたしのほうです」


 ミーリアは、微かに笑った。過去を恨む気持ちが、なかったと言えば嘘になる。けれど、この辺境で土地を癒し、精霊と語り、人と向き合ううちに、その恨みは凪いでいた。波ひとつない、深い水底のように。


「でも、もう終わったこと。今は、同じ土地を守る者どうし。それでいいでしょう」


 クラリッサは、しばらく言葉を失っていた。それからこくりと小さくうなずいた。握られた手を、握り返すように。


* * *


 納屋の戸が、軋みを立てて開いた。


 村を探っていたフェリクスが、夜気をまとって戻ってきた。その表情は、いつになく硬い。手には、聞き込みで得たらしい、走り書きの覚え書きが握られている。


「厄介なことがわかった。あの女——ジゼルというらしい——の後ろには、金を出している者がいる。村人の話では、供物の半分は、どこかの『お偉いさん』に運ばれているそうだ」


 フェリクスは、干し草の上に腰を下ろし、低い声で続けた。


「綻びで土地が荒れれば、畑も井戸も二束三文で買い叩ける」


 干し草の匂いが、急に濃くなった。


「癒したふりで希望を煽り、供物で稼ぎ、荒れた土地を安く集める。……綻びそのものを金に変えている者がいる。ジゼルは、その手先にすぎん」


 ミーリアは、これまで通ってきた村々を思い返した。フェルデ。ヴァルト。オルテ。どこも、綻びに怯え、藁にもすがる思いで供物を積んでいた。その不安の一つひとつが、誰かの利益のために、注意深く育てられていたのだ。土地の苦しみを癒すどころか、その苦しみを、金の生る木として飼っている。人の弱さを、これほど冷たく計算して食い物にする心が、この世にはあるのか。胸の底に、深い怒りが澱のように沈んだ。


「後ろ盾……」


 クラリッサが、眉を寄せた。


「では、あの女ひとりを止めても、根は断てませんわね」


「ああ。だが、まずはあの女の化けの皮を剥ぐのが先だ。芝居が崩れれば、後ろ盾も、金づるを失う。慌てて尻尾を出すかもしれん」


 フェリクスは、ミーリアを見た。その瞳には護衛としての冷静さと、彼女を案じる色とが同時に宿っていた。


「フィルが、次の村を突き止めてきた。ここから北へ半日、聖泉で知られるヴィント村だ。ジゼルは明日、そこで『奇跡』を見せるつもりらしい」


 肩先で、フィルが翡翠色に、こくりと頷くように光った。


 ミーリアは、立ち上がった。ランプの炎が、彼女の横顔をまっすぐに照らす。胸の奥では、あの母親から奪われた腕輪の重みが、まだ疼いていた。


「では、わたしたちも、ヴィントへ。……あの人が、まやかしの手をかざす前に」


 納屋の隙間から、夜風が細く吹き込んだ。ランプの炎が、北の方角へ傾く。その先に、明日の対決の場が待っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ