第14話 生き様
訓練場に到着したわたしと一色くんを出迎えたのは、猛烈な熱気でした。
普段から激しい訓練が行われていますが、今日はそれとは完全に別物です。
訓練場を取り囲むように、階段状の観客席が作られており、ぎっしりと観客が詰まっていました。
これは……座るところがあるでしょうか……?
もっと早く来るべきだったと、わたしが若干後悔していると、一色くんがポツリと呟きました。
「向こうだ」
「え? ですが、どこもいっぱいでは……」
「良いから、付いて来い」
「……わかりました」
納得は出来ませんでしたけど、逆らうのはやめておきました。
どちらにせよ、他に案もないですしね。
そうして一色くんは、観客席――ではなく、関係者席に足を向けました。
ち、ちょっと……!?
わたしは内心で困惑していましたが、彼は問答無用で歩き続けます。
手を繋いでいるので、半強制的にわたしも続きました。
周囲から奇異の目で見られて恥ずかしかったですけど、ひとまず我慢します。
間もなくして目当ての場所に着くと、そこには馴染み深い顔が並んでいました。
「あら? 透……一色くんと無明さんじゃない」
「え? あ、ホントだ! ヤッホー、夜宵ちゃん!」
「うるさいわよ、猪娘。 夜宵さん、わたしたちを応援しに来てくれたの?」
「そんな訳ないでしょ、陰険女! 夜宵ちゃん、あたしたちの応援だよね!?」
最初に気付いたのは、橘先生でした。
次いで一葉ちゃんと光凜さんが振り向き、早速とばかりに口論に発展しています。
うぅん……答えに困りますね。
わたしとしては、どちらにも頑張って欲しいんですけど。
などと返事に迷っていましたが、次の瞬間には3人の目付きが変わりました。
橘先生は手で口元を隠して、ニヤニヤ笑っています。
一葉ちゃんは眦を吊り上げ、光凜さんは視線の温度を下げていました。
あ、これは……。
流石に経験を重ねたわたしは、次の展開を予想していましたが、そうはなりませんでした。
一色くんが、自然な動作でわたしの手を離したからです。
たったそれだけのことで、わたしは無性に寂しくなりましたが……甘えたらいけません。
そう自分に言い聞かせていると、一色くんがきっぱりと言い放ちました。
「観客席が埋まっている。 ここに、俺たちの席を用意しろ」
「一色くん……。 それが人にものを頼む態度なの……?」
「出来ないと言うなら、仕方がない。 今後、俺の身の振り方にも影響するかもしれないが、構わないな?」
「あぁ、もう! わかったから、ちょっと待ってて!」
一色くんに説得された(脅された?)橘先生は、不満そうにしながらも席を用意してくれました。
確かにここなら良く見えますけど……良かったんでしょうか……?
すぐさま椅子に腰掛けた一色くんに対して、わたしは躊躇していましたが、そこに一葉ちゃんと光凜さんから声を投げられました。
「夜宵さんも座って? 一緒に観戦しましょう」
「抜け駆けするんじゃないわよ、陰険女! 一色! もうちょっと向こうに寄って!」
一葉ちゃんがわたしと一色くんの間に割り込み、光凜さんは反対側に椅子を持って来ました。
それ自体は良いんですけど……近過ぎませんか?
一葉ちゃんも光凜さんも、肩が触れ合うほどの距離です。
タイプは違いますが、2人から良い匂いがして来て、なんとなくドキドキしてしまいました。
しかし、一葉ちゃんは満面の笑みを浮かべており、光凜さんも柔らかく微笑んでいるのを見ると、拒否する気にもなりません。
大人しく状況を受け入れたわたしは、それとなく話を振ってみました。
「えぇと、『参言衆』の皆さんの調子はどうですか?」
「ばっちりだよ! 今年こそ、あたしたちが勝つんだから!」
「寝言は寝て言いなさい。 わたしたちが、負けるはずがないでしょう?」
「何よ! 今年のうちの連中は、一味違うんだからね!?」
「お生憎様。 それはこちらも同じよ。 勝つのは、わたしたちで決まりね」
「ふん! 吐いた唾は吞めないんだからね?」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」
わたしを挟んだまま、視線で火花を散らす一葉ちゃんと光凜さん。
話題の選択を失敗しましたね……。
げんなりとしたわたしは一色くんを横目で見ましたけど、彼は訓練場に視線を固定しています。
助ける気はない……と言うことですか……。
諦めたわたしは意を決して、わざと明るく告げました。
「し、勝敗はともかく、良い戦いをして欲しいですね。 それに、一文字使いと二文字使いの試合が先ですよ。 まずは、そちらを楽しみましょう」
「……それもそうね」
「……夜宵ちゃんが、そう言うなら」
不承不承ながら矛を収めた2人は、椅子に座り直して前を向きました。
なんとかなりましたね……。
内心でホッとしたわたしが、彼女たちに倣って訓練場に目を向けると、いつの間にやら学院長の姿がありました。
すると、それまで騒いでいた観客たちが静かになり、訓練場に静寂が満ちました。
それを確認した学院長は、手に持った宝石に向かって口を開きます。
『皆の者、良く集まってくれた。 知っているかもしれんが、儂は言魂学院の学院長、岩倉弦蔵だ。 これより武闘大会を開催するが、その前に少しだけ話に付き合ってくれ』
訓練場全域に拡声された学院長の言葉に、異を唱える人はいませんでした。
当然、わたしもです。
一葉ちゃんや光凜さん、一色くんも同様で、静かに次の言葉を待っていました。
全員が聞く体勢になっていると察したのか、1つ頷いた学院長がゆっくりと言葉を紡ぎます。
『知っての通り、魔族たちとの戦いは激化している。 短期間に首都は2度も標的にされ、他の場所でも戦いは続いておるのだ。 儂はこれを、何かの前兆だと予測しておる。 近々、より大きな戦いが起きるかもしれんとな』
学院長の発言を聞いた観客たちは、流石に平常心ではいられなかったようです。
大声を出す者はいなかったものの、明らかに動揺したように騒めいていました。
それでも学院長は、語ることをやめません。
『だが、儂は心配しておらん。 ヒノモトには『肆言姫』や『参言衆』だけではなく、日々腕を磨いている言魂士が多数いる。 儂らを支えてくれる、一般の者たちの力も欠かせないものだ。 それら全てが合わされば、必ずや魔族たちに打ち勝てると信じておる』
力強く宣言して、訓練場を見渡す学院長。
その頃には騒めきも落ち着いていて、誰もが真剣な面持ちを浮かべていました。
満足そうに微笑んだ学院長は、最後に締め括りました。
『武闘大会は、それを象徴する催しとも言える。 出場する者たちは、思う存分に腕を振るってくれ。 では、ここに……武闘大会の開催を、宣言する!』
勢い良く右手を天に突き上げた学院長に応えるように、訓練場が万雷の拍手と歓声に包まれました。
見事なものですね……。
普段は少々ふざけた態度も取ることがありますが、やはり学院長は凄い人です。
感心したわたしが、胸の前でパチパチと拍手していると、両隣の一葉ちゃんと光凜さんが立ち上がりました。
そして、戦意に満ちた面持ちで言い放ったのです。
「学院長に乗せられた感じで癪だけど……これは、ますます負けられないわね」
「それはこちらのセリフよ、猪娘。 夜宵さん、ごめんなさい。 わたしは、皆の様子を見て来るわ。 少しでも勝率を上げる為にね」
「ふんだ。 精々、無駄な努力を頑張りなさい、陰険女。 じゃあね、夜宵ちゃん! 絶対、うちが勝つから!」
そう言い残した2人は、別々の方向へ歩き出しました。
途轍もないやる気ですね……。
思わず圧倒されたわたしが唖然としていると、一色くんの平坦な声が耳朶を打ちました。
「始まるぞ」
「あ……は、はい」
一色くんの隣に椅子を移動させたわたしは、改めて訓練場を眺めました。
そこには、膨大な数の生徒たちがおり、闘志に満ち溢れた表情を浮かべています。
見たところ、全員が一文字使いですね。
確か最初は乱戦で数を絞って、そのあとにトーナメントが行われるんでしたっけ。
かなり荒っぽいやり方に思えましたけど、実戦での強さを測るなら、乱戦での適応力も大事ですからね。
自分以外が敵と言う状況下で、どう立ち回るか……それが肝要です。
出場者でもないのに緊張感を増していると、一色くんが淡々と言葉を紡ぎました。
「はっきり言って、今いる連中に魔族の相手は無理だ。 圧倒的に、実力が不足している」
「え……。 そ、そんなことは……」
「ないと言えるか?」
「……」
「都合が悪いことでも、事実は事実として受け入れろ。 そうしなければ、いつか痛い目を見ることになる」
「……はい」
歯に衣着せぬ一色くんの物言いに、わたしはしょんぼりしてしまいました。
正直なところ、わたしと彼らは親しくないです。
むしろ、まだまだ確執が残っているでしょう。
しかし、わたしは彼らが努力していることを知っています。
だからこそ、一色くんがバッサリと切り捨てたことが、悲しかったんです……。
彼は、本当は心優しい人だと信じていましたから。
胸が苦しくなったわたしは、膝の上で両手を握り締めていました――が――
「ただ、連中がいなければ、ヒノモトはとっくに滅んでいただろう。 いくら『肆言衆』や『参言衆』がいようと、それだけでは手が到底足りないからな」
「……! 一色くん……」
「この戦いを見たところで、俺やお前が戦闘面で得られるものは無に等しい。 だが、連中の生き様は、しっかりと目に焼き付けておけ。 自分が戦っている裏で、多くの人間も力を尽くしていることを忘れないようにな」
「はい……!」
一色くんの真意を知ったわたしは、瞳に涙を浮かべて破顔しました。
やっぱり、彼は決して冷血漢などではありません。
そのことを確信したわたしは、胸に手を当てて前を見据えました。
一色くんに言われた通り、この戦いを記憶に刻み込む為に。
そうして心を落ち着けていると、橘先生が宝石を片手に試合会場の外に立って、右手を挙げました。
緊迫した空気が流れる中、観客たちの声援が贈られ――
「試合……開始!」
橘先生が手を振り下ろすと同時に、怒号が飛び交いました。
こうして武闘大会は幕を開け、わたしは一瞬たりとも目を逸らしませんでした。
観客たちは一文字使いの試合も二文字使いの試合も、興奮した様子で楽しんでいます。
これが、日頃ヒノモトを守っている者たちの雄姿だと、再認識しているのでしょう。
わたしもそれは同じで、全ての言魂士に敬意を抱きました。
そのまま試合は順調に進み、遂に――『参言衆』同士の戦いが始まります。




